TOOL 8

「だーから! 2区ってのは、どこだっつの!」
 子供の大声がする。
 丸いシェルターがある、あの部屋。そっと覗き込んで見ると、自分と大差ない年齢の、赤い帽子を被った少年が、研究員の胸ぐらを掴んでいた。背が足りないので、持ち上げるまでには至っていないが。
「2区は立ち入り禁止だ!」
「知るかっての! 教えねーと、ぶん殴…」
 と、言いかけて、少年はピタリと言葉を止める。
 アーミィは、少年に偽造都市で拾った銃を向けていた。気配を読まれない様に部屋に忍び込んだはずなのに、どうして少年に感付かれたのだろうか。
 ハッとして、アーミィは横に飛び退いた。自分がさっきまで立っていた位置のすぐ後ろに、一抱えはある大きな緑色の目玉型のメカが浮いている。その目が、こちらを追っていた。
「あー?」
 赤い帽子の少年が、突き飛ばすように研究員から手を放して、こちらを向く。確証は無いが、この少年と目玉型のメカは、情報交換をしている。そうでなければ、気付かれるはずは無い。
「アーミィ、そいつを追い出せ」
 研究員が言い、部屋の隅に下がる。
 アーミィは無言で頷いて、身構えた。
「アーミィ…、お前、アーミィね。オレ、ギガデリックってんだけどー。…何? オレと喧嘩すんの?」
 ギガデリックと名を明かした少年は、へへっと笑った。目玉型メカが音も無く空中を移動し、少年のすぐそばに寄り添う。
「出て行って」
 アーミィは、短く言い放った。
「2区の場所、教えろよ。そしたら出てってやるっつの」
「それは言えない」
「何だよ、いーじゃん、教えてくれたってさ」
 ギガデリックが、顔を顰めて口を尖らせた。
「どーせ、お前もさ、訓練ばっかやってて、知りたいコトなんか、教えてもらってねーんだろ?」
「……」
 アーミィは、少しだけ目を細めた。このギガデリックという少年は、特に深い意味も無く皮肉を言ったのだろうけれど、心当たりのある発言だった。
「研究員ぶん殴ったら、後で怒られるからメンドくせーし…。お前なら喧嘩してもよさそーじゃん?」
 キィンと、場の空間が張り詰めた。空気が鋭利な刃物になったかのような感覚がする。
 ギガデリックの深緑色と灰色のオッドアイが、両目とも真紅色に変わる瞬間を見た。
 目玉型メカが、確かに1つであったはずなのに、まるで重なっていたかのように、その後ろから全く同じ大きさの目玉型メカが2体現れた。
 常識では考えられない現象が同時に起こり、アーミィは気を張った。
 増えたのは、桃色と、橙色。3体になった目玉型メカは、ギガデリックを中心に、三角形の頂点の位置するように移動して止まった。
 戦闘体勢万全というわけだろう。
 アーミィは、ぐっと身を屈めて身構えると、銃口を向ける。狙いは、右前椀。ギガデリックの動きから、利き腕は右だと知れた。目玉のメカがどんな行動をするにせよ、操っている者の戦意を止めれば良いはず。利き腕を奪えば、動揺するだろう。
「アーミィ、殺すな。多少、負傷させて構わん」
 部屋の隅でじっとしている研究員が言った。その言葉に、ギガデリックが首から下げているネームプレートに目が行く。11区の重要実験体である事が暗号で明記してあった。
 第11地区。稀に研究員たちが話している事があったが、内容までは記憶していなかった。興味の無い事だったし、自分には関係なかった。
 しかし実際、11区の実験体…つまりは11区の【アーミー】のような存在だろうか…それと対峙する事になろうとは。今まで戦ってきた、6区の【アーミー】たちのようにはいかないだろう。
「外野、ウルセ。ったく、テメェがさっさと2区の場所言やいーっつの! バカちんが!」
 その、ギガデリックが研究員に顔を向けた瞬間、アーミィは銃のトリガーを引いた。
 銃声とほぼ同時に、ギギッっと鉄を擦り合わせるような不快な音が部屋に響いた。
「っ!」
 アーミィは、ドキっとして、一歩下がった。
 弾丸が、空中で止まっている。
 僅かに、赤く光る半透明の細い線の円が空間に発生していて、その中心で弾丸が壁にでも当ったかのように、潰れて止まっている。
 良く見ると、桃色の目玉メカが目を大きく見開いていた。
「不意打ちってヤツ? オレに効くワケねーじゃん」
 ギガデリックが、べぇっと舌を出した。その次の瞬間、顔を少しだけ伏せ、笑顔でギロっと睨んだ。
 その攻撃的な笑顔が合図だったのか、橙色の目玉メカが、ヒュっと襲い掛かってくる。
 大きな瞼を閉じ、再び開けた時には瞳は無く、代わりに鉄の刃がびっしりと生えていた。それはもう目玉と呼ぶよりは、口と呼んだ方がいいかもしれない。大きく開いて、噛み付こうとしてきた。
 アーミィは身軽に右に跳んで避け、ギガデリックの方を見据えると、今度は緑色の目玉メカがその場から動かずに目を大きく開けた。
 ビュンと無機質な音が響いて、細い光の筋が飛んでくるのを素早く屈んで避ける。
 そうか…と、アーミィは思った。
 桃色が防御、橙色が接近攻撃、緑色が遠距離攻撃という役割らしい。
 間髪入れずに、再び橙色の目玉が噛み付こうと大口を開けて向かってくる。壁際に寄って避けると、その目玉は勢い余って鋼鉄の壁にかじり付いた。それで少しは怯むであろうと思っての計算だったが、見事に壁を喰い千切り鋼鉄の壁に歯形を残して、直ぐさまこちらを向いた。
 そうこうしていると、緑色の目玉からレーザーが飛んで来る。
 滅茶苦茶だ。アーミィは苦い顔をした。常識外れな存在じゃないか。11区の【アーミー】は、全員に特殊な能力があって、こういう戦い方をするのだろうか。…いや、重要実験体と明記があった事を考えると、数少ないサンプルなのだろう。可能性的に、このギガデリックという少年だけなのかもしれない。
 当のギガデリックは、高みの見物でもするかのように腕を組みながら、僅かに緊張を含んだ笑顔でじっと戦闘を見ていた。その表情は殺意のあるものではなく、どちらかと言えば、興味と期待に満ちた興奮の笑顔だった。
「くっ…!」
 左足に熱と痛みと痺れ。避け切れなかったレーザーが足に当った。しかし、足に穴が開く事は無く、中程度の火傷で済まされた。避けて外れたレーザーは、鋼鉄の壁を少し溶かしてしまうほどの威力であったはずなのに。
 まさか。命中する事を知っていて、威力を弱めたとでもいうのか。
 その態度がどこか腹立だしくて、アーミィはギガデリックに弾丸を放った。…が、それは同じく桃色の目玉のシールドに阻止されて、虚しく弾丸を床に転がした。
 火傷の痛みは特に問題は無いが、痺れてしまったのは辛い。動きが鈍い。
-右に避けて-
「!?」
 突然、どこからか声が響いた。反射的に言われた通りに右に避けると、その場の床に橙色の目玉が噛み付き、その左側をレーザーが通って行った。
 声の主を探そうとあまり広くは無い部屋を見回すが、それらしき人物はいない。声の感じから、自分と同じくらいの子供の…自分に良く似た声だった。
 その後も、主の見当たらない声は、避けるべき的確な方向を教えてくれた。謎の声に助けられて、アーミィは足の痺れも負担にならずに攻撃を躱せていた。
-銃を 右上の天井へ撃って-
 今度は、避ける方向では無く、攻撃の方向。しかし、その方向は、ターゲットであるギガデリックどころか、何も無い所だった。
 だが、アーミィはすぐにその言葉の意味に気付き、言われた方向へ、トリガーを引いた。
 桃色の目玉が目を大きく開けた。
 …が。
「うわぁッ…! いってぇ! 痛ぇーッ!!」
 ギガデリックは口いっぱいに大きく叫んで、その場にしゃがんで腕を押さえる。
 弾丸は、シールドの奥に居るギガデリックに当った。天井を反射して。
 一度、反射して威力の弱まった弾丸は、右前椀を貫通する事無く、腕の中に弾丸が残る状態となった。押さえている指の隙間から、じわじわと血が流れ始める。
 アーミィは、それを見て、どこか安堵した。この不可思議な能力を持つ少年が、自分と同じ血の色だったからかもしれない。
 目玉メカたちは、主人の負傷と同時に、空中で動きが停止していた。
「ぅぐ…、くそ…、熱いし、超痛ぇ…! すっげムカツク!」
 目に涙を浮かべて、ギガデリックが睨み上げる。
 その目線の先は、こちらの顔では無く、手にしていた銃を見ている。
 持っていた銃がビクリと動いた気がした。カンと乾いた音がして、銃が軽くなる。弾倉が外れて、床に落ちている。その後には、銃がバラバラに分解されて手から落ちていった。
 信じられない光景に、アーミィは、身体が固まった。普通では考えられないが、ギガデリックが手も触れずに銃を分解したとしか思えない。
 こんな能力まで持っているとなると、人体にも影響する能力も持っている可能性も考えられる。
 痛みに慣れていない事から、戦闘訓練は受けていないのだろうか。ダメージを受けた事が極端に少ないのかもしれない。
 ギガデリックが、ふーっと長く息を吐くと、目玉メカたちが浮いている高度を徐々に下げて、ギガデリックの頭の高さで止まる。3体が同時に、こちらを向いた。
 緑色の目玉メカの後ろから、また重なっていたかのように、今度は薄紫色の目玉メカが現れた。それはこちらに向く事無く、ギガデリックの負傷した腕の前で止まると、丸い体からコードのようなものを数本伸ばす。弾丸の埋まった箇所にコードの先を集めて、弾丸を取り除こうとしていた。
「まだ、喧嘩、続けてや…」
 と、言いかけて、ギガデリックは思いっきり息を吸い込んだ。
「~~~っだああああーッ!! イデデデっ! 麻酔、効いてねーっつの! ヤダヤダ、やめろ!!」
 薄紫色の目玉メカをバンバンと叩く。
 目玉メカたちは慌て始め、キョロキョロと辺りを見回したり、ウロウロと不規則に動きだした。
 緑色の目玉メカが、ギガデリックの顔を覗くように、そっと近付く。
「え? 来んの? 今?」
 何か、会話でもしているのだろうか、ギガデリックは驚いた表情を浮かべて、開きっぱなしになっていた部屋の出入り口の方へ目を向けた。
 数秒後、出入り口にフラリと、身長の細長い銀髪の青年が現れた。赤と黒の奇妙な服を着て、黄色いゴーグルをかけている。
「ギ、ガ、く、んー!!」
 その青年は、息を切らしながら、堪えるような低い声を出す。
「ジェノ兄…」
 ギガデリックは、きまりが悪い顔をして、肩を竦めた。
「もー! ギガ君が6区で迷惑かけてるって連絡もらって、ここまで、走って来……ああー! ギガ君、怪我してるの~!? 痛い? 痛いよね? すぐ治してあげるから!」
「んー。麻酔、さっきよか効いてきたみてーだから…あんまし痛くねーや。平気じゃね?」
「平気なワケないでしょー! 血が出てるんだから! 痛く無いからって、放っておくと、大変だよ~!」
 どうやら、銀髪の青年は、ギガデリックという実験体の担当者らしい。…その割りには、随分と対等に会話をしているようだけれど。
 張り詰めていた空気が元に戻り、4体に増えていた目玉メカは、いつの間にか緑色の1体のみになっていた。
 銀髪の青年は、ギガデリックの腕に応急処置をしながら、研究員に頭を下げている。
 研究員は、文句を言っているようだったが、ギガデリックはつんと顔を背向けていた。
「ほら、ギガ君、『ごめんなさい』は?」
「はぁ? 何で謝んなきゃなんねーんだよ。喧嘩していいみてーなコト、言ってたんだぜ?」
「どうせ、その原因を作ったのはギガ君でしょ。はい、謝る!」
「何だよ…。……悪かったな…」
 小さな声でぼそぼそと謝るギガデリック。それを見て、銀髪の青年は満足したようだったが、研究員の顔は渋いままだった。
「アーミィ…だっけ?」
 くるりとこちらを振り返って、ギガデリックが声をかけてきた。
「お前、頭いいじゃん。オレに銃の弾当てたの、お前が初めてだぜ。痛ぇのはムカツクけどさ、お前はムカツカねーな」
 そう言って、ギガデリックはニィっと笑った。
 全く警戒心の無い、殺意も無い笑顔。アーミィにとっては、初めて見る類いの笑顔だった。
 その笑顔への対応が解らず、アーミィはゆっくりと頷くのが精一杯だった。
「ごめんね~、軍人君。ギガ君を相手に、大きな怪我しなかっただなんて、すごいね~。ギガ君と歳の近い子が少ないからさ、今度またギガ君と遊んであげてね。あ、今度は喧嘩じゃダメだよ~。普通に仲良く遊んでね!」
 銀髪の青年も同じく、何の殺気も冷たさも無い。
 他の人と明らかに違う二人。でも、決して悪い感じはしない。
 何だろう、この感じは。
 銀髪の青年は、ギガデリックの手を引いて部屋を出て行った。
「なーんかさ、アーミィとジェノ兄って、似てんのな」
「え~? どこが~?」
「んー、何か、雰囲気っつーか、感じっつーか…。…よく分かんね」
「僕の小さい頃っぽい? 髪が同じ色だから」
「ジェノ兄、アーミィみてーに早く動けねーじゃん。やっぱ、全然似てねーな」
「あはは~」
 と、そんな会話が段々と小さくなっていくのが聞こえていた。
「まったく…。あんな乱暴な実験体に、何故、レベル3もの行動許可範囲を与えているんだか。さっさと洗脳してしまえば良いのに。噂には聞いていたが、ジェノサイド博士は、相当な変わり者だな」
 二人が去った後、研究員は溜め息混じりに独り言を言って、デスクの上の書類をまとめた。
「アーミィ。私は4区に行く。代わりの者が来るまで、この部屋に誰も入れるな」
 そう言い残されて、アーミィは、独りになった。
 レーザーの焦げや歯形の痕が所々にある部屋の中で、ふと気が付くと、その痕が徐々に小さくなっているように見えた。
 壁に近付いて、その大きな歯形の痕にじっと見入っていると、やはり見間違いではなく、大きな痕は小さくなっていく。もしかしたら、あの偽造都市の崩壊したビルも、こうして直っているのかもしれない。
-エレクトロが 直してくれている-
「え…」
-この施設は エレクトロの一部だから 彼のナノマシンが直してくれる-
 また、あの声。しかし、周りを見回しても…。
 と、そこで気付いた。もうひとり、この部屋に居る。
 アーミィは、丸いシェルターのある場所から、少し離れた位置の壁に背を付けるように座り込んだ。シェルターの中の少年に目線を向ける。中の少年は、眠っているように、ずっと目を閉じたままだった。
「…ねぇ」
 いつもよりも大きな声で、その目を閉じたままの少年に声をかけてみた。ぶ厚いガラス越しに、自分の声が届いているのかどうかなんて、解らないけれど。
「さっきの声、君でしょ? どうして、助けてくれたの?」
-アーミィは 僕と同じだから-
 頭の中に響く声。
 間違い無い。このシェルターの中の少年が、直接、頭の中に話し掛けている。
「同じ…」
 やはり、新しい【アーミー】なのだろうか。
「君は、誰?」
-僕はミニマ 最初の【アーミー】-
「最初の…【アーミー】…?」
 ミニマという少年の言葉に、アーミィは息が停まりそうになった。
 
 
 
 
 
つづく

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