距離と差

刺斬と鎖がほのぼのしてるけど、Ⅸ籠はそうでもないっていう温度差。


 その姿は、誰が見ても闇夜を天駆ける鴉に思えるだろう。最初の印象はそうだった。
 初めて任務に同行したが、自分は何もしないで終わった。
 ターゲット数名を葬るのに、時間は掛からなかった。正確で確実、最小限の攻撃で目標を仕留める様は華麗で芸術的で、一種の競技のようにも見えた。
 周りの空気を凍らせるような鋭い殺気を纏った小さな鴉が、こちらへ戻って来た。
 誰の事も信用していないのだと見ただけで分かる冷たい目線は、見かけの年齢よりも大人びた雰囲気を感じる。
「帰るぞ」
 涼やかな月の光の下で、その少年はこちらを見上げて口の端を上げた。
 
 テーブルを挟んで向き合うように座っている少年は、あの時の鴉なのは間違いない。
 蓋を開けたらこんなもんだ。だが、悪くはない。
「ちゃんと食べて下さい、ボス」
「……」
 芳ばしい香りが満ちた部屋に響く、刺斬の低い声。
 目の前のやり取りを眺めながら、鎖は笑いを堪えていた。
 テーブルには整然と並べられた食器。その上を飾るのは見た目にも食欲を誘うオムライスと付け合わせの野菜。こんもりと盛られたチキンライスの上のふわふわとした玉子は、テーブルが揺れるたびにぷるぷると震えていた。
「美味しいもの食べてもらいたいんです」
「……」
「味気無い薬よりも、ずっといいですよ?」
「……」
「丈夫な身体は食事からって言いますし…」
「……」
 刺斬の話を無視して、だんまりを決め込むⅨ籠。完全に防御態勢の子供だ。笑いたくもなる。この子供が闇夜の中では最強の生物兵器だって誰が信じるだろうか。
「鎖さんからも、言ってやって下さいよ」
 席に座るⅨ籠の隣で、刺斬が助けを求めるようにこちらを見てくる。困惑した表情をありありと浮かべている。
「刺斬のオムライス、美味いぞ?」
 鎖は自分の事のように得意気に言って、にやりと笑った。
 いつもの事だが、刺斬の料理は美味い。今日はⅨ籠に合わせたのか、甘めでやや薄味だった。それでも味の遜色は無い。
「いらない」
 思った通りのⅨ籠からの返答。かれこれ15分ほどこの状態。Ⅸ籠の前に鎮座するオムライスもなみなみと注がれたスープも、とっくに湯気を出すのを放棄してる。
 Ⅸ籠の食生活が異常だと知った刺斬が、Ⅸ籠の食事は全て作ると言い出してこのザマだ。
 刺斬の話によると、Ⅸ籠は得体のしれない薬ばかり食べてるらしい。世話焼きの刺斬が、それを知って放っておくはずがない。いつも2人分作る食事を少しだけ増やすくらい、どうってことないから、と。
 刺斬が後ろ頭を掻いて、小さく溜め息をした。
 Ⅸ籠はその溜め息を聞いて、振り返って刺斬を見上げたが、またすぐに何も無い方に目線を移す。人が気になる、けど拒絶するというような不思議な行動だった。
 そろそろ危ない予感がする。
 あまりⅨ籠にしつこくすると、別人のようにキレる。
 鎖は食べ終わった自分の分の食器を重ねて、テーブルの端へ置いた。頬杖を付いてⅨ籠を見つめると、Ⅸ籠は一瞬だけこちらを見た。
 ただのアテの無い勘だが、物は試し。言い方を変えてみるか。
「あ~、残念だなー。クロウがメシ食ってくれりゃあ、俺は嬉しいけどなー。作った刺斬も喜ぶのになー」
 わざとらしく首を振って残念がって見せると、Ⅸ籠がまじまじとこちらを見てきた。
「…そうか。じゃあ食べてやる」
 そう言って慣れない手つきでスプーンを握ると、オムライスの端に突き刺す。
 やっぱりそうかと、鎖は思った。
 この子供は構われるのは嫌うが、誰かを喜ばせることには素直らしい。分かりづらい性格をしている。
 Ⅸ籠はオムライスを食べると、少し表情を明るくした。どうやらお気に召したようだ。当然の反応だな。刺斬の料理が不味い訳がない。
 食べ始まったⅨ籠を見て、刺斬は目を丸くしていた。慌てたようにこちらへ近づいてきて、耳元に顔を寄せてくる。
「鎖さん、ボスに何したんスか」
 何かと思えば、変な疑いが。別に何かしたわけでもない。
「よかったな、刺斬。哀れな部下たちに、大将がお情けくれたぞ」
 わざと皮肉を言うと、刺斬は半分呆れたように目を細めた。
「押して駄目なら引いてみろとは、よく言ったもんだよなぁ」
 鎖はケラケラと笑った。その言葉に、刺斬も気が付いたようで、くすっと笑った。
 
 
 
 ■・裏側・■
 
 
 
 分からない。
 全然意味が分からない。
 刺斬が呼ぶから付いて行った。そしたら刺斬の部屋だった。この部屋は喉が痛くなる煙の匂いがするから好きじゃない。
 テーブルの席には鎖が座っていて、その向かい側に座らされた。
 向かいにいる鎖は、こっちを見るとにっと笑う。
「お先、食ってるぜ」
 そう言って、オムライスを食べていた。
 この人は、すぐ怒る怖い人。
「どうぞ、ボス」
 刺斬がオムライスとスープを運んできた。
 この人は、優しいから怖い人。
「ボスはアレルギーありませんよね? 好きなだけ食べて下さい」
 どうして、オレにこんな事するんだろう。
 この2人は、オレの部下にされたから、一緒に居ようとしてる。
 そんなことしなくていいのに。
「食えよ。冷めちまうぞ」
 鎖が手に持ったスプーンをぷらぷらと振る。
「ちゃんと食べて下さい、ボス」
 隣で立っている刺斬が、促すように手を差し出した。
 どうしてオレに食べさせようとするんだろう。
「美味しいもの食べてもらいたいんです」
 オレにそんなことしなくていいのに。
「味気無い薬よりも、ずっといいですよ?」
 薬でいいのに。
「丈夫な身体は食事からって言いますし…」
 オレの身体を気にしてどうするんだ。
 分からない。
 どうしてオレのこと気にかける?
 怖い。
「鎖さんからも、言ってやって下さいよ」
「刺斬のオムライス、美味いぞ?」
「いらない」
 もうやめて。
 オレなんかに構わないで。
 隣で刺斬が溜め息をついたのが聞こえて、反射的に刺斬を見上げた。刺斬、怒ったのかな。
 怖い。
 兄さんたちの所に帰りたい。
 上からの命令で、任務も欠かさずこなしてるし、ボスらしい振る舞いをしろって言うから、それもやってる。
 大人しく言う事聞いているんだから、構わないで欲しい。
「あ~、残念だなー。クロウがメシ食ってくれりゃあ、俺は嬉しいけどなー。作った刺斬も喜ぶのになー」
 そうなのか。意味分からないけど。
 喜んでくれるなら。
「…そうか。じゃあ食べてやる」
 
 
 
 
 
終わる

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