日常記録やゲームの感想とか、創作や二次創作の絵や妄想を好き勝手に綴っていく、独り言の日記。
 


しばらく日記更新お休み


 

穏やかな生活

二次創作小説

cult of the lamb(カルトオブザラム)の捏造話。
2023年4月24日のアップデート後、レーシィが子羊の教団に入って間もない頃のお話。


レーシィはその場に座り込んで、耳を澄ませていた。
周りから、遠く近くで様々な音がする。木の伐採音、水の音、誰かと誰かの談笑、何かを焼く料理の音。
隙間無く聞こえてくる音たちの、そのどれにも入れずにいた。
ナリンデルに襲われ眼を失い、緑の王冠の力で周りを視ていた。けれど、その王冠はもう自分の頭上に座していない。目が見えないということが、こんなにも世界から孤立してしまうことなのかと、痛感する。
忌々しい子羊。と、そう思っていたのはほんの最初の頃だけで、王冠を失う代わりに心はとても穏やかになっていた。
何故だろうか。と、自分に問う。
王冠を手に入れ、司教の身であった時は神として崇められ、何でも思い通りにして自由に振舞っていたはずなのに、今の方が自由であることを実感してしまう。
数え切れないほどの信者たちの信仰心に、自分は囚われていたのだろうか。
それとも、王冠の力で支配していたのではなく、王冠に自分が支配されていたのだろうか。
子羊に殺された自分がその後どうなったのか、よく覚えていなかった。薄く記憶にあるのは、自分が治めていた夜闇の森で大勢の信者たちに囲まれて、酷い痛みのする体を引きずるように立っていたこと。今となっては、長い悪夢を見ていたような感覚でしかない。
「レーシィ!」
離れた所から、幼く高い声で呼ばれて、レーシィは顔を上げた。
軽快な足音が近づいて来る。声と匂いで子羊だとすぐに分かった。
「子羊、何の用だ」
「うん、元気にしてるかなって思って。体に痛いところはない?」
「我に気遣いなど…いや、痛みは無い」
嫌味のひとつを言いかけて、やめた。子羊に完全に負けてしまった自分は大人しく服従するしかない。
「よかった!」
子羊の声が明るくなる。
命を奪い合う仲は、すっかり消えていた。
「あのね、レーシィ。君に頼みたいことがあるんだ。多分、君にしかできないかもしれない」
子羊から思いもしなかったことを言われ、レーシィは首を傾げた。
「実はね、もっと信者を増やしたいから、今の畑だけじゃ収穫が足りなくて…。畑にしたい場所は決まったんだけど、そこの土がとても硬くてボクたちじゃ掘れないんだ。だから、その…」
子羊の声が段々と小さくなる。
「君なら、掘ってやわらかくできるかなって…思って…」
「ふむ」
レーシィは小さく頷いた。できるも何も、土を掘るのがワーム族の性分だ。
別に子羊に恩を感じているわけではないが、孤独に浸るより子羊の信者たちのように自分も何かしたかった。そんな自分に、ただの退屈しのぎだ、と言い聞かせる。
「いいだろう」
「本当? ありがとー!」
子羊が飛び跳ねて喜ぶ気配がする。
「こっちだよ!」
不意に子羊に手を掴まれて、レーシィはびくりと体を震わせた。元々ワーム族に手足は無く、腕はこの姿になって初めて得たものだった。今まで無かった器官に触れられるのは落ち着かないし、腕をどう使えばいいのか未だに分からずにいた。
子羊に手を引かれ、それによって傾く体に任せて足を動かす。子羊は右へ左へと曲がりながら進んでいく。歩きやすい場所を選んでくれているのだと知れた。
「ここだよ」
そう言って子羊が手を放す。それに合わせて、レーシィは足を止めた。
子羊が連れて来た場所は、微かに掘り起こした土の匂いがするが、ほとんどは痩せた土の匂いが漂っていた。
「ここから、あそこまでなんだけど…」
子羊が指で示す距離は、レーシィには見えなかった。
「あっ、えっと…」
気付いた子羊は言葉を濁す。
「声で指示するがいい。土の中であっても地上の声は聞こえる」
「うん、わかった!」
子羊は元気に返事をした。
その声を背に、レーシィは土を掘り進める。石とまではいかないが、言われた通りに硬い土だった。この土では種も根を張れない。けれど、レーシィにとっては何ら問題なかった。それどころか、王冠を手に入れる前の昔を思い出して、少し楽しくなってしまった。
「そのまままっすぐ進んでー!」「そこを右に!」「ここで終わりだよ!」
子羊の指示で掘り終えて地上に出ると、「すごーい」「ありがとー」といった声がそこら中から聞こえ始めた。掘るのに夢中で気付かなかったが、信者たちが集まっていたらしい。
「ありがとう、レーシィ! 助かったよ。みんなも喜んでくれてる」
子羊にお礼を言われ、どう返事をしていいか分からず、無言で頷いた。何人か、優しい手つきで土を払ってくれるのがくすぐったくて、体を強張らせる。
その時、いくつかの知っている匂いがしたが、他の匂いに紛れてすぐに消えてしまった。
 
 
 
レーシィはその場に座り込んで、耳を澄ませていた。
増えた畑は順調そのもので、芽が出たと信者たちが声を上げてはしゃいでいた。
周りから、遠く近くで聞こえてくる様々な音は、もう聞き慣れた。
手を使って触れることで、自分の周りに何があるのかある程度は分かるようになった。
土を耕した日を境に、子羊の信者が話しかけてくるようになっていた。ただの他愛もない会話をひとつふたつ交すだけだが、悪い気はしなかった。
「…れっ、レーシィ…さ…ま…」
聞き覚えのある声がして、レーシィは一瞬だけ思考が止まった。
「…アムドゥシアス」
色々な花の香りに紛れてアムドゥシアスの匂いがする。土を掘り起こし終えた時の、土を払ってくれた手の匂いを思い出す。ヴァレファールとバルバトスもいるのだろう。
「はい、ここにおります」
正面の地面すれすれの位置から返事が聞こえる。深くひざまずいている…のではなく土下座していることが分かった。
「お前たちも子羊に引き入れられたのだな。それで、土下座の理由は?」
「えっ、見え…? はっ、はいッ!!」
アムドゥシアスが緊張で震えた声を出す。
「ほほほ本来であれば、もっと早く…いえ、レーシィ様がこっ…こちらへいらした時に、声をお掛けしゅべ、すべきでした! です…が、その…教祖さ…子羊に負けた俺は、レーシィ様に合わせる顔が無く…まして、子羊の信者…にっ…」
後半は泣きそうになっているアムドゥシアスの話に、レーシィは小さく溜め息をした。
「ここの生活は楽しいか?」
「へっ?」
「子羊に救われた命、大事にするといい。ここでは子羊が教祖だ」
「レーシィ様ぁ…!」
レーシィは咎めるつもりはないことを伝える。アムドゥシアスが感極まった声を上げ、直後に鈍い音がした。土下座する勢い余って頭を地面にぶつけるという分かりやすい行動だった。
「今の我は混沌の司教ではない。それに、目が見えぬ分、お前たちよりも劣る身なのだぞ」
「そっ、そんなこと! 他の種族から蔑まれてたワーム族を救ってくれたのはレーシィ様です! 今の俺たちがいるのはレーシィ様のお陰なんです! レーシィ様の御目の代わりは俺が! おそばに置いて何でも申し付けてください!」
「ずるーい! ねぇアム、その役僕がやりたい!」
「おいおい、ドジで有名なヴァレファールにそんな大役が務まるワケねぇだろ」
聞き馴染んだ声が増えて、レーシィは顔を緩めた。
「あ! 何だよ2人共、今更出てきて!」
「だって、レーシィ様に怒られると思ったんだもん」
「右に同じだ」
「お、お前らぁッ…!」
アムドゥシアスがぎりりと歯を食いしばる音がする。
元司祭3人の騒ぎが確実に大きくなってきて、流石にレーシィも黙ってはいられなくなった。
「ところで」
「はいっ!!」
一声かけると、3人の返事が重なる。
「あの畑…。3人いながら、あの程度の硬さの土も掘れないとは情けない」
「全く掘れなかったわけじゃないんです! 俺は1メートル掘れました!」
「僕…40センチ…。でもね、レーシィ様、僕すっごいがんばったんだよ!」
「オレは5メートルだ」
「でも、バルは筋肉痛になって2日も動けなかったよね!」
「おい、黙れ」
レーシィは平静を取り戻した3人からこの教団についての話を聞いた。
子羊は何よりも平穏を望んでいる事。信者たちを家族の様に大切にしている事。仕事の強制は無く、信者たちは自由に生活し、自主的に従事している事。
そして、アムドゥシアスたちは畑と花壇の世話をしている事。どうやらヴァレファールが「土の事についてワーム族の右に出る者はいない」と豪語したらしい。3人から色々な花の匂いがする理由も分かった。
さらには、他の司祭たちも子羊の信者として生活している事。
「残念ながら、ヘケト様、カラマール様、シャムラ様は…」
「…そうか」
バルバトスの話にレーシィは俯く。兄弟たちがいるなら、真っ先に匂いで分かったはずだ。それが無かったのだから、居るはずがなかった。
それでも、確認せずにはいられなかった。
 
 
 
日中とは全く違う表情の夜。
様々な音は止み、信者たちの小さな寝息と、小さな虫が地を這う音がする。
レーシィは子羊と2人きりで話がしたいとアムドゥシアスに頼んで、子羊のいる講堂へ案内してもらった。
「子羊よ」
子羊の気配のする方へ声を掛けると、子羊はとてとてと足音を鳴らしてすぐ近くまで駆け寄って来た。
「レーシィ、どうしたの? もうみんな寝てる時間だよ?」
「我は何故、生きている。お前に殺されたはずだ」
「……ごめんね」
子羊が、絞り出すような声を出す。
「あの時、僕が未熟だったから…。君たちの魂がこの世に残っちゃったんだ。君たちの信者は、君たちが死んだ後も信仰をやめなかった。その力が、死んだはずの君たちの体に魂を引き戻したんだよ」
子羊の声が、わずかに震える。
「生きることも死ぬこともできなくて、苦しかったでしょう?」
「……」
子羊の話に、レーシィはあの悪夢のような記憶を呼び起こされた。
周りを埋め尽くす、地が割れんばかりの歓声上げる大勢の信者たち。ひどい激痛で痙攣する体。むせ返るような血の匂いと腐敗臭は自分のものだと理解していて。子羊との戦いを終わらせなければいけないという焦燥感で気が狂いそうだった。そこへ子羊が現れて…。
「これは、僕の責任」
レーシィは子羊の言葉で我に返る。その言葉を、あの時にも言われた気がする。
子羊の話で、自分に起きたことを理解した。おそらく、兄弟たちも同じようなことになっているはずだ。
「レーシィ、もう寝たほうがいいよ。もう君の体は司教の時とは違うから…」
「もうひとつ、聞きたい」
手を引こうとする子羊の手に、もう片方の手を重ねる。
「蛙の樹林へ行くのだろう?」
「エリゴスたちから聞いたんだね。そうだよ、明日の説教の時間に言おうと思ってたんだ。だからどれくらいの日にちになるかわからないけど、ここを離れるよ」
「子羊…、その…」
レーシィは言葉を詰まらせた。
こんなことを子羊に頼める立場ではないことは苦しいくらい理解している。先に家族を奪ったのはこちらなのだから。
「分かってる。ヘケトのことだよね?」
いつもよりも優しい声で、子羊が言った。
「そのつもりで行くんだよ。ううん、つもりなんかじゃない。必ず見つけて、連れて帰ってくるから。もちろん、次はカラマールと、シャムラもね。そのために、畑を増やしたかったんだよ」
その言葉に、レーシィは頭を下げた。
「子羊よ、お前は何故…。我らはお前の一族を滅ぼし、お前を殺そうとしたのに…」
「僕ね、気付いちゃったんだ」
子羊は、噛みしめるように声を出す。そして物思いに耽るように、ゆっくりとっした歩みで、講堂内を回り歩き始める。
「この世には、本当に悪い人はいないんだって。何かをするのには、必ず理由があるんだよ。だからね、みんなが仲良くなって、心配事もなくなって、幸せになればいいんだよ」
うんうんと、子羊が頷く。
そんなことは不可能だ。と、レーシィは思った。子羊の考えは漠然としているし途方もない。各々の思想の違いが争いを生むというのに、それを統一できるはずがない。
「とても永い時間はかかると思うけど、きっと、いつかは…」
独り言のような、自分自身に言い聞かせるような子羊の言葉は、揺るがぬ強い意志が込められていた。
もしかしたら、この子羊なら…。
レーシィは不思議な安心感を覚えて、意識が薄らいだ。こくりと頭が傾く。
「子羊よ。姉上を、どうか…」
「うん。待っててね」
子羊が眠気で動きが鈍いレーシィの手を引き、講堂を出る。
その手の温かさに、レーシィは体を任せてゆっくりと歩いた。
 
 
 
「子羊めがッ!! 貴様、レーシィに気安く触れるとは許さぬぞ!!」
エリゴスがドヤ顔で大声を上げる。
ヘケトは無言で子羊の首を締め上げていた。その表情は怒りで歪んでいる。
「あ、姉上、誤解です…」
レーシィが慌てて弁解するも、ヘケトの気持ちは収まりそうも無かった。
「僕はレーシィの頭に付いてた葉っぱを取ろうとしただけで…」
ヘケトに首を絞められている子羊は、宙に浮かんだ足をバタバタと動かしながら事情を説明する。
「それはレーシィの毛だ馬鹿者がッ!!」
エリゴスが感情篭った迫真の声を出す。
周囲には、騒ぎを聞きつけた信者たちが集まり、怯えた様子で子羊たちを見ていた。
子羊によって信者となったヘケトは王冠の力を失い、殆ど声を出せなくなっていた。しかしヘケトの元司祭であるエリゴスが、ヘケトの感情を敏感に感じ取り、まるでヘケト本人の様に喋ることでその不便さは全く無かった。エリゴス本人も楽しそうである。
「姉上、お腹が空いてしまったので…、一緒に食事をしませんか?」
どうにかこの場を収めようと、レーシィが全く関係ない提案をする。
「そうか」
スン…とヘケトの表情が穏やかなものに変わる。
それと当時にヘケトから解放された子羊は地面に尻もちをついた。ゴホゴホと咳き込みながら、小さな声でレーシィありがとうと言う。いそいそとこの場を離れて行った。
すっかり機嫌のよくなったヘケトに手を引かれ、レーシィはヘケトの隣りを歩く。
目は見えなくても、しっかりと感じられる姉の気配に、確かな幸せを感じていた。
 
 
 


緑の毛玉

cult of the lamb(カルトオブザラム)の捏造話。
レーシィは足の生えたヒル族という妄想。


シャムラはそっと目を閉じて己の神殿の中で瞑想をしていた。
つい先ほどまで神殿に入りきれない程の信者で溢れかえっていたが、説教を終えると信者たちは恍惚の表情でそれぞれの持ち場へ戻って行った。
信者たちへの説教は大切な責務だが、こうしてひとり考えに耽る時間も同じくらい大切にしていた。
しかし、その時間はすぐに中断することとなった。
よく知った気配を感じて、ゆっくりと目を開く。
神殿の入口に目を遣って数秒後、石床が黒く波打ち、カラマールが姿を現した。
「シャムラよ、来てやったぞ。今日は良いものが手に入ったのだっ」
来て早々、カラマールは上機嫌で話しながら、連れてきた信者2人と共に近づいて来る。2人の信者はひとつの木箱を運んでいた。
「供物に珍しいものがあってな。我の信者が夜闇の森で拾ったそうだ。シャムラにも見せてやろう」
「ふむ」
シャムラは相槌をして話の続きを待つ。カラマールは何かあるとよくこの神殿に訪れていた。内容の軽重は問わず、自ら出向いて来る。話が面白くなければナリンデルに馬鹿にされ、下らなければヘケトに時間の無駄だと怒られているものだから、自然とこの場所に来ることが多くなっていた。
あらゆる知識を得て、既知ばかりの退屈な日々だが、こうしてカラマールが来ることで退屈というものを遠ざけてくれている。
「お前たち、下がってよいぞ」
木箱を運ばせていた信者を魔法陣で帰らせ、カラマールは木箱に目を移す。
それにつられて、シャムラも木箱を注視した。
「む? 静かだな。死におったか?」
カラマールの言葉から、木箱の中身が生き物であると分かった。生き物の供物は珍しいものではないのだが。
カラマールが木箱の錠を外して蓋を開ける。中には木の若葉を集めたような毛玉が入っていた。
「ヒル族か」
シャムラは毛玉の正体を呟く。夜闇の森では見飽きるほど多く生息し、見苦しいほど地べたを這いずり回っている下等な生き物だ。その事はカラマールも知っているはず。
「そう、ヒル族の子供だ」
カラマールは木箱から鎖を引っ張り上げる。首輪に繋がれた小さなヒル族の姿を見て、シャムラは目を大きくした。
その反応が見たかったとばかりに、カラマールが満足気な笑顔を浮かべる。
「どうだ、珍しいであろう? 何百年と生きてきても、初めてこんなものを見たであろう?」
カラマールの声が弾む。
ヒル族の子供には2本の脚が生えていた。ヒル族も教化してやれば人並みの姿を得ることもあるが、この姿で生まれたのであれば、非常に珍しい。
間もなくして、その足と尾がじたばたと動き始める。首輪で吊り上げられたのが苦しくなって、目を覚ましたらしい。
「まだ生きておったか」
カラマールは無造作に鎖を降ろすと、子供はしっかりと2本の足を石床について立ち上がる。
それを見てシャムラは、ほう、と感嘆を漏らした。
「ただ生えた飾りの脚ではないな」
「そうだとも。こやつを生贄にし…こら、逃げるでない!」
ヒル族の子供が走り出し、カラマールは慌てて鎖を掴み直して引き戻す。
「貴様を生贄にしてやるのだぞ。身に余る光栄と思え」
顔を近づけられたヒル族の子供は、臆することなく丸い口を大きく開けて威嚇した。
「理解できる知能も無いか」
カラマールは吐き捨てるように言って、顔をシャムラへ向ける。
その直後、カラマールは縦に伸びながら悲鳴を上げた。その腕にはヒル族の子供が噛み付いている。
慌てふためいて腕を振るカラマールを見て、思わずくすっと笑ってしまった。
何年振りに笑っただろうか。そんな事を考えたくなったが、目の前の現状に集中することにした。
「笑い事ではない! …ええい、放せっ!!」
カラマールはぐいと鎖を引く。その勢いでヒル族の子供は宙に投げ出された。
弧を描いて落ちてくる子供を、片手で受け止める。カラマールに子供を差し出すが、カラマールは一向に受け取ろうとしなかった。
「カラマール。これを我に寄越してくれるか」
「好きにしろ。我はそんな強暴な生贄はいらん。お前の驚く顔が見られたから満足だ」
カラマールはヒル族の子供に興味を失くしたようだった。
元の目的は我を驚かせることだったか、とシャムラはカラマールの子供じみた行動を微笑ましく思った。知ってはいたが、改めて分かるとなかなかどうして良い気分になる。
ヒル族の子供は、助けてやったにも関わらず、遠慮無しに手に噛み付いてきた。
「臆せず行動するのは、良い事だ。だが、才気の見極めが必要である」
シャムラは頷いて子供を見据える。
「ヒル族は下賤な一族だぞ。生贄にしか使い道は無いからな」
カラマールが呆れたように手をぷらぷらと振った。
「夜闇の森はまだ手付かずであったからな。これに任せてみようと思う」
「何!?」
カラマールが素っ頓狂な声を上げる。
これは確信。この子供はきっとよく育つ。
「お前も、生まれた地を何ものにも侵されないよう統治し、蔑まれるヒル族の地位を確立できるのであれば本望であろう?」
静かに語りかけると、ヒル族の子供は噛んでいた手をゆっくりと放した。話を理解している様子はないが、何かを悟った様子は見て取れた。
「その脚で立ち、我らと同じ目線でものを見る覚悟はあるか? その脚で進み、ヒル族を導き教えを説く矜持はあるか?」
「シャムラよ、考え直せ」
「我らの血を飲んだのだ。お前もその血を我らに捧げよ。それをもって兄弟と成す」
カラマールの制止を他所に、シャムラはもう片方の手でヒル族の脚を掴み、そっと牙を立てた。筋肉の発達していない肉はすぐに裂けた。
横目で見遣ると、ヒル族の子供はぶわりと毛を逆立てて4つの目を大きくしていたが、神妙な面持ちのままじっと見つめ返していた。
「お前にその資格があれば、いずれ王冠を授かるであろう」
ヒル族の子供の足を放し、首輪を指先で軽く叩く。鉄の首輪は音も無く砕け散った。体を降ろしてやると、決心とも諦めともつかない表情で見上げてくる。逃げようとはしなかった。
それを見ていたカラマールは、大きな溜め息をつく。
「勝手にしろ。…まぁ、お前が今まで過ちを犯したことは無いからな」
「カラマール、こちらに」
「ぬうぅ…」
手招きをすると、カラマールは高い声を低くして呻いた。身分に煩い彼がヒル族の血を飲まされるなんて思ってもなかった事だろう。
不服を表情に浮かべて、重い足取りでじりじりと近づいて来るカラマールを急かさず、見守った。断固たる拒否をしないのは、気が弱いからか、信頼してくれているからか。あるいはその両方だった。
数歩の距離を時間をかけて来てくれたカラマールにヒル族の子供を抱かせると、その表情は一転しぱぁと明るくなった。
「これは…、うむ。思っていたよりも…」
カラマールが己の中で何かを確かめた後、堪える表情で小さく囁く。
「こ、この毛玉め…ふわふわしおって…。我は誑かされんぞ…」
しかしその手は、しっかりと子供の頭を撫でていた。
 
 
 
カラマールはヒル族の子供をシャムラへ返す。
口に残る下賤な血の味も、不思議と不快ではないことに驚いた。
シャムラの事は信頼している。だからこそ、こんな事になるだなんて信じられなかった。でも、まぁ、悪くは無い気がしてきた。ヒル族も、満更でもない。
「我は構わぬが、ナリンデルとヘケトが許可するかは分からんぞ」
一応、警告はしてやった。
けれど、兄は意に介さずいつもの口調で「許可の必要は無い。討論で我に勝てる者はいないからな」と言った。
その言葉は、自慢でも自負でもなく、ただ事実を言葉にしただけでしかない。
この兄は感情が薄いのだ。もしくは、それを表に出すのが苦手なのか。この世の知識を得た代償がそれなのか。
毎日が退屈そうだった。だから今日もこうして来てやった訳だが、兄を驚かせ、笑い声を聞けたから、あの毛玉を連れて来た甲斐があった。
ナリンデルとヘケトが呼び出され、2人がヒル族の子供と血を交わすのを眺めていた。
シャムラにどう言い包められたのか知らないが、ナリンデルは緑の毛玉の頭や尻尾をぽふぽふと叩きながら「悪くない。末弟として兄に尽くせ」と言い、ヘケトは「今日からお前は弟だ」と嬉しそうに世話を焼き始めた。
あの毛玉は物怖じせずに立っていた。随分と肝が据わっている。その度量は褒めてやるべきか。
うむ、兄弟なのだから褒めてやろう。
そう思ったが、ヘケトが離さずにいるものだから、その機会を得られずにこの日を終えた。
 
 
 


死の傷跡

cult of the lamb(カルトオブザラム)の捏造話。
ナリンデルが他の兄弟を負傷させた時のお話。


それは5柱が集まる、いつも通りの定例会のはずだった。
何がかも分からない微かな違和感を最近感じていたものの、その正体が分からず些細なことだろうと思っていた。
しかし。
いつもと変わらぬシャムラの神殿。神殿のあちらこちらにかかる蜘蛛の糸は、複雑に絡み合って光を反射している。
そこでカラマールが見たのは、想像もつかない、有り得ない光景だった。
「シャムラ…?」
口に出た言葉は震えていた。
気を失って倒れていたのは兄のシャムラだった。
その頭は誰もが崇め敬う叡智の源が露わになっており、それを覆っていた頭蓋骨をナリンデルが手に持っていた。
「来たか。カラマール」
ナリンデルは真っ赤な三つ目をカラマールへと向けて、薄く微笑む。頭蓋骨を握り潰すと、払うように投げ捨てる。
カラマールは硬直し、息を呑んだ。
“死”
それを司る彼のことを昔から敬遠していたが、その理由が恐怖だったことを改めて認識した。
そして最近の違和感の正体が、彼の異変だったことも。
彼はシャムラとよく一緒にいた。シャムラもナリンデルをとても可愛がり、自ら知識の一端を教えていた。
その2人が距離を置き始めたのはここ最近の事だった。それと時期を同じくしてナリンデルから向けられる視線が冷えたものになったのも。
ナリンデルから悪戯されることがしばしばあったものだからさして気にしていなかったが、その視線の冷たさは自分だけでなく他の兄弟たちにも向けられているようだった。レーシィに相談されるまでは気付かなかったが。
ナリンデルの目に映っていたのは、兄弟から別の何かに変わっていた。
「ナリンデ…」
「何をしている!」
カラマールの言葉を遮って、清水のように澄んだ美しい声が響き、ヘケトが走って来た。
「ナリンデル、貴様、最近様子がおかしいと思ったら…!!」
来るなり状況を把握したヘケトは、ナリンデルに掴み掛かった。
激昂で顔を顰めるヘケトとは正反対に、ナリンデルは穏やかな表情で目を細める。
漆黒の一閃。ナリンデルの赤き王冠が大鎌となってヘケトの喉を切り裂く。
あまりに突然に、何の躊躇いも無く。
「うぐっ…」
ヘケトが呻き、膝をついた。げほげほと苦しみながら喉を押さえ、その場に蹲った。
「……」
カラマールは呆然と立ち尽くした。恐怖が根を張り足が動かなくなる。
「カラマールよ」
名を呼ばれて身が強張った。赤い三つ目が、三日月のような形で見つめてくる。
「貴様は、目だ」
その言葉が、次に自分が奪われるものだと察した。この傲慢な獣は昔からそうだ。先に何をするかを解らせて、行き過ぎた悪戯をしてくる。この状況を思えば、今までの悪戯がどんなに稚い事だったか。
“死”が軽い足取りで近づいてくる。赤き王冠が形を変え、大鎌となる。
わざとらしく、ゆっくりとした動きで。
カラマールは本能的な反射で身を退く。空を切る音は顔の左を縦に長く通過し目蓋を掠めて行った。
「ひぃッ!」
悲鳴をあげて、両手で目を隠す。
「目は…目だけはやめてくれぇ!」
「そうか」
ナリンデルは、あっさりと願いを聞き入れてくれた。でもそれは優しさでも慈悲でもなく、この獣の気紛れであることを長年の経験から知っていた。
「臆病者」
ただ一言、冷たい言葉を浴びせられ、嘲笑われた。
そんなこと、知っている。それを面白がられて悪戯されていたのも。それでも、今まではこんな笑い方はしなかった。
“死”の高笑いが、神殿に響く。
その残響と共に曇った音が2つ。左右それぞれに。
耳を切り落とされたのだと気づいたのは、痛みと耳鳴りがしてからだった。
「遅れてしまって、すみません」
背後から、レーシィの声がいつもより小さく聞こえた。レーシィからは自分が陰になってこの惨状が見えていないはず。
警告をしようと顔を上げたが、目の前にはすでにナリンデルの姿は無く。
振り返ると、会釈をする末弟の前に獣は立っていた。
「ナリンデル兄上、ご壮健で…えっ。わああっ!!」
脈打つ痛みと耳鳴りがする耳は、末弟の叫び声を小さく捉えた。
痛みと恐怖で歪む視界で“死”が去って行くのを見た。
「うぅ…目が熱い…痛い…。ナリンデル兄上、何があったのですか!?」
ヒル族の末弟は腕が無いせいで状況を探れず、その場で立ち往生している。獣に何をされたのかも分かっていないようだった。
「レーシィ…」
血の止まらない両耳を押さえながら、何も知らずに目を奪われた末弟の名を呼ぶ。
「…カラマール兄上? どこにいますか? ご無事ですか!? 今、ナリンデル兄上がいて…姉上と、シャムラ兄上はいますか!? ごめんなさい、目が見えなくて…助けに行きたいのに…」
レーシィは我が身よりも兄弟たちを心配していた。
その健気さがカラマールの心に刺さる。本当なら、目を失うのは自分のはずだったのに。
「レーシィ、すまない…」
自責の念に苛まれて出た謝罪は、罪悪感に押し潰されて震えたか細い声へと変わる。狼狽えているレーシィには届かなかった。
ヘケトがよろめきながら立ち上がり、レーシィを抱きしめる。
「レ…ジ…ィ」
くぐもり掠れた声。初めて聞いたその声が、あの美しい声のヘケトのものである事が信じられなかった。
「だ、誰…だ? 放せ…!」
相手がヘケトだと分からないレーシィは、抱きしめる腕から逃げようとする。
「レーシィ、落ち着け。それはヘケトだ」
そう伝えると、レーシィは動きを止めて、様子を伺い始めた。
「姉上…? そのお声は…」
「ヘケトはナリンデルに喉を切られたのだ。シャムラは頭蓋骨を割られた。お前は目を切られた」
声が出せないヘケトに代わり、状況を話す。他の兄弟に比べて自分の被害はあまりに小さいもので言えなかった。
「ナリンデル兄上が? どうして…」
レーシィの呟きに、その疑問こそ早く知るべきだったと思い出し、シャムラの方を見る。
いつの間にかシャムラは意識が戻ったようで、石床の上に座り込んでいた。焦点の合わない目は虚ろで、小さく独り言を言っている。耳を切られたのも相まって、この距離からはその内容は全く聞こえない。
カラマールはシャムラへ近づき、肩を揺する。
「シャムラ、何があったのだ!?」
揺すり始めて数秒後、兄と目が合った。…ような気がしただけだった。
「我は…、…不変は…、彼が…」
視線をふらふらと泳がせ、繋がらない言葉を淡々と並べる。
「ど、どうした…?」
いつもとは明らかに様子がおかしい兄に、寒気がした。
 
それから。
4人で力を合わせ、元凶である“死”を冥界の門へ封じ込めることに成功した。
末弟は、緑の王冠の力で周囲の気配を把握できるようになった。けれど、その目に光が届くことは無く、他の者たちの表情が分からないせいで感情を読み取るのに必死になる様子が伺えた。
妹は、黄の王冠の力で声を出せるようになった。けれど、喉から出るのは低く濁った声だった。凄みのある声になって威厳が出たと妹は言っていたが、ひとりのときに声を殺して泣き崩れていた。
兄は、紫の王冠の力で自我を取り戻した。けれど、正気ではなかった。話しかけても返答は上の空で、会話が成り立たないことも多々あった。時々には元の兄に戻るが、ほんの束の間だけだった。
自分は周囲の物音に過敏になっていた。聞こえが悪くなってしまった耳は青の王冠の力で補うのは容易だったが、ここに居るはずのない“死”の高笑いをいつまでも響かせていた。
負わされた傷はあらゆる治療を施しても癒えることなく、命の赤はじわりじわりと体から流れ出る。
 
それはまるで、遥か遠くに封じた“死”へと近づいていく感覚だった。
 
 
 


サージェイド

創作 サージェイド うちのこ最愛のうちの子。
性別不明であるのが理想なので、それを目標に。


竜使いと白いドラゴン8 ~悪魔の孫~

「あー、肉食べたいな…」
 ライエストは木漏れ日の注ぐ森を歩きながら、焼いた真っ赤なキノコを齧って呟いた。
 書庫の国を目指して、南の方へ針路を取って2日ほど進んだ。
 ナティローズに会ってから、草ばかり食べさせられていた。いい加減、肉を食べないと気が滅入ってしまいそうだった。しかし、狩りをしようにも、そもそも獲物と出会っていない。
 隣りにはサージェイドが木の実をもぐもぐしながら歩いている。サージェイドは木の実でもキノコでも選り好みせずに食べているようだった。
 進行方向にある木に青いキノコが生えていて、サージェイドは青いキノコの匂いを嗅いだ。
「そのキノコはやめておいた方がいいぞ。舌が痒くなるやつだから」
 ライエストはサージェイドを注意する。サージェイドは素直にライエストの隣りへ戻った。
 木の隙間から、双子の太陽が見えて、ライエストは顔を顰めた。
「特に理由は無いんだけどさ、あの双子の太陽…。俺、小さい方の太陽が大嫌いなんだ」
 物心ついた時からか、太陽という存在を認識できるようになった頃からか、どういう訳か双子の太陽の小さい方が嫌いだった。世界を明るく照らしてくれる大切なもののはずなのに。
 サージェイドも上を見て目を細めた。グルルと少しだけ唸り声を出す。
「あー、サージェイドは嫌いにならなくていいんだぞ。多分、俺が変なだけだから。…でもいつか、あの小さい太陽、矢で撃ち落とせないかな」
 密かな夢であり、目標になっている。どれくらい練習すれば届くだろうか。
 時々目に入る木漏れ日に目を細めながら、森を見回す。
「この森、何で動物がいないんだろうな。森の精霊が死んだのか?」
 森は不気味なくらい静かで、小鳥すらいない。
 ふわりと吹いた風に、苦みと生臭さを感じて風上の方を向く。
「焼け跡と…血…? 何かあったのか? サージェイド、行ってみよう」
「クァ」
 不審に思ったライエストはサージェイドと風上へ足を速める。暫くすると森を抜けて、広い小麦畑の半分近くが焼け野原になっていた。焼けた民家も点在しているのが見える。
 その小麦畑を見て、ライエストはトルゥパ村のセイラばあちゃんを思い出した。村では珍しい、純血の人間で、パンの作り方を村に教えてくれた。ライエストも毎年の小麦の収穫の手伝いをしていた。虫がいっぱい出てくるのは嫌だが、小麦の束のかさかさとした音は耳に心地よくて好きだった。
「山火事とかじゃなさそうだな」
 森の動物がいなくなっている理由は、ここにありそうだった。
「クァ!」
 サージェイドが鳴いて、森の方に顔を向けて走り出す。
「どうしたんだ?」
 ライエストはサージェイドの後を追った。
 少し森を進んだ辺りで、遠くから声が聞こえてきた。
「そこ行く人! こっち、こっち! こっちですよー!」
 軽い口調で呼ぶ声がする。サージェイドと声の主を探すと、ぽつんと小さな檻が置いてあり、その中に人影があった。ライエストと同じ年くらいの、腰に布を巻いただけの少年がうつ伏せの状態で上半身だけ檻の中でに閉じ込められて手招きをしている。よく見ると、その少年の灰色の髪の隙間には獣のような耳と小さな角が生えていて、細長い尻尾を生やしていた。
「何してんだ、お前?」
「何って、困ってるんだよ。見て分かるだろ? こんな狭い檻に閉じ込められて、カワイソーって思わない?」
「そうか?」
 ライエストは聞き返した。檻に閉じ込められている少年はあまり困った様子ではないが、本人が困っていると言うのなから、困っているのかもしれない。
「な? な? 助けてくれよー。頼むよー」
 少年は細い尻尾を振りながら手を合わせる。
 ライエストは少年に言われるまま、留め金を外して、檻を開けた。
「ひひひ、ばーか!」
 少年は檻から飛び出すと、獣のように両手両足で走り出した。
 …が。
「きゃいん! ぎゃああああッ!」
 数メートル走った所で、悲鳴を上げて止まった。
 ライエストはサージェイドと顔を合わせて、走り去ろうとした少年の所へ向かう。
「もう1回訊いていいか。何してんだ?」
「助けてください…。すっごく痛いです…」
 少年は虎バサミに左手を挟まれて涙目になっていた。
 獣のような少年を助けてやると、少年はその場に胡坐をかいて、血の出た左手首をぺろぺろ舐める。その血の色はやや紫色がかった赤色だった。
 ライエストは怪我が気になって、少年の前に座った。骨は折れてなさそうだった。
「助けてくれて、どーも。いやー、慌てて逃げて損しちまった。アンタも混血だよなァ?」
 少年はケラケラと笑いながら言う。
「何で分かったんだ?」
「だって、ほら」
 少年はいきなりライエストの角を掴んだ。
「放せよっ」
 ライエストは少年を押し返して、角を隠すように頭に手を当てる。
「オレのとは違うけど、角生えてんじゃん」
「……」
 ライエストは半眼で少年を睨む。どうやら、頭に巻いていた帯布がずれて見えていたらしい。すぐに巻き直す。
「ま、見てくれもそうだけどさ。オレ、鼻がいいんだぜ? だから分かっちゃうだよな。アンタは人間と……………トカゲ?」
「トカゲじゃない」
「え~? だってトカゲに似た匂いしてますよ?」
「……竜だし」
「ほら当たった! でっかいトカゲじゃーん!」
「だから、トカゲじゃない!」
 ライエストが反論すると、少年はヒラヒラと手を振った。
「冗談だっつの。怒るなって。な? 混血同士、仲良くしよーぜ。オレ、ルガルーってんだ。ヨロシクなー」
「……」
「無視するなよ!? ヒドーイ。礼儀知らずー」
 ルガルーと名乗った少年は、わざとらしく口を尖らせて拗ねた態度をとった。
「俺はライエスト、こっちはサージェイド」
 ライエストは早口で言った。ルガルー名乗った少年のこれまでの言動に少し腹が立っていたが、こういう奴なんだと諦めることにした。ルガルーの様子を探ると、微弱だけどピリリとした魔力と、狼の匂いが感じられた。
「ルガルーは何で檻に入ってたんだ?」
「訊きます? 美味しそうな兎が置いてあったんで、取ったらガシャーンって閉まっちまったってワケ。可哀想なオレ!」
 ライエストに尋ねられたルガルーは、大袈裟な身振り手振りで話す。
「動物用の罠に引っかかるなよ」
「それ言わないで、恥ずかしい…」
「お前も混血なんだろ? 犬の。だから捕まったのかと思った」
「犬ってオレのことかよ? ブッブー! はい残念ハズレー! 人狼でぇ~す!」
「人狼だって犬の親戚みたいなものだろ」
「さっきトカゲって言ったの根に持ってるね!? 謝りますよ、悪かったってば」
 ルガルーが耳を伏せて謝る。それを見てライエストは仕返しできたと満足した。
「ライエストさ、竜だろ? 竜って聞いたことあるけど、詳しく知らないんだよ。どんなやつ?」
 ルガルーは興味津々のようだった。
「んー。竜っていっても、いくつか種類があるな」
 ライエストは興味津々なルガルーに説明を続ける。
「ワイバーンとか応龍とかの飛竜系は、翼が大きくて空を飛ぶのが得意だな。ドラゴン系は、サージェイドみたいに体がしっかりしてて丈夫だぞ。飛べるのと飛べない種類がいる。雷龍とか水龍とかの龍系は蛇みたいに長い体に小さい手足が生えてる。魔法が使えるし賢いんだ」
「へー、そっかぁ。牛だと思ったけど、サージェイドってドラゴンか! 初めて見た!」
 ルガルーは目を輝かせてサージェイドを見る。サージェイドはそれに応えるように、その場でくるりと体を回して見せた。
「じゃあ、ライエストはどの竜の混血?」
「俺の先祖は、竜神様だな」
「竜神サマ?」
「竜たちを創った竜だって教えてもらった」
「それじゃあ、ライエストって王子サマじゃん」
「俺の村、みんなそうだぞ」
「じゃあ王族一家だ」
「何か…違う気がする…」
 ライエストは、食い入るように話してくるルガルーと会話する内に、何だかよく分からなくなって首を傾げる。
「ルガルーはさ。人狼だって言ったけど、ちょっと違うよな?」
 ピリリとした魔力は人間のものではないし、人狼に魔力は無い。それが不思議だった。
「あれ? 気づいちゃうかー。竜の血が騒ぐってやつですかい?」
「弱いけど、ピリピリした魔力を感じる。人間の魔力とは違う感じがする」
「ひひひ。もし当てられたら、いい子いい子して褒めてあげちゃいまーす!」
「いや、教えてくれよ」
 ふざけているルガルーに呆れて、ライエストは苦笑いする。
「オレはちょいとばかし複雑でさぁ…」
 ルガルーは足をバタバタさせて目を逸らす。
「昔でもないけど、悪魔と人間が恋に落ちました。生まれた娘は幸運にも生き延びました。やがて娘は人狼と人間の混血と結ばれました。はい、そしてオレ誕生! 混血と混血の混血! 類稀なる罪深い存在が生きてますよ! まさに奇跡! もちろん悪い方のなァ! ひゃはははっ!」
「悪魔ってほんとにいるのか?」
「そっちにツッコむのかよ。上位魔族の中に悪魔もいるんですよー?」
「あー、魔族か。だから血の色が…」
 ライエストはルガルーの血が少し紫っぽい色だった事に納得する。魔族の血は青色だと大人たちに教えてもらった。このピリリとした魔力は魔族のものだと覚えておこうと思った。
「悪魔って、悪いことするのか? この近くで村が焼けてたぞ」
「はいきた! 偏見! 悪魔って怖くて悪いコトするって思われてる!」
 ルガルーは待ってましたとばかりに手をパンっと叩いて、にやにやと笑う。
「悪魔ってのは、とぉ~っても優しいんだぜ? 甘~い言葉で人を惑わし、心の奥の欲や衝動を引き出してあげてんの! 人が抑えて隠そうとしてる欲求を外に出すお手伝い! な? いいヤツだろ? ま、その結果までは責任持ちませんケドね?」
 ケラケラと笑っていたルガルーは、急に表情を消して溜め息をする。
「村が焼けてんのは、オレのせいかもな」
「じゃあ、やっぱり…!」
「はいはい、オレが原因ですぅ~!」
 ライエストが疑いの眼差しを向けると、ルガルーは開き直って両手を大きく広げた。
「でもよ、言い訳させてくれよ! オレだってどんなに憎まれても疎まれても石投げられても、殺されるのはゴメンだ! アンタだって混血なんだから分かるだろ?」
「それは…」
「人間に捕まったら何されるか知ってるか? まず、逃げられないように手足の腱を切られる。叫び声が煩くないように舌を切られる。手足の爪を剥がされて、指を1本1本切られちまう。歯を全部抜かれて、耳は削がれる。目を潰されて、殴られる蹴られるの大盤振る舞い! 全く嬉しくないフルコース! 欲しくも無いおかわりも付いてるよ!」
「そ、そんなことされるのか…?」
 ライエストはルガルーの話に震え上がって自分の体を抱く。無意識にサージェイドに体を寄せた。
「怖いだろー? 怖いよなァ? でも村を焼いたのはオレじゃねーんだぜ? 村同士で争っちまってるんだ」
「どういうことだ?」
 事態が読めずに、ライエストはルガルーに説明を求めた。
「オレはこんな身の上だからな。当然、人間たちは放って置いてくれないワケですよ。オレってば人気者! そんでさ、ラム村とロム村っていう、それはそれは信仰心の強~い村があって、悪魔許すまじ!混血滅びろ!って躍起になってんの。神の使いの天使サマに褒めてもらうには、悪いヤツをコテンパンにしなきゃ!…ってな。で、俺はラム村に捕まっちまってさー。散々酷い目にあわされて殺される運命! オレってばピンチ! どうにかこうにか逃げ出したワケです。そしたらよ、ラム村の連中は隣り村のロム村が悪魔を連れ去ったんだって勘違いしちまったんだよ。ロム村の連中は悪魔を匿うなんて天使サマのご意向に背くワケねーだろ不名誉だコノヤロウって怒っちゃったのよ。ラム村もロム村も天使サマに褒めてもらいたい一心で必死になっちゃってさー。…で、争い始めちゃったんです」
 ルガルーは身振り手振りを交えて、他人事のように説明した。
「…それ、どうするんだよ…」
 事の大きさにライエストは青ざめる。
「天使ってどこにいるんだ? 天使に頼んで、争いを止めてもらおう」
 天使という存在は、以前に死神を怒らせたヘンリックが造った彫像を見たから、姿だけは知っている。
「アンタ、マジで言ってんの? 悪魔は魔界にいますけどね、天使がいるかどうかなんて分かんねーよ」
「え? じゃあ、その村の人たちは、どこにいるかも分からない天使を信じてるのか?」
「そーゆーコト」
「どうやって争いを止めればいいんだ…」
 途方に暮れるライエストを見て、ルガルーは詰まらなさそうに息を吐く。
「アンタさ、何でそんなに考えるの? ライエストの村じゃないじゃん」
「村が争ってると、この辺りの森の動物が逃げる。今、この森に誰もいなくなっちゃっただろ?」
「ライエストはこの森に住んでんのかよ?」
「俺は通りかかっただけ」
「じゃあ関係ない。部外者じゃん。さっさとここを離れようぜ?」
「このままじゃ、森の精霊だって困るだろ」
 ライエストの表情は段々と険しくなってきた。
「どうだっていーじゃん。人間が悪いんだし」
「ルガルーはどうするんだよ?」
「どうするも何も、オレは逃げますよ? 見つかったら今度こそ危ない。アンタには感謝してる。危うく動物用の罠でアホ丸出しで見つかっちまうところだったしな。じゃあな!」
 ルガルーは立ち上がって去ろうとする。
「おい、待てよ」
 ライエストはルガルーの腕を掴んだ。無意識に手に力が入る。
「獲物がいないと狩りができない。…俺は腹が減ってるんだ」
「はい?」
 急に様子が変わったライエストは目が据わっていた。ルガルーはその異変にぞっとした。
「俺は肉が喰いたくてイライラしてんだよッ…!」
「ラ、ライエスト…? アンタ穏和そうだけど、もしかして腹が減ると豹変するタイプ…?」
 ルガルーは背筋が寒くなって身を退く。
「クァ」
 サージェイドがライエストとルガルーの間に頭を入れる。
「あ…」
 ライエストは我に返って、ルガルーの手を放した。
「おー怖い。食われるかと思った」
 ルガルーがわざとらしく身震いする。
 ライエストは長い溜息をつく。が、次の瞬間、鋭い眼光で空を見上げ、弓を構えると間髪入れずに矢を放った。矢の刺さった白鳥が落ちてくる。
 ルガルーはその様子をぽかんと見ていた。
「いいこと思い付いた」
 と、ライエストは目を細めてルガルーを見た。
 
「おいおいウソだろ!? 今の流れでこんなコトします!?」
 焼け残った民家の柱に縛り付けられたルガルーは、大声で叫んでいた。
「ライエストさーん? 近くにいるんですよね!? オレのコト見捨てたりしないよな!? オレたち友達だろ!?」
 きょろきょろと辺りを見回すが、誰もいない。
「薄情者! 冷血! やっぱりトカゲだアンタ!!」
 遠くから人の騒めきが聞こえて、ルガルーは耳をぴんと立てた。
「ロム村の人、来ちゃったよ!? なぁ、聞いてる!? オレ見つかっちゃうじゃん!」
 村人たちはルガルーに気付いて近寄って来た。
「恨むぞ!? オレもうすぐ死ぬだろうけど、一生恨んでやるからな!?」
 ぞろぞろと集まって来た村人たちに囲まれて、ルガルーは足をバタバタとさせた。
「悪魔のやつ、何でこんな所に縛られてるんだ?」
「誰か、ラム村に知らせて来い」
「はいはい! 悪魔を裏切るような巨悪がいるんですよ! アンタらも気を付けたほうがいいぜ!」
 程なくしてラム村の人たちも集まり、辺りは騒然となる。ルガルーは縮こまりながらぎゃあぎゃあと文句を言い続けた。
「おい、何だあれ?」
 村人のひとりが、声を上げて空を指差す。
「白い牛が飛んできたぞ!」
「誰か乗ってる!」
 空から飛んで来たのは、サージェイドに乗ったライエストだった。その背中には真っ白な翼が見える。
 どよめく人々の真上を通り過ぎ、ルガルーが縛られている柱の上で滞空する。
「天使…だぞ」
「クォン!」
 ライエストはぼそっと呟くように言った。サージェイドが注目を集めるように鳴く。
「悪魔を捕まえたのは褒めるぞ。村のみんな、よく頑張ったな」
 棒読みで言うライエストに、ルガルーはぶふっと噴き出した。
 村人たちは慌てふためき、ひとり、またひとりと膝を折って頭を下げ始めた。
「でも、その悪魔は危ないから、俺が連れて帰る。お前たちはお互いに協力して村を直して、仲良く暮らすといいぞ。あと森の精霊に迷惑かけないようにな」
「クァ」
 サージェイドが尻尾の先でルガルーの縄を切ると、そのままルガルーに尻尾を巻きつけて拾い上げた。
「小麦作りも頑張って」
 そう言い残して、ライエストはルガルーを連れてサージェイドとこの場を去る。後ろから天使様だとはしゃぐ村人たちの声が聞こえてきて、ライエストは安堵した。
 村から十分離れた所で、森の中へ下りると、着地するなりルガルーは腹を抱えて大笑いした。
「ぎゃはははっ!! 何さっきの! 棒読み! 演技下手かよ! 腹痛ぇ!」
「仕方ないだろ、あんなことしたの初めてだし…」
 ライエストは顔を真っ赤にして俯いた。外套の下から天使の翼に見せていた白鳥を取り出すと、羽毛を毟り始める。
「白鳥の翼でも、村の人たちは信じたみたいだな。ルガルーも喰うか?」
「オレ、鳥は食べないんで、エンリョします。…それよりさー! 助けてくれるんだったら、最初からそう言えよな! オレ、ホントに泣いちゃうトコだったよ!?」
「ルガルーは演技が大袈裟になりそうだったし」
「はーい、オレもそう思いまーす!」
 ルガルーは肩を竦めて舌を出した。
 ライエストは白鳥の肉を焼きながら、ルガルーを見上げる。
「ルガルー、もしよかったら、俺の村に来ないか?」
「それ何の告白? プロポーズ? オレを嫁にしたいの? それとも嫁にされたいとか? 物好きにもほどがあるよね!?」
「そうじゃない。俺の村は山奥にあるから、人間は滅多に来ないんだ。だから安全だと思う」
「ああ、そーゆーコト…」
 ルガルーは頭を掻く。
「オレ悪魔ですよ? 狼に変身もできない人狼ですよ? 自覚は無くても周りに悪いコトさせちまうんだよ。命の恩人の故郷で悪さしたくないじゃん?」
「でも…」
「…分かるだろ? 独りでいた方が世の中のためなんだよ」
 ルガルーは薄く笑って、背中を向ける。
「ありがとよ。生きてたらまた会おうぜ、竜の王子サマ!」
 と、ルガルーは両手両足で走り出した。
 ライエストとサージェイドは、森の奥へ姿を消すルガルーを静かに見送った。
 
 
 
 
 
つづく


竜使いと白いドラゴン7 ~草の医者~

 頬を撫でる風がひんやりと冷たく気持ちいい。薄く広がる雲は双子の太陽の輪郭を優しく包んでいる。
 サージェイドの背に乗り空を駆けるライエストは、目を凝らして遠くの空を見回していた。
 空には鳥の群れや魔物が飛んでいる姿が見える。しかし飛竜の類いはいない。村から離れれば離れるほど、竜種を見かけなくなっている。人間たちも竜について全く知らない地域ばかりで、これではサージェイドの仲間を探すどころではない。全く進展が無いことに、ライエストは少しだけ不安だった。
 ふと、魔剣の青年の話を思い出す。
 竜たちの体の一部が取引されていること、心臓が不老不死の薬になること、人型の竜が存在すること。
 どれも本当の事だ。ただ、一部は正確な情報ではない。噂には歪曲や誇張、脚色が付き物。
 ライエストもワイバーンの翼の骨と龍の髭で作った弓を持っている。どちらも村で一緒に住んでいた竜だ。トゥルパ村では竜が死ぬと敬意をもってその死骸をもらっている。…肉は同族喰いになるため、森に還しているが。だから防具や装飾品などに使われているのは間違いないだろう。ライエスト自身も水龍の鱗が装飾品になると水龍を狩りに来た人間に会っている。
 次に、不老不死の薬。これはトゥルパ村の言い伝えにもある。毒性の強い洞窟ドラゴンかヒュドラの心臓だ。大昔にその薬を完成させたという人間がいたが、その薬を巡って大きな争いが起き、薬の製造方法の書物は灰に、薬は誰の口にも入ることなく紛失した。その薬が本当に不老不死の効力があったのかどうか、定かではない。
 そして最後の、人型の竜。これは言い逃れようもなく、自分たちのことだろう。体は殆ど人間だけど、魔力は竜種と同じだ。ただ、魔力の質は最高で、量は無尽蔵。つまり、魔法を使うなら常に全力で制限なく無限に使えるということになる。でもそれは、魔法が使えれば、の話。人間の体では、竜種の魔力を魔法として発動できないのだ。相棒となる竜を媒介して魔法を使うことも不可能ではないが、扱いが難しく、村では禁止されている。非常時の際に熟練された大人が使うことを許された。普通の人間よりも体が異常に丈夫なくらいで、村の数人くらいが遠くまで目が効いたり些細な予知夢を見たり、魔力を直接使って小さな火を熾せる。その程度でしかない。そういう訳で、上位魔族を屠れるというのは間違いになる。魔族なんて魔物よりもずっとずっと強いし、対話が可能だから話し合いで解決できることの方が多い。一部を除いて、魔族は戦闘狂ではない。
「!」
 ライエストは視界の端に急接近してくる影を捉えてサージェイドの真っ白な背を軽くたたく。
「サージェイド、グリフォンだ!」
 向かってくる影は、上半身と翼が鷲で下半身がライオンの中型魔物だった。
 今日の飯が決まったと、ライエストは心の中で喜んで弓を構えた。
 矢を引き狙いを定めるも、グリフォンは狙われているのを理解しているらしく右へ左へと変則的に飛び回り、襲い掛かるタイミングを伺っている。サージェイドはライエストが狙いやすいようにグリフォンの周りを大きく旋回し始めた。
 グリフォンの首に向かって矢を射るも、動き回るグリフォンの首を通り過ぎ後ろ足に刺さった。
 ギャアと大声で鳴いて、グリフォンは高く上昇した後、急降下してきた。
 ライエストは2本目の矢を構えようとしたが、グリフォンの接近が予想よりも速く、慌てて体を逸らしたが間に合わず。グリフォンの前足の爪に頭を引っ掻かれた。
「クァ!」
 ゴゴっと、嫌な音がした。頭蓋骨にまで爪が当たったんだと分かり、血の気が引く。
 頭の帯布が頭から外れて空の放り出されたのを咄嗟に掴んで、傷口を押さえた。
「いってぇ…」
 痛みに呻くが、すぐに息を整える。危なかった。サージェイドが方向を変えてくれたお陰で、目を奪われずに済んだ。
 心配そうにクルルと喉を鳴らすサージェイドに大丈夫だと伝えて、サージェイドの背に仰向けになった。両足の裏で弓を支える、右手で傷口を押さえたまま、左手で矢を引き絞る。
 ライエストに攻撃が当たったことに勢いを付けたグリフォンは、今度こそと、真っ直ぐに向かって来ていた。
 放った矢はグリフォンの首を貫き、グリフォンは藻掻きながら落ちていった。
「はーーー…」
 ライエストは体の力を抜いて、長く息を吐いた。
 食うためには殺さなきゃいけないし、殺すためには殺される覚悟が必要だ。命の食い合いは死ぬまで続く。
 サージェイドはグリフォンが落ちた川原へ向かう。グリフォンは落ちた時に岩に頭を打ち付けたらしく、絶命していた。
 川原に足を付けると、サージェイドはすぐさま頭を擦り寄せてきた。
「ありがとな。目に当たらなかったのはサージェイドのお陰だ」
「クゥ、クゥ」
「え? あー、大丈夫だって。これくらいの怪我、たまにやってるし。明日には治るから」
 そう、たまにやっている。それは自分が未熟だから、歯痒く感じる。怪我の方はと言うと、自分の体の頑丈さと回復の早さは村の大人たちが舌を巻くほどのものだから問題ない。
「クゥゥ…」
「ん? 痛いのは痛いぞ。でも、痛いのってさ、裏を返せば生きてるってことじゃん。痛くない体になったら、それはきっと、もう自分の体じゃないと思うんだよな」
 サージェイドの頭を優しく撫でようと伸ばした手が真っ赤に染まっているのに気づいて、手を引っ込めた。ズキズキと痛む頭を押さえながら苦笑い。
 すぐ近くに川があってよかった。川の水で頭の血を洗い流して、帯布を頭に巻き直す。火を熾そうと振り返ると、サージェイドが木の枝を何本か咥えて持ってきてくれた。
 綺麗になった手でサージェイドの頭を優しく撫でる。集めた枝に火を点けて、グリフォンを見る。頭を押さえていた手を離すと、布越しに染み出た血が手に付いていた。血が足りなくなる前に、食べて寝てしまいたい。
 グリフォンの血の匂いに誘われて、肉食獣たちが遠巻きに様子を見ている。どうせサージェイドと2人で食べきれないから、残った分はこの周辺の生き物に譲ろうと思っていた。
 小さいナイフでグリフォンを捌く。こんなに大きい相手を狩れたのは久しぶりだった。サージェイドには、一番美味いこの辺りの肉を…。
「キャーーーーー!!」
 川原一帯に響く叫び声。顔を上げて見回すと、髪の短い片眼鏡をかけた女が立っていた。
 女はわなわなと体を震わせ、手に持っていた草の入った袋を手から落とす。
「貴方…それは…」
「……」
 ライエストは硬直した。まさか人間が近くにいたとは気づかなかった。人間は魔物を食べない…魔剣の青年の言葉を思い出す。
 どうしたものかと、そろりそろりとグリフォンから離れた。
「動かないで!!」
 女は言うが早いか、物凄い勢いで駆け寄って来た。その表情は鬼気迫るものがある。
「把握しました。貴方は、たまたまここへ牛を連れて歩いていた。そこにどういう事情か分かりませんが、空から魔物が落ちてきて、貴方に当たった。途方に暮れているところに獣たちが集まってきてしまって立ち往生していた、と」
「ん?」
 ライエストは顔を顰めた。早口だったため、上手く聞き取れなかった。
「その血の量…頭に深い創傷がありますね!?」
「あ、あぁ…」
 ライエストは思い出したように傷口に手を近づける。
「むやみに触ってはいけません!!」
「っ…」
 またも怒鳴りつけられて、ライエストはびくりと手を止めた。
「…診せなさい」
「え?」
「診せなさい」
 もう一度、ただし今度はもっと強い口調で。
「私は怪しい者ではありません。ナティローズと申します。ナティで結構です。私は医者です。…正確にはまだ医者ではありませんが、未来の医者です」
「はぁ…」
 あまりに突然で、ライエストは生返事を返すのが精一杯だった。
「私の事は分かりましたね? 医者なので、貴方の怪我の治療をします」
 じりりと詰め寄るナティローズと名乗った女。伸ばされた手が頭の帯布に向かっていると知ると、ライエストは後退った。
 傷を診られることになってしまったら頭を探られる。角を見られる訳にはいかない。それ以前に、何か…怖い。
「何故、逃げるのです? 痛い思いをしているのでしょう? 治療し完治すれば痛みは無くなります」
 じりりと詰め寄られ、その度に後退り。互いの距離は一定のまま移動する2人。そんな2人を首を傾げて見詰めるサージェイド。
「さぁ、診せなさい」
「いや…ダメだけど」
「診せなさい。致命傷です」
「このままでも治るから…」
「それほどの大怪我を自然治癒に任せるのは大変危険です。失血死。運よく生き延びても感染症になるリスクがあります」
「ほんと、大丈夫だし」
「怪我人を目の前にして放って置くわけにはいきません。医者である以上、どんな手を使ってでも治療します。私は見返りなど求めません。これはただの善意です」
 がしっ。そんな音が聞こえるくらい、強く肩を掴まれた。とても女性のものとは思えない力で。
「では参りましょう。すぐ近くに私の研究小屋があります」
 次の瞬間には腕を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られる。
「いいって! いいってば! 俺のことは放っておいて!」
 抵抗するも、ずりずりと引っ張られていく。
 サージェイドが楽しそうにぴょこぴょこと軽い足取りで後をついてくる。
「サージェイド、違う! 俺は遊んでるんじゃない。緊急事態だぞ!」
「クァ! クァ!」
 サージェイドの鼻先でつんつんと背中を押されながら、昼下がりの川原で強制連行。
 遠巻きにうろついていた獣たちは、主導権を握っていたライエストが居なくなったと知ると、我先にとグリフォンに食らい付く。
 俺も食べたかったなぁと、怨めしい目で遠くなっていくその光景を眺めた。
 
 川原から少し離れた草原に、ぽつんと丸太小屋があった。
「どうぞ、お入りください」
 ナティローズは言いながら、有無を言わさずライエストを家の中へ引きずり込んだ。
 丸太小屋の中は目を見張るほどの多種多様の草。ガラス瓶に詰めたもの、壁に干してあるもの、半開きの鍋の中にも草の類いが見える。それらの草のせいで、爽やかさとちょっと刺激のある青臭い香りが充満していた。
 引きずられた先のベッドに無理矢理うつ伏せに転がされて、ナティローズは再び頭の帯布に手を伸ばしてきた。
 ライエストはその手を掴んで頭から遠ざけた。
「頼むから…触るな…!」
 低い声で、半分は脅すつもりで言った。
「そこまで頑なになるのは、どういう理由ですか? 死にたいのですか?」
 ナティローズは表情を変えず、静かに問う。
「そういう訳じゃない。誰だって嫌なこっあーッ!」
 理由を聞かれたから答えようとしたのに、最後まで言わせてもらえなかった。ナティローズにもう片方の手で素早く頭の帯布を取り上げられた。
「酷い…」
 咄嗟に両手で角を隠す。
「あなたの意思は分かりました。私はその意思を尊重します」
「俺の気持ち、分かった…?」
「はい。死にたいわけではない。それが分かれば十分です。治療します」
 あ、これ、話が通じない人だ…と、ライエストは戦慄した。この手のタイプは思い込みが激しく、人の話を聞いているようで聞いていないか都合のいいように解釈する。
 角を隠したまま起き上がろうとすると、すかさず押さえつけられた。
「血色が悪いです。悲報ですが、輸血用の血を切らしています。絶対安静を徹底してください」
「いやぁ…その…」
 何とか言い訳をしてこの場から逃げ出そうと考えを巡らせる。血の足りない頭は難しい思考を阻害して、何も思いつかない。
 ナティローズは手際よく何かの準備をしている。
「いてっ」
 自分の腕が死角になって見えなかったが、腕に小さく深い痛みを感じた。何をされたのか分からず、恐る恐るナティローズの顔を伺う。
 ナティローズはただ静かにライエストの顔を見ていた。
「どうやら、普通のものでは、貴方には効力が無いようですね。もっと強力なものにしてみましょう」
 再び腕がちくりと痛む。正体不明の痛みは、強い痛みよりも恐怖を覚える。数秒もせず、痛みのあった腕がじりじり痺れて力が入らなくなった。それは徐々に全身に広がり、頭がぼんやりとする。
 不安と恐怖と不満。そういう気持ちで睨むようにナティローズを見上げると。ナティローズはう~んと首を傾げていた。
「俺に、何…したんだ…?」
「麻酔です。おかしいですね。まだ意識があるとは。仕方ありません、このまま施術に入ります。死ぬほど痛いかもしれませんが、死を回避するためです。我慢してください」
 力の入らない手なんて、あっさりと角から離された。混血だなんて知られたら絶対殺される。
「…なるほど、把握しました」
 ナティローズは静かに、悟ったように呟いた。
「貴方は魔族ですね」
「え?」
「魔族は血縁関係を尊びますが、それ以上に上下関係には厳しい。こんな小さな角では、さぞ辛い目に遭ってきたのでしょう。奴隷のように扱き使われ、意味のない虐待を受け、多くの罵詈雑言を浴びせられ、命からがら逃げだしたのですね」
「いや、違うけど…」
「安心なさい。医療の前では全ての生き物はみな等しく治療を受ける権利があります。貴方の出生や身分など関係ありません。それに…」
 雄弁に語るナティローズの話を、ライエストは遠く冷めたように聞いていた。その言葉、混血の相手にも言えるのか。とはいえ、ナティローズが勘違いしてくれたことは助かった。このまま、魔族の端くれの振りをしよう。
「私は過去に魔族も治療をしたことがあります。安心してください」
 ナティローズはピンセットに曲がった針を挟んで近づく。何それ、何に使うの…と言おうと口を開いた瞬間。
「いてぇ!!」
 頭にじくっとした痛み。その後もじくりじくりと頭の痛みは続く。
「痛い痛い! やめろ、痛い!」
「死ぬよりはマシです」
「やだやめて、ほんと痛いからっ! いだだッ!」
 何とか全身に力を込めて、必死に抵抗する。
「動かないで。手元が狂って適正ではない箇所を縫ってしまいます」
どすっと背中に肘鉄をお見舞いされた。息が詰まって、がふっと咽る。こちらの様子などお構いなしに乱暴な処置は続く。
「ギャアァッ!!」
 あまりの痛さに堪え切れず、人間の喉からは絶対出ない竜の声を出してしまった。俺ってこんな鳴き声だったんだ…と、思考の片隅で思う。恥ずかしくて顔が熱くなった。トゥルパ村では生まれた産声は竜の声だ。物心つくまでは時々その声を出すが、言葉を覚えれば鳴くことは無くなる。こんな声を出してるのを村の皆に知られたら、絶対に笑われる。
 苦痛に本能が警鐘を鳴らす。痛みの元凶に牙を突き立て爪で引き裂きたい衝動を必死で抑える。楽になりたい本能と人間を傷付けたくない理性が鬩ぎ合って頭が混乱する。このまま本能に任せてしまえば、きっとこの動かない体も動かせるはずなのに。
「あなたは大人しいですね。この大型魔物用の麻酔が少しは効いているのでしょうけど。この麻酔が無かった時に治療をした魔物は私を敵視して、噛み付いたり引っ掻かれました。それは酷い暴れようでした」
 いや、それ、今俺もやりたくなってる…と、痛覚に呻きながら思う。両手で口を押えても、一度出てしまったその後は耐えることを忘れてしまい、何度か甲高い鳴き声で叫んでしまった。
 …やがて。
「完璧です」
 あまり感情が読み取れないナティローズの声に、達成感が含まれていた。
 するすると頭に包帯を巻かれて、ナティローズが離れていくのが分かると肺の底から息を吐いた。痛いのを治すのに、どうしてもっと痛い目に遭わされなければいけないのか。
「…ガァ…」
 ライエストはナティローズに向けて文句を言ったつもりだった。…が、出たのは低い鳴き声だった。これはダメだ。体が落ち着くまで、もう黙っていよう。
「麻酔が完全に抜けるまで数日かかるかもしれません。貴方に使った麻酔は初めて使用したので。眠ったほうがいいですね」
 がすっ。首筋に手刀が振り下ろされる。
 何でこんなに乱暴されてるんだろう俺…と、沈む意識の中で思った。
 
 
 
 体が重い。指先は少し動くくらいで、握れるほどの力までは出せず。まだ開くのを拒否する目蓋を諦めて、ラエストは耳を澄ました。
 ぐつぐつと煮沸の音がする。かさかさと…多分、草の擦れる音。もう慣れてしまったけど、青臭い草の香りがする。あー、そうだ。よく分からないけど酷い目に遭わされたんだった。身の毛の弥立つ恐ろしい記憶が蘇って体が竦む。
 頭の怪我の痛みは完全に無くなっていた。乱暴混じりの治療は、確かに意味があったらしい。乱暴な部分は無くても良かった気がするが。
 ようやく目を開けると、ランプの火に照らされたナティローズの横顔が見えた。机に向かい、真剣な面持ちで草を潰している。瓶に詰めたり、瓶に詰まった草を取り出して混ぜたり、煮立った鍋に草を入れたり。ひとつ何かをすればその度に羽ペンを手に持ち、紙の上にペン先を滑らせていく。
 正直、この人間に会わなければ必要以上に血を失わなかっただろうし、傷の痛みは残っただろうけど体はいつも通りに動かせたはずだ。けれど、言動はめちゃくちゃだけど、ナティローズからは至って真剣で直向きに治療をして助けたいという純粋な精神が感じられた。それはとても高尚なもので。…心に溢れる誠意と良心に乱暴が添えられてしまっているのが玉に瑕だが。
 力の入らない体に鞭打って身を起こそうとすると、ナティローズがこちらに気付いた。
「目が覚めましたか。まだ無理に動かないほうがいいです」
「…サージェイドは…?」
「貴方の牛のことですね。蝶々を追いかけて遊んでいたり、貴方に寄り添うように外の壁にくっついて寝ていましたよ」
 ライエストはサージェイドの状況を知って安心した。
「薬を作ったので、飲んでください」
「……」
 差し出されたカップを見て、ライエストは絶句した。
 これでもかというほど神経を逆撫で不快にさせる色、なにものも近づかせんと放つ異臭。この世が何故こんなものの存在を許したのか疑いたくなる、おぞましい何かだった。
「まだ体が動かないでしょう。飲ませてあげます。口を開けてください」
 開けるはずがない。これは断固拒否しなければならない。痛いのとは違う意味で命が危ない。
 口を噤んで顔を背ける。これが今の自分に出来る限界なわけで、この治療に熱心な人間の前では何の抵抗にもならなかった。
 しっかりと頭を固定され、あっさりと口をこじ開けられる。ここまで開けられてしまったら、入り込んできた指を牙で噛んでしまわないように力を加減するしかなかった。
 想像通り…いや、それ以上の地獄だった。表現ができない、筆舌に尽くし難い、完全に思考を停止させられる。いっそ気を失ったほうが楽になれるやつだ。
 ナティローズはぐったりと沈黙したライエストを見て満足気に頷くと、再び机に向かって草を弄り始めた。
 ライエストはその様子を薄く開いた横目で眺める。あんなに様々な草を潰して、何をしているのか。
「その草…」
 見覚えのある草を摘まんでいるのを見て、ライエストは呟いた。
「これですか? 最近調べ始めたばかりの草です」
 ナティローズは草をもって近づいて来た。
「その草、俺の村では磨り潰したやつを頭に乗せるんだ、熱が出た時に。冷たいから気持ちいいぞ。熱が酷い時は煮汁を冷まして飲む。味は変だけど」
「本当ですか? …なるほど、解熱効果があるのですね」
 ナティローズの感情に乏しい表情が明るくなる。
「他に、知っているのはありますか?」
 いそいそと草を並べて見せてくる。
「それと、これ。こっちは怪我した時に葉を貼っておくと血が固まるのが早くなる。そっちは茎を噛んでると腹痛が治る。でも葉っぱは舌が痛くなるから気を付けたほうがいいぞ」
 ライエストの話に、ナティローズは流れるように羽ペンを動かしていく。
「貴方の故郷では薬学に明るいんですか?」
「さぁ? 大人たちが教えてくれたんだ。んー…この中で、他の草は知らないな」
「ありがとうございます。私の研究が大きく飛躍できました。1種類の草の効果を調べるのに数か月…長くて数年はかかってしまうんです。貴方を助けたはずが…助けられたのは私の方ですね」
 羽ペンを走らせ終わり、その紙を宝物のように大切に両手で包む。
「私はどんな怪我や病気も治せると信じています。今はまだ治せない病気も、いつか必ず…。それが私の夢であり、医者の務めです」
 薄く微笑むナティローズの笑顔は、強い意志を秘めていた。
「そういえば、貴方の名前を聞いていませんでしたね。改めて自己紹介します。私はナティローズです。ナティと呼んでいただいて構いません」
「俺はライエストだ。……あの、さ。ナティ」
 ライエストは遠慮がちにナティローズに声を掛ける。ナティローズが医者であるのなら、病気に詳しいのなら。
「その…人が別の生き物になる病気って、知ってるか?」
 竜返り。トゥルパ村にある不治の病。もしこれを治す方法を知っていれば。
「別の生き物…ですか。具体的にはどのような状態ですか?」
「あー…」
 ライエストは呻いた。人間の姿をした竜の混血がある日突然竜の体になる…なんて、口が裂けても言えない。
「ええと…。人間でいえば…。猿…かな…」
 ちょっと違う気がするが、それ以外に思い付かなかった。
「先天性であれば、猿のように毛深い人や尻尾のようなものが生えている人は極稀にいますが、病気ではありません。生まれながらのものです。他の生き物になるというのは…そうですね、人狼に噛まれると人狼になることがあると聞いたことがあります。吸血鬼に噛まれると吸血鬼にされてしまいます。魔物や魔族が仲間を増やす行為なので、病気ではなく呪いです。残念ながら、医学では呪いは解けません」
「そっか…」
 ライエストは目を伏せた。
「貴方の求める回答ができず、申し訳ありません」
「あ、いや、いいんだ。ちょっと聞いてみたかっただけだし」
 慌てて笑顔を向ける。ただの冗談話にしてくれればいい。
「もしかしたら、貴方が求める回答は書庫の国にあるかもしれません」
「書庫の国…!」
 その国の名前を聞いて、ライエストは目を大きくした。バーシルが昔話していた、世界中の様々な知識の本を集めた国があると。
「ええ。ここからですと、南の方角になります。いくつか国を通過しなければいけない遠い場所ですが」
「南か。分かった。ありがとな!」
「お役に立てて光栄です」
 お礼を言うと、ナティローズは柔らかな笑顔を浮かべた。
 
 
 
 太陽が昇る前に目が覚めたライエストは、ベッドから起き上がった。ぎゅっと手を握る。もう体はいつも通りに動くし、痛みも不調も無い。頭の包帯をとって、巻き慣れた帯布を巻く。
 机を見ると、ナティローズは机の上に伏せ、小さな寝息を立てて眠っていた。ここに来て3日間、ナティローズが夜明けまでずっと草を調べていたのを知っている。ここまで頑張る彼女は、本当にすごいと思う。
 毛布をナティローズの背中に掛けて、草ばかりの部屋の中を見回す。瓶に入った乾燥した草に、見せられなかったけど知っている草がいくつか見つかった。羽ペンと紙を拝借して、草の効果を書く。へろへろした文字になってしまったが、文字は合ってるはず。小さい頃、大人たちにさんざん教え込まれたのが役に立った。そして紙の最後には“世話になった、ありがとう”と書き綴る。
「きっと、いい医者になれるぞ」
そう囁いて、丸太小屋を出た。
 
 
 
 
 
つづく