寝癖と本音

ギガジェノ風味のお話だよ。


 珍しく…いや、初めてジェノサイドはギガデリックの部屋へ訪れた。
 最近、部屋に来てくれないものだから、体調でも悪くしたのかと考えてしまう。最悪、訓練中に命を落とした…なんて事も考えられる。何せ、『TOOL』の事だから。
 ギガデリックの部屋の扉前に着き、インターフォンを鳴らしてみる。
 しかし、いくら鳴らしても返事は無く、不注意にも扉のロックはされていなくて。
 そうっと開いたドアの向こうには、床に散乱したお菓子の袋が見えた。お菓子が大好きなのは目をつぶるとしても、食べ過ぎとゴミを片さないのは良く無い。後でホリックを呼んで掃除してもらおう。
 部屋に入ると、ベッドの上に部屋主が静かに眠っていた。いつも連れている目玉型メカに囲まれて、そのひとつを抱き抱えて寝ている。目玉達も普段とは違い、瞼を閉じて停止している。
 ジェノサイドは、とりあえず少年の命が無事であった事に安心して、ふうと安息の溜め息をついた。
 ギョロリ。と、目玉の一つが目を開き、こちらを向いた。続くように他の目玉達も動き出し、ふわりと浮く。その中のひとつが、横になっているギガデリックの背中をポンポンと押した。
「…んー」
 むくりと身体を起こして、ギガデリックは、まだ眠たそうな顔で目を擦る。
「ぷっ」
 ジェノサイドは堪えきれなくて吹き出した。活発で鋭い印象の普段とは違う、その少年の仕草も愉快ではあったが、それ以上に愉快な現象が起きていた。
 ギガデリックの頭には、ぴょんぴょんと二カ所、ちょうどネコか犬の耳の様に、髪に寝癖が付いていた。
「あー? ジェノ兄、何か用?」
 本人は気付く事無く、後ろ頭をボリボリと掻きながら話し掛ける。
「あ…、特に用事は…無いんだけどね~」
 くすくすと笑いが漏れる。その様子に、ギガデリックは片眉を上げた。
「何?」
 口調が少しだけ鋭くなる。
「いや、別に…」
「何だってんだよ。答えろ」
 ギガデリックは目を細くして、荒い口調になった。これはまずい。機嫌を損ねては、どんな仕返しをされるか解らない。
「ギガ君の髪形がね…」
「あー?」
 ギガデリックは自分の頭に両手を添えて髪を撫で付ける。
「昨日、髪乾かさねーで寝ちまったからなー。ボサボサしてる?」
「そのままの方が可愛いよ~」
 髪を直してしまうのが惜しく思えて、思わず本音が出てしまった。
 ピタリと、ギガデリックは止まって、ジェノサイドをじっと見る。
「何で?」
 いつもよりも低い声で問われた。墓穴を掘った気がした。
「何で?」
 もう一度、問われた。しかも、更に声が大きくなって。
「えっ…。そのー、か・髪形がね、猫か犬の耳みたいで…」
「ふーん」
 ギガデリックは嫌に冷静に頷いて、目を閉じた。
「ジェノ兄はさ、それを見て笑ってたんだ?」
「いや…、う~…」
「笑ったよな?」
 ギッと鋭い視線を向けられた。ギガデリックの闇緑色と灰色の瞳が、真紅色に変わった。
 一瞬にして、キィンと空気が張り詰める。
 ふわりふわりと何の気無しに浮いていた目玉達が、途端にピタリと止まりジェノサイドに目線を集中させた。
 場が凍るような緊張感に、ジェノサイドの身体が固まる。
 この少年が有する、機械を操っている特殊能力の波長がそうさせるのか、この少年が怒ると周りの空気が鋭利な刃物の様になる。
 同時に、部屋の蛍光灯が、本来以上の強い光を放って、ちかちかと点滅し始めた。ギガデリックの特種能力は、無意識に機器の限界を超えさせる。
 完全にギガデリックの機嫌を損ねてしまったと確信したジェノサイドは、ここは逃げるべきだと判断した。感情の昂りは激しいけど、それは長続きしない事も知っていた。幸いな事に、ドアまでは1メートルの距離も無い。
 ギガデリックに気付かれないようにドアを開けようと、後ろに手を伸ばす。
 カキュン。
 嫌な音がした。ドアがロックされる音だった。
 気付かれてる…!
 ジェノサイドは、ばっと身体を翻して、ドアのテンキーに、この部屋のロック解除の番号を素早く入力した。
 ERROR。
 その文字が表示されると同時にジェノサイドは機転を効かせ、今度は『TOOL』の全てのドアを開けられる、ごく一部の者しか知らない裏の解除番号を入力した。
 ERROR。
「!?」
 血の気が引いた。
 すでに手後れ。この部屋の全ての機械は、『TOOL』の管理者であるエレクトロの管理下よりも、ギガデリックの支配下の方が強くなっていた。
 恐る恐る、振り返ってみる。
「オレの質問に、答えてねーのに、帰れるわけねーじゃん」
 さっきと変わらない、ベッドの上に座ったままの姿勢で、ギガデリックは言った。もちろん、寝癖もそのままだけど。
「笑ったよな?」
「…え~っと…」
「何しに来たのかと思ったけど、…笑いに来たのかテメェ?」
「ち・違うよー! ギガ君、最近、僕の部屋に来てくれないから! 心配して来たんだよ~! ここまで来るのに、14回も転んじゃったんだから!」
 必死に弁解してみると、ギガデリックは、きょとんとした顔になった。目玉達は攻撃体勢から警戒体勢に戻り、ゆっくりと空気に漂い始める。
「変なの。何でジェノ兄が、心配すんの?」
「だって…いつもは、毎日のように来てくれるでしょ~? 突然、四日も来ないんだもん…てっきり…」
「あ、そ。心配してくれんのは、悪い気はしねーな。ジェノ兄んとこ行かなかったのは、何となく行く気がしなかっただけ。明日は行こうと思ってた」
「そう…」
 ただの気紛れだったのかと知ると、遣る瀬無くて、ジェノサイドは苦笑いを浮かべた。
「…それは分かったけど!」
 ギガデリックは、再び声を荒らげた。まだ何か怒っているらしい。
「ジェノ兄、こっち来い」
 無表情で手招きされて、ジェノサイドは、無言で従った。
「ここ、座れ」
 ベッドの上に指を差され、大人しく指定された場所に座る。
 ギガデリックはベッドから降りて、同じ目線の高さで、顔を近付けてきた。瞳の色は元の闇緑色と灰色に戻っている。殺気ほどの怒りでは無くなったらしい。血を見る事にならずに済んで、ジェノサイドは内心ほっとした。
「心配で来たクセに、笑ったの?」
 それか。
 ジェノサイドは、ギガデリックがまだ怒っている理由を思い出し、僅かに顔を逸らせた。
「じゃ、オレもジェノ兄のこと、笑うから」
 ギガデリックは不敵に笑って、すっと手を上げた。それに反応して目玉のひとつが動き、部屋のどこからか整髪料を持ってきた。
 まさか…。
 予感はそのまま的中で。目玉達は自らのコードを出して器用に、ジェノサイドの髪を掻き上げていく。
 五分もしない内に、ジェノサイドの髪の毛には白銀色の耳が出来た。ギガデリックよりも髪が長い分、立派な耳に出来上がっている。
「んー。可愛いっつーか、キモイな」
 あっさりと酷な発言をして、ギガデリックは笑った。
「よし。そのまま、帰れ」
「えっ!」
「途中で直したりしたら、許さねーかんな」
「…や、ヤダよ~! 誰かに会ったら、ハズカシイよ~!」
「ダメ。早く帰れよ、ニャンサイド!」
 変なあだ名まで付けられた。
 ギガデリックがドアを一瞥すると、ドアが開く。
 誰かが通りかからないとも限らない。ジェノサイドは髪の耳を隠すように頭を抱えた。
「このままじゃ、廊下歩けない~ッ!」
「何? ヒゲも描いて欲しい?」
 一体の目玉の側面に丸く穴が開き、ギガデリックはそこに手を入れると、ペンを出してキャップを開けた。指の隙間から、『油性』の文字が見えた。
「それは、もっとヤダ~!」
「右と左に、三本な」
「待って、待ってぇ~! やめて! もう絶対、寝癖で笑わないから~! 許してー、オネガイ~!」
 わたわたと手をバタつかせてから、手を組んで懇願する。
 ギガデリックは少しの間、無言でいたが、やがて口を開いた。
「何か泣きそーだし、今日は気分いいから、許してやる」
 表情の柔らかい笑顔でギガデリックは言い、再びドアの方を見遣ってドアを閉じさせると、ぴょこりと膝の上に跨がってきた。
 ギガデリックの支配下から離された目玉達が、機能停止してゴトゴトと床に落ちる。それは、ギガデリックが完全に別の事に気が向いた証拠。
「ジェノ兄さ、オレがいなかった時、オレの事考えてたんだ?」
 お互いの鼻先を掠めるように顔を近付けて、ギガデリックが嬉しそうにくくっと笑った。そしてジェノサイドの首に腕を回して抱き着くと、頬に小さく口付けた。
「バーカ。オレが死ぬわけねーよ。オレ、強いじゃん。ヨケーな心配だっての」
「そうだね」
 ジェノサイドは静かに頷いて、ギガデリックの背中手を伸ばして、ぎゅっと抱き締めた。
「ギガ君、大好きだヨ~」
「何だよ、イキナリ」
「ギガ君が素直じゃ無いから、代わりに僕が素直になるの」
「何だそれ。変なの…」
 それから、どちらからというわけでも無く、二人はそっと唇を重ねた。
 
 
 
 
 
終わる

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