牛と龍
夢で見た牛と龍の内容に、少し話を加えたもの。短い話。題名思いつかなかった。非公式設定も含まれてるのでご注意。
「おい、肉」
呼ばれたのだと気づいて、バッファローは振り返った。
肉と呼ばれるのは、自分が牛だからなんだろうとは思うけど、どうも納得いかない。というか気に入らない。
その直後、思考が判断する前に手が反射的に顔を守った。
手のひらに何かが当たってそのまま掴んだ物を見る。
黒い箱だった。
「なんだ、顔に当たらなかったか。反射神経はいいんだな」
「な、なんだよ・・・」
バッファローは黒い箱を顔面目掛けて投げつけられたのだと分って、投げつけてきた犯人に苦い顔を向ける。
くつくつと喉の奥で笑うその犯人は、闇夜のような黒いローブを身に纏っている。
地に足が着いてるのか疑わしいふわりとした仕草と、飄々とした態度がどことなく実態が無いような印象を与えてくる。ドラゴンと呼ばれている、かなり凄腕のダークロードだった。
バッファローにとって、一番苦手な相手である。
「・・・で、俺に何か用?」
バファローは嫌々ながら、一応ドラゴンに声をかけた。
「それをくれてやる。我には不用だからな」
ドラゴンは、先ほどまで悪魔みたいに笑っていたのに、今度は少女のように小首をかしげて笑みを見せた。手がすっぽりと入って見えない長い袖を持ち上げて、わざとらしく振っている。
ドラゴンの言う「それ」が、投げつけられた黒い箱だと気づいて、バッファローは黒い箱を開けてみた。
「今のお前では、使いこなせないだろうけどな」
ドラゴンは意地悪い表情を浮かべて、またくつくつと笑った。
黒い箱は手のひらに乗る小さいものだったが、その中に入っていたのは大きな剣。ゴツゴツとした黒い刃は微かに熱を帯びていて、鎖が巻かれていた。どう表現していいか難しいが、誰が見ても威圧感のある剣だった。
どんな仕組みで小さい箱に入っていたのか理解に苦しむが、バファローはこの剣が異界の存在であることは理解した。
「これって・・・」
言いかけて、バッファローは黒い箱から完全に取り出した剣を落としそうになった。
黒い箱の中の空間から出された剣は思っていた以上に重く、腕が痛みのような痺れのような感覚に襲われた。
今まで色々な剣を振ってきた剣闘士の勘で、バッファローはこの剣が自分を拒絶してると感じた。
「お前がその剣に認められるように、もっと強くなれればいいがな」
ドラゴンはバッファローにこの剣を渡すのが目的だったのか、目的を果たしたらすっかり関心が失せたらしく、くるりと背を向けて歩き出した。
「あんた、あの凶暴な鎮魂を…たったひとりで倒したのか?」
バッファローはドラゴンがメガロポリスの町並みに行き交う人ごみの中へ消える前に、剣の出所を予想してドラゴンを呼び止めた。
ドラゴンは足を止めて、気だるい様子で横目で振り返った。
「我は群れるのが嫌いだ」
「そんな理由で、あんなバケモノをひとりで倒せないだろ」
冗談なのか本気なのか。バッファローは理由に納得いかなかった。異界からの招かれざる存在である凶暴な鎮魂は強大な力を持っていて、とてもひとりで倒せるような相手ではない。
バッファローの真剣な態度に、ドラゴンは面倒だと言わんばかりに顔を歪めた。
少し間をおいてバッファローの方へ向き直ると、目線を遠くにやって口を開く。
「あの依頼者は、また兄に会いたいと寂しそうに言ってきた。血縁は大事なものだ」
いつもより小さな声で、ドラゴンは言った。
依頼者とは、ポワロのことだなと、バッファローは思った。凶暴な鎮魂に実の兄を取り込まれて、必死に兄を救おうとしている。けれど凶暴な鎮魂は根深く取り憑いているらしく、思うように事が進まないのだった。
「我の他に、近場に都合の良い戦える者が居なかった…と、言えば納得するか? 戦ってる最中、我の近くで誰かに気絶されても邪魔なだけだしな。我には好都合だった」
ドラゴンはため息をついて、もう話は済んだだろうと、また背を向けて歩き始める。
バッファローは言葉を失ってドラゴンの背中を見つめたまま、立ち尽くした。
あんな危険な戦いを、たったひとりで背負ったのか。
そう思うと、寒気がした。
それと同時に、ドラゴンは本当は良い奴なんじゃないかと、人らしい一面が見れたようで安心した。性格はかなりひん曲がった天邪鬼だけど、人が傷付くのや困っているのを嫌う節があるらしい。
「あんた、本当はイイ奴だったんだなあ」
バッファローは、ニッコリ笑ってドラゴンに言った。
ドラゴンはゆっくりと不快全開の表情で振り返った。が、すぐに嘲笑うようにくつくつと笑った。ふわりと身体を揺らして、鱗が綺麗に生え揃った竜の尾をゆっくり揺らす。
「頭の中を診てもらえ、重症だぞ」
「なんだよ、褒めたのに」
バッファローは不貞腐れて口を尖らせた。
けれど、ドラゴンがゆっくりと尾を揺らすのは機嫌が良い感情の表れである事を知っていた。この事を言ったらまた突付かれそうだから、あえて黙っている。
「ああ、そうだ…」
ふと、ドラゴンは思い出したように、少しだけ目を大きくした。
その後、悪魔のような黒い笑みを浮かべて、大きな袖を口元に当てる。
「凶暴な鎮魂を、我のダークゴースト同様に使役できるようになったら、面白いと思わないか?」
「面白くねぇよ」
バッファローは引きつった顔で即座に言い返した。
今度こそ冗談だろう。いや、冗談ってことにしてくれ。でも、このドラゴンならやりそうな気がしないでもない。凶暴な鎮魂に取り憑かれたとしても、凄まじい魔力と精神力で平然としていられそうな気がした。
「取り憑いたのが依頼者の兄ではなく、我だったら良かったのにな」
呟くように言ったドラゴンの言葉の奥に、ポワロの兄を救ってやりたいという気持ちが隠れているのを感じた。
バッファローは血縁は大事だと言ったドラゴンの言葉を思い出す。
ドラゴンには兄がいて、今は訳あって会わないでいる事を、以前聞いたことがあった。
やっぱりイイ奴じゃないか。と言おうとして、バッファローは我慢した。
その代わりに、
「剣、あんがと」
と、ドラゴンからもらった重たい剣を持ち上げて見せた・・・が、すでにドラゴンの姿は無かった。
いつもこうだ。気が付くと現れて、いつの間にか姿を消す。
「ったく、お礼くらい、言わせろよ・・・」
バッファローは独り言を言って、剣を担いだ。
この剣の重さが、ドラゴンが凶暴な鎮魂と戦う気持ちの重さのような気がして、バッファローは拳を強く握った。
この剣を使いこなせるように強くなって、ドラゴンと一緒に凶暴な鎮魂と戦えるようになりたい。
そうすれば、ドラゴンの負担を減らしてやれる気がする。
「絶対に強くなってやるぜ!!」
バッファローは自分に叱咤して走り出した。
終わる