TOOL 19

 自分は、主の為に生きていると、ずっとずっと…そう思っていた。
 決めていた事を変えてしまったのは、意志の弱さだったのか、それとも勇気だったのだろうか。
 新たに得た、たったひとりの者の為に、その意思を変えてしまったのだから…。
 
 
 
-良かったと思いますよ-
 
 それは、空気を伝わらない言葉。
 
-あはっ、君に言われてもねー。君とは逆の選択だったし-
 
 伝える者と伝わる者の両方に、その能力が無ければ、不可能の会話。
 ごく一部の者同士だけの、特殊な会話。
 
-君は、自分を犠牲にしてみんなを助けようとしているのに、僕は、自分の為に全てを犠牲にしようとしてるんだよ~?-
 
-全てが犠牲になんてならないですよ あなたはあの少年とこの施設から出る事を選んだ …ただそれだけの事でしょう?-
 
-ははっ、そう思ってるの~?-
 
 友人でもない、仲間でもない。
 ただ、利害が一致しただけの、そんな2人の会話。
 
-準備は進んでいるんだけどねー。攻性プログラムが、上手くいかないんだよね~-
 
-それは いずれアーミィが手伝います エレクトロのシステム構造の解析データをアーミィの頭に直接送るつもりでいますから …その代わり エレクトロのシステム妨害は ジェノサイドさんにお任せしますよ-
 
-うん、任せてよ。僕、頭いいからねー。それより…軍人君は、君の事をどう思うかなー?-
 
-どう思われても構わないですよ もう未来は決まったから…-
 
-君がそう言うのならいいけどね。管理者君に気付かれずに侵入できるのは、君だけだからねー。頼りにしてるよ~-
 
-僕の力じゃないですよ 神様との契約…だから…-
 
 苦笑いだろうか。言葉の端が歪んだ。
 
-上手くいくと思う~?-
 
-大丈夫ですよ 神様がついてますから 神様もこの施設にご立腹ですからね-
 
-君が契約した神様は、7区の神様と同じ超高次元の神様らしいね~。そりゃあ怒っちゃうよね~?-
 
-気ままな神様ですから 本当の目的は解らないですけどね-
 
-必然なる軌跡を司る運命の神様と、偶然なる奇跡を司る革命の神様かー。何だか、偶然と必然を繰り返して時を紡ぐ全てのもの、そのままだよねー。互いに交差して延々と続く、二重螺旋の遺伝子みたいだと思わない~?-
 
-面白い事 言うんですね-
 
-あはっ、良く言われるよ~-
 
 俄に変わる空気。2人は、それを敏感に感じ取った。
 
-これは… アーミィの様子が…変わりましたね 何が起きたか…知っていますか?-
 
-7区の研究員が遊んでいるんだよ。6区の使えなくなった実験体や、弱い実験体をかき集めて造った、生き物をねー。軍人君と遊ばせたんだよ~-
 
-そう…ですか アーミィの精神に傷がついた事で 中に眠っていたあなたの能力が暴走したようですね-
 
-みたいだねー。今、こっちにも振動がきたよ~。7区の実験場は大破かな。僕の遺伝子なんか使うから…ククッ-
 
 明らかに敵意に満ちた嘲笑い。
 
-他の地区も あなたの遺伝子に興味を持っているみたいですよ-
 
-あはっ、そうなの~? 僕、モテモテだねー。…そうそう、ギガ君がね、僕の事、軍人君に似てるって言ったんだよ。信じられないくらい感が良いから、見抜いたんだろうね~-
 
-あの少年には 特別な能力がありますね …だから ここに連れて来られたんでしょう-
 
-そうみたい。でもギガ君、自分の能力に優越感と劣等感、両方を持ってるみたいだね-
 
-今は彼の能力の数値を計る事に着目していますが あまり長くこの施設にいると…いずれは遺伝子に手を出されてしまいますよ-
 
-それは絶対にさせないよ~。そうになったら、僕、本気出しちゃうからね~-
 
-ええ 僕も善処します …彼の能力は 強大な軍をたった独りで完璧に操れる程の力になり得る…そんな力が悪用されては危険ですから-
 
-危険な存在ばかり集まってるからねー、この施設。そう言えば…どうして6区が僕の遺伝子情報を持っていたのか、解らないんだよね~-
 
-エレクトロですよ-
 
-管理者君が…? いつ…?-
 
-この施設全てが エレクトロですから…壁に手を触れたり 床に髪が落ちたら もうそれだけで 遺伝子情報を与えてしまうようなものなんですよ 6区には優秀なハッカーがいて その人がエレクトロからあなたの遺伝子データを得たんです そのハッカーだった研究員は自害しました-
 
-あはっ、参ったなぁ~。管理者君がそこまで完成された存在だったなんて思わなかったよー。・・・本当に恐ろしいなぁ管理者君は。早く何とかしないとね~-
 
 
 
 
 彼は、神との契約者だった。そう、自分で言ったのだ。
 けれど、実際は違う。
 神の為の、犠牲者だった。
 契約した神は、気の遠くなるような周期で転生するらしい。
 その転生に使われる身体だった。
 薬漬けの身体で生きているというよりは、生かされている状態。そんな彼が神に選ばれた。
 彼は神の転生の犠牲になる代わりに、エレクトロに気付かれずにハッキングする力を神に願った。
 気まぐれらしいその神は、その願いを聞き入れた。
 この施設の崩壊を、神も面白がったのだ。
 同じ身分であるらしい他の神の欠片が、7区に捕われているから、その怒りもあったようだった。
 7区に捕われている神を、何度か見に行った事がある。黒い大きな翼を生やした男神であったり、光り輝くような美しい女神であったり、その神の姿は見る度に入れ替わっているようだった。
 この施設からの逃亡、この施設の崩壊。
 それは多くの者が望む事。
 
 
 
-上手くいくと思う~?-
 
-ええ もちろんですよ-
 
-無理しないでね~、契約者君~?-
 
-ふふっ 皮肉な呼び名ですね …僕は大丈夫ですよ ジェノサイドさんこそ後悔しないように…-
 
 
 お互いに、気休め程度の励ましをかけ、言葉の無い会話は終わった。
 
 
 
 
 
未完

← 作品一覧に戻る