TOOL 3

 ヅー ヅー ヅー ……
 警報音が鳴り始めてもう何時間かが過ぎた。
「煩いなー…」
 細い白銀の髪を掻きむしるように頭を掻いて、溜め息をつく。
 轟音に近い警報音のせいで、パソコンのプログラミングが全く捗らない。
 7区の実験体が脱走したのだろうか。あそこは化け物だらけだから、時々脱走する実験体がいる。監視役のエレクトロは何をしてるんだ。通路を閉鎖して退路を断てばすぐに終わるのに。
 悪態を内心でついて、プログラミングの終わりの意を込めてエンターキーを押す。
 ERROR。
「……」
 …ま、いっか。
 ふうと息を吐いて、伸びをする。ゴーグル越しに蛍光灯を見上げる。
 エレクトロがここまで手こずる脱走者がいるだなんて。きっと警備員は、もっと手こずっているんだろう。何だか可笑しくて笑いそうだった。いっそ、もっと大騒ぎになったら面白いのに。
 そんな思考を廻らせていると、部屋に誰かが入って来る音がした。
 振り返って見れば、硬そうな黒髪を生やした目付きの悪い子供がいた。
 どこの地区から来たんだろうか。迷子なら、研究員が探して拾いに来るはず。
 放っておこうと思い、パソコンのモニタに向き直った。
「おい!」
「えっ」
 いきなり怒鳴られて慌てて振り返ると、少年はすぐ近くまで来ていて、低い身長の目線で見下ろしていた。
「無視してんじゃねーよ」
 思いっきり不機嫌な顔を浮かべている。
「キミ…誰?」
「人にモノ聞くなら、お前の名前言えよ」
 黙って入って来たくせに、少年は大きな態度で言い切った。
「キ…。いや、僕はジェノサイドって呼ばれているけど」
「ふーん」
 興味無さそうに少年は答えて、ジェノサイドをじっと見た。
「オレは、デリック…じゃねーや、ギガデリックだ。ギガ様って呼んでいいぜ」
 一瞬だけ顔を曇らせたが、ギガデリックは勝ち誇ったようにニィと笑った。
「ギガ君、面白い子だねー」
 ジェノサイドは、けらけらと笑う。
「あ、そーだった。ちょっと隠れさせろ」
 何かを思い出したらしく、ギガデリックは強引にジェノサイドの足を退けてデスクの下に入り込んだ。
「バラしたら、ぶっ殺すかんな!」
 足下でそれだけ言い、静かに身を縮めて蹲る。
 それから10分もしない内に、部屋にまた人が入って来た。息を切らして肩を上下させている研究員だった。
「子供を…見ませんでしたか?」
 研究員はジェノサイドに尋ねた。
「ああ、それなら……いっ!」
 突然、足の臑に痛みを感じてジェノサイドが視線を落とすと、小さな手に思いっきり臑を抓られていた。
「い、いいや。見ていないけど~?」
「そうですか。失礼致しました」
 研究員はいそいそと退室して行った。
 その少し後になって。
「テメェ、バラそうとしてんじゃねーよッ!」
 と、隠れていたギガデリックはデスク下から這い出て睨み付けてきた。
「痛いんだけど…」
「当り前じゃん。痛いように抓ったんだからな」
 当然の酬いだと言わんばかりに、ギガデリックはふんと鼻を鳴らした。
「・・・もしかしなくても、この警報が鳴ってるのって、キミが逃走してるから?」
「あ? しらね。さっきからウゼーよな、耳痛ェ」
 ジェノサイドは暫し考え込んだ。もしかして7区のクリーチャーが、こんな遠くの地区まで来たのだろうか。このギガデリックという少年は、いかにも人間らしい姿をしているものだから、てっきり施設の関係者か、その子供なのかとも思っていた。
「ギガ君は、実験体?」
「はぁ? ちげーよ。オレの力が必要なんだって頼まれたからココに来てやったんだよ。でもさ、毎日毎日やる訓練ってのがメンドーになったから、研究員ぶん殴って、部屋出て来た」
「勇敢だね~」
 ギガデリックは生まれつきの異能者らしい。スカウト…と言うのだろうか。自分と似たような状況だなとジェノサイドは思った。
「ちょっと、いいかな?」
 ジェノサイドが立ち上がって、ギガデリックの後ろに回った。
「あー、何?」
 首の後ろを触られて、ギガデリックはくすぐったくて肩を竦めた。
 ギガデリックの後ろ髪を撫であげると、うなじには“11-173-NG”と小さな文字が彫られていた。
 実験体に付けるナンバーだった。
 頼むと言って騙して攫っ来たのだろう。きっと両親は殺されたに違い無い。
 先頭番号が11ということは、11区。つまりここの地区。
「ちょっと、待って」
 ジェノサイドはキーボードに指を走らせて、全てのデータが集約する中枢の監視役であり管理人でもあるエレクトロに繋ぎ、“11-173-NG”のデータを探す。
 まだ数人しか知られていないデータがあった。
 【11-173-NG・ギガデリック:精神感応能力。念力の一種。機械に呼び掛けるようにして念じると、その波動の及ぶ範囲内の機械を操れる。現在、訓練により波動有効範囲の限界を拡大中。能力の詳細については調査中。性格に難があり、洗脳の必要性有り】…と記されている。実験体に他ならない内容だった。
 警報音は、やっぱりこの子の脱走のせいらしい。エレクトロが手こずる理由も解った。封鎖ゲートの機械を操作して無理矢理開けて逃げて来たのだろう。
「ギガ君、ここに来て、どれくらいなの~?」
「さーな、一ヶ月くらいじゃん? あ、今何時?」
 ぱっと表情を変えて、ギガデリックはきょろきょろと時計を探した。しかし、殺風景でパソコンくらいしか無い部屋で、時計は見当たらなかった。
「19時過ぎたよ」
「そ。じゃ、オレ帰る。訓練の時間終わりだし」
 ジェノサイドに言われ、ギガデリックはほんの少しだけ安堵したように笑って、部屋の出入り口に向かった。
 ふと足を止めて振り返る。
「オレ、お前気に入ったから、また来るぜ。他の研究員みたいにエラソーなこと言わねーし、命令しねーし」
「あはは。まぁ、僕は、他の研究員とは違うかもしれないねー」
 ジェノサイドは他人事のように笑って、ひらひらと手を振った。
「今度来たら、顔見せろよ」
「あー、ダ~メ。これ無いと何も見えないんだ。目弱いんだよー」
 ギガデリックの黄色いゴーグルの事を言われて、ジェノサイドは苦笑した。
「ギガ君、悪いこと言わないけど、研究員の言う事は聞いた方がいいよ?」
「はっ! 冗談じゃねーっつーの!」
 ギガデリックは舌を出して睨むと、部屋を出て行った。その後、しばらくしてから警報音は止まった。
 ジェノサイドはくすっと笑って、プログラミングをやり直し始めた。
 
 
 
 
 
つづく

← 作品一覧に戻る