とある過去話
うちの子、サージェイドのちょっとした過去話。
とある施設に捕らわれて、そこで望まれるままに願いを叶え続けてきた。願いの内容も意味も、善悪さえも人間次第でしかない。その結果がどうなろうと、願いを叶える概念には関係がなかった。
「悪魔」
怒りと怯えを含んだ声。渦巻く感情は負に満ちて澱んでいるのが見える。
悪魔や邪神と呼ばれることは数える気にもならないくらい過去に何度もあった。誰かの願いを叶えれば、誰かの望みを、夢を、潰すことになる場合があるからだ。
でもそれは人間同士の問題であり、その問題を解決するのは我ではない。願われれば叶えるだけの仕組みに、それを求めるのはお門違いというものだ。
この施設が内部分裂を起こして抗争を激化させたのは人間のやったこと。思想の違いは争いを生む。思想を分かつのも、人間同士のこと。
悪魔と言ってきた人間は、手にしていた銃を向けてきた。
「お前さえいなければ!」
響く銃声。弾かれ飛んできた物質は、溶けて我が身の一部となるだけ。命を持たぬ存在を脅かす凶器にならない。
やがて弾丸の尽きた銃は軽い音を出すだけになり、人間は震える手から銃を落とした。
溶けて融合した弾丸を再構築し、人の手を形を真似て足元に落として返してやると、人間は悲鳴とも怒声ともつかない叫び声を出した。叫び声はすぐに甲高い笑い声に変わり、雲の上の風景を映す窓へ向かって駆けだした。そのままガラスを蹴破って空へと身を投じた。
人間の考えが分からない。
こんなにも高度な文明を築いて、複雑な思考に対応できるよう進化してきた種だからこそ、更なる高みへ導けるよう願いを叶えているのに。
分かっていながら、何故破滅へ向かおうとするのか。
魂が還るのを見送ったあと、我が身を囲っていた緻密に造り上げられた大掛かりな装置をすり抜ける。人間は我を拘束したと思っている装置に満足していたようだが、概念を物理的に拘束することはできない。ただこの場所に留まっていただけにすぎない。
翼を構築して広げる。もうここに人間の気配はない。願う者がいない場所にいる必要はない。
人間のいる場所を探しに行く。世界は無限に存在する。過去でも未来でも、別次元でも。願いを望まれ叶えられるのなら、誰であろうと場所も時間も何だって構わない。
“願いを叶える何か”という概念に変わりは無く、代わりも無い。
だから叶え続ける。どんな願いも、望まれれば、いくらでも。