クローン隊のほのぼの話。
夏の風物詩…だよね。


「だああああああッ!!」
 叫び声と共に、部屋の蛍光灯が灯される。大声を上げた鎖は舌打ちして、明るくなった部屋を見回す。
「絶対ぇに…許さねぇ…ッ」
 と、威嚇するように低い声で呟く。
「…あいつ…」
 ベッドから体を起こしたⅨ籠は周囲を凝視しながら対象を探すも見つけられず、ギリギリと歯を噛みしめた。
 2時間ほどで、これを何度繰り返したことか。
 
 それは、暑くなりかけた季節に現れ始める。
 昼間は刺され血を吸われても気づかないくらいなのに、どうしてか就寝の時には嫌でも羽音が気になって落ち着かなくなる。ましてや耳元の近くで羽音が止まろうものなら、その後にチクリとした痛みが起きるのではないかと想像して眠気など吹き飛んでしまう。
 止まったであろう場所にばちんと掌を叩きつけ、静寂に安堵するのも束の間、ぷぅんと甲高い羽音が再び耳に入ってくる。
 小さな害虫への苛立ちは果てしなく大きい。
 
「おい、クロウ! お前の【SHADOW】でなんとかしろ!」
「できるんだったら、とっくにやってる! こんな小さいヤツに使うのは力の制御が難しいんだ」
 Ⅸ籠は頭をわしゃわしゃと掻きながら、鎖を睨みつけた。
「すんません。俺は眠いんで、寝ます」
 苛立って興奮する2人を他所に、刺斬は何事も無いかのように微動だにせず、目を閉じたまま呟く。
「こんな状況で寝れるってのか!? ウソだろ!? さ、刺斬? おい刺斬!?」
 鎖の呼びかけも空しく、刺斬の意識は深い所へと向かっていった。
「くそッ…普段はあれこれ細けぇくせに、こういうことには大雑把かよ!」
 鎖は口の端を引き攣らせながらとⅨ籠へ目を向けた。
「クロウ、俺らでやるしかねぇぞ…」
 両手の拳をばしっと打合せる鎖。その様子は殺意がまざまざと見えていた。
「俺らは、多勢の軍隊相手だって全滅させてきたんだ! こんな虫ケラ1匹に引けを取るわけにはいかねぇ! そうだろ!?」
「鎖ひとりでどうにかしろ。オレは眠いから」
「俺だって寝てぇんだよッ!!」
 熱の入った鎖は、Ⅸ籠に冷めた声色の言葉を返されて一層声を張り上げた。
 誰が見ても分かりやすいほど不機嫌な顔をしているⅨ籠に、鎖は半眼の目を向ける。
「いいのか? 朝になって、かゆ~いってなるんだぜ? ほっぺにかわいい赤丸が付くかもしれねぇぞ?」
「……殺そう」
 Ⅸ籠から、すっと表情が消えた。鎖の拙い煽り言葉でも、効果はあったようだった。Ⅸ籠は獣のような鋭い目付きで壁を見据えると一瞬にして刀を投げつけた。ごずっと音と共に、刀の切っ先が壁に突き刺さる。しかし惜しい所で仕留め損ねる。
「逃がすかよッ!」
 鎖が逃げ先であろう壁に拳を叩きつけるも、その風圧で敵は難を逃れる。鈍い音に続いて部屋が揺れ、棚の上に置いてあった本がバランスを崩して滑り落ちる。その着地点には、刺斬の頭があった。
「んがっ」
 鼻の奥から変な声を出して刺斬が飛び起きた。
「何やってんスか…」
 刺斬は壁に刺さった刀と、鎖の正拳突きで空いた穴を見て、真顔になった。
「刺斬、起きたか! アイツを始末しねぇと、俺らに明日はねぇんだよ!」
「あと3時間で起床時間っスよ」
「ンなこたぁ分かってんだ!」
「何度も言ってるスけど、部屋破壊すんのは勘弁してください。それにボスは刀を大事に扱わないと…刃毀れします」
「オレに刀を使わせるヤツが悪い」
「ま、そうですね」
 全く悪びれていない鎖とⅨ籠に、刺斬は小さな溜め息をした後ゆっくりと立ち上がった。
 鎖とⅨ籠が見守る十数秒ほどの静けさが過ぎた後、刺斬は目にも留まらぬ速さで何かを掴む。ふぅと息を吐き、握った手を開いてⅨ籠に見せる。その掌には動かなくなった諸悪の根源の姿があった。
「これでよろしいか」
「よくやった、刺斬。褒めてやる」
 ターゲットが始末されたことにⅨ籠は満足した様子で刺斬を見詰める。
 その一方、鎖はあまり納得がいかない様子で刺斬を見ていた。
「いや、できんなら最初からやれよ」
 
 
 
 
 
終わる

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