本物とは

クローン隊の雰囲気文。


“俺が本物になる”
 
 鎖はいつもそう言っていた。Ⅸ籠にとって、その言葉が何を意味して何を思ってのことなのか、理解できなかった。
 鎖は粗暴であっても、物事に筋を通して白黒を付ける裏表の無い快活な性格で、周囲の者たちから慕われていた。
 Ⅸ籠は鎖を命令し従わせていても、逆らえない立場のはずの鎖はよく笑い、何かとつけて構ってくるし、からかってくる。そんな鎖を煩く感じながらも、嫌いではなかった。
 もし鎖が望んでいる“本物”になれたとしたら、今の鎖はどうなってしまうのか、そんな思いがⅨ籠の中にはあった。
 鎖ではない、誰かになってしまうのではないだろうか。
 
“本物でなくても、本物であろうとするほうが、本物よりも本物らしいと俺は思いますけどね”
 
 躍起になる鎖を、何も言えずに見ていたⅨ籠の隣りに寄って、刺斬がそう言った。
 Ⅸ籠は刺斬に返事をしなかった。刺斬の言葉は、誰よりも鎖を理解している刺斬だからこその励ましの言葉に思えたが、刺斬が自分自身を保つために言っているように感じた。
 刺斬も、口には出さなくても本物になりたがっているのではないだろうかと、Ⅸ籠は思っていた。
 クローンという造られた複製品にとってオリジナルは本物であり、それを超えなければ存在価値は無い。造られた意味が無くなり、生きる理由が無くなる。Ⅸ籠自身も、そのことは理解していた。
 刺斬は鎖が必死になるわけを話し始めたが、Ⅸ籠はすぐにその内容が上辺だけの口実だと知り、自分のオリジナルであるアーミィのことを考え始めた。
 籠と呼ばれていた水槽の9基目の中で生まれたⅨ籠は、それが名前の由来になっていた。隔離された部屋で、生命維持装置に囲まれ保存液で満たされた水槽の中にいる、複製に失敗した残骸が兄たちだった。だから、そんな兄たちをオリジナルであるアーミィが裏切って逃げ出したと聞かされて許せなかった。そう、思っていた。
 けれど、後になってアーミィと一緒に暮らしていた記憶を取り戻した。それからというもの、アーミィに対する気持ちは複雑なものになっていた。
 好きなのか、嫌いなのか、憧れの兄として慕っているのか、裏切り者として恨んでいるのか。自分の中にいる失敗作の兄たちの為に殺したいのか、殺されたいのか。
 想いは複雑に入り混じっているが、組織からの命令は“始末しろ”という至って単純で明確なものだった。
 
 鎖と刺斬が本物になろうとするのが理解できないのは、自分とオリジナルが完全に別物であると認識してしまったからなんだろうと考えが行き着いた。
 オリジナルに会ったことが無い鎖と刺斬はオリジナルに対して求めているものがその立場であり、オリジナルと親しくなっていた自分がオリジナルに対して求めているのは個の存在として認知されること。その考え方の違いから、お互い分かり合えるはずない。
 本物であることに執着する2人を他人事とまではいかないが、どこか遠くに感じながらⅨ籠は刺斬を見上げた。
 
“鎖も刺斬も、オレが知っているのは本物だ”
 
 Ⅸ籠にとって、鎖も刺斬も他ならない個の存在であり、まぎれもない本物。嘘偽りは無い。
 刺斬は少しだけ目を大きくして、すぐに目を伏せた。そう…ですね、と小さく呟いて。
 肯定の返事は、風に消されそうなものだった。
 
 
 
 
 
終わる

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