緑の毛玉

cult of the lamb(カルトオブザラム)の捏造話。
レーシィは足の生えたヒル族という妄想。


シャムラはそっと目を閉じて己の神殿の中で瞑想をしていた。
つい先ほどまで神殿に入りきれない程の信者で溢れかえっていたが、説教を終えると信者たちは恍惚の表情でそれぞれの持ち場へ戻って行った。
信者たちへの説教は大切な責務だが、こうしてひとり考えに耽る時間も同じくらい大切にしていた。
しかし、その時間はすぐに中断することとなった。
よく知った気配を感じて、ゆっくりと目を開く。
神殿の入口に目を遣って数秒後、石床が黒く波打ち、カラマールが姿を現した。
「シャムラよ、来てやったぞ。今日は良いものが手に入ったのだっ」
来て早々、カラマールは上機嫌で話しながら、連れてきた信者2人と共に近づいて来る。2人の信者はひとつの木箱を運んでいた。
「供物に珍しいものがあってな。我の信者が夜闇の森で拾ったそうだ。シャムラにも見せてやろう」
「ふむ」
シャムラは相槌をして話の続きを待つ。カラマールは何かあるとよくこの神殿に訪れていた。内容の軽重は問わず、自ら出向いて来る。話が面白くなければナリンデルに馬鹿にされ、下らなければヘケトに時間の無駄だと怒られているものだから、自然とこの場所に来ることが多くなっていた。
あらゆる知識を得て、既知ばかりの退屈な日々だが、こうしてカラマールが来ることで退屈というものを遠ざけてくれている。
「お前たち、下がってよいぞ」
木箱を運ばせていた信者を魔法陣で帰らせ、カラマールは木箱に目を移す。
それにつられて、シャムラも木箱を注視した。
「む? 静かだな。死におったか?」
カラマールの言葉から、木箱の中身が生き物であると分かった。生き物の供物は珍しいものではないのだが。
カラマールが木箱の錠を外して蓋を開ける。中には木の若葉を集めたような毛玉が入っていた。
「ヒル族か」
シャムラは毛玉の正体を呟く。夜闇の森では見飽きるほど多く生息し、見苦しいほど地べたを這いずり回っている下等な生き物だ。その事はカラマールも知っているはず。
「そう、ヒル族の子供だ」
カラマールは木箱から鎖を引っ張り上げる。首輪に繋がれた小さなヒル族の姿を見て、シャムラは目を大きくした。
その反応が見たかったとばかりに、カラマールが満足気な笑顔を浮かべる。
「どうだ、珍しいであろう? 何百年と生きてきても、初めてこんなものを見たであろう?」
カラマールの声が弾む。
ヒル族の子供には2本の脚が生えていた。ヒル族も教化してやれば人並みの姿を得ることもあるが、この姿で生まれたのであれば、非常に珍しい。
間もなくして、その足と尾がじたばたと動き始める。首輪で吊り上げられたのが苦しくなって、目を覚ましたらしい。
「まだ生きておったか」
カラマールは無造作に鎖を降ろすと、子供はしっかりと2本の足を石床について立ち上がる。
それを見てシャムラは、ほう、と感嘆を漏らした。
「ただ生えた飾りの脚ではないな」
「そうだとも。こやつを生贄にし…こら、逃げるでない!」
ヒル族の子供が走り出し、カラマールは慌てて鎖を掴み直して引き戻す。
「貴様を生贄にしてやるのだぞ。身に余る光栄と思え」
顔を近づけられたヒル族の子供は、臆することなく丸い口を大きく開けて威嚇した。
「理解できる知能も無いか」
カラマールは吐き捨てるように言って、顔をシャムラへ向ける。
その直後、カラマールは縦に伸びながら悲鳴を上げた。その腕にはヒル族の子供が噛み付いている。
慌てふためいて腕を振るカラマールを見て、思わずくすっと笑ってしまった。
何年振りに笑っただろうか。そんな事を考えたくなったが、目の前の現状に集中することにした。
「笑い事ではない! …ええい、放せっ!!」
カラマールはぐいと鎖を引く。その勢いでヒル族の子供は宙に投げ出された。
弧を描いて落ちてくる子供を、片手で受け止める。カラマールに子供を差し出すが、カラマールは一向に受け取ろうとしなかった。
「カラマール。これを我に寄越してくれるか」
「好きにしろ。我はそんな強暴な生贄はいらん。お前の驚く顔が見られたから満足だ」
カラマールはヒル族の子供に興味を失くしたようだった。
元の目的は我を驚かせることだったか、とシャムラはカラマールの子供じみた行動を微笑ましく思った。知ってはいたが、改めて分かるとなかなかどうして良い気分になる。
ヒル族の子供は、助けてやったにも関わらず、遠慮無しに手に噛み付いてきた。
「臆せず行動するのは、良い事だ。だが、才気の見極めが必要である」
シャムラは頷いて子供を見据える。
「ヒル族は下賤な一族だぞ。生贄にしか使い道は無いからな」
カラマールが呆れたように手をぷらぷらと振った。
「夜闇の森はまだ手付かずであったからな。これに任せてみようと思う」
「何!?」
カラマールが素っ頓狂な声を上げる。
これは確信。この子供はきっとよく育つ。
「お前も、生まれた地を何ものにも侵されないよう統治し、蔑まれるヒル族の地位を確立できるのであれば本望であろう?」
静かに語りかけると、ヒル族の子供は噛んでいた手をゆっくりと放した。話を理解している様子はないが、何かを悟った様子は見て取れた。
「その脚で立ち、我らと同じ目線でものを見る覚悟はあるか? その脚で進み、ヒル族を導き教えを説く矜持はあるか?」
「シャムラよ、考え直せ」
「我らの血を飲んだのだ。お前もその血を我らに捧げよ。それをもって兄弟と成す」
カラマールの制止を他所に、シャムラはもう片方の手でヒル族の脚を掴み、そっと牙を立てた。筋肉の発達していない肉はすぐに裂けた。
横目で見遣ると、ヒル族の子供はぶわりと毛を逆立てて4つの目を大きくしていたが、神妙な面持ちのままじっと見つめ返していた。
「お前にその資格があれば、いずれ王冠を授かるであろう」
ヒル族の子供の足を放し、首輪を指先で軽く叩く。鉄の首輪は音も無く砕け散った。体を降ろしてやると、決心とも諦めともつかない表情で見上げてくる。逃げようとはしなかった。
それを見ていたカラマールは、大きな溜め息をつく。
「勝手にしろ。…まぁ、お前が今まで過ちを犯したことは無いからな」
「カラマール、こちらに」
「ぬうぅ…」
手招きをすると、カラマールは高い声を低くして呻いた。身分に煩い彼がヒル族の血を飲まされるなんて思ってもなかった事だろう。
不服を表情に浮かべて、重い足取りでじりじりと近づいて来るカラマールを急かさず、見守った。断固たる拒否をしないのは、気が弱いからか、信頼してくれているからか。あるいはその両方だった。
数歩の距離を時間をかけて来てくれたカラマールにヒル族の子供を抱かせると、その表情は一転しぱぁと明るくなった。
「これは…、うむ。思っていたよりも…」
カラマールが己の中で何かを確かめた後、堪える表情で小さく囁く。
「こ、この毛玉め…ふわふわしおって…。我は誑かされんぞ…」
しかしその手は、しっかりと子供の頭を撫でていた。
 
 
 
カラマールはヒル族の子供をシャムラへ返す。
口に残る下賤な血の味も、不思議と不快ではないことに驚いた。
シャムラの事は信頼している。だからこそ、こんな事になるだなんて信じられなかった。でも、まぁ、悪くは無い気がしてきた。ヒル族も、満更でもない。
「我は構わぬが、ナリンデルとヘケトが許可するかは分からんぞ」
一応、警告はしてやった。
けれど、兄は意に介さずいつもの口調で「許可の必要は無い。討論で我に勝てる者はいないからな」と言った。
その言葉は、自慢でも自負でもなく、ただ事実を言葉にしただけでしかない。
この兄は感情が薄いのだ。もしくは、それを表に出すのが苦手なのか。この世の知識を得た代償がそれなのか。
毎日が退屈そうだった。だから今日もこうして来てやった訳だが、兄を驚かせ、笑い声を聞けたから、あの毛玉を連れて来た甲斐があった。
ナリンデルとヘケトが呼び出され、2人がヒル族の子供と血を交わすのを眺めていた。
シャムラにどう言い包められたのか知らないが、ナリンデルは緑の毛玉の頭や尻尾をぽふぽふと叩きながら「悪くない。末弟として兄に尽くせ」と言い、ヘケトは「今日からお前は弟だ」と嬉しそうに世話を焼き始めた。
あの毛玉は物怖じせずに立っていた。随分と肝が据わっている。その度量は褒めてやるべきか。
うむ、兄弟なのだから褒めてやろう。
そう思ったが、ヘケトが離さずにいるものだから、その機会を得られずにこの日を終えた。
 
 
 

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