TOOL 16

 人間に造られて、有益なら人間に使われ、無益なら処分される。
 それが当たり前の虚無世界。
 そんなこの世界から逃げ出したいという、そんな想いから全てが大きく変わり始めたような気がする。
 グラビティは、廊下を走っていた。
 エレクトロとの通信が途絶えて、急に心配になったから、またエレクトロの所へ行こうと決めた。
 エレクトロのいる部屋までの道のりは、決して短くはないけど、道順は完全に頭に入っていた。
 それなのに…。
 通路のあるはずの所には鋼鉄の壁、壁だった所が通路になっている場所が多く、進むにつれて方向感覚が狂ってしまった。
 生き物のように姿を変える、この建物。
 それは、全てエレクトロの一部であるから。
 道が解らなくなってしまったが、不思議と不安は無い。
 グラビティは確信していた。エレクトロが、通路を操作している事を。
 作り替えられた廊下を進みながら、時々、自分の耳の中にあるエレクトロのカケラに声をかけてみるが、エレクトロの返事は無かった。
 研究員と出くわす事もなく、遠回りしながらも、見覚えのある場所へと着いた。
 足を止めたのは、一際頑丈そうな鋼鉄の扉の前。
 この奥にいるのが、この施設の管理者。全てを知っていて、でもそれが何なのかは解らない存在。
 友達…というよりは『同類』に近い。そんな存在だと思う。
 扉の前に立つと、音も無く扉が開いた。
 薄暗くて灰色の世界が広がる。
 その無機質な部屋には大きな筒状のガラスが置いてあり、中には薄い緑色の溶液が詰まっていた。
 見なれないそれに、グラビティはゆっくり近付いた。
 中で何十本ものコードに繋がれながら、胎児のように逆さまに漂っている紅色の髪のエレクトロがいる。
 こんなのは、初めて見た。
 グラビティは異様な雰囲気を感じて暫く見とれていたが、ぺちぺちとガラスを叩いてみた。
 すると、薄らと目を開けた。死んでいる訳ではないらしい。グラビティの姿を確認すると、少し眠た気にまだ作り慣れていない笑顔を見せた。
「なぁ、エレクトロ。こんな水ん中で、何してんだ?」
 そう問いかけると、ごぼごぼと空気を吐きながら口を開いたが、何を言っているのかさっぱり聞こえない。
「何? 聞こえねぇよ」
 顔をしかめると、エレクトロは少しぎこちない動きで部屋の右側を指差した。
 そこには、以前来た時には無かったモニターの機械が置いてある。
 そこへ近付いてみると、モニターに文字が表示された。
 エレクトロと会話する為に、研究員が設置したものなのだろう。
 でも。
「オレ、字ぃ、読めねぇんだけど?」
 エレクトロが悪い訳ではないが、不貞腐れた顔で文句を言う。
 エレクトロは、反対側の方を指差した。さっきとは違う機器が並んでいる。
 その中の一つにスピーカーが付いていた。
『グラビティ、元気か?』
 突然の合成音声にドキっとした。
 エレクトロの声では無いが、エレクトロの言葉なのだとグラビティは理解した。
『第7区のメインコンピュータがハッキングされた。データの流出とクラッシュは防いだが、俺は声帯と左腕を失った』
 沢山のコードで隠れていたが、良く見るとエレクトロの左腕は、ぼこぼこした肉塊にコードや金属の破片が絡むような感じになっている。
 とても腕には見えないものだった。
 それを見て、グラビティは、自分の耳にあるエレクトロのカケラが、どうして返事をしなかったのかが分かった。
『この培養液の中は、細胞が活性化する養分が入っているし、ナノマシンが効率良く増殖できる微弱な電流が流してあるから、修復が早い。グラビティに渡した通信機も、もう暫くすれば直る』
「何でンな遠くのモンが壊れそうになっただけで、お前が怪我すんだよ」
 第7区はグラビティが生まれた地区。ここからは、随分と離れている。
『メインコンピュータを守らなければならない。こちらにハッキングを転送した方が被害が少ない。俺は他のコンピュータと違って自己修復ができるから』
「別に、ヨソのが壊れても、エレクトロには関係ねぇだろ」
『けれど、俺がやらなければならない。俺にしか出来ないと言っていた』
「あぁ、そ…」
 エレクトロは人間の言う事を聞く。グラビティには理解出来ないことだった。
 第2区施設で、天才マシンが造られた。
 以前、研究員がそんな会話をしていたのを思い出す。
 この施設の全てのコンピュータを統括する、優秀な機械人形だと言っていた。
 多分、エレクトロの事だと思う。
 でも、グラビティから見れば自分と似たような子供にしか見えない。
「…今日はよく喋ってくれんだな」
 いつもエレクトロは口数が少なくて、質問した事に最低限しか答えてはくれないのに。
『身体の修復の為、代行コンピュータが2割くらい演算を負担している。少し…楽だ。他の事も考えられる』
「何か分かんねーけど、大変そうだな」
『心配してくれているのか? 嬉しいな』
 そう言って、エレクトロは笑った。
 子供が見せる、自然な笑顔だった。
「お前、今日、変…」
 グラビティは首を傾げた。いつもと違う雰囲気なのは、身体を治すための異様な様態だけでは無い気がする。
 変だけど、こっちのエレクトロの方が良いと思う。
『変? 逆さまだからか?』
 溶液の中でエレクトロが身じろいだ。体勢を直そうとしたのだろうが、コードが絡まるらしく、すぐに動くのを止めた。
『この状態で研究員に入れられたから…』
「まぁ、居心地は悪そーだな」
 逆さまだから変なのでは無いはず。
 何か、こう。今まで見知っていたエレクトロよりも、生き生きしている気がする。
 機械ではなく、本当に生き物のように感じる。
「出たいか?」
『狭いし、動きにくい。でも、出ても俺は自分で喋れないし、左腕も言う事を聞いてくれないだろうな』
「どっちなんだよ」
『出たい』
 ガシャン!
 エレクトロが言い終わる前に、グラビティは溶液のガラスを叩き割った。
 ざぁ…と薄緑色の液体が白い床に広がる。
 ビーッ! ビーッ! ビーッ!
 途端に、警告音がなり始めた。
 グラビティは、ハッとして、青ざめる。
「ヤベ…」
 後先考えずに行動してしまう事があるのは、自分の性分だと分かってはいるのだが…。
 今回のは、あまりにも失敗だと思った。
 せっかく抜け出して来たのに、これでは自分からここに居ると研究員に教えるようなものではないか。
 慌てて辺りをウロウロするグラビティを横目に、エレクトロはガラスケースから這い出る。
 慣れた手付きで体中に繋がるコードを、数本だけ残して抜いて、一瞬だけ目を細めた。
 それと同時に、轟音に近い警告音はぱったりと止まった。
「あれ…?」
 グラビティは目をぱちぱちする。
 エレクトロはゆっくりとした足取りで歩く。左腕から、肉塊や、鉄の破片がぼとりぼとりと落ちるのを見て、グラビティは顔をしかめた。
 落ちた肉塊や鉄の破片は、まだ生きているらしく、もぞもぞと動きながら、お互いに寄り合って元の形に戻ろうとしているみたいだった。
 気持ち悪く無いわけがない。グラビティは視界に入らないように目を逸らした。
 エレクトロはグラビティと会話していたスピーカーに近付くと、後頭部に繋がっているコードをそのスピーカーの後側に接続する。
『警報は止めた』
「…え?」
『何人か、警報に気付いたみたいだが、誤作動として報告したから、大丈夫』
 そう言って、エレクトロはモニターの方に目を向けた。
 何か赤い文字が光っていたが、グラビティには読めなかった。
『代行コンピュータのお陰で、電子頭脳のメモリが余っているなんて、そうは無い機会だと思う。折角だから、グラビティと話がしたい』
 エレクトロはグラビティに向き直った。
『今、第6区施設で新しい生物兵器の発表をしている。だから、殆どの研究員は第6区に行っている』
「生物兵器?」
 嫌な感じがする。
 もしかしたら、自分やエレクトロと同じような境遇にいる者が増えたかもしれないから。
 そう思うと、異常な嫌悪を感じる。その兵器にではなくて、人間に。
『DNA操作で、超人的な力を持つ人間を造る実験が成功したみたいだ。テスト結果も想像以上の好成績。…異常な結果だ。平均的な人間の身体能力を凌駕している』
「超人…?」
『でも、俺やグラビティよりは人間に近い存在だ』
「だろうな」
『第4区で、その生物兵器のクローンを造る計画も出ている。量産して軍隊を編成する目的だ』
「良く知ってんな、エレクトロ」
『俺が全地区のデータを管理しているから。グラビティの事も知っている』
「あー、オレのコトはオレの前で言うなよ。何と混ぜて生まれたかなんて知りたくねェし、遊びで造られたってのは知ってるからな」
 胸くそ悪ィ。…とグラビティは言い捨てた。
 人間なんて嫌いだ。
「逃げ出してェな…」
『…この施設から?』
「ああ、ここの人間のいない所がいい」
『施設内のものは全て外部に出すなと言われている。データも、人も、実験体も』
「その固い考えが無けりゃなぁ…」
 グラビティは苦笑した。
 第7区の実験室からここまで来るのに警報が鳴らないのは、エレクトロのお陰。
 それと同時に、自分が施設から逃げだせないのは、エレクトロの仕業。
 施設内のあらゆる所に張り巡らされた監視ネットワークが、どんなに小さな事でもエレクトロの所に送信される。
 誰がどこで何をしているのかも、瞬時に知られてしまう。
 でもエレクトロが憎いと思った事は無い。ただ、そういう風に、人間に都合のいいようになるようにされてきただけなのだから。
 エレクトロだってきっと被害者だ。それくらいは分かっている。
 だから、グラビティは心に決めた。エレクトロと一緒にここから逃げようと。
 それにはまず、ここの人間にいいように利用されている事がどういう事なのかを、エレクトロに解ってもらわなければならない。今のエレクトロでは、人間に従順すぎる。
 しかし、グラビティには、エレクトロを説き伏せる程の知識も、説得力も持ち合わせてはいなかった。
 ここから出る為の手立てが、まだ足りない。それが何なのかは、解らないけれど。
「エレクトロは、出たいと思わねぇの?」
『…解らない。そういう事はプログラムされていない』
 でも…、と言葉を区切るエレクトロ。
『グラビティが前に言っていた、本物の空を見てみたい』
「空…か」
 グラビティはあの時の事を思い出す。
 この施設の出口から見えた、広い広い青色。白でも灰色でもない、綺麗な色。
 出口まで辿り着いて、結局は研究員に捕まったけれど、あの時の色は鮮明に覚えている。
『画像データとしての空じゃなくて、本物の。研究員にお願いした事があったが、必要無いと言われた』
「役に立ってるお前にすら、そんな態度かよ」
 グラビティは、はっと呆れた声を出した。
『でも、必要な無いと言われたのだから、必要無いものなんだろう?』
「お前・・・」
 次の言葉が浮かばなくて、グラビティは焦れったく頭を抱えた。
 不安げな顔で、エレクトロが見詰めてくる。
 グラビティは脳内の少ない語彙から言葉を考えたが、答えになるようなものは見つけられなかった。
「研究員の言う事なんか、聞かなくていいんだよ! お前が見たいんだろ? それで十分じゃねぇか」
『必要無いのに、見る必要があるのか?』
「見たいなら、見る必要があるんだよ!」
『うーん…』
「そこ悩むトコじゃねぇだろ」
『グラビティの言う事は難しい…』
「オレは、エレクトロの考え方が難しいっての」
 ぼりぼりと頭を掻いて、グラビティは溜め息を付いた。
 困惑の表情を浮かべるエレクトロを、ちらりと見てから目線を逸らす。
 部屋の殆どを埋め尽くす大きな機械が嫌でも目に入った。
『グラビティ…』
「何だよ」
『第6区の発表が終わった。研究員が戻って来る。このまま施設から逃げるのを続けるのか? それとも、第7区に戻るのか?』
「…逃げても、どうせ逃げ道を塞いでオレの居場所を言うんだろ?」
『そうしなければいけない』
「やっぱり?」
 グラビティは苦笑して立ち上がった。
「とりあえず、7区に戻るぜ。その超人ってのも気になるからな」
『解った。…第5区の地下を通って戻れば、研究員との接触確率は0.6%だ』
「第5区? あそこは、いつも人だらけじゃねぇか」
『ゲートが封鎖されたままになっている』
「まさか…オレ以外に、逃げ出せたヤツがいるのか!?」
 グラビティは目を丸くして、エレクトロに詰め寄った。
『第3区の実験体が逃げ出した』
「…いつだ!?」
『2時間12分前。その43分後に…射殺された』
「…そうか。そうだよなぁ…」
 グラビティは、諦めた苦笑を浮かべた。
 ほんの少しだけ期待してみたのに。やっぱり期待なんてするもんじゃない。
 逆らえば殺される。そんな世界だ。
 殺されるのが恐くて、逃げ出そうとするヤツなんていやしない。
 稀に逃げ出す者がいても、その末路は死でしかない。
 自分は、たまたま重力を操る能力のお陰で、生かされているだけ。
『グラビティは、一緒に逃げる仲間が欲しかったのか?』
「その根性のあるヤツとな…」
 グラビティは小さく言って、部屋の出口の方を向いた。
『グラビティが第5区の地下に着いたら、地下の全てのゲートを開ける。第5区を過ぎたら、第7区までは第11区を経由して戻る方がいい』
「分かった…。じゃあな、エレクトロ」
 無機質な部屋を後にする。
『グラビティ』
「ん?」
 部屋を出る寸前、エレクトロに呼び止められて、グラビティは振り返った。
 薄暗い部屋の中、エレクトロの紅色の髪がやたらと目を引いた。
『俺は…本物の空を見る事が、必要な事だと思っていてもいいのか?』
 少し躊躇いがちに、エレクトロが言った。
「当り前だろ」
 にっと笑うグラビティ。
「一緒に見ようぜ!」
 グラビティは、笑顔で軽く手を挙げて、部屋を出た。
 広い広い施設であるせいで、内部を詳しく知る関係者ですら、迷う事が多いのだろう。廊下には、時々、簡易的な道標が画かれていた。
 エレクトロが居るこの2区は、他の地区の壁には道標が画かれていない。その意味が、グラビティには理解できた。
 エレクトロは、内部の者ですら、広く知られてはいけない存在なのだろう。2区とされている場所は、エレクトロのいる部屋と、その両隣りの合わせて4部屋までらしい。この施設の大きさから考えると、あまりにも狭い空間だった。
 数字くらいなら読めるグラビティは、道標に従って、5区へ向かう。
 もし迷ったとしても、研究員に会いそうになっても、きっとエレクトロが通路を操作してくれるかもしれない。
 そんな安心感はあったが、グラビティはそれでも、研究員の気配を探りながら、慎重に進んだ。
 神経を研ぎすましてはいても、頭の中はいつも色々な思考が、ぐるぐると渦を巻くように、現れては消える泡のように混沌としていた。
 本当に、この施設から出られるのか。その時、エレクトロはどうするのか。
 ジェノサイドとかいうヤツは本当に信用していいのか。
 ジェノサイドが、神様と呼んだ黒い翼の者は、もしかしたら、遠い過去に忘れてしまった自分の知り合いなのではないだろうか。
 7区の部屋にある、もの凄い早さで成長している胎児は、どうなるのか。
 6区に生まれた超人は…。
 エレクトロが、この施設から出たら、この施設はどうなるんだろうか。エレクトロの一部だという事は知っている。自分の一部から、離れられるんだろうか。もし、離れられなかったら…?
 いくら考えても、答えの見つからない事ばかり。
 グラビティは、いつも決まって、考えるのをやめてしまう。
 きっと、考えるより、行動して結果を見つけた方が、自分には合ってるんだと思う。
 冷めた廊下は、延々と続いていて、本当に外があるのかどうか疑わしく思える。
 あの時に見た空というのは、本当に空だったのだろうか。自分が信じていたものすら、崩れそうなくらいだった。
 長い間進み続けて、階段を上り下り、5区の地下に入った。
 5区には、かすかに硝煙と血の匂いが残っていた。エレクトロの言った通り、ここで実験体が射殺されたのだろう。
 人の気配は全くと言っていい程、無かった。
 ごうんと、重い音がして、グラビティは驚いて思わず飛び上がった。
 封鎖されていた鉄の壁が、ゆっくりと上がっていくのを見て、ふうと息を吐く。
 エレクトロが、通路を開け始めたらしい。
 グラビティは、誘われるように、ゲートが開く方の通路を進んで行った。
 5区は他と比べて比較的狭い地区らしく、思っていたよりもずっと通り早く抜けた。
 壁の道標を見て、11の数字を見つけると、それが指し示す通路へ足を向ける。
 グラビティは道標を見て、ふと思った。
 1区は、どこだろう。
 エレクトロと同じく、知られてはいけない地区なのだろうか。1区を示すものは、今まで見た事がなかった。
 1という数字が、最初だったり、最上だったりを意味する事くらいは何となく知っている。
「1区って…どこだ…」
 ぽつりと出た言葉。
“俺にも、それが何処なのかは解らない”
「うへぁ!」
 突然、耳から聞こえたエレクトロの声に、グラビティは間の抜けた声を上げた。
 どうやら、耳の中にあるエレクトロのカケラが治ったらしい。
「お、おい、治ったんなら、先に言ってくれよ。ビックリするじゃねぇか」
 痛むくらい鼓動が大きい胸を押さえて、グラビティはエレクトロに文句を言う。文句は言ったが、嬉しかった。
「良かったな、怪我治ったのか?」
“声帯と通信機の修復は完了した”
「…腕は、どうしたよ」
 グラビティは、とても腕とは思えないカタチだったエレクトロの腕を思い出す。
“腕は、まだだ。完全には直らないかもしれない”
「何でだよ、お前だったら、どんな怪我でも治るんじゃねぇのか?」
“皮膚が上手く結合できないらしい。生体皮膚の回復は不可能だと判断した。代わりに、金属外皮にする”
「鉄じゃ、冷たいだろ」
 そう言っておきながら、グラビティは、つまらない事を言ってしまったと、心の中で舌打ちした。
 エレクトロにとっては、鉄は身体の一部みたいなものだから。
「さっきの話だけどよ」
 すぐさま、話題を変える。
「お前でも、1区は知らねぇのか?」
“データにはある。でもパスワードがかかっていて開けない。俺も、このパスワードは知らない”
「意味がわからねぇ…。記憶はあるのに、思い出せねぇってことか?」
“そういう事になるかもしれない”
「そうか」
 グラビティは、そういうものかと、納得した。
 エレクトロにも、思い出せないデータというものがあるらしい。
“グラビティ、その通路は左ではなく、右だ”
「え…」
 エレクトロとの会話ができるようになって、すっかり安心してしまったグラビティは、何も考えずに見知らぬ通路を通っていたのだが、エレクトロに言われて、身を引き締めた。
 気を配りながら右側へ移動する。
“そこで、少し止まっていてくれ”
 エレクトロに言われ、グラビティが足を止めると、左側の通路の先のドアから、2人の研究員が出て来た。
 その研究員たちは、無駄話は一切しないまま、無表情で歩き、グラビティが通って来た通路を戻るように歩いて行った。
“もう、大丈夫だ。左の通路を進んでくれ”
「おう」
 研究員たちの後ろ姿が消えたのを確認して、左の通路へ戻る。
“グラビティ、まずい。さっきの研究員が戻って来た。忘れ物をしたらしい”
「おいおい! 何だよそれ」
 グラビティは慌てて…しかし、慌てた所で、どうして良いものか分からない。
“今そこから戻ると、見つかる。グラビティ、そのまま通路を進んで、4つ目の部屋に入ってくれ。その部屋に、研究員はいない。ドアのロックは解除しておく”
「分かった」
 急いで通路を進み、4つ目のドアを開けて飛び込むと、ドアを閉じた。
 ドアに背もたれたまま、グラビティはふうと息を吐く。
 部屋の中には、研究員は居なかった。
 研究員はいなかったが、子供がいた。
「・・・あ…」
 その子供と目が合い、グラビティは目と口を大きく開けた。
 
 
 
 
 
つづく

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