生きる意味と死ぬ理由

兄に殺されたいⅨ籠と、弟を生かしたいアーミィの心境話。


 やはり、こうなるんだろうなぁと思っていた。
 指一本動かせない身体は、鈍い思考で浅い呼吸をするので精一杯だった。
 薄々、感じていたし知っていた。でもその事実に直面するまで、絶対に考えたくなかったから、忘れたふりをしていた。
 オリジナルには勝てない。それは造られて、生きてきた今までの全てが無意味であった事を証明するのに、十分過ぎた。
「Ⅸ籠、組織を出て僕と一緒に行かない? お願いだから」
 兄は意地悪だ。生きる意味を奪っておいて、生かそうとする。大好きで憎たらしい兄のお願いなんて、応じられるはず無い。
 生き永らえる事に、意味なんてない。オリジナルを殺す為に造られたのに、そのオリジナルを超えられなかったのなら、殺せなかったのなら、もう存在意義なんて無いのだから。オレは8番目までの造られた兄たちと同じに、成功作では無くなった。組織を裏切らない忠実なアーミィにならないといけなかったのに、その代用品にすらなれなかった。
 返事をしないでいると、兄は目を細めた。
「Ⅸ籠」
 促す呼び声。聞きたい答えが自分の中で決まっているくせに、兄はいつもそれを言わせようとする。昔からそうだ。オレとは違う方向に歪んだ性格をしてる。大好きで、大嫌い。
 身体の痛みよりも、兄の求めるような表情のほうが痛く感じたのは、もう兄に対して何もかも諦めてしまったからかもしれない。諦めたと分かったら、何だか気が楽になった気がした。
「あの2人、最期に残した言葉は「生きろ」だったけど、Ⅸ籠はそれを無視するのか?」
 くそ兄貴。それを言うなんて酷い。オレを煽ってるつもりか。本当に、本当に、意地が悪い。これ以上、オレから何を奪いたいんだ。もうオレには何も残ってないのに。
 兄を嫌いになりたくなくて目を閉じた。このまま、好きでいられる内に終わらせて。
 オレの事まだ好きでいてくれるなら、早く殺してよ。
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 弟は、完全に戦闘不能になるまで一歩も退かなかった。
 ここまで強かったのには驚いたし、夜明けまで耐えられなかったら僕の方がやられてたかもしれない。
「Ⅸ籠、組織を出て僕と一緒に行かない? お願いだから」
 もうここまでしたんだから、いい加減に組織から解放されてもいいのに。この弟は、一体何に捕らわれているんだろう。組織に忠誠を誓うほどの何かがあるのか、それとも弱みでも握られているのか。
 言ってくれればいいのに。教えてくれればいいのに。大切な弟をここまで捕らえて離さない国家が憎たらしい。こんな事を続けさせるあの組織が忌々しい。Ⅸ籠がいいと言うのなら、あの組織を壊滅させるくらい、あの工業国家をもう一度滅ぼすくらい、僕にはできるのに。
「Ⅸ籠」
 名を呼んでも返事をしてくれない。僕では、駄目なんだろうか。
 それなら。
「あの2人、最期に残した言葉は「生きろ」だったけど、Ⅸ籠はそれを無視するのか?」
 Ⅸ籠の部下はとても強くて、Ⅸ籠の事を大切にしてくれてた。Ⅸ籠も心から信頼していたはず。そんな2人の最期の言葉くらい、叶えてあげてよ。
 Ⅸ籠は少しだけ目を大きくしたけど、返答をする様子は無かった。何を考えているのか、昔のⅨ籠だったらすぐに分かったのに、離れてた時間が長すぎた。何よりも大事な弟なのに、こんなに遠い存在になっていたなんて、夢にも思っていなかった。
 いっその事、このまま動けないⅨ籠を連れ去るのもひとつの方法だと考えたけれど、Ⅸ籠のためを思えばそれは最善の判断ではない。
 これ以上、Ⅸ籠に嫌われたくない。
 Ⅸ籠が目を閉じるのを見て、寒気がした。
 殺されるつもりでいる。そんな事できるはずない。絶対にしたくない。
 諦めるくらいなら、僕の事を信じてよ。
 
 
 
 
 
終わる

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