TOOL 4

「君は両親に殺されそうになったんだ。ここにいれば安全だ。その代わり、君には協力してもらいたい」
 
 ここに来て、初めて聞かされた言葉はそれだった。
 そうだったのかと頷いた。
 ここに来る少し前の記憶なんて、よく覚えていなかった。
 
「君には特別な力がある。それを君の両親は恐れ、殺そうとした。君の力は実に素晴らしいものだ。それを理解出来なかったんだよ」
 
 『力』があるのは知っている。機械とかに念じるだけで、自由に動かせた。いつの間にか使えるようになってた。
 電気も無いのにどうして動かせるのかと親に聞かれたことがあったけど、手足を動かすのと同じくらい当たり前のことだから、「わかんない」としか言えなかった。
 この『力』を使うと、決まって親は怒った。怒鳴りながら泣いていた。
 
 
 
 『TOOL』に来てから、2ヶ月近く過ぎた。
 毎日のようにやる訓練も慣れてきた。小さなロボットを遠くから操るなんて、ギガデリックにとってはもう朝飯前の事。最近は、一度に10体くらい操れるようにまでなった。成績をあげる度に、研究員は褒めてくれた。『力』を使うと必ず怒った親とは、全く逆だった。
 “特別な子”…と。そう呼ばれて悪い気はしない。だって、この『力』は他の連中には無い特別なモノで、それを使えるのは自分だけだから。
 ある日、研究員は一抱えはある丸いモノを持って来て、ギガデリックの前に置いた。ギガデリックが、その丸いのに念じると、丸いのはゴロっと動いて、大きなひとつ目を開けた。
「それを、どのくらい性能を出し切れるか、いずれテストさせてもらう」
 そう言って、研究員は部屋から出て行った。
 物と仲良くなるというのも変だけど、ギガデリックはその目玉をとても気に入って、いつも自分の傍らに浮かばせていた。
 
 第11地区は、創設されてからまだ年月が浅く、研究の方向性がまだ漠然としていた。実験体の数は少なく、実験体が暴れるという危険性は殆ど無い。
 そのため、ギガデリックは部屋の外に出る事がしばしばあった。多少強引に…殴ったりもしたが、研究員に外出許可を貰っていた。部屋から出る時は、必ず番号の書いてある紐付きのカードを首から下げるように言われ、邪魔だとは思いつつもギガデリックは仕方なく首に下げた。
 第1地区と第2地区と第7地区に行くことだけは絶対に許して貰えなかったが、他の地区なんかに用は無い。同じ11地区の、地下18階。施設の最端に孤立するようにある部屋にしか、行く気は無かった。
 ギガデリックはフワフワと浮かぶ丸い目玉を従えて、冷たい色をした蛍光灯の並ぶ無彩色の廊下を進む。
 時々すれ違う、研究員の目が気に食わなかった。白衣を着て、色の無いような感情の顔をする。挨拶をするわけでも無く。
 気持ちワリィ…。
 ギガデリックは足を早めて、目的地に急いだ。
 
 
 
「ジェノ兄ー! 来てやったぞ!」
 堂々とオートロックの機械を操って開けさせ、遠慮無しに部屋に入る。
 いつものようにパソコンと向き合っていたジェノサイドが、振り返って頭を掻く。
「ちゃんとドアの前で言ってくれれば、ロック解除するってば~」
「ちっせーことは、気にすんな。ジェノ兄だって、わざわざ開けんのはメンドーだろ? オレが開けてやってんだからいいじゃん」
「それ、屁理屈~」
「うるせ」
 ギガデリックは口を尖らせて、ジェノサイドの隣の椅子に逆に座る。背もたれに頬杖を付いて、パソコンを覗き込む。
 ギガデリックがよくこの部屋に来るようになって、その度にジェノサイドの椅子を奪って座るものだから、最近もう1脚だけ椅子を増やした。
「あれ~? その目玉って・・・」
 ギガデリックの後ろで待機するように浮いている、大きな目玉型メカの存在に気付き、ジェノサイドが声を上げる。
「コイツ、最近オレの部下になったヤツ。まだ、どんなヤツなのか良く解らんねーけどな」
「この目玉ねー、僕が設計したんだよ」
「マジ? ウソくせー」
 訝し気な顔をして、ギガデリックはジェノサイドをじとりと見遣る。
「ホントだよー。凄い機能がいっぱい付けてるんだ。浮かんだ時に、ビックリしなかった?」
「あー、そだな」
 操った時に、普通に浮いたものだから、当り前に思っていたが、良く考えてみれば、ジェットもプロペラも無いのに、静かに浮いているのだから、凄いのかもしれない。
「目からビーム出せるよ。鉄くらいなら溶かせる。あとねー、映像と音声の保存機能とか、電波妨害、疑似空間発生装置、電磁波の・・・」
「はぁ…」
 ニヤニヤ笑いながら言うジェノサイドがいまいち信じられない上に、何を言っているのか解らない単語が続き、ギガデリックはつまらなそうに息を吐いた。
 その様子に気付いたジェノサイドは、言葉を打ち切って、浮いている目玉を撫で始めた。
「シンプルで高機能なのが作りたかったんだ。でもねー、電気の消費が激し過ぎて、結局、放置されちゃってたんだよ~。ギガ君が操るなら電気要らずだから、使ってもらえそうだねー」
「ふーん。ま、オレにしかできねーことなら、もっと褒めろよ」
「うん。エライエライ」
 ジェノサイドは目玉を撫でていた手を、ギガデリックの頭に乗せて撫でた。
 ギガデリックは、はっとしてその手を退けた。
「撫でんなッ」
「んー?」
 心外そうな顔をして、ジェノサイドは首を傾げる。
「子供を褒める時は、こうするんでしょ~?」
 ゴチン。と、ジェノサイドの頭に、拳を下ろした。
「痛い…」
「ガキ扱いしてんじゃねーよ!」
 ほんのりと赤面した顔で、ジェノサイドを睨む。
「あはは~、照れてるの~? 可愛いねー」
 ゴチン! と、さっきよりも大きな音が殺風景な部屋に響いた。
「いったぁ~!」
 ジェノサイドは、ふるふると肩を震わせて首を縮める。
「叩かなくてもいいのに…」
「っせぇ」
 すっかり機嫌が傾いてしまい、頬を膨らませていると、ジェノサイドはそっと顔を覗き込んできた。
「ゴメンね~」
「もー、いいっての!」
「あは…」
 荒っぽく答えると、ジェノサイドは苦笑いを浮かべて顔を引っ込めた。
 ふと、パソコンからポンと音がした。
「あ…」
 ジェノサイドは立ち上がって、入り口のドアに向かった。ロック解除のキーを押して、ドアを開ける。ドアの向こうには、研究員が立っていた。
 その研究員は、ジェノサイドに何かを渡して、ジェノサイドは小さなそれを飲み込んだ。研究員はボソボソと何かを言い残して、帰って行った。
「何?」
 再び椅子に座ったジェノサイドに訊く。
「薬を貰ったんだよ」
「え?」
 ギガデリックは眉を寄せた。
 ジェノサイドが薬を飲んでいるだなんて、知らなかった。色白で病人っぽく見えるが、話している時に病気のような症状が出たことは一回も無い。
「ジェノ兄、病気?」
「そんな事無いよー」
 けらけらと笑って、ジェノサイドは答えた。
「身体がすごく弱いから、薬飲んでいないと死んじゃうだけだよ~」
「大袈裟だな。死ぬわけねーだろ?」
「あはは。やっぱり、そう思う? でもね、本当なんだ~。特殊な薬を貰う代わりに、パソコン使ってる仕事とは別の実験のお手伝いしてるんだよ。僕、頭良いから、大事にされてるんだ~」
「もしかして、ジェノ兄ってさ、結構エライ研究員?」
「11区のメカ開発のチーフだよ~」
「すげーじゃん!」
「えへへ。スゴイでしょ?」
 ジェノサイドは、他人事のように笑って言った。そして。
「あ、そうだ」
 と、ギガデリックの目玉を両手で抱えて、デスクの上に置く。目玉はギョロリとジェノサイドを見上げた。
「ねぇ、ギガ君。どうやってこれを操ってるの?」
「あー? 何つーか…こっちに来いとか、あっちに行けとか…心ん中で、命令してんだ。この位置に浮かんでろとか」
「動きを全部、指示してるんだね~。そんな気はしてたけど。それってさ、これ一体だったら楽だろうけど、複数になったら大変じゃないかな?」
「まーな。でも、ま、ちょっとキツくても、オレならできる」
「もっと楽になるように、人工知能入れてあげるよ。自己判断で守ったり敵を攻撃してくれるようになれば、ギガ君は大まかな命令と電源さえ供給してればいいんだから」
「よく分かんね」
「だからね、具体的に言うと…。遠くに敵がいたら、ギガ君は目玉ちゃんに敵を倒せって命令するだけで、目玉ちゃんは自分で状況判断して敵を倒してくれるんだ。別の敵が突然現れても、目玉ちゃんはしっかり対応してくれるよ~」
「マジ? 超楽ちんじゃん!」
 ギガデリックは目を輝かせて喜んだ。今まで壱から拾まで自分が考えて機械を操っていた。それが簡単な命令だけで動いてくれるというのだから、喜ばないはずはない。
「ちょっと待っててねー」
 ジェノサイドはデスクの引き出しからディスクを取り出して、パソコンのドライブに入れた。目玉の天辺を指先で触ると、パカッと丸い蓋が開き、そこにパソコンと繋がっているケーブルを差し込む。
「はーい。ギガ君、こっち」
 ギガデリックが座っている椅子を動かして、目玉の目の前に移動させるジェノサイド。
「目玉ちゃんに、顔を覚えてもらってね~」
 そう言い、パソコンのキーボードに指を走らせる。
「っ…!」
 ジクっとした鈍く短い頭痛を感じて、ギガデリックは歯を食いしばった。
「? …ギガ君?」
「気にすんな。コイツの痛みだから」
 ギガデリックは目玉に目線を向けた。機械を操っている時は、その機械が受ける感覚が自分にも返ってくる。ほんの少しの感覚でしかなく、機械が破壊されて自分が怪我をするわけではないが、それなりの痛みは感じてしまう。
「不思議だよね~」
 ギガデリックの事を察したらしく、パソコン画面を向いたままジェノサイドは呟くように言った。
「普通の人間には測れない、凄い能力だよ~」
「だろ? オレは特別だからな! オレの力を認めてくれなかった親に、いつかこの力で復讐してやるんだ」
 ギガデリックは、ニィっと得意気な笑顔を浮かべる。それを見てジェノサイドは哀しそうな笑顔をした。ゴーグル越しでその表情は良くは見えなかったけれど。
「ねーぇ、ギガ君。無数の人間たちの中に、そういう不思議な力を持って生まれてくるのは、神様からの贈り物だと思わないかい?」
「はァ? 神なんかいるわけねーじゃん」
 片眉だけ釣り上げて、目を細める。神なんて想像上の存在でしか無いと、ギガデリックは考えていた。
「神だとかオバケとか、オレは信じねーよ。目に見えねーじゃん」
「リアリストなんだねー」
「ジェノ兄はどーなんだよ? 願いごとでもあんの?」
「んー。気が…楽になれるかもしれないから…。ギガ君は、その力のせいで不運になった事を呪ったことはない? 神様の所為にできるでしょ~?」
「いもしねーヤツの所為にしても、気は晴れねーよ」
「そうだね」
 自嘲にも似た表情でジェノサイドが答えた。キーボードの入力を終え、目玉の天辺に繋がっていたケーブルを引き抜く。
「面白いこと、教えてあげる~」
「あ? 何だよ」
「ギガ君、きっとビックリするよー」
「だから、何?」
「つい昨日、7区の研究員が、神様の波長を見つけたんだって」
「はァッ?」
 いかにも馬鹿馬鹿しそうなことだと言わんばかりに、ギガデリックは大声を出した。第7地区のことは、少しだけ知っている。話に聞いただけだけど、動物を合成したり、変なバケモノを造っているらしい。いかにも怪しいし、信じられない研究だった。
「あとは、その波長を、どう具現化するかが課題だって、報告されてるよ~。もし、成功したら見に行こうよ~」
「超ウソくせー!」
 ギガデリックは舌を出して苦い顔をする。だいたいココの研究員なんて、空想をダラダラと長い語りで本当のように言い聞かせてしまう、限り無く現実に近い空想に溺れた、変なことばっかり考えているヤツらの集まり。
 はぁと溜め息をついて、ギガデリックは目玉を浮かせた。目玉はころりと空中で回転して、大きな目でパチパチと瞬きする。
「軽い…」
 ぽつりとギガデリックが無意識に呟いた。
 負担が、軽くなっていた。いつも機械を操る時には、かなりの集中力を必要とするものだから、グッと力を入れなければならなかったのに。人工知能を入れてもらった目玉は、ちょっとその存在を意識するだけで、思うように動いてくれるようになっていた。
 すっかり機嫌が良くなったギガデリックは、椅子から立ち上がって自分のお気に入りの帽子を投げた。命令しなくても、目玉はヒュンと動いて、放り上がった帽子を自らの丸い身体の上でキャッチした。
「おー、いい感じ!」
 フワフワとギガデリックの前に目玉は下りて来て、手の出しやすい位置で止まり、帽子を差し出すようにピョコピョコと上下に揺れる。
 ギガデリックは帽子を受け取って被り直すと、目玉をぎゅっと抱き締めた。
「何か、生き物みてーだな。ジェノ兄、サンキュー!」
 万遍の笑顔でお礼を言うと、ジェノサイドはドウイタシマシテと言い、にっこりと笑った。
 それから、ギガデリックは目玉と追いかけっこをしたり、目玉の上に乗って浮かんでみたりと、狭い部屋で遊びながら、ジェノサイドの仕事の様子を眺めていた。パソコンに向かってキーボードを打って、手元の紙に何かの図形を描いたりと、その繰り返し。時々、あくびをして、くしゃみをして。
「なぁ?」
 ギガデリックは目玉に乗ったまま、ジェノサイドの横に寄った。
「なーに?」
「ジェノ兄はさ、ココ来る前は、何してたんだ?」
「ん~。この施設に来る前は、別の施設にいて、誰も入らせてもらえない白い無菌室で暮らしていたよ。小さい頃から頭だけは良かったから、点滴しながら大学の教授をしてたんだー。“モニター越しの若教授”なんてアダ名まで付けられちゃってさー。面白いよね~」
 ジェノサイドは、小話のようにけらけらと笑いながら語る。
「ココに来てからは、薬貰ってるから、こうして他の人と同じ部屋に居られるようになったんだよ~」
「ふーん。生まれた時から、そんな弱っちかったのか。じゃあさ、ココに来て、普通の身体になって、良かったじゃん?」
「…そうだね」
 ジェノサイドは薄く笑った。
 その様子に、何か引っ掛かるものを感じたが、乗っている目玉がピクッと反応して、部屋の出入り口の方を向いた。
「マスター、コーヒー持ってきたよ」
 ドアが開いて入って来たのは、ジェノサイドのとは違う形のゴーグルを着け、首周りに派手な羽飾りを纏った髪の長い男。研究員にしては、あきらかに不自然な格好だった。
「おや、君が噂のギガデリック君かな?」
 その男は、こちらを見ると、声をかけてきた。
「誰だ、テメェ」
「ボクはホリック。マスター…ジェノサイドの助手…かな?」
 チラリとジェノサイドの方を見遣るホリック。ジェノサイドはぷっと噴き出した。
「“お手伝い”でしょー?」
「その呼び方、やめて欲しいのだがね。いかにも雑用って感じがしないかい?」
 ホリックは、デスクの上にコーヒーカップの乗ったトレーを置いた。
「え~、実際そうでしょー? ギガ君にもコーヒー淹れてあげて~」
「了解。ギガデリッ君は、砂糖とミルクはいくつ入れるかい?」
「あ!? んだよ、その呼び方、キモッ!」
 今までに呼ばれたことのない、変な呼ばれ方に、ギガデリックは顔を顰めた。しかし、ホリックは気にもせずに笑っている。
「良い呼び方だと思うのだがね」
「お前、キライ」
 ぷいっと顔を逸らせると、ホリックはクスクスと笑った。
「子供は、すぐ、拗ねてしまうのだね」
「テメェ、うぜーよ!」
 ムッとしたギガデリックは、乗っている目玉の天辺をポンと叩いた。その瞬間、目玉の目から、ビームが発射された。
「おや…」
 それを予測していたかのように、ホリックは避けた。結い上げた長い髪が、少しだけビームを掠る。目標に当らなかったビームは、部屋の壁を少しだけ抉って焦がした。
「避けんなッ!」
「危ないな。子供には相応しく無い玩具のようだね」
 ホリックは、やれやれと言ったような様子で肩を竦める。
「ホリック、ホリック!」
 ジェノサイドはあわあわと慌てて、ホリックとギガデリックの間に入った。
「ギガ君、ホリックは悪気があるわけじゃないんだよ~」
「ムカツク…」
 苛立ちを残したまま、身を引いたものの、ホリックを睨みつけてやった。ホリックは相変わらず余裕ぶった笑顔をしている。
「もー、帰る! そろそろ訓練の時間だし」
 ギガデリックは目玉から降りて、目玉を抱えた。
 ドアに近付いたところで、振り返る。
「ホリックとか言ったな、砂糖は4つ、ミルク5つだかんな。覚えとけよ!」
「了解」
 ホリックは変わらぬ表情で答えた。
 部屋を出てドアが閉まる帰り際、ギガデリックは、ジェノサイドがホリックに第2地区へ行くように頼んでいる声を聞いた。
「2区…」
 冷たい色の廊下を歩きながら、ギガデリックは呟いた。
 第2地区は、ここ『TOOL』の管理者がいると噂で聞いたことがある。ソイツは、ここの全てを知っているのだろうか。
 今まで気にもしなかったその存在が、少しだけ気になり始めた。
 
 
 
 
 
つづく

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