TOOL 11

「暇!」
 部屋に響く、短くも素直な不満の大声。
 その声に、主人の怒りがぶつかってくるのではないかと、緑色の目玉型メカがビクリと動いた。
「あー、つまんね」
 ギガデリックは、ぷぅとほっぺたを膨らませて、ベッドの上で寝そべりながら、足をバタバタさせた。
 ジェノサイドに6区から連れ戻されて、今に至る。
 あまり外出しちゃダメだよ…と、ジェノサイドに念を押された。
 押されたが…。
「知るかっての!」
 ギガデリックは、がばりと勢い良く起き上がった。
 知りたい事が、いっぱいあるのに、じっとしてなんかいられない。
「…ジェノ兄が何も教えてくれねーから、悪いんじゃん」
 なぁ?…と、目玉メカに向かって同意を求めると、目玉メカは、返答に困ったように、くるりと横回転した。
「出かけるぞ」
 ギガデリックはベッドから下りて、灰色の冷たい廊下へ向かった。
 
 静かな廊下。
 人の気配が無いと言うよりは、死んだように静まり返った無気味な空間。
 高くも無い天井に点々と続いている蛍光灯が薄暗く、足下を照らす常夜灯が冷たい色の光を放っている。
 どうやら、今は夜らしい。
 外に出してもらえず、外を眺める窓すらも無い環境で、時間はすっかり時計の数字任せだった。
 だけど、ギガデリックは、そんな時計任せの生活が不安に思えていた。今、本当に外は夜なんだろうかと疑いたくなる。
 いつも同じ温度に保たれたこの施設の中は確かに快適だけど、陽光の暖かさも、雨に打たれる心地よさも、そよ風の爽やかさも感じられない。
 幼い頃から、当り前だった世界が、何だか遠くの世界のように思えるようになってしまった。まだ、この施設に来て、1年も過ぎていないのに。
 この施設にスカウトされて連れて来られたものの、その目的もイマイチ分からない。
 心に引っ掛かるものを感じながら、ギガデリックは、その気持ちが何なのか言葉にもできずに、ずっと黙って押し殺していた。
 だからこそ余計に、何でもいいから、知りたいのかもしれない。
 何でもいいから、知れば、きっと何か変わるような気がする。それが、良い方向なのか悪い方向なのかは分からないけど。
 何かを知るには、きっと第2区にいる管理者とかいうヤツに会う必要がある。これだけは、確信していた。
 それと、もうひとつ。
 研究員の目的が終わったら、この施設を出て、自分の両親に復讐をしなければならない。
 この能力を理解してくれなかった両親を、この能力で。
 ギガデリックは、大きく息を吐いた。
 自分の後ろを、ふわりふわりと一定の距離で着いて来ていた目玉メカが、ピクリと動く。その普通の人間では聞こえない電子の声の電波を、ギガデリックは聞き取った。
 前から研究員が歩いて来るらしい。
 薄暗い廊下の20メートル先は、暗闇で見えなかったが、そのまま歩き続けると、やがて白衣が浮かび上がるように見えてきた。
 夜勤というわけでもなさそうだが、研究員は疲れたような無表情の顔で、じっとギガデリックを見詰めながら近付いて来る。
 殆どの研究員が、同じ雰囲気だった。どうしてあんな目で見るのだろう。自分のもつ特殊な能力に恐れているような目では無い。かといって、頼りにしているような目でも無い。声をかけてくるわけでのないのに、お互いの身体がすれ違うまでじっと見てくる。
「ムカツク」
 すれ違った研究員に聞こえるように言ってやったが、研究員は何事も無かったように、そのまま過ぎ去って行った。
 その態度にカッとなって振り返ったが、目玉がふわりと動いて視界を塞いだ。主人を思っての行動だった。
 研究員に手出ししてはいけない…と、散々言われているのを思い出す。
「…解ってるっつの!」
 荒々しく言って、ギガデリックは再び廊下を進む。
 宛も無く進み、いつもは通らない階段を下りてみた。下の階も、同じような廊下が続いていて、ギガデリックは、更に階段を下りた。
 その下の階も、そのまた下の階も同じ。
「何階あるんだよ…。メンドクセ」
 ギガデリックが口をへの字に曲げて、あからさまに苛立ちの表情を浮かべ始めた頃、その階の廊下で人のすすり泣きが聞こえた。
 その泣き声を聞いて、ギガデリックは表情を苛立ちから興味へと変えた。
 階段の踊り場から、廊下へ入ると、2つ先の部屋のドアが半開きになっていた。どうやら、泣き声はその部屋かららしい。
 普通の人だったら、こんな薄暗い夜中にすすり泣きが聞こえたら、少しながら恐怖を感じるかもしれないけど、ギガデリックは心霊現象は完全否定派だった。
 機械を操れるのは、心霊現象に近いんじゃないの?…と、ジェノサイドに言われた事もあったけど、それとこれとは別。
 ギガデリックは臆する事無く、部屋を覗く。
 部屋の中には、部屋の隅っこで、常夜灯だけに照らされたピンク色の少女が座っていた。肩を震わせて、声を抑えるように泣いている。
「なー、何で泣いてんだ?」
 近付いて声をかけてみると、少女はびくっとして顔を上げた。その顔が、思っていたよりも可愛らしく幼い顔で、ギガデリックは言葉に詰まった。
 少女の方も驚きの顔を見せていたが、ふっと顔を赤らめて、今度は、わぁーっと泣き出した。
「な…何だよ! オレが泣かしたみたいに泣くんじゃねーよ!」
 いくら怒鳴っても、少女は大粒の涙を零すばかりで、話にならない。
「泣くなっつの! ウゼーな…。オレ、何もしてねーじゃん。オバケじゃねーんだから、怖がんな」
 何を言っても変わらず泣く少女に、怒りを通り越して困惑してきた。
「くそー、何だっての。…オマエ、何?」
 声の大きさを下げ、ゆっくり話してみると、少女の泣き声は元のすすり泣きくらいにまで、落ち着いた。
 良く見れば、少女の足には足枷が付いていて、近くの壁に繋がっている。
 コイツは実験体か…と、ギガデリックは思った。実験体は、どんな能力があるか解らないから、不用意に近付くのは危ないと、ジェノサイドに言われていた事を思い出す。人の姿をしていても、危険な実験体だっているらしい。
 少女は、ひとしきり泣き終わったらしく、腫れた目で見上げて来た。
「あ? 何だよ」
 ギガデリックが首を傾げると、少女は目を丸くした。
「あなたこそ、だぁれ?」
「オレは、ギガデリックってんだけど」
「わたしね、サン・ホライゾン。ごめんね、せっかく来てくれたお客さんなのに、ここには紅茶もおかしも無いの…」
 少女は、申し訳なさそうな顔をする。
「お菓子? なら、オレのやるよ」
 ギガデリックは、傍に浮いている目玉メカを軽く叩いた。目玉メカの天面に穴が開き、ギガデリックはそこへ手を入れると、クッキーの入った袋を出して、少女に渡した。
「わたしに?」
「うん、食っていいぜ」
「ありがとう!」
 少女は万遍の笑顔でお礼を言い、大事そうにクッキーの袋を受け取った。
「お前、何で泣いてたんだ?」
 ギガデリックは、少女の前に座って、少女と同じ目の高さで質問する。少女は両手を床に付け、身を乗り出すように顔を近付ける。話がしたいらしい。
「わたしね、寂しかったの」
「寂しい?」
「うん…。いつもね、ここにいるの。時々、研究員さんが、ご飯を持って来てくれるだけなの」
「ふーん。部屋から出してもらえねーの?」
「出ると、怒られちゃうから…」
「オレも好きじゃねーな、研究員。ムカツクし。どっちかっつーと、キライ」
 ギガデリックがわざとらしい嫌悪の表情を浮かべると、少女はクスクスと笑った。そのあどけない笑顔は、危険な雰囲気は全く無いし、攻撃してきそうな実験体には見えなかった。
「ねぇ、ギガデリックくんは、わたしと同じ力を持ってるの?」
「んー?」
 少女の問いに、ギガデリックは、パチパチと瞬きをする。
 少女は、ギガデリックの傍に浮いている、目玉メカを見詰めた。
「わたしもね、物を浮かせられるの」
 そう言って、少女はギガデリックから貰ったクッキーの袋を手に持つと、ふわりと上へ投げた。
 すると、袋はゆったりと空中へ浮いて漂い始める。
「おー! スゲーじゃん」
 ギガデリックは感嘆の声を上げた。
 確かに、物を浮かせる能力があるらしい。けれど、ギガデリックの能力では、本来浮かぶ機能の無いクッキーは浮かせる事は出来ない。似てはいるかもしれないけど、違う能力だった。
「んー、でも、ちょっと違うなー。オレの能力は、機械を自由に操れるってトコだからな」
「機械?」
「そ。オレの命令が聞けねー機械は無いんだぜ」
 自慢げに答えると、ギガデリックは天井の蛍光灯を一瞥した。
 時間外の点灯命令に従い、蛍光灯が灯り、部屋が明るくなる。
 少女は眩しそうに目を堅く閉じたが、すごいすごいと、身体を揺らして喜んだ。その様子に、ギガデリックは上機嫌だった。
「ギガデリックくん、探し物してるの?」
「え? 何で?」
 少女の、突然お問いかけに、ギガデリックはきょとんとした。
「わたしね、人の心がわかるの。こう…楽しいとか、悲しいとかの気持ち。ギガデリックくんは、何か探してる。それが、みつからなくて、悲しい。そうでしょう?」
「あー。まー、そんな感じ…」
 ギガデリックは、当初の目的を思い出した。
「きっと、辛いことになるけれど、その探し物は、見つけた方がいいとおもうの」
 少女はにっこりと笑う。
「ギガデリックくんは、つよいから、大丈夫」
 確信を持って言っているかのように、少女の瞳は真剣なものだった。
 ギガデリックは、無言で頷く。少女の言っている事は、何となくだけど、心に響いた。
 それから、ささやかな別れを告げて、ギガデリックは、少女の部屋を出た。少女は、笑顔で手を振りながら見送ってくれた。
「何か、変わったヤツだったなー」
ギガデリックは、再び廊下を宛も無く歩き始めて、目玉メカに向かって言った。
「すげーよな。人の心が分かるとか言ってた。何かさ、オレ、この施設にいれば、普通なのかもな。ここにいれば、機械を操ってても変な目で見られないし、怒られねーし」
 いくら語りかけても、会話にはならないけど、ギガデリックは目玉メカに話を続ける。
「オレさ、迷ってんだよな。この施設で用事が終わったら、帰ってもいいって言われてんだけど、ここから出たら、また親とか周りに変な目で見られんじゃん…。まー、親はぶっ殺すつもりだけど」
 にわかに重い足取りになりながら、話すというよりは、呟きのように小声になる。
「メンドクセーことばっかやらされるケド。ここならオレの能力を否定するヤツなんかいねーし…。オレ、ずっと、この施設にいたい…」
 くるりと、目玉メカが横回転して、その大きな目を細くする。
「あ? 何だよ」
 目玉メカの行動に、ギガデリックは首を傾げた。目玉メカが目を細くするのは、嫌がっていたり怒っていたりの、あまり良くない意思表示だった。
「何がダメなんだっつの」
 ギガデリックの方も、不満の色を乗せた声をあげる。
 目玉メカは何も言わずに、ただ、ギガデリックの後ろで一定の距離を保ちながら付いて来ているだけだった。
 ひたすら歩くと、狭い部屋へ行き着いた。常夜灯の明かりが、無気味にエレベーターのドアを照らしている。
 この施設で、エレベーターがあるというのは、珍しい方だった。他の地区への移動専用機はあるけど、上下に移動するタイプのエレベーターは少ないらしく、ギガデリックもこの施設の中では、エレベーターを見るのは初めてだった。
 どうやら、このエレベーターは下に直通らしく、行き先のフロアは、1つしかないらしい。
「なぁ、このエレベーター、降りるとドコ行くの?」
 目玉メカに尋ねてみると、目玉メカは空中でひょこひょこと跳ねるような動きをする。嬉しいや、楽しいという意思表示だった。
「じゃ、降りてみっか」
 ギガデリックは、エレベーターのドアに電子ロックが付いているのを確認すると、ドアを開けるように念じた。ピピッと小さな音と共に、長方形のディスプレイにパスワードの数列がアスタリスクマークで並ぶ。
 ギガデリックはあらゆる機器へ、キーボードのキーを押すよりも簡単に命令できる。機械は素直だ。命令すれば、実行してくれる。ウソも付かないし。
 重苦しい音を立てて、エレベーターのドアが開いた。
 ひんやりとした空気が、エレベーターから流れ出て足下を通り過ぎる。下の階は寒いのかもしれない。
 エレベーターに乗ると、再び重苦しい音と共にドアが閉じる。低い振動音をエレベーター内に響かせながら、エレベーターは命令通りに深い階層へと降りた。
 数分くらい降り続けただろうか。空気は肌寒さを感じさせ、僅かに耳の鼓膜が張り詰める。
 力の抜けていくような音がして、エレベーターは止まった。
 ゆっくりと開かれたドアの先は、広い空間。消灯時間というのもあってか、向いの壁も見えないその大きな部屋は、鈍い鉄色の壁で囲まれて、無音の空間だった。
 自分の足音すら吸い込まれて響かないくらい広い。大きな装置のような物体が置いてあるらしい。それがあまりにも大きいので、その全貌は見えなかった。
 ギガデリックは部屋を歩きながら上を見上げる。天井は見えない。代わりに、連絡橋がいくつも縦横に通じていた。
 目玉メカが、ふわりと浮かんでいる高度を上げて、ギガデリックの前へ出た。くるりと縦回転して、ギガデリックを案内するかのように先導する。
 ギガデリックはその後を小走りで追い、小さな昇降機に乗った。乗ると同時に、昇降機が上がり始める。ギガデリックが命令したわけではない。どうやら、目玉メカが命令をしたらしかった。
 大きな鉄板に鉄棒の手摺が付いただけの昇降機は、音も無く上へ上へと向かう。
 目線が高くなっていくと、ギガデリックは目を大きくしていった。
 何かの大きな装置かと思っていた物体は、足だった。
 この広い部屋には、巨大な人型ロボットがいる。
 昇降機は最上まで上り詰め、動きを止めた。目玉メカに導かれるように、昇降機を降りて連絡橋を進む。
 連絡橋の真ん中くらいまで進むと、すぐ近くに、この部屋の主とも言える人型ロボットの大きな顔が見えた。
「すげ…、でけーな」
 大きなロボットの顔に手は届かないが、そのあまりの大きさに圧倒されそうだった。
 目玉メカが、ロボットの顔の周りを飛び回る。命令してもいないのに、目玉メカは勝手に増えて、色とりどりの6体となり、踊っているみたいに輪を作った。
「お前、ジェノ兄の…?」
 ギガデリックはロボットに呟いた。
 分かる。この大きなロボットの事が。機器が複雑であればあるほど、人間の感情にも似た、何かを感じる事ができる。コイツは、ジェノサイドに造られたのだと。道理で、同じくジェノサイドに造られた目玉メカたちが、嬉しそうにはしゃぐワケだ。きっと、仲間みたいな関係なんだろう。
 メカのチーフをしていると、ジェノサイドが言っていた事を思い出す。
「こんなスゲーの造ってんだったら、もっと早く教えろっつの。なぁ?」
 ギガデリックは、目玉メカたちに向かって言うと、目玉メカたちは6体同時にくるりと回転した。
「こんなでけーの造って、どーすんだか…」
 そんな事を言いながらも、ギガデリックはジェノサイドを見直した。いつもへらへらとして、頼り無い感じだから、その実力なんて知らなかった。
「コイツ、動くのかな?」
 連絡橋の手摺から身を乗り出して、ギガデリックは巨大な顔を見詰める。しかし、あまりにも大きい所為なのか、どうにも操れる気配が無い。念じるのが足りないのか。
 数分くらいは粘ってみたが、それでもピクリとも動かない。
「無理か…。くそー」
 ギガデリックは大きく息を吐いて、口を尖らせた。
「オイ、帰るぞ」
 楽しそうに飛び回る目玉メカたちに言うと、目玉メカたちはひとつに集まって1固体に戻った。
 目玉メカを連れて、ギガデリックは来た道を帰る。
 ふと、記憶の隅っこに追いやられていた目的を思い出した。
「くそー。2区ってドコだよ…」
 
 
 
 
 
つづく

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