竜使いと白いドラゴン6 ~魔剣~
「なんだ? なんだ?」
ただならぬ様子に、ライエストはたどたどしく辺りを見回す。日が暮れかかったころに森を抜けて小さな村にたどり着いたはいいが、村全体が何やら騒がしい。
「少年、どこから来たんだ? 早くこの村から離れるんだ!」
ライエストに気付いた村人が、声を掛けてきた。
「なんかあったのか?」
状況が分からないライエストは、のん気に村を見回しているサージェイドの首を撫でながら訊いてみた。
「魔物の群集がこの村に迫ってきているんだ! 命が惜しかったら、早く逃げるんだよ!」
大声で言い残して、村人は走り去る。
「ええ…」
ライエストは口を引き攣らせた。
魔物はとても強い生き物で凶暴だ。しかもそれが群集になっているだなんて。
村は逃げる準備をする女子供と、戦おうと準備をしている男たちが慌ただしく動いていた。
ライエストは村に生えていた木に登り遠くを見回すと、確かに遠くに大小さまざまな何かが見える。蠢きながら少しずつ近づいていて、夜明け前にはこの村に到達しそうだった。
「数が多いな…」
ライエストは呟いた。村の端に集まり武器の準備をしている男たちの様子を見て、あの数の魔物相手ではこの村の規模の戦力ではかなり厳しい戦いになると容易に予想が付いた。この村が自分の故郷にようにドラゴンと一緒に暮らしている村だったら、あれくらいの魔物の数は簡単なのに…と心の片隅で思った。
「あ、いたいた! そこの君!」
木の下から声を掛けられて見下ろすと、男が手を振っていた。
何の用かと木から下りると、男はライエストを見ながら興奮した様子でサージェイドを指差した。
「君、この白い馬は、ペガサスだろう!?」
「馬じゃない」
「君がこの馬に乗って飛びながらここへ向かってくるのを見ていたんだ! ペガサスに間違いない、本で見たことがある! ほら、翼だって生えてるし!」
「だから、馬じゃない」
「頼む! 君の馬なら飛べるから、山を3つ越えたところの川沿いにある鍛冶屋まで行ってくれないか!? この村の危機なんだ!」
「馬じゃないけど、村が大変そうだから話は聞くぞ」
ライエストは馬ではないと否定しても全く聞く耳持たない男に諦めて、説明を促した。
男は息を切らしながらこくこくと頷く。
「そこの鍛冶屋には伝説の剣がある。その剣を作った子孫がいるはずなんだ。伝説の剣を借りてきてくれないか!? 君の馬なら山を越えられるだろう? もう時間が無いんだ!」
「時間があまり無いのはすぐ分かったから、手伝うぞ」
深く頭を下げる男に、ライエストは小刻みに首を縦に振った。
「あの魔物たちの動きだと、ここまで来るには夜明け前くらいになるはずだ。それまでに伝説の剣ってのを借りて戦う準備を済ませればいいんだな? 借りるのは剣だけでいいのか? この村に魔力を使える人間はいるのか?」
ライエストは男を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で尋ねてみた。
「魔力…? 魔導士様のことかい? そんな偉い人はこの村にはいないよ」
「え! 剣とか弓矢だけで戦うつもりなのか!? 絶対無理! あの魔物の数が半分でも無理! その伝説の剣ってのがどんな剣なのか知らないけど、あの数は追い返せないと思うぞ」
「…君は戦いの訓練でも受けていたのかい? 詳しそうだが…」
「普通に狩りしながら魔物と戦ってたら分かるぞ」
「狩り? この村は牧畜が盛んだから…狩りはしないんだよ…。たまに来る魔物も小型のが2匹程度だったから、牧羊犬らで追う払っていたくらいだし…」
「そう…なのか…」
話を聞けば聞くほど、この村の未来が見えなくなっていく。時間も無いことだし、考えているよりも行動したほうが良さそうだった。
「と、とにかくさ、その伝説の剣ってのを借りてくる。山3つ越えた川のとこだな?」
確認するように男に聞きながらライエストはサージェイドの背に乗る。
「サージェイド、村まで飛んできてくれたばかりだけど、まだ飛べるか?」
「クァ」
「疲れてるだろうけど、悪いな、頼むぞ」
ライエストの言葉と同時に、サージェイドは骨組みのような翼を大きく広げ、純白の羽毛の翼に変えた。
村の男の説明の通り、切り立った山越えると渓谷があり、川沿いに小さな家が見えた。正直なところ、山は5つ越えた。3つだと言っていたけれど実際は違っていたらしい。ここまで来るのに思っていた以上に時間がかかってしまった。もう双子の太陽が地平線に沈んで結構な時間が経っている。
そこには確かに小さな家があったが、とても鍛冶をしているような家には見えなかった。それどころか、人が住んでいるとは到底思えないほど、ぼろぼろになった家だった。日が暮れたというのに、明かりも点いていない。
「この家でいいのかなぁ…。絶対違う気がするけどなぁ…」
不安に耐え切れず声を漏らしながら、ライエストは小さな家に近づく。家の前には、苔とキノコの生えた薪の束が散らばっていた。長い間誰も住んでいない雰囲気しか漂っていない。
隙間の空いた扉を開く。ぎぎぎと酷い音を立てながら扉が開いた。
家の中は思った通りに埃と静寂しか無かった。殆ど残っていない屋根から月明りが注いでいる。
「む…こんな所に子供が来るとは」
「わあ!!」
突然の声にライエストは大声をあげた。全く気配が無くて気付かなかったが奥に人影があった。
人影が立ち上がって少しだけ近づいて来る。月明りの下、細身で背の高い、端正な顔立ちの青年が立っていた。鉄でできてるのかと思うくらい硬そうな髪が鏡のように光を反射していて、嫌に印象的だった。
青年はやや鋭さのある目線で、ライエストを不思議そうに見つめる。
「何の用だ? 迷子か?」
「あ、いや…ここに伝説の剣を作った鍛冶屋の子孫が居るって聞いたんだ。村が魔物の群に襲われそうになっていて…だから、剣を貸してほしい、と」
「……」
ライエストの説明に、青年は呆然とした表情を浮かべる。少し間を置いて、再び鋭い目線をライエストに向けた。
「ここは鍛冶屋ではない」
「やっぱり…そうなのか…。じゃあ、この辺に鍛冶屋は…」
「無い」
感情の無い言葉を返されて、ライエストはそれ以上何も言えなかった。
言葉を続けられないライエストを見て、青年は口を開く。
「人の噂というものは尾ひれが付いたり間違った情報が伝わると聞いていたが、本当のようだ。残念だが、君が求める鍛冶屋の子孫は存在しないし、伝説の剣も無い」
青年はライエストに背中を向けて深く長い溜息をした後、振り返った。
「だが、魔剣ならある…」
青年はちらりと崩れかけた家の隙間から外を一瞥した。その仕草を見逃さなかったライエストはその視線の先へ目を遣る。盛り土の上に石が置いてあり、恐らく誰かの墓であろうと予想できた。
「持ち主は5年ほど前に死んでしまったが」
ライエストの視線に気づいた青年は、先に答えを口にした。
「魔剣は元々魔剣だったわけではない。持ち主は正義感の強い戦士だった。人々に害を成す魔物を倒し国を守っていた」
青年が昔を思い出すように目を細める。
「だが、その剣は多くの魔物を倒してきたせいで、魔物の恨みが積み重なり魔剣になった。魔剣は国を滅ぼすという言い伝えがあった国は、当然のようにその戦士を魔剣と共に処刑しようとした。戦士は魔剣とこの山へ逃れ、静かに暮らし生涯を閉じた。…ここにあるのは、無銘の剣だった名も無き魔剣だ」
青年は唇を噛みしめ、拳を握り、悔しそうに話を続ける。
「少年よ、君はどう思う? 魔剣であっても、人は救えるだろうか?」
「え…」
突然の問いかけに、ライエストは目をぱちくりと大きくした。
「私に名乗れる名は無いが…君の名前は?」
「ライエストだ」
「ライエストよ、君がここに来たのは誰かの命令か? 神の導きか? あるいは悪魔の囁きか? それとも奇跡を起こす概念か?」
冗談なのか本気なのか分からない問いかけだったが、青年は大真面目のようだった。
「困ってる人がいたら、助けるのは当然だろ? 理由が欲しいなら、後から考えればいい」
青年の問いかけの意味は分からなかったが、ライエストは自分の意見を率直に述べた。
ライエストの言葉に、青年は何かを思い出したように目を開き、そして強い意志を秘めた微笑みを浮かべる。
「我が主も、そんなことを言ってくれる人だった」
長く在ったわだかまりが解けたたように、青年はその顔を晴れやかな表情に変えた。
「ライエストよ、村へ案内してくれ。その魔物の群、私が撃退する」
青年はライエストのすぐ近くへ寄りながら、急かすように言った。
「いいのか? 魔物の数は多いぞ」
と、ライエストは一応念を押した。とはいえ、村の男が言っていた伝説の剣が無いとなると、この青年が加勢してくれるのは助かる。村の男たちよりは鍛えていそうな体付きだったし、魔剣というのが伝説の剣の代わりになってくれるかもしれない。
「あぁ。魔剣であっても人を守れると証明したい」
「すぐ行けるのか? 準備とか…それに、剣は…?」
手ぶらの青年を見て、ライエストは首を傾げる。家の中には武器になりそうなものすら見当たらない。
すると青年は左手を挙げる。掲げられた拳が一瞬だけ青白く光り、長い剣身になった。
「魔剣は、私だ」
ライエストは魔剣の青年と共にサージェイドの背に乗り、夜空へ飛び上がった。
家が廃れていたのは、この青年が剣だから人間と同じように生活しなくていい体だからだったからだと理解した。持ち主を亡くして、ひとりで何をしていいのかも分からず、長い年月を過ごしてきたのだろう。
まさか本当だったなんて…と、ライエストは青年の存在を背に感じながら思った。物に魂が宿って神格化するというのは、ライエストの村の伝承にもあった。でも、動物や植物に精霊が宿ることは信じていても、物に魂が宿るのは信じていなかった。ただの昔話だと思っていた。
月の位置は天高く、夜明けまでの時間が短いことを報せていた。
「本当にひとりで、大丈夫なのか?」
ライエストは青年の指示に従い、魔物の群集の目の前で青年を降ろした。魔物の群集はもうすぐそこまで来ている。
「我が主は百戦錬磨の剣聖。私は無銘の剣だが、誇り高き我が主の心。決して折れず、敗北は無い」
一切の迷いのない言葉。それは自信の表れであり、自身の顕れでもあった。
「…私に、この村を守らせてくれ」
振り返る青年の表情はとても柔らかで。
その宣言通り、魔剣の青年は無傷で魔物たちを次々と倒し、敵わぬと知った魔物の群集は退散を始めた。
月明りに舞うように手の剣を振るい、その度に月の光を美しく反射させる。間合いの届かない魔物に対しては、魔力で構成した剣を空間に出現させて飛ばしていた。剣身は魔物の血すら付かず、とても魔剣とは呼べない美しいものだった。
魔物の姿が遠くに去って行くと、村人たちは一斉に青年に駆け寄って来た。口々に「剣の神様」だと言いながら。
「私が剣の神様だと…? 私は魔剣なんだが…」
青年は驚いた様子で人々を見回す。
「魔剣だなんて、とんでもない! 貴方様のような強い神様にこの村を救っていただけて、本当に、本当に感謝しかありません!」
村長が頭を下げる。村の子供たちが青年の頭にたくさんの感謝の花輪を乗せた。
魔剣の青年は、ゆっくりと息を吐きながら肩の力を抜いていく。うっすらと涙の浮かんだ目をぎゅっと閉じた。
「我が主よ、私は人々を守れましたか? かつての貴方のように振舞えましたか? 魔剣に堕ちたこの身であれど、人々に笑顔を向けられ感謝されることが許されました…」
夜の明ける空を見上げて、名も無き魔剣は祈るように呟いた。
眩しいくらい澄んだ空。双子の太陽が世界を照らしている。
ひゅうと空を切る音、鈍い音と、草の潰れる音。
それらが遠くから聞こえて、ライエストは弓を降ろした。
「やった…! 見たか、サージェイド。一発で仕留めたぞ!」
「クァ!」
嬉しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねるサージェイドと一緒に、矢の当たった場所へ向かう。蛇の尻尾を生やした大きな鶏が倒れているのを見て、ライエストは握り拳に力を入れた。
「よし、食うぞ! サージェイドは蛇のとこと鳥のとこ、どっちがいい?」
「クゥ?」
「ん? ああ、そうだよな。どっちも半分ずつにすればいっか」
ライエストは慣れた手つきで獲物を捌き始める。肉を焼き始めて間もなく、足音が近づいて来た。
「ここにいたのか」
見上げると、魔剣の青年が立っていた。
「剣の神様。いいとこに来たな。食うか?」
「そ、その呼び方はやめてくれ。…鞘があったら入りたくなる…」
魔剣の青年は、ほんの少し頬を赤くして目を逸らした。
「まだ頭に花ついてるぞ」
「む?」
魔剣の青年はわしゃわしゃと髪を探り、はらりと花びらが落ちたのを確認すると手を下げた。
「魔物の残りが居ないか探していたんだが、ライエストが退治してくれたようだな」
「腹が減ってたんだ。コカトリスは殆ど鶏肉と同じだけど、尻尾の皮が焼くとパリパリして美味いんだ」
「私は食事を必要としない…が…」
魔剣の青年は何か言いたげな様子でライエストを見る。
「ん? 食べてみるか? このあたりが一番美味いぞ」
「いいや…ライエストは、魔物を食べるんだな。コカトリスは猛毒を持っているし、人間は魔物を食べないはずたが…」
「…………」
「…………」
お互いに気まずい沈黙が続いた。
肉を焼くライエストの手は誰が見ても明らかに震えていて、がちがちに固まった表情で一点を見詰めていた。
ドラゴンの血が混ざった自分には毒が全く効かないから知らなかった。コカトリスの毒は人間にとっては猛毒らしい。
「…もしや、触れてはいけなかったことだったか? 私は元々剣だったから…人との接し方がまだよく分からなくてな。気に障ることを言ってしまったのなら、すまない」
「ダイジョーブデス…」
大丈夫ではない声しか出なかった。
魔剣の青年は申し訳なさそうに肩を竦める。
「話題を変えようか。君の村は良い牧畜をしているな。規模は大きいのにどの動物もとても元気だ」
「この村は俺の村じゃない」
「む? どういうことだ?」
「通りかかっただけ。昨日初めて来たんだ」
ライエストの話を聞いて、魔剣の青年は目を大きく開いた。
「君は大した奴だな。見ず知らずの村人たちのために、村を救ったのか」
「村を救ったのは剣の神様だろ?」
「その呼び方…。…いいや、そういう意味ではなくて…」
「みんな無事だったんだし、いいじゃん?」
そう言うと、魔剣の青年はくすくすと笑いながら「そうだな」と言葉を返した。
「通りかかったということは、君は馬と一緒にどこかへ行く目的でも?」
「馬じゃないけど…。探し物してる。見つけたら村に帰るつもりだ。…なぁ、ドラゴンって知ってるか?」
肉を食べ終わってすやすやと寝ているサージェイドの鬣を撫でながら、ライエストは魔剣の青年に訊いてみた。
「ドラゴンだと?」
魔剣の青年は腕を組み深く思考を巡らせる。程なくして「あぁ」と声を上げた。
「知ってるのか!?」
ライエストは身を乗り出した。
「主と旅をしていた当時、私はただの剣だったから、いささか記憶に自信は無いが…。主と酒場で居合わせた男が話していた。多くの竜種がいて魔物よりも強く、肉は大変美味で骨は頑強な防具になる、と」
「…う、うん…」
「爪や牙は強力な武器になり、角や鱗は美しい装飾品になるらしいな。何より驚いたのは、特定の種のドラゴンの心臓からは不老不死の薬が作れるという話だった」
「……はい…」
「我が主も、いつかはドラゴンを討伐したいと言っていた。その思いは私が受け継いでいこうと思う」
「………そう…」
「あぁ、それと…。伝説には人型をしていて上位魔族すらも容易く屠るほど強い種がいるらしいな。この世の悪を全て集めた呪われた血だとか…」
「…………………」
乗り出した身が無意識に引いていった。
「む? どうした? 気分が悪いのか?」
「…ダイジョーブ…デス…」
ライエストは震える手で頭の帯布を掴み、角が見えないように頭を抱える。
その後も、魔剣の青年は旅先の様々な話をしてくれたが、どの話も頭に入ってこなかった。
見たことのない大きな建物がたくさん並んだ、大きな国。
それを高い塔の上から眺めていた。
ここ、どこだ?
と、呟く自分の声は、声と言うより、低く唸るような鳴き声だった。
異変を感じて自分の手を見ると、青灰色の鱗に包まれ鋭い爪の生えた手が視界に入る。まさかと思い手を握ったり開いたりするが、自分の意志通りに動くそれは間違いなく自分の手で。顔に手を当てれば明らかに鼻が長く、口に触れれば長い牙が生え揃っているのがすぐに分かった。
何が起きているのか分からず、自分の体を見回すと、人間の姿ではなかった。長い首は容易に自分の背を見ることができて、形状の異なる3対の大きな翼があり、太く長い尻尾はしなやかに伸びて建物の下まで垂れていた。
この姿は…。
「撃て!!」
勇ましい女性の声が響き、反射的に自分はその場から飛び上がった。自分のいた塔の屋根に砲弾が当たり、崩れた塔は近くの建物を巻き込んで倒壊していく。
「第二波、構えよ!!」
再び声がして、声の方へ顔を向けると、鎧を身に付けた女性が城壁の上からこちらを睨みつけ、大砲を構えるたくさんの兵士を指揮していた。
敵だ。喰らえ、殺せ。
自分が考えるよりも先に、そう思っていた。
長く頑丈な尻尾は雨のように降り注ぐ無数の砲弾を叩き落とし、3対の翼は矢よりも速い飛行を可能とし、体に溢れる魔力は自制できないほど力を滾らせていた。
城壁に体当たりするようにぶつかり、兵士たちは崩れた壁と共に地面に叩きつけられる。
悲鳴と、罵声と、怒声。一瞬にして、地獄のような光景に変わった。
空を震わせ、地が割れんばかりの咆哮を上げたのが自分だと気づいた瞬間、辺りに巨大な立体魔法陣が形成された。その規模は加減を一切許さない、暴走に近いのではと思う程のもので。様々な色に輝く魔法陣の模様は自分の体から膨大な魔力を複雑に組み上げ、物理世界に影響を及ぼす魔法に変換していく。
「この世の全ての悪たらん呪い子め!! 絶対に許さん!!」
鎧を身に纏った女性は、頭から血を流しながら憎しみが込められた激昂の目で睨みつけていた。
おい、やめろ…。
自分ではそう思っていても、すでに完成された魔法は自分の意思に反し、女性に向かって放たれた。
「……」
ライエストは、全力で走った後のような心臓で浅い呼吸をしながら、目が覚めた。体は疲れ切ったように怠くて、頭は霧の中にいるようにぼんやりとしている。
ぺたぺたと自分の顔を触る。鱗は無い。口元に指をやると、普通の人間よりは鋭いが犬歯だと言い張れる大きさで。頭と腰を探ると、角はいつも通りの小ささで、尻尾は切り落とされた付け根の跡だけだった。
「あー…」
項垂れるように息を漏らし、寝返りを打つ。
良かったと、安心した。自分の村では体の一部が竜種になっている人が何人かはいるけど、自分はどうも他の人よりもその部分が多い気がする。食べる物もパンや野菜果物よりも、自然に肉ばかり食べていた。だって、血や肉の方が美味しい。腹が減っていると、どんな生き物も美味そうに見えてしまう。…それが人間でも。
「何でかなぁ…」
自分の手の甲を見て血の気が引いた。青灰色の薄い鱗が皮膚を覆っていた。
それを視認するや否や、喰い千切るほどの勢いで噛み付いた。痛みなんかどうでもいい。それよりも恐怖の方が上回っていた。
昔から、たまに自分の体のほんの一部だけドラゴンに変わる時があった。不治の病の竜返りに似ていたが激痛は無く、こうして噛んでいれば元に戻る。この現象が何なのか、村の誰も教えてくれなかったし、怖くて誰にも聞けなかった。
元の肌に戻った手を擦りながら、のろのろと身を起こす。
隣で寝ていたサージェイドが首をあげて気遣うように頭を擦り寄せた。
「ん…。平気。ちょっと変な夢見ただけ。早く、この村を出よう。お前の仲間を探さないとな」
声に出した言葉の半分は、村の人たちに自分の姿を見られたくない気分だった。
見送りされるのが嫌いなライエストは、魔剣の青年にだけ別れを告げた。数日間泊めてもらったお礼を村人に伝えて欲しいと頼むと、魔剣の青年は快く引き受けてくれた。
魔剣の青年は村人たちの希望で村に住むこととなり、カレトヴルッフという名前を付けてもらったらしい。魔剣の青年は、これからも村を守りたいと嬉しそうに言っていた。
「ライエストよ、君のお陰で私はあの山で錆びていくのを待つだけの生活ではなくなった。心から礼を言う」
「ん? 伝説の剣を借りてくれって言われただけだぞ? それより、村の人と仲良くなれて、よかったな」
「君のそういうところは、清々しいな。…君の探し物が見つかるよう祈っている」
魔剣の青年・カレトヴルッフは魔力で作った剣を顔の前に構え、騎士の挨拶をした。
「ありがとな!」
ライエストはサージェイドの背に乗って飛び立ち、手を振った。
つづく