・‥… 暦 …‥・

 限られた存在だけが知る空間。
 あの世だとか、冥界だとか、神の住まう国だとか言われている場所。
 足下の遥か下に広がる、暗闇に包まれた地上を見詰めている存在がいる。
 大きな漆黒の翼を生やした、男。
 世俗との関わりの無い彼に、名前は無い。
 けれど、その存在を知っている者は、彼をtracesと呼ぶ。
 tracesは夜闇の地上を見下ろしながら、翼を広げて軽く羽ばたきをした。
 空間を歪める羽ばたき。
 ふと、何かの気配を感じて、tracesはゆっくりと後ろに振り返った。
 そこには、片手で掴めるくらいの小さな白い兎のヌイグルミが立っていた。
 白兎のヌイグルミは生き物のように動き始める。左右に大きく身体を揺らして歩き、その歩いた軌跡にはポンポンと音を立ててチューリップの花が咲く。
「寂シイ コノ場所ニ オ花ヲ 咲カセテ アゲルヨ」
 壊れたゼンマイのような掠れた声で、そのヌイグルミが言った。
 こんな奇妙な事をする者は、ひとりしかいない。
「Aか」
 と、tracesは言った。
「御機嫌よう、traces…」
 何の前触れも無く声がして再び振り返ると、どこか狂気じみた雰囲気の道化師が立っていた。
 ヤギに似た大きな耳をピクッと動かして、口の端を上げて笑う。
 この道化師のような存在もtracesと同じく名は無い。
 存在を知る者だけが、Aと呼んでいる。
「何をしに来た?」
 tracesの黒目に赤い瞳が道化師の姿を捕らえる。
「そろそろ夜明けの時間だと思いましてネ」
 Aはtracesの目線も気にせずに、足下に広がる地上を見下ろした。
「ワタシは、この世界が永遠の闇に凍り付こうが、永久の光に燃やし尽くされようが、関係ナイ。ケレド…」
 バシィ、と黒い翼の羽音が響く。
「世界の昼夜を管理するのは、我の役目だ。軽んじて語るな道化…!」
 切れ長の目を更に細くして、tracesはAを睨んだ。
 しかし、tracesの牽制にもAはまばたき一つせずに、ニィと笑みを浮かべた。
「クク…。いや、失礼。仕事熱心なのだネェ」
 視線をtracesに向ける。
「闇と光が入れ代わる…。ワタシはその瞬間が好きダヨ」
 Aはゆっくりと近付き、tracesの周りを回るように歩き始めた。
「輝きでもなく、陰りでもない、その瞬間がネ」
 ふいに鈍い痛覚を感じて、tracesはぎゅっと目を閉じた。
「痛かったカイ?」
 tracesの前に来て、覗き込むようにして顔を近付けるA。
 その手には、黒い一枚の羽根。tracesの翼から引き抜いたものだった。
「痛かったのなラ、失礼」
 ぱたぱたと黒羽を振るA。とても詫びている態度には見えない。
「…貴様…」
「いつも怒ってばかり…。笑ったらどうダイ?」
 Aはtracesの黒羽を両手で挟んでから、ゆっくりと両手を開く。不思議な事に、黒い羽根は黒い兎のヌイグルミに変わっていた。
 黒兎のヌイグルミは先程に現れた白い兎のヌイグルミと同じように動きだし、Aの手から下りると、可愛らしい動きでtracesの周りをぴょんぴょんと跳ねて回った。
 どこからか再び白兎のヌイグルミが現れて、黒兎のヌイグルミとワルツを踊り始める。
 いつのいつの間にか、おもちゃの楽器を持った犬や猫、カエルなどのヌイグルミも現れていて、優雅な音楽を奏でていた。
 tracesは視界の隅でそれを見ていたが、すぐにAに顔を向けて睨んだ。
「目障りだ。我の邪魔をする気ならば去れ」
「おや。御気に召さないようデ…」
 軽く肩を竦めて、Aはパチンと指を鳴らす。ヌイグルミ達は、ぶくぶくと血色の泡になって崩れ溶けていった。
「楽しませてあげようと思ったのにネェ」
「必要無い」
「ココはつまらない場所ダ。たまには地上に下りたらどうダイ?」
「……」
 tracesは少しだけ考え込んだが、首を振った。
「アナタのお陰で、凍えることも焼かれることもなく生きていける存在がいるのダヨ。そうとは知らずに生きてイル…」
 実に愚かしく愛しい。と、Aは言った。
 tracesはAが時折、地上に降りている事を知っていた。しかし、自分達と地上の生命では、存在の次元が違うのだから、干渉する事が善しとは思えない。
「ほんの少しだけ手を下せば、『奇跡』だとか言っテ、喜々とし恐怖スル。喜ばせるのモ、怖がらせるのモ、楽しくてしかたナイ…」
「地上に関与するのは愚行としか思えぬな」
「他の生物との距離を縮める事デ、知る事がアル。考え方も変わるヨ」
「…何が言いたい?」
「いえ、別に」
 Aは意味深気に笑って目を逸らせた。
「さて、もう時間ダヨ。朝にならナイと、地上のモノが煩く騒ぎ出すヨ。特に小聡いニンゲンはネ」
「ふん」
 tracesはAから少し離れると、目を閉じて翼を広げる。指先で空間に文字のような記号を描き、その文字の羅列は輪になってtracesを囲んだ。
 大きく広げれられた漆黒の翼は羽根を散らす。舞い落ちる羽根は黒い閃光を放って消えていった。
 光の粒子が集まって、空に漂う羽衣を形成する。tracesは凛とした女神に姿を変えた。
 そのわずか数秒にも満たない間、Aはまばたきせずに、ずっと見入っていた。tracesの変身が終わると、足下の遥か下の世界が柔らかな光に照らされ始める。
「美しい…」
 Aは、わざとらしく笑む。
 そしてtracesの手を取ると、手の甲にそっと口付けをした。
「私に触れるな、道化」
 透き通るような、けれど芯の強い声でtracesは言い、Aの手を振り払った。
「綺麗な花には棘が有る。…ニンゲンは上手い事を言うネェ」
 Aはクククと喉を鳴らす。
 そして左腕を大袈裟な仕種で広げて、深く頭を下げた。
「では、サヨウナラ、光の姫君。また会いに来るヨ…」
 言い終わるか終わらないかの内にぐにゃりと空間が渦巻き、Aの姿は消えていた。
 tracesは深く息を吐くと、ゆっくりと空間の中を歩き始める。
 足下には広がる地上。
 数えきれない程の生命が宿る。弱く、脆く、儚い生命。
 尊ぶ訳でも無く、哀れむ訳でも無く、tracesは静かに見詰めた。
 
 
 
 
 
終わる


弐寺絵まとめ3

下に行くほど古い。
 
 
2004/05/12
友人から、鉄火とファーボの絵を送ってもらったので、そのお礼に送りつけたモノ。


2004/05/09
ケイナとエグゼ。
10th稼動して初めてEXE見たときに「ケイナの弟が出てきた!」と本気で思った。
天才ハッカーと滅亡プログラムの組み合わせ…ケイエグも好きです、はい。


2004/05/06
うちのエレクトロは痛覚を感じると痛覚神経遮断する。


2004/05/04
『sanctus』の物体。
このムビキャラを描いたのは、私だけかもしれない。
何故このキャラをチョイスしたのか。


2004/05/01
上に重ねていく感じでムビキャラ色々描きたかった。
…が、未完成に終わる。


2004/04/26
黒い鳥と白いフクロウ。


2004/04/26
お絵描きが好きそうなイメージがある(ただし園児レベル)


2004/04/25
あくる日、グラビティは自分の絵日記が無くなっている事に気付きます。
仲良しのエレクトロもアーミィも絵日記の事は知らないはず。
「誰がオレの絵日記を奪ったんだ!?」
字が汚くてもはや暗号にしか見えない箇条書きのような文章も、調教されたサルの方がまだ上手いんじゃないかと思われるような才能皆無の粗雑な絵も、とても大切な日々の記録。
色々と恥ずかしくて、誰にも見られるわけにはいかない!
ふと、部屋の隅に目をやると一本の黒い羽根が。
「これは、tracesの羽根…!」
犯人の正体を知ったグラビティは、traces魔王の城に単身で乗り込む事にしました。
しかし、そこには更なる黒幕の存在が・・・!
 
次回、『重力少年Gravity』
第7話「朗読すんじゃねぇーッ!」をお楽しみに!
 
ある漫画の構図を参考に描いてみた。
何をどうしたかったのか、描いた自分でもよく分からない。


2004/04/23
ポップンのmurmurtwinsの真似。
こんな、ふざけたtraces女神&男神に会えるのは当サイトBluberryMilkだけだよ!
とても気に入ったので、掲示板の管理人用アイコンに採用した。


2004/04/06
普通の子供だったらこんな感じだろうなと妄想した。


2004/03/27
ポップンみたいな2Pカラーを考えてみた。


2004/03/27
おデコにちゅうって可愛いよね。
ほのぼのエレグラが好きなのです。スキンシップ程度のEROくないやつ。


三國無双・三國志戦記絵まとめ

下に行くほど古い。
正確な更新日がいつだったのかも分からない古い絵が殆ど。
 
 
2004/05/06
お絵描き掲示板で描いた司馬懿。


司馬懿と郭嘉。トップの更新記述の上にいる予定だった二人。都合によりボツ。


ペンタブの練習(笑)
線がヘロヘロです。慣れません、ペンタブは(汗)
戦記の曹繰を初めて描きました。無双2に似ているとはいえ、やはり難しいです。
私にしては珍しく色を薄くしてみました。


郭嘉と栗鼠。
友人たちと観た映画の声優さんに、郭嘉と同じ人がいました。そのキャラがリスを飼っていたので(笑)


すんごく好きです、戦記の郭嘉。無双の司馬懿とそっくり顔なところも含めて(笑)
でも、司馬懿と違って病弱だし、無茶する人。感情的にならないけど、短気なところもあるような。 私は仕草の可愛い奴だと思ってます。でも、口を開けば辛辣な言ばかり・・・(笑)
そして、何故か銀髪だと思い込んでます。有り得ない…と思いつつ。


こんな呂布が大好きです。
強いのに世話のかかる人(笑)
今頃、何処かで貂蝉と張遼が必死で探してくれているはず!


サドちっくな裏・司馬懿が描きたかったんですが、何だかヌイグルミ相手に勝ち誇ってるおかしな人に(笑)
実は下書きの始めの段階は兎のヌイグルミではなく、某軍師でした。「あ。危ないかも」と思ってヌイグルミに変更。


数年ぶりに風邪を引いてしまいました。本当に久しぶりだったので熱が出てるのに気付かなかったくらいです。
しかし、布団の中にいるのは退屈で堪えられなかったんで、ラクガキしてました。
司馬懿が風邪を引いたら、徐晃が看病してくれる!…と思ってます。思っているというよりは、妄想と言ったほうが・・・(爆)
ナチュラルに体温計が共存してますね(苦笑)


2003/10/11~2003/11/06のトップ絵。
サイト始まったら最初の絵は絶対に月英の絵にしようと決めていました。逞しく凛々しい奥さんに憧れ。


2003/09/22~2003/10/10のトップ絵。
まだ準備中だった時のモノ。即席で描いた割には気に入ってたり(笑)


誕生日

「出掛けてくるよ」
 短く小さく、言い捨てるようにだけ言って、アーミィは立ち上がった。
「ドコにだ?」
 窓の縁で寝そべっていたグラビティが頭を起こす。
「仕事は、明日だろう?」
 それに遅れるように、エレクトロが配線コードの整理している手を止めた。
「どこか」
 わざと意地悪く答えないで、アーミィは二人に背を向けた。
 
 
数時間後。
 
「帰って来た…」
 アーミィの発信機を探知して、エレクトロが声を出す。
 暫くして、足音が近付いて来た。
 しかし、いつもの軽く素早い足音では無く、ゆっくりとしたものだった。
 ただいまの声と共に、アーミィが現れる。
 三つの箱を重ねて、大事そうに抱えていた。
「買い物かよ」
 グラビティが重そうに持っているアーミィから、ひょいと箱を持ち上げて机に置いた。
「静かに置いてよ」
 箱を気にして、アーミィはグラビティの脇腹を肘で突く。
「そんなに荒く置いてねぇよ」
 口を尖らせるグラビティを横目で一瞥して、アーミィは重なっている箱を、机の上に並べて置いた。
 その箱のひとつを開ける。
 出て来たのは、チョコレートケーキだった。
「ケーキ? どうしたんだい、それ?」
 エレクトロが目をぱちぱちしながら問う。
 アーミィは、その問いには答えず希薄な表情で笑った。
「エレクはこれ」
 もう一つの箱を開ける。
 中にあったのは、果物の沢山乗ったフルーツタルト。
「フルーツ、好きだから」
「わぁ、綺麗だね。この赤いの…さくらんぼ、大好きだ」
 嬉しそうににサクランボを指差すエレクトロ。
「グラビティはこれ」
 最後の箱を開けると、出て来たのは丸いスフレチーズケーキ。
「あんまり、甘く無いのだって」
「ん…」
 自分の肌の色に似たケーキをまじまじと見るグラビティ。
 言葉には出さないが、喜びの表情の浮かんだ顔をする。
「今日、誕生日」
 エレクトロとグラビティにフォークを手渡して、アーミィは言った。
「…え?」
「はぁ? 誰の誕生日だよ」
「僕らの、誕生日」
「俺は、いつ造られたかの正確なデータは無いが…」
「オレも、誕生日なんて知らねぇぞ」
 理解不能の表情を浮かべる二人。
「僕が決めた」
 と、はっきりと大きな声の答え。アーミィにしては珍しい声だった。
「施設から逃げ出した日だよ。僕らが自由になった日」
 目を閉じて、いつもの小さく淡々とした声に戻す。
「自分が、自分として生きられるようになれた日だから…」
 言い聞かせるように、ゆっくりとアーミィが言った。
 エレクトロとグラビティは顔を合わせた後、アーミィを見て笑顔になる。
「そうだった」
「ああ、大事な日だな」
 
 
 
その日の夜。
三人は微妙な顔つきでケーキとにらめっこをしていた。
それぞれの目の前には食べきれて無いケーキ。
8号のケーキは、数人で食べるものだとは知らず、胃もたれと格闘していた。
 
 
 
 
 
終わる


弐寺絵まとめ2

2004/03/19
ラララ・ラブシャイーン!
セムと士朗は友人の為に描いたようなものなので、こっちは完全に自己満足。



2004/03/16
この2人ならコンピュータ会話できるはず。


2004/03/16
グラビティは尖った耳だと信じてる。


2004/03/10
死ぬ間際、ターゲットは手を組んで目を閉じた。


2004/02/27
アーミィがアーミー(軍勢)を指揮する…というのが言いたいが為に描いたのですよ。
まさかこれが特殊能力として12年後に公式になるとは思ってなかった。


2004/02/25
こういうイメージがある。


2004/02/16



2004/02/13
マザーコンピュータのセキュリティ(物理)



2004/01/25
仲良くお風呂。


弐寺絵まとめ1

2003年~2004年初期のもの。エレグラアミが多い。
正確な更新日がいつだったのかも分からない古い絵が殆ど。
 
 





2004/01/20
セリカかエリカかと言われたら、うずしおはエリカ派です。


ラララ・ラブシャイーン!
セムシロ好きの友人のために作った同盟のアイコン用画像。
我ながらいい出来栄えだと思っている。




元エアフォースとアーミィいるんだから次は海軍だよね。




ポップン風味のニクス。


ポップン風味の士朗。


鋼鉄の翼

翼の損傷が原因で
 
壊れてしまった鳥を見つけた
 
その目にはまだ空が映っていた
 
 
焼却して灰になった鳥は
 
風に乗って空へと帰って行った
 
そうまでして空に帰る鳥を
 
ずっとずっと目で追い掛けた
 
 
 
 
 
空には、何があるのだろう・・・
 
 
 
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 
 
「う…」
 不快な音で、アーミィは目を覚ました。
 金属と金属の擦れるような音がする。
 起き上がって辺りを見回すと、ガラスの無い大きな窓でネコのように身を伏せて眠っているグラビティがいた。耳障りな音が煩いというのに、よく寝ていられる。丈夫というか、神経が太いというか。廃屋ビルの14階、下手したら落ちてしまうような場所で寝てしまえるのだから、普通の神経では無いのだろうけど。
 アーミィはヘルメットを被ると不快な音源を辿る事にした。
 確信に近い予想はある。
 そして少し離れたフロアに着くと完全に確信になった。
「エレク…」
 原因に声をかけると、紅色の髪を揺らしてエレクトロが慌てた様子で振り返った。
「すまない、起こしてしまったか?」
 申し訳無さそうな苦笑いを浮かべる。
 アーミィは首を振った。起こされた事はどうでもよかった。それよりも、エレクトロが造っているらしいソレが気になる。
 鉄の…翼のようだった。
「これかい?」
 アーミィの視線に気付いて、エレクトロは鉄の翼を指差した。
「俺は、鳥のように空を飛んでみたい。もうすぐ完成するから、昼ごろにはテスト飛行する」
 アーミィは頷くと、部屋の壁に寄り掛かるように座った。それを完成まで待つの意と認識したエレクトロは、再び作業を始めた。
 飛行は無理だ。
 アーミィは思った。翼長が短いし、ジェットエンジンも付いていない。鳥のように羽ばたいて飛ぶつのりらしいが、羽根と金属では明らかに重さが違う。誰がどう考えても結果は解る。
 解っているのに言わなかったのは、エレクトロの笑顔が真剣だったから。
 不可能も可能にしてしまえそうな何かを見た気がしたから。
 黙々と作業をするエレクトロの後ろ姿を見ながら、アーミィは膝を抱えて目を細めた。
 生き物とは言い難い存在が、自分よりもずっと生き物らしいと思えた。
 
 昼ごろにはと言っておきながら、夕暮れ時になっていた。
 理由はエレクトロが小さな失敗を連発していたからに他ならない。
 俗に言う、おっちょこちょい。ドジとも言う。
「完成した」
 嬉しそうな声を上げて、エレクトロは鉄の翼を背中に接続して、翼を広げた。
 窓の外から射す西日が、冷たい翼を赤い炎のように染める。
 機械の天使に見えた。
 立ち上がってエレクトロに歩み寄ると、エレクトロは頭に手を置いてきて照れるような笑みを見せた。
「すっかりタイムオーバーだ。算出した時間より大幅に経過している。俺は予測が不得意らしい。待たせて悪かった」
 アーミィは首を振ると、エレクトロの後について屋上に向かった。
 風の静かな夕暮れ。遠くで鳥の群れが飛んでいる。
「空には、何があるのだろう・・・?」
 迷う事無く屋上の縁に立って、エレクトロが言った。その言葉が自身に言ったものなのか、こちらに言ったものなのかは解らなかった。
 17階下の地面には一瞥もせずに、空を仰ぐ。
 次の瞬間、エレクトロは鉄の翼を広げて空へと跳んだ。
 
飛べた。
 
 …ように見えただけだった。
 ひゅう…と空気を切る音が小さくなっていく。
 ガシャン!!
 派手な音がした。
 アーミィは血の気が引くような寒気を感じて、急いで階段を駆け下りた。
 運動量を上回る鼓動の速さと、冷静でいられなくなっている思考が気持ち悪い。
 生まれて始めての、不快感に似た焦燥感だった。
 17階分の階段はとても長く思えた。残り三階からは待てなくて飛び下りた。
 現場に着くと、グラビティの姿があった。あの大きな音で目を覚まして来たらしい。エレクトロを抱き起こして、声をかけている所だった。
 コンクリートの地面が凹んでいて、そこを中心に金属の部品が散らばっている。鉄の翼は原形を失っていた。
「おい…おい! エレク!」
 グラビティが頬を叩きながら大声で呼ぶと、エレクトロはゆっくりと目をあけた。
「…グラビティ…起きたのか?」
「バカ。そりゃあ、こっちのセリフだ。お前、何したんだよ」
「飛べると思った…」
 そよ風にすらも掻き消されそうな声で、短くエレクトロが言った。
 アーミィは目の奥が熱くなるのを感じて、エレクトロに抱き着いた。
「アーミィ、心配をかけた」
 背中を撫でてくれた手は、全く温かくなかったけれど、速まっていた鼓動がゆっくりと元に戻っていった。
 
 エレクトロは翼と一緒に右腕も大破していた。頭部を守るための代償だった。腕はナノマシンで修理できるから大丈夫だと言った。
「どうして飛ぼうなんて考えたんだ?」
 階段を上る途中、グラビティが背中におんぶしているエレクトロに訊いた。
 アーミィもその理由が知りたかった。
「どうしてだろう? 解らない」
 不思議そうに首を傾げながら、エレクトロが答える。
「まぁ、いいけどよ。無理すんなよ。ったく、心配するこっちの身にもなれっての」
「うん。もう飛ぼうとはしない。二人に心配をかけたくない。それに…」
 少し口籠るように声を小さくする。
「落ちている時、衝突が原因で記憶装置が故障して二人の記憶データが壊れてしまったら、と考えた。そう考えたら思考回路が鈍くなって、視界が薄暗くなった。何て言えばいいのか…」
「悲しい…って言うんだよ」
 アーミィは静かな声でエレクトロに言った。
 エレクトロはゆっくり振り返ってきて、笑顔で頷いた。
「うん。悲しい。…悲しかった。だから、もう飛びたくはない」
 悲しい。
 階段を駆け下りていた時、自分も考えた。エレクトロが死んでしまったらと思っただけで、心臓が小さくなるような痛みを感じた。
 きっと、エレクトロと同じ気持ちだった。
 アーミィはグラビティの横に並んで、エレクトロの左手を握った。
 その手はやっぱり温かくはない。
 だけど、不思議と安心した。
 
 
 
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 
 
空には自分が望むようなものは無いのかもしれない
 
飛ぶ必要は無かった
 
大切なものは
 
自分のすぐ近くにあるから
 
それに気付かせてくれたのは
 
飛べない翼
 
重くて冷たい鋼鉄の翼
 
 
 
 
 
終わる