時ゆくとき
クローン隊と仲良くなれるかもしれない夢小説。主人公は女の子だよ。
序:迷いの路地裏
「…え? え!? な、何…?」
思考が追いつかず、身体が固まる。
薄暗い路地裏、分厚い防護服にガスマスクを着けた人だかりに囲まれている。明らかに異様な光景だった。
これは夢だろうか。それにしては随分と物々しい雰囲気がする。
数秒程してガスマスクの人だかりが割れ、その間から顎先に髭を生やした男が前へ出てきた。
深く被った草色のニット帽から覗く目はとても眼光が鋭く、体格の良い身体の腰には大きな刀を下げている。どの角度からどう見ても堅気の人ではない。
「あんた、いつからそこに居た」
穏やかな低い声。けれど、凄みを含んだ声色に恐怖を感じた。
「……」
完全に思考停止になって言葉を失っていると、髭の男はふぅと溜め息をして紺青色のダウンジャケットから通信端末機らしいものを出した。
「ボス、不審な人物を捕獲しました。…どうします?」
誰かとの連絡。ボスと呼ぶ人がいるのだから、やっぱりそっち系の職業の人に間違いなさそうだった。
「…えぇ、現場にいたんで。…分かりました」
話を終えると、髭の男は横目でこちらを見た後、ゆっくりと顔を向けた。
「悪いが、一緒に来てもらおうか」
「え…」
夢乙女は目を大きくする。何が何だか分からないけれど、この状況が大変危険なのは疑いようが無い。間違いなく人攫いだ。
数歩後退ると、背中に何かが当たった。振り返れば目の前に分厚い防護服のガスマスクの人たち。
思わず間抜けな叫び声を上げると、髭の男は少し目を細めた。
「本当にただの素人…か」
静かに呟く。怖い目付きが少し和らいで、空気が重たくなるような威圧感も薄らいだ気がした。
「どちらにしろ、ここに置いてくわけにはいかないんで、一緒に来てもらいます」
そう言うと、髭の男の後ろにいたガスマスクのひとりが手に縄を持って前へ出てきたが、髭の男が軽く腕を上げて制する。
「必要ない。下がれ」
すぐにこちらへ視線を戻して、ゆっくりと髭の男が近づいて来た。
「大人しく来てくれますよね?」
穏やかではあるが、言葉の裏には“拒否は許さない”と含ませる口調。
断るなんて、できるような状況ではなかった。
1章:怖いような3人組
大きくて全貌が見えなかった乗り物に乗せられ、暫く移動した後に着いたのは、建物の中だった。
何の飾り気も無い灰色の壁の廊下。夢乙女は髭の男の斜め後ろを少しだけ距離を置いて歩く。
なんだか不思議な気分だった。人攫いって、もっとこう…強引に捕まえて否応無しに連れ去るものだと思っていた。それとも、この人のやり方が風変わりなんだろうか。しかし、どうあっても、この状況が怖い事に変わりはない。
不意に、髭の男が歩きながら振り向いた。
「うちのボスは基本的には大人しいです。でも気難しいんで、波風立てないほうが身の為ですよ。気に入らない相手には容赦無いですから。…気に入った相手でも、虫の居所が悪いと血を見ますけどね」
「は、はぁ…」
言われるまま、夢乙女はこくりと頷いた。数秒後、言われた内容をやっと理解した。この髭の男ですら怖いのに、これからもっと怖い人に会いに行くという事に。
無意識に足取りが重くなって、歩く速度が落ちる。それに気が付いた髭の男は、歩幅を縮めて速度を合わせた。
「…お名前、まだ伺っていませんでしたね」
優しい声で、髭の男が言った。こちらの心情を察してくれたのだと、すぐに分かった。この人、見た目は怖いけど、本当は優しい人なのかもしれない。
「俺は刺斬と申します。あなたは?」
「夢乙女…です」
「何故、あの場所に?」
「あの…それが、分からなくて…。気が付いたら、あそこに居て…」
しどろもどろに答える。我ながら余計に疑われるような答えをしてしまったと思う。でも、何も間違ってないし、嘘でもない。
「そうですか。災難でしたね」
刺斬と名乗った男は、珍妙な答えでも納得してくれた。疑われると覚悟していたのに。
「あの場所が何でもなければ、あなたを見逃してましたが…。これも何かの縁でしょう」
静かに流れる水のような、そんな印象を受ける物腰の柔らかさ。最初に会った時とのあまりの違いに戸惑っていると、刺斬が足を止めた。廊下の突き当たりにあるドアをノックすると、奥から「入れ」と声がした。
部屋の中はリビングルームのようで、部屋の真ん中にテーブルとそれを挟むようにロングソファーが置いてあった。
ソファーに腕組をして座っている、燃えるような赤い髪を逆立てた男。その向かい側のソファーには、白銀色の髪の少年がテーブルに頬杖を付いて座っていた。
怖い人たちがいっぱいいる部屋かと思いきや、生活感溢れる空間に子供もいてくれたお陰で、少しだけほっとした。
「おう、刺斬。戻ったか」
赤い髪の男が張りのある声で言った。いかにも堂々とした態度で、にぃと笑う。
「…遅い…」
白銀色の髪の少年が、やや機嫌が悪そうに呟きながら刺斬を見上げる。
「すんません、遅くなりました」
刺斬は軽く頭を下げて、夢乙女を前へ立たせた。すると、赤い髪の男は身を乗り出すように凝視し、白銀色の髪の少年は目をぱちぱちと瞬いた。
「…思ってたのと違う、な」
赤い髪の男が、小声で白銀髪の少年に声をかける。
「おい、不審人物って言うから、もっと怪しいヤツだと思ったじゃねぇか」
「見た所、武器も隠し持ってなさそうだし、身体も軟弱だな。…どう見ても一般人」
「…そうっスよね。ははは」
2人の指摘に、笑って誤魔化す刺斬。その様子に、白銀色の髪の少年は顔をしかめた。
「しょうがないな…」
白銀髪の少年が膝の上に乗せていた黒いヘルメットを被ると、ソファーから立ち上がる。背もたれに置いてあった黒い布を手に取り、それを灰色のタンクトップの上に纏った。
「お前、ここに座れ」
少年は、自分が座っていた所を指差した。少し低い背の高さから輝くような金色の目で見上げてくる。まだ幼さの残る顔立ちなのに、その目は刺斬よりも鋭いものを感じさせた。
緊張して強張る身体を何とか動かして、夢乙女は促されるままソファーへ腰掛けた。両膝に手を置くと、自分の足が少し震えているのが分かった。早くここから帰りたいという気持ちがふつふつと沸いてくる。
「で? 首尾は?」
刺斬の方を向いて、少年が短く言い放った。
「要人は虫の息でしたんで、仕留めるのは楽でした。残りも片付けた所で・・・」
少年と刺斬が立ち話をしているのを横目で見ていると、唐突に声をかけられた。
「譲ちゃん」
「はっ」
反射的に息を飲んで、赤い髪の男の方へ顔を向ける。闇夜に浮かぶような、月色の瞳と目が合う。赤い髪の男は、白目の部分が黒色という異様な目をしていた。
「どう見ても、あんな所に似つかわしくねぇ。何であそこに居た?」
「あそこって…?」
「堕落したヤツらの吹き溜まりの街だ。譲ちゃんみたいなのが1分とマトモにいられるような所じゃあねぇんだよ」
「どうしてあそこに居たのか、分からなくて。私、家に帰る途中だったのに…」
「…ふん」
赤い髪の男は、大きく息を吐いた。刺斬と違って、疑っているようだった。
「それが本当なら、刺斬に感謝するんだな。今頃、飢えた男どもに食わ…」
「鎖さん、そういう物言いはやめてください」
話の途中で、刺斬がぴしゃりと言葉を挟む。
「はいはい、分かったっての」
鎖と呼ばれた赤い髪の男は、ぷらぷらと片手を振った。
「ま、なんつーか、色々と身の危険が起きる所だ。あの街から出られて、よかったな」
赤い髪の男が快活な笑顔を浮かべる。荒々しい雰囲気ながらも豪快さのある風格に、こういう人がボスになるんだなぁと夢乙女はひとり納得した。
「どうするよ?」
赤い髪の男が、少年の方へ振り向く。
少年は、ふいと刺斬を見上げた。
「大方、あの街の誰かに拉致されたんでしょう」
少年の意図を察して刺斬が答えると、少年はこちらへ身体を向けた。
「お前、あの街でこいつが何をしていたのか、見たのか? 正直に言え」
「さ、刺斬さんが何してたかなんて分からない。ガスマスクの人たちがいっぱいいただけで」
「そうか。じゃあ、オレたちのことは忘れろ。それが約束できるなら、帰してやる。ただし…」
少年が目を細める。金色の目に見据えられると、身体が凍るような悪寒がして息が止まった。
「もし、誰かに言ったら、命は無いからな…」
「っ…」
あまりの迫力に、夢乙女は身体を縮こませた。少年の見た目からは想像も付かないほどの、底知れぬ威圧感。深い暗闇を感じさせたのは、黒を身に纏っているからではない、もっと奥からのものだと本能が告げる。
「怖がらせないでください。俺が責任持ちますんで」
刺斬が少年に顔を寄せて、諌めるように静かに言った。
「…約束、できるか?」
声を和らげて、少年が言う。
夢乙女は、こくこくと頷いた。それが今できる精一杯の返事だった。
少年は満足したようで、薄く笑う。
「帰らせてやる。送ってやるから場所を教えろ」
夢乙女が自分の住む街の名前を伝えると、3人は疑問符を浮かべた。
「…聞いたこと無いな」
「そんな地名あるんですか」
「本当にンな所あんのか?」
三者三様に言葉を口にする。その後、3人は顔を合わせて、夢乙女が聞いた事もない地名をお互いに言い合っていた。
「そんな名前の街は知らない。その場所を探させるから、少し待っていろ」
少年がこちらへ向いて言う。
「お願いします…」
夢乙女は肩を落とした。やっと帰れるかと思ったのに、地名を知られていないほど、ここはとんでもなく遠い所らしい。
「エグゼに連絡を取れ。管理者のデータから場所を特定させろ」
「はい」
少年が刺斬に声をかけると、刺斬は部屋の奥へと向かった。
「ここからとても遠い場所なのか? それとも文明遅れの未開拓の地か?」
「未開拓じゃないです、都会です!」
少年の言い方にむっとして少し声を大きくすると、少年はくすっと笑った。
「…へぇ。じゃあ、有名な場所なんだろうな? お前の軟弱な身体からして、治安のいい街なんだろう?」
「有名だし、治安もいいです。それに、私はそんなに言われるほど軟弱じゃないです!」
少年の言葉に何か引っかかりを感じながらも、夢乙女は言い返した。何が面白いのか、少年はくくくと肩を震わせて笑った。
「そうか。…じゃあ、早く帰らせないとな…」
と、目を伏せながらが思いつめるように言う。
そこへ刺斬が戻ってきて、少年の前で身を屈めた。
「困った事になりました」
「どうした?」
「それが…。管理者のセキュリティが強いようで、アクセスが難しいそうです」
「エグゼが手こずるなら、よほどだな。どれくらいかかりそうだ?」
「皆目見当付かないそうです」
「らしくないな。もしかしたら、管理者の方に何かあったのかも」
少年はう~んと唸ってから、こちらを見た。
「お前、すぐには帰せそうにない。場所が分かるまで、しばらくここに居ろ」
「何ならずっといてもいいぜ?」
赤い髪の男が、にやりと笑って手を振る。
「勝手なこと言うな」
少年は赤い髪の男に早口で言い放った。
「それと…部屋の外に出るとき時は、必ずオレたちの誰かと同行しろ。お前を監視するわけじゃない。ひとりで出歩いて身の安全は保障できないからだ」
「ここも安全とは言い難い場所なんで。申し訳ないスけど、我慢してください」
少年と刺斬が、真剣な表情で言った。
「それじゃあ、名前くらいは教えておかねぇとな」
赤い髪の男が、こちらを伺うように見つめる。
「俺は鎖だ。少しの間よろしくな、譲ちゃん。堅苦しい挨拶も敬語もいらねぇぞ。刺斬だけで腹いっぱいだ」
「ははは。…酷い…」
明るく朗らかに言う鎖と、乾いた笑いを浮かべる刺斬。
「オレはⅨ籠って呼ばれてる。クロウでいいぞ」
白銀色の髪の少年は薄い笑顔で言った。
「私の名前は夢乙女だよ。刺斬さん、鎖さん、クロウくん、よろしくね」
「…くん…? そんな呼び方、初めてされた…」
Ⅸ籠はきょとんとして目を丸くする。
「…何か、変な感じ…。呼び捨てでいい…よ…」
居心地悪そうに肩をすくめて、顔を伏せる。
その様子を見て、唇を噛みしめて笑いを堪えている刺斬と鎖。それに気付いたⅨ籠が2人に向かって睨むと、2人はすぐに真顔になって視線を泳がせた。
刺斬が気を取り直すように、深呼吸をひとつする。
「…では、夢乙女さんの部屋を用意します。向かい側の部屋、片付けていいですよね、ボス」
Ⅸ籠に向かって声をかける刺斬を見て、夢乙女は唖然とした。
「ボスって、その子だったの!?」
思わず出た大声。てっきり鎖がボスだと思い込んでいた。今更ながら、話の決定を全てⅨ籠がしていた事に気が付く。
「べ、別にいいだろ…。オレ、これでも長く生きてるんだからな!」
「うそ…でしょ…」
「嘘じゃない。お前たちからも言ってやれ」
Ⅸ籠が鎖と刺斬を見遣る。
「はいはい、クロウは長生きですよねー」
「人は見かけによらない典型です。歳ばかり重ねても大人になれないという、いい見本っスね」
「お前たち…覚えてろ…」
2人の返答に、震える声でⅨ籠が呟いた。
「クロウくんって…大人なの?」
まさかとは思うけれど、念のために確認してみる。万が一にでも成人してるのであれば、失礼な事を言ってしまった。
「…いや、そうじゃない…違う、けど…」
たどたどしく言葉を出すⅨ籠。
男の子は背伸びしたがると聞いた事があるけれど、本当なんだと夢乙女は思った。
張り詰めたように感じていた空気はすっかり緩んでいて、いつの間にか膝の震えは止まっていた。
-終-