日常記録やゲームの感想とか、創作や二次創作の絵や妄想を好き勝手に綴っていく、独り言の日記。
 


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うちよそ話

日常の雑記 - 日記

あやさんのブログのお話「薬」を読んで唐突にお話を思いついたので!
あやさん宅の設定とは相違があると思うのでご注意!
あやさんのお話、いつも楽しく読ませてもらってます(*´ω`*)


 むせ返るような強い香り。出所は閉められた扉の奥からだとすぐに分かった。
 鼻に残るような鮮烈な香りだが、不快ではない。それは甘くて優美で。
 また何かやってやがんのかと、レンリは心の中で思いながら扉を開けた。開かれた扉の奥からから、待っていたかのように香りの塊が解き放たれる。
 ヘンテコな道具が並ぶ部屋の中に、ヒメカの後姿があった。
「何やってんだ、ヒメカ」
「きゃっ! レン!? ノックくらいしなさいよ!」
 声をかけると、ヒメカはびくりと肩を揺らして振り返る。手には試験管を持っていて、紫色の液体が入っていた。
「また新しい魔法か」
 レンリは試験管を見て呟いた。部屋に充満した香りの発生源が分かって肩を竦める。
「今度のは強力なんだから」
 ヒメカは得意げな笑みを浮かべて試験管を軽く振る。しかし、すぐに目を伏せた。
「魔法って、いつかは消えてしまうのよね。いくら強いのを作って効果を延ばしても、永遠じゃない…」
 ヒメカの話に、レンリは「そうだな」とだけ短く返した。ヒメカが今作っている薬が惚れ薬なんだと容易に推測できた。
「あの白い神ができるんだから、あたしだって、いつか…!」
 強い意志を秘めた目で試験管の中の液体を見るヒメカに、レンリはやれやれと首を傾げた。
「あの化け神は魔法使いじゃねえよ。法則や理を変えて、事象を操作してんだ。他から干渉を受けない限り効果が永続なのは当然だろ」
「そんなのおかしいじゃない! ズルいわよ!」
 ヒメカがぎゅっと唇を噛みしめる。その様子は、長年積み上げてきた努力の重さを感じさせた。
 レンリは、はぁと息を吐く。ヒメカの気持ちも分からなくは無い。あのサージェイドとかいう常識が通じない存在に対して納得いかないのは自分も同じだ。
 でも事実は、魔法で雨を降らせることはできても、全ての雨粒がどこに落ちるかまでは分からない。法則を操るというのはきっとそういう差なんだと思う。
「そうだ。せっかくだし、コレ試してよ。サラにでも飲ませたら? あんたがサラを手に入れたら、あたしも都合がいいしね」
 ヒメカは試験管に入っている紫色の液体を小さな小瓶に入れて押し付けてきた。
「あ? 俺はそういうことはしねえって言っただろ」
 レンリはヒメカの小瓶を手で押し返す。けれどヒメカは小悪魔のようににやりと笑った。
「そんな悠長にしてたら、他の男に獲られちゃうわよ?」
 
 ヒメカに惚れ薬を無理やり渡されて、レンリは通い慣れた道を歩いていた。
 雲が少なく風も爽やか、麗らかな午後。特に行く予定は無かったはずなのに、無意識に足はルトロヴァイユに向かっていた。
 サラをその気にさせるのに、魔法を使うのは気に入らない。けれど、ヒメカが言う通り、もたもたしていたら他の男に獲られるかもしれない。サラを狙う男は山ほどいる。しかも増えていく一方だ。
 不安を掠める焦燥感に、レンリは舌打ちをした。サラの周りの連中をどうにかしなければ。
 何が無しに道先の遠くへ目を向けると、電線の上に明らかに鳥ではないものが乗っていた。
「あのバカ神…」
 電線に乗っている正体に気付き、レンリは顔を引き攣らせた。急いで駆け寄り、電線の上にいるサージェイドに向かって声をかける。
「おい、そこから降りろ!」
 声をかけられたサージェイドは、こくこくと頷いて頭から真っ逆さまに地面に落ちてきた。水のようにばしゃりと地面で跳ねると、元の人型に戻る。
 レンリはサージェイドを睨んだ。
「何で電線に座ってんだよ」
「鳥、あそこで座る、しテる」
「人間は座らねえんだよ!」
 レンリは呆れと怒りを込めて声を大きくした。本当にこいつは放っておくとロクなことしねえ。自分の存在がバレたら大騒ぎになることを全く自覚してない。
「いいか、人目に付くような行動すんじゃねえよ! てめえ、自分の立場分かってんのか!?」
「うン。オレ…は、願い叶えル。スる」
「そうじゃねえ…」
 がくりと頭を垂れるレンリ。常識知らずに話が通じるわけないから諦めるしかないのか。
 自分のコートの膨らんだポケットに手が触れて、レンリは思い付いた。ヒメカの惚れ薬で、こいつを利用すればいいのでは。得体の知れない化け神に好かれるのは気分が悪いが、サラとの恋路の邪魔者が神だろうと何だろうと対処するのに十分使えるはずだ。
「ところで、喉乾いてねえか? ジュースやるよ」
「じゅーす?」
 レンリはコートのポケットから惚れ薬が入った小瓶を出し、サージェイドに渡す。小瓶を受け取ったサージェイドは小さな声で「魔力…」と呟いた。
 成分がすぐに気づかれてしまったことにレンリは焦ったが、この化け神が魔力の作用まで調べないだろうと予想していた。
 思った通り、化け神は何の疑いも無く小瓶を口に入れた。瓶ごとかよと心の中で突っ込みを入れながらも、顔には出さないように我慢した。
「……」
 サージェイドはじっとレンリを見ながら目をぱちぱちと瞬いて首を傾げる。十数秒過ぎても変わったような様子は無く、サージェイドはきょろきょろと周囲を見回し始めた。
 レンリは訝しんで腕組をした。ヒメカの魔法が効かないなんて有り得ない。それとも、この化け神が生物や霊的存在とは全く違うものだから効果が無いのだろうか。
 …ところが。
 突然、少し離れたところから女性の黄色い声が聞こえた。何事かと声の方を見ると、20代くらいの女性が電信柱に抱き着いている。
「素敵…。こんなに細いのに、硬く力強い体…。私のことも、電線のように支えて…」
 女性は恍惚とした表情で、意味不明なことを口走っていた。
 その異常な光景に、レンリは唖然とする。不穏な様子を感じて通り沿いにある公園の方を見ると、公園のベンチの足に縋りついている中年男性が見えた。
「ああ、なんて細く滑らかな足。静かに佇み、座る者に安らぎを与えてくれる君は、慎ましく慈愛に満ちているよ。そう、まるで女神だ…」
 中年男性も、寒気がする言葉を発している。
 他にも、公園の樹に抱き着いている小さな少年が「ぼくと結婚してよ!」と曇りの無い笑顔で言っていたり、野良猫とカラスがお互いに体を擦り寄せて懐き合っていたりしている。近くの家の中から掃除機音に紛れて「いつも家の中のゴミをあますことなく吸い込んでくれるあなたは、汚れ無い心の持ち主なのね!」と声が聞こえた。
「何なんだ…」
 周囲が異常事態になっている気配がひしひしと伝わってくる。
 もしやと思い、サージェイドを見ると相変わらずきょりきょろと周囲を見回していたが、その目線は焦点が合っていない。それは景色を見ているのではなく、別の何かを見てることを物語っていた。
 まさか、こいつ、惚れ薬の効果を無意識に周囲にまき散らしてるのか…?
 そう閃いた瞬間、レンリはサージェイドの肩を掴んで揺さぶった。
「おい、今飲んだの吐き出せ!」
 サージェイドはレンリと目を合わせると、人間には発音できない声で何かを言い、掌を地面へ向けた。その掌から紫色の液体と砂粒みたいに細かくなったガラス片が落ちる。
 すると電信柱に抱き着いていた女性は我に返って、気恥ずかしそうな顔でそそくさとその場を離れて行った。中年男性や少年も元に戻り、惚れていた対象物から身を離す。
「これは強力だな…」
 レンリは苦笑いを浮かべた。
 
 その後レンリは、惚れ薬は強過ぎて、異性どころか目に入った物にすら惚れてしまうことをヒメカに伝えに行った。
 ヒメカは「ええ!?」と叫んで、自分が使うように再作成した紫色の液体を惜しげに見詰め、気落ちした様子で試験管ごとゴミ箱へ放り投げた。
「あんたに試してもらって、良かったわ」
「オマエな…」
 レンリは半眼になってヒメカを見た。大変な事態になってしまったことに文句を言いたかったが、飲ませた相手が相手なだけに、何も言えなかった。
「で? サラは何に惚れちゃったの? ゴミ箱とかだったら大笑いしてあげる」
 ヒメカが意地悪な笑顔と期待の眼差しを向けてくる。
「サラには飲ませてねえよ。野良猫だ、野良猫」
「なぁんだ」
 ヒメカはつまらなさそうに言った後、ムスっとした表情になった。
「せっかく作ったのに、猫なんかに飲ませないでよ!」
「へーへー」
 レンリはヒメカの不満を払うように手を振って、部屋を出た。部屋にひとりになったヒメカは「今度こそ!」と声を張り上げていた。
 壁越しにその声を聞いて、レンリはヒメカの直向きな努力は大したもんだなと感心する。
 それと同時に、自分ももっと努力が必要だろうと思い始めた。