ある町の買い物

殺伐としていないアーミィとⅨ籠が書きたかっただけのお話。


 アーミィは薄雲のかかった空を見上げて、今日は雨が降らないだろうと確信した。
 人口の多いこの町は、生活物資の豊かで活気がある貴重な町。
 そんな町並みを歩いていると。
 聞き覚えのある声がして、アーミィは声のする方に目をやる。視線の先にあった姿を見て、俄かには信じられずに思わず三度見した。
 菓子の露店の前で、子供がせわしなく商品を選んでいる。黒いヘルメットを被っていなかったが、どう見てもⅨ籠だった。
「それ6個欲しい。あっちのも。あと、これ12個…」
 あれもこれもと、嬉々とした様子で菓子を指さして選んでいる。他の客は唖然とした様子で遠巻きに見ていた。
「坊や、こんなに買うのかい? お小遣いは足りるのかい?」
 店員が心配そうにⅨ籠に声をかける。その両手に持っているカゴには、菓子がいっぱい入っている上、足元にもすでに菓子の詰まったカゴが2つ置かれていた。
「金のことは気にするな。いくらでも払う」
「そうかい?」
「あとオレ、子供じゃない」
「そ、そうかい…」
 困惑した表情の店員には目もくれず、Ⅸ籠は菓子を選び続けていた。
 悪目立ちしているのは明白で、アーミィは兄として注意しなければいけない義務感が湧くほどだった。Ⅸ籠からしたら、もう兄だと思ってくれてないかもしれないけれど。
 Ⅸ籠が戦闘態勢に入る可能性はゼロではないが、日中であればⅨ籠を押さえられる自信があった。
 そっとⅨ籠に近づく。隣に立っても全く気付かない。いつもは気配を消していてもすぐにこちらを察知するのに。それほど菓子に夢中らしい。
 アーミィはⅨ籠の肩をぽんぽんと叩いた。
「そんなに買うのか?」
「いいだろ、別に……え? はぁ!?」
 Ⅸ籠に三度見された。そしてⅨ籠が驚愕の表情のまま2メートルほど飛び退く。咄嗟に腰の刀に手を伸ばしたが、ここで騒ぎを起こすことを躊躇ったようで、手をゆっくりと戻した。
「おい…。どうしてここにいるんだよ!」
 半眼で睨むⅨ籠。
「何か、目立ってたから…つい…」
 アーミィは他意なく素直に答えると、Ⅸ籠は周囲をちらりと見やって肩を竦めた。周囲からの奇異の視線の意味は分かったようだった。
「もういい。早く会計して」
 Ⅸ籠は口早に言いながら、店員にカードを押し付ける。店員は頷いて精算所へ走っていった。周囲の野次馬は、Ⅸ籠の異常な大量買いが終わったと分かるとそれぞれに去っていった。
 アーミィは一瞬だけ見えたカードに書かれていた名前が”八咫烏”だったので、Ⅸ籠のものに間違いないことに少なからず安心した。Ⅸ籠の本名でなくても、その名で通っているのは知っている。
「……」
「……」
 2人の間に沈黙が流れる。気まずい空気でお互いに目を合わせられなかった。
 暫くしたあと、Ⅸ籠が口を開いた。
「…あっち行けよ…」
 そう言われ、アーミィはこれ以上ここに居てもⅨ籠の反感をこうむることになりそうだと思い、振り返ろうとした。…が。
「ほら、半分は兄ちゃんが持ってやれ」
 声がして、アーミィは目の前に差し出された大きな袋2つを反射的に受け取ってしまった。袋の向こう側の店員はにんまりとした笑顔を浮かべている。アーミィを一緒に来た兄弟だと思ったようだった。そうじゃないけど、間違ってない。
「こんなに買って、大丈夫かい? 気をつけて帰りな? 喧嘩しないで、兄弟仲良く分けるんだよ?」
 店員が残りの袋とカードをⅨ籠に渡して、アーミィとⅨ籠の頭をそれぞれ撫でた。目の前の兄弟が殺しあう仲だとは夢にも思っていないだろう。
「……」
「……」
 再び気まずい空気に包まれ、アーミィは唇を噛み、Ⅸ籠は引きつった表情になった。2人はどちらからともなく、そそくさと店から離れた。
 
 
 町の大通りから、1本曲がった少し細い道を歩く。大通りほどではないものの、ここも多くの人が行き来している。
 アーミィはどこへ向かうのか分からないまま、Ⅸ籠に行き先を合わせていた。両手に提げた菓子が詰まった大きな袋を、Ⅸ籠に渡すに渡せない状態だった。なにせ、Ⅸ籠も同じように大きな袋を両手に提げている。
「こんなに買って…。どうやって持って帰るか、考えなかったのか?」
「お前に関係ない。ここじゃなかったらその首斬ってるところだ」
 アーミィの問いに、Ⅸ籠が敵意を露わにして声を大きくする。しかし、両手に提げた菓子袋のせいで凄味は皆無だった。
「あの2人は来てないの?」
 アーミィはⅨ籠の部下を思い浮かべながら訊いた。Ⅸ籠は滅びた工業国家の生物兵器として扱われている。簡単にひとりで出歩けるような身分じゃないことは知っていた。部下の目を盗んで出てきたのは容易に想像がつく。大量に買い込んだ菓子から推測されることがいくつか思い浮かんだが、どれも他愛のない子供思考のものだと分かって、アーミィは考えるのをやめた。
「今日は、…その…」
 と、Ⅸ籠は言いかけて口を閉ざし、代わりに「今日、オレがここに来たこと誰にも言うなよ?」と話を続けた。
「言わないよ。僕が危険を冒してまで組織に密告できるわけないだろ? ギガデリやグラビティに言っても「殺されなくてよかったな」で終わるよ」
 アーミィはゆっくり頷きなが答えると、Ⅸ籠はそれもそうかと納得したようだった。こくりこくりと数回頷くⅨ籠の仕草が、昔のⅨ籠と変っていないことにアーミィは少しだけ安心した。
「Ⅸ籠、団子好きだったよね? この町の東通りの店で売ってるよ。今日は手一杯だから、次に来たときに買いなよ」
「…あぁ、そ。……ありがと…」
 Ⅸ籠は顔を伏せてぼそりと小さく呟いて、ちらりとアーミィを見上げた。そして間を置かずして、はっと顔を上げた。
「いや! そうじゃなくて!」
 声を張り上げて、アーミィとの間合いを取って対峙する。
「…こいつを殺せばオレは…。今は命令されてないし…、だけど…」
 Ⅸ籠は身構えて険しい表情でぼそぼそと独りごちたあと、人が変ったようにころりと態度を変えた。薄い笑顔を浮かべる。
「今日はいいや。戦うのはまた今度。兄さんのことは好きだけど、オレはオレにならなきゃいけないし、本物になりたいから殺したい。会えたのは嬉しいけど、憎いし許せない。今すぐ殺したいけど、兄さんになら殺されてもいいし」
 支離滅裂な発言を穏やかに流暢に語る。何の陰りも無いその様子に、アーミィは薄ら寒い違和感を感じた。そのどれもが本心からの本音なのは分かるものの、どれが核心の本性なのかまでは分からなかった。Ⅸ籠はⅨ籠のはずなのに。
「次に会った時は・・・」
 Ⅸ籠は上機嫌で呟きながら、風のように走り出した。
 アーミィは慌てて手に持った菓子の袋を挙げる。
「Ⅸ籠、これ!」
「いらない、あげる。持って帰るの面倒になった! どうせお前、半分野宿暮らししてるんだろ? それ持ってけよ。鎖はお菓子が好きだから、鎖のオリジナルもお菓子好きだと思うけど?」
 にやりと意地悪い笑顔を浮かべるⅨ籠。アーミィはありがとと礼を言うと、Ⅸ籠は一瞬だけ複雑な表情を見せた後、はにかんだ笑顔になった。
 そして振り返ることなく、呆然と立ち尽くすアーミィを置いて走り去って行った。
 
 
 
 
 
終わる

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