TOOL 19
2009/10/12
自分は、主の為に生きていると、ずっとずっと…そう思っていた。
決めていた事を変えてしまったのは、意志の弱さだったのか、それとも勇気だったのだろうか。
新たに得た、たったひとりの者の為に、その意思を変えてしまったのだから…。
-良かったと思いますよー
それは、空気を伝わらない言葉。
ーあはっ、君に言われてもねー。君とは逆の選択だったしー
伝える者と伝わる者の両方に、その能力が無ければ、不可能の会話。
ごく一部の者同士だけの、特殊な会話。
ー君は、自分を犠牲にしてみんなを助けようとしているのに、僕は、自分の為に全てを犠牲にしようとしてるんだよ~?ー
ー全てが犠牲になんてならないですよ あなたはあの少年とこの施設から出る事を選んだ …ただそれだけの事でしょう?ー
ーははっ、そう思ってるの~?ー
友人でもない、仲間でもない。
ただ、利害が一致しただけの、そんな2人の会話。
ー準備は進んでいるんだけどねー。攻性プログラムが、上手くいかないんだよね~ー
ーそれは いずれアーミィが手伝います エレクトロのシステム構造の解析データをアーミィの頭に直接送るつもりでいますから …その代わり エレクトロのシステム妨害は ジェノサイドさんにお任せしますよー
ーうん、任せてよ。僕、頭いいからねー。それより…軍人君は、君の事をどう思うかなー?ー
ーどう思われても構わないですよ もう未来は決まったから…ー
ー君がそう言うのならいいけどね。管理者君に気付かれずに侵入できるのは、君だけだからねー。頼りにしてるよ~ー
ー僕の力じゃないですよ 神様との契約…だから…ー
苦笑いだろうか。言葉の端が歪んだ。
ー上手くいくと思う~?ー
ー大丈夫ですよ 神様がついてますから 神様もこの施設にご立腹ですからねー
ー君が契約した神様は、7区の神様と同じ超高次元の神様らしいね~。そりゃあ怒っちゃうよね~?ー
ー気ままな神様ですから 本当の目的は解らないですけどねー
ー必然なる軌跡を司る運命の神様と、偶然なる奇跡を司る革命の神様かー。何だか、偶然と必然を繰り返して時を紡ぐ全てのもの、そのままだよねー。互いに交差して延々と続く、二重螺旋の遺伝子みたいだと思わない~?ー
ー面白い事 言うんですねー
ーあはっ、良く言われるよ~ー
俄に変わる空気。2人は、それを敏感に感じ取った。
ーこれは… アーミィの様子が…変わりましたね 何が起きたか…知っていますか?ー
ー7区の研究員が遊んでいるんだよ。6区の使えなくなった実験体や、弱い実験体をかき集めて造った、生き物をねー。軍人君と遊ばせたんだよ~ー
ーそう…ですか アーミィの精神に傷がついた事で 中に眠っていたあなたの能力が暴走したようですねー
ーみたいだねー。今、こっちにも振動がきたよ~。7区の実験場は大破かな。僕の遺伝子なんか使うから…ククッー
明らかに敵意に満ちた嘲笑い。
ー他の地区も あなたの遺伝子に興味を持っているみたいですよー
ーあはっ、そうなの~? 僕、モテモテだねー。…そうそう、ギガ君がね、僕の事、軍人君に似てるって言ったんだよ。信じられないくらい感が良いから、見抜いたんだろうね~ー
ーあの少年には 特別な能力がありますね …だから ここに連れて来られたんでしょうー
ーそうみたい。でもギガ君、自分の能力に優越感と劣等感、両方を持ってるみたいだねー
ー今は彼の能力の数値を計る事に着目していますが あまり長くこの施設にいると…いずれは遺伝子に手を出されてしまいますよー
ーそれは絶対にさせないよ~。そうになったら、僕、本気出しちゃうからね~ー
ーええ 僕も善処します …彼の能力は 強大な軍をたった独りで完璧に操れる程の力になり得る…そんな力が悪用されては危険ですからー
ー危険な存在ばかり集まってるからねー、この施設。そう言えば…どうして6区が僕の遺伝子情報を持っていたのか、解らないんだよね~ー
ーエレクトロですよー
ー管理者君が…? いつ…?ー
ーこの施設全てが エレクトロですから…壁に手を触れたり 床に髪が落ちたら もうそれだけで 遺伝子情報を与えてしまうようなものなんですよ 6区には優秀なハッカーがいて その人がエレクトロからあなたの遺伝子データを得たんです そのハッカーだった研究員は自害しましたー
ーあはっ、参ったなぁ~。管理者君がそこまで完成された存在だったなんて思わなかったよー。・・・本当に恐ろしいなぁ管理者君は。早く何とかしないとね~ー
彼は、神との契約者だった。そう、自分で言ったのだ。
けれど、実際は違う。
神の為の、犠牲者だった。
契約した神は、気の遠くなるような周期で転生するらしい。
その転生に使われる身体だった。
薬漬けの身体で生きているというよりは、生かされている状態。そんな彼が神に選ばれた。
彼は神の転生の犠牲になる代わりに、エレクトロに気付かれずにハッキングする力を神に願った。
気まぐれらしいその神は、その願いを聞き入れた。
この施設の崩壊を、神も面白がったのだ。
同じ身分であるらしい他の神の欠片が、7区に捕われているから、その怒りもあったようだった。
7区に捕われている神を、何度か見に行った事がある。黒い大きな翼を生やした男神であったり、光り輝くような美しい女神であったり、その神の姿は見る度に入れ替わっているようだった。
この施設からの逃亡、この施設の崩壊。
それは多くの者が望む事。
ー上手くいくと思う~?ー
ーええ もちろんですよー
ー無理しないでね~、契約者君~?ー
ーふふっ 皮肉な呼び名ですね …僕は大丈夫ですよ ジェノサイドさんこそ後悔しないように…ー
お互いに、気休め程度の励ましをかけ、言葉の無い会話は終わった。
未完