チョコレートと空模様

クローン隊のほのぼの話。


 鎖は風に当たりに行こうと屋上へ向かっていると、廊下でⅨ籠を見かけた。ふわふわとした軽い足取りで、後姿からでも分かるくらい上機嫌のようだった。
 Ⅸ籠がこちらの気配に気付いて、くるりと振り返る。普段に比べて、ずいぶんと顔色もいい。良すぎて少し紅い。目が合うと、Ⅸ籠はにこにこと笑顔を見せた。
 Ⅸ籠がこんなに気を許したような笑顔をするなんて初めてだった。薄気味悪さを感じて怪訝に思っていると、Ⅸ籠は手招きをしながら寄ってきた。行けばいいのか来るの待てばいいのか分からねえと思いながら、鎖は遅いテンポで歩み寄った。
「どうしたよ? 機嫌良さそうだなぁ」
「さっき、コレもらった。おいしいから気に入った。鎖も食べるか?」
「何食ってたんだ?」
 Ⅸ籠がここまで気分を良くする食べ物が何なのか気になった。まさかヤバイ薬じゃねえだろなと勘ぐりながら手を差し出すと、掌にチョコレートを3粒乗せられた。
「お、いいのかよ。ありがとな」
 変な物ではないことに安心して、鎖は朗らかに笑った。続けざまにチョコレートを3つ口に入れる。パリッとしたコーティングチョコの中は柔らかいトリュフチョコで、なめらかな舌触りと華やかでフルーティーな香りが広がる。Ⅸ籠の味覚の拙さを心配していたが、これは確かに美味しかった。
 しかし、これは酒入りのチョコレート。しかもアルコールが普通の物よりもずっと強い。
「まて、クロウ。それは」
 この場を去ろうとするⅨ籠に声をかけて、鎖はチョコレートの袋を取り上げた。
「もっと欲しいのか? …あ、刺斬の分か」
「違えよ。これは子供にゃ毒だ」
「毒? …あいつ、オレに毒寄越しやがったのか…。殺…」
「待て待て、そういう毒じゃねえ。子供が食うもんじゃねえんだよ」
 急に表情を険しくするⅨ籠に、鎖は慌てて言い直した。するとⅨ籠はひょいと跳び上がってチョコレートの袋を取り返すと、不満の矛先を向けて睨んできた。
「オレ、子供じゃないし」
「……」
 鎖は黙って歯を噛んだ。Ⅸ籠の機嫌を損ねるのは得策ではない。それに、Ⅸ籠が100%子供であると言い切れるわけではなかった。クローンは成長は早いが、永久少年はその名の通りずっと子供の姿のままだからだ。Ⅸ籠の実年齢なんて聞いたことがないし、Ⅸ籠自身も知らない。
 子供と大人の境目って何なんだと鎖は頭を捻らせる。どちらにしろ子供の体に高アルコールがいいとは思えない。自分の行動は間違ってないと自身に言い聞かせて、Ⅸ籠を見据えた。きっと刺斬も同じことを考えて酒入りチョコレートを没収するはずだ。
「あー、その、だからな…」
 どう言い聞かせればいいのか、鎖は悩んだ。力ずくで奪い取って逃げるのも手だが、成功率は低いだろうなと思い直した。
「こんな所で立ち話っスか? 部屋で茶でも…」
 廊下の角から、刺斬が顔を覗かせる。いい時に来てくれたと鎖は目を輝かせ、すぐに刺斬の肩を掴んで引き寄せると手短にチョコレートのことを耳打ちした。
「なるほど…」
 状況を把握して頷いた刺斬は、Ⅸ籠の前で身を屈めて、同じ目線の高さでⅨ籠にゆっくりと声をかけ始める。
「ボス、実はこのチョコレート、俺の大好物でして。我儘なお願いで申し訳ないスけど、全部いただいてもよろしいか」
「そうなのか。…わかった。いいぞ。鎖もそうだって知ってたなら、最初から言えばいいのに」
 と、Ⅸ籠は少し惜しむような顔をしたが、気分を害すること無くすんなりとチョコレートの袋を刺斬に渡した。
 刺斬が礼を言うと、Ⅸ籠は気を良くしたまま去って行った。
 Ⅸ籠の姿が見えなくなるまで見送った後、刺斬はキッと表情を硬くする。
「後で、クロウさんにチョコレート渡した犯人探して、注意しときます」
「子供に酒与えるヤツなんざ、一発殴っとけ」
 鎖は口を尖らせた。やっぱり刺斬はⅨ籠の扱いが上手いなぁと関心する。自分ではどうしても喧嘩沙汰になってしまう。
 ふと、刺斬がチョコレートを食べようとしていた。鎖はきょとんとした顔になる。
「おい刺斬、甘いもん好きじゃねえだろが」
「酒は好きっスよ」
「俺にもくれ」
「俺がもらったものですし?」
 刺斬は意地悪く笑って見せたが、チョコレートを1粒だけ取って、袋を鎖に渡した。チョコレートを口に入れると「ほう、いい味だ」と呟く。
「酒の味が分かるなら、クロウさんも大人っスねぇ。ははっ」
「酔ってるせいで何もかも分かってなかっただけだと思うぜ…」
 鎖はケラケラと笑う刺斬を半眼で見詰めた。
 
 
 
 
 
終わる

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