鋼鉄の翼

翼の損傷が原因で
 
壊れてしまった鳥を見つけた
 
その目にはまだ空が映っていた
 
 
焼却して灰になった鳥は
 
風に乗って空へと帰って行った
 
そうまでして空に帰る鳥を
 
ずっとずっと目で追い掛けた
 
 
 
 
 
空には、何があるのだろう・・・
 
 
 
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 
 
「う…」
 不快な音で、アーミィは目を覚ました。
 金属と金属の擦れるような音がする。
 起き上がって辺りを見回すと、ガラスの無い大きな窓でネコのように身を伏せて眠っているグラビティがいた。耳障りな音が煩いというのに、よく寝ていられる。丈夫というか、神経が太いというか。廃屋ビルの14階、下手したら落ちてしまうような場所で寝てしまえるのだから、普通の神経では無いのだろうけど。
 アーミィはヘルメットを被ると不快な音源を辿る事にした。
 確信に近い予想はある。
 そして少し離れたフロアに着くと完全に確信になった。
「エレク…」
 原因に声をかけると、紅色の髪を揺らしてエレクトロが慌てた様子で振り返った。
「すまない、起こしてしまったか?」
 申し訳無さそうな苦笑いを浮かべる。
 アーミィは首を振った。起こされた事はどうでもよかった。それよりも、エレクトロが造っているらしいソレが気になる。
 鉄の…翼のようだった。
「これかい?」
 アーミィの視線に気付いて、エレクトロは鉄の翼を指差した。
「俺は、鳥のように空を飛んでみたい。もうすぐ完成するから、昼ごろにはテスト飛行する」
 アーミィは頷くと、部屋の壁に寄り掛かるように座った。それを完成まで待つの意と認識したエレクトロは、再び作業を始めた。
 飛行は無理だ。
 アーミィは思った。翼長が短いし、ジェットエンジンも付いていない。鳥のように羽ばたいて飛ぶつのりらしいが、羽根と金属では明らかに重さが違う。誰がどう考えても結果は解る。
 解っているのに言わなかったのは、エレクトロの笑顔が真剣だったから。
 不可能も可能にしてしまえそうな何かを見た気がしたから。
 黙々と作業をするエレクトロの後ろ姿を見ながら、アーミィは膝を抱えて目を細めた。
 生き物とは言い難い存在が、自分よりもずっと生き物らしいと思えた。
 
 昼ごろにはと言っておきながら、夕暮れ時になっていた。
 理由はエレクトロが小さな失敗を連発していたからに他ならない。
 俗に言う、おっちょこちょい。ドジとも言う。
「完成した」
 嬉しそうな声を上げて、エレクトロは鉄の翼を背中に接続して、翼を広げた。
 窓の外から射す西日が、冷たい翼を赤い炎のように染める。
 機械の天使に見えた。
 立ち上がってエレクトロに歩み寄ると、エレクトロは頭に手を置いてきて照れるような笑みを見せた。
「すっかりタイムオーバーだ。算出した時間より大幅に経過している。俺は予測が不得意らしい。待たせて悪かった」
 アーミィは首を振ると、エレクトロの後について屋上に向かった。
 風の静かな夕暮れ。遠くで鳥の群れが飛んでいる。
「空には、何があるのだろう・・・?」
 迷う事無く屋上の縁に立って、エレクトロが言った。その言葉が自身に言ったものなのか、こちらに言ったものなのかは解らなかった。
 17階下の地面には一瞥もせずに、空を仰ぐ。
 次の瞬間、エレクトロは鉄の翼を広げて空へと跳んだ。
 
飛べた。
 
 …ように見えただけだった。
 ひゅう…と空気を切る音が小さくなっていく。
 ガシャン!!
 派手な音がした。
 アーミィは血の気が引くような寒気を感じて、急いで階段を駆け下りた。
 運動量を上回る鼓動の速さと、冷静でいられなくなっている思考が気持ち悪い。
 生まれて始めての、不快感に似た焦燥感だった。
 17階分の階段はとても長く思えた。残り三階からは待てなくて飛び下りた。
 現場に着くと、グラビティの姿があった。あの大きな音で目を覚まして来たらしい。エレクトロを抱き起こして、声をかけている所だった。
 コンクリートの地面が凹んでいて、そこを中心に金属の部品が散らばっている。鉄の翼は原形を失っていた。
「おい…おい! エレク!」
 グラビティが頬を叩きながら大声で呼ぶと、エレクトロはゆっくりと目をあけた。
「…グラビティ…起きたのか?」
「バカ。そりゃあ、こっちのセリフだ。お前、何したんだよ」
「飛べると思った…」
 そよ風にすらも掻き消されそうな声で、短くエレクトロが言った。
 アーミィは目の奥が熱くなるのを感じて、エレクトロに抱き着いた。
「アーミィ、心配をかけた」
 背中を撫でてくれた手は、全く温かくなかったけれど、速まっていた鼓動がゆっくりと元に戻っていった。
 
 エレクトロは翼と一緒に右腕も大破していた。頭部を守るための代償だった。腕はナノマシンで修理できるから大丈夫だと言った。
「どうして飛ぼうなんて考えたんだ?」
 階段を上る途中、グラビティが背中におんぶしているエレクトロに訊いた。
 アーミィもその理由が知りたかった。
「どうしてだろう? 解らない」
 不思議そうに首を傾げながら、エレクトロが答える。
「まぁ、いいけどよ。無理すんなよ。ったく、心配するこっちの身にもなれっての」
「うん。もう飛ぼうとはしない。二人に心配をかけたくない。それに…」
 少し口籠るように声を小さくする。
「落ちている時、衝突が原因で記憶装置が故障して二人の記憶データが壊れてしまったら、と考えた。そう考えたら思考回路が鈍くなって、視界が薄暗くなった。何て言えばいいのか…」
「悲しい…って言うんだよ」
 アーミィは静かな声でエレクトロに言った。
 エレクトロはゆっくり振り返ってきて、笑顔で頷いた。
「うん。悲しい。…悲しかった。だから、もう飛びたくはない」
 悲しい。
 階段を駆け下りていた時、自分も考えた。エレクトロが死んでしまったらと思っただけで、心臓が小さくなるような痛みを感じた。
 きっと、エレクトロと同じ気持ちだった。
 アーミィはグラビティの横に並んで、エレクトロの左手を握った。
 その手はやっぱり温かくはない。
 だけど、不思議と安心した。
 
 
 
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 
 
空には自分が望むようなものは無いのかもしれない
 
飛ぶ必要は無かった
 
大切なものは
 
自分のすぐ近くにあるから
 
それに気付かせてくれたのは
 
飛べない翼
 
重くて冷たい鋼鉄の翼
 
 
 
 
 
終わる