弐寺絵まとめ4

トップ絵のまとめ。下に行くほど古い。
一部、正確な更新日が不明。
 
 
2004/12/06~2005/01/08
16代目。tracesの女神。
大鎌なんぞ持たせて、うずしおの好みに走らせた産物。翼が生えててもいいじゃないか!(笑)
ストイックで気高い美人さんが大好きなのですよ。
…美人に描けたのかと訊かれると、返答に困ります。げ、限界が見えるぜ…(笑)


2004/09/15~2004/12/06
15代目。エレクトロ。
初めてイメージマップというものに挑戦したもの。しかし、無駄に大きくて、不便な気がした…(苦笑)
始めはエレクトロだけだったけど、ちびっこいのが増殖。こんなヌイグルミを作れる技術があったら…ッ!(笑)


2004/07/04~2004/09/15
14代目。美女と野獣…軌跡と世紀末。…traces女神とセンチュリー大王。
何故、この二人の組み合わせかといいますと、勝手な私的設定なだけです(爆)
世紀末大王はtracesの従順な部下だと勝手に思い込み中。Aの道化師にイジメられて「traces様~っ!」とか言ってtracesに泣き付くのを大希望(笑)
デカくて邪悪な姿のくせに泣き虫だとか、tracesがいないと弱気になって何も出来ないとかだと、ピンポイントにオイシイです。


2004/06/02~2004/07/04
13代目。traces男神。
雨の季節と言う事で、傘。傘なんて全く持ちそうも無い人に持たせてみる(笑)
地上に来て、雨が降っていたから、人間の真似をして傘と言うモノを魔力で構成。
tracesはいつも天よりも高い所に住んでいるから、雨なんて知らない。
延々と泣く天を少しだけ哀れんで、慰めの言葉でもかけてやろうかと想いを馳せる感じ。
Aてる坊主は本人が化けているという噂があったり無かったり(恐…)


弐寺 永久少年 エレチュン エレクトロ:チューンド グラビティ アーミィ A traces シロロ トラン2004/05/01~2004/06/02
12代目。ムビキャラたち。
改装終了後のトップ絵。気分一新の為に頑張って描いてみました。
特にA様を描く時は、いつも首のヒラヒラで挫けそうになります。
首のヒラヒラで(強調)


2004/01/27~2004/02/14
10代目。グラビティ。
オリジナルで描いている黒猫のシリーズで描いてみました。


2004/?/?~2004/?/?
セムとちびtraces。
改装中の時の仮トップにあった絵。
ネタは決まってたんですが、始めはtracesが小さくなくて 「我に気安く話し掛けるな、人間め」というセリフが入ってました。
それではセムのアブナイ雰囲気が出なかったんで、tracesをちっちゃくする事に…。



2004/04/11~2004/04/20ランダムトップ絵
?代目。弐寺7thの魔眼トリオ。
重力使いのトカゲっぽい少年と、道化師のヤギと、魔王(♂)⇔女神(♀)に変身する存在。
tracesを贔屓してる。


~2004/04/22
2代目インデックス絵。アーミィ。
インデックス入り口用に描いたもの。


TOOL 1

 カタカタカタ…
 薄暗い空間に、無機質なコンピュータの音だけがする。
 
 思考を埋め尽す、0と1の螺旋。延々と続く、数列。
 
 狭くは無いはずの部屋は、整然と並ぶ大型コンピュータにすっかりと支配され、本来の広さなど微塵も感じさせない。
 
 
 紅い髪の小さな子供が鉄の椅子に座っていた。
 
 気が付いた時には、そこにいた。
 今まで何をしていたかなんて解らない。
 けれど、自分のやるべき事は知っている。経験の無い記録ばかりがある。
 だから、その記録に従っていた。従うしか無かった。
 それしか無かった。
 どうしてかは解らないけれど、そういうふうになっていた。
 
 身体中に接続された沢山のコードは、大きな知識の鉄塊たちに繋がっている。
 互いに0と1を交換し、それが何であるのかを瞬時に理解し、それをどう処理するのかを即断する。
 
 ずっと、ずっと。
 ただ、それの繰り返し。
 
 膨大な量の数列が駆け抜ける毎日。
 数列の情報を知ってはいても、それが何なのか知ろうとは思わなかった。
 それが、当たり前の事だから。
 知りうる情報を理解した所で、どうなりもしない。
 与えられた事だけを義務的に行う。
 
 
 それが、当り前。
 
 
 
 
 
 
 
 ドオン!
 
 ある時、部屋の近くから地響きにも似た音が聞こえた。
 初めての事だった。
 何よりもまず、情報を護らなければならないと判断した。
 全ての情報をネットワークを通じて、安全な所へとコピーする。
 この部屋から最も遠い地区のメインコンピュータに、一時的な避難を。
 
 ゴシャン!
 
 鉄を砕くような音がして、部屋の中が少しだけ明るくなる。
 部屋の扉が、無くなっていた。
 無くなった扉の代わりに、誰かがいた。
 
 それは情報の中に無い存在だった。
 白衣を着た研究員ではない。
 大人ですらない。
 
 自分より少しだけ幼い子供。
 赤茶色の髪をした子供。
 暗い部屋で、その真っ赤な目だけが異様に目立っていた。
 
「誰?」
 
 こちらが声を発するのと同時に、その子供も同じ事を言った。
 次の瞬間には、電子頭脳が反応した。
 
“侵入者確認… 侵入者ハ 排除セヨ”
 
 消さなくては。
 殺さなければ。
 
 神経回路を部屋全体に繋ぐ。
 床や壁、天井の鉄板が瞬時に変型して重火器になる。
 その全てが侵入者に標準を合わせる。一寸の狂いも無く、正確に。
 
 赤茶色の髪をした少年は目を丸くして、半歩だけ後ずさる。
 
「お前、名前は?」
 
 小さな侵入者は、そう尋ねてきた。それは予測範囲に無い行動だった。
 まだ撃つ必要は無い。侵入者の危険性の確認してからでも遅く無い。
 
「喋れないのか? 名前を知らないのか?」
 
 名前。
 自分の名前を知っている。
 一度も呼ばれたことは無いけれど。
 
「エレクトロ…」
「ふうん。エレクトロか」
 
 名前は、呼ばれて初めて意味を持つ。
 自分の存在を、この子供は認識してくれた。
 少しだけ、演算処理が遅くなる。
 何だろう、これは。これは、知らないものだ。
 テキストデータに残せない、文章に出来ない、何か。
 
「オレはグラビティって呼ばれてる。…お前、利用されてんのか?」
 
 グラビティ。その固有名詞を記憶しておく必要はあるだろうか。
 人間が自分を使うのは当り前の事。どうしてそれを訊くのだろう。
 
「人間に利用されるのは、当然の事だ」
「・・・そういうふうに、教えられたんだな」
 
 この少年が、何を言っているのか理解出来ない。考えようとすると演算処理が遅れる。
 常時、直接に電子頭脳に流れる情報とは違い、外部からの情報を受けるのには慣れていないせいもあるかもしれない。
 
「なぁ、エレクトロ。ここは…」
 
 パン!
 
 乾いた音がして、グラビティと名乗った侵入者はゆっくりと倒れる。その首には麻酔弾が刺さっていた。
 数人の警備員が部屋に走り込んで少年を掴み上げると、部屋を出て行った。
 
「データは無事か?」
 
 後から入って来た研究員が、そう訊いた。
 頷くと、その研究員は何も言わずに部屋を出て行った。
 データの消失も損傷も無い。遠くの地区に一時的に避難させたコピーデータはもう必要無い。
 
 その後、すぐに扉は修理されて、薄暗い部屋に戻った。
 
 
 
 繰り返す、0と1の螺旋。
 記憶して、整理して、交換して。
 それだけを考える。
 
 
 
 
 
 あくる日、研究員に連れられて、初めて部屋を出た。
 連れて行かれたのは、隣の部屋。
 その部屋の中央にある大掛かりな手術台に寝かされて、一時だけ眠った。
 
 “目”が繋がった。
 
 ここの施設内のあらゆる所に付けられ、網の目のようにネットワークで繋がる“目”。
 その“目”で、不審な事が無いか監視するように命令を受けた。自分と“目”が繋がる以前の映像データの保存も任された。
 何かあればセキュリティを作動させ、地区を封鎖するなどの処置をするように。
 巨大な施設の全てに神経回路が繋がり、自分の身体の一部になった。
 
 第7地区で、あの時の侵入者の姿を見た。
 多量に並ぶ檻のひとつ。その中で眠っていた。
 その檻を抜け出して、ここまで来たのか。
 
 グラビティ。
 この固有名詞を削除しなかった。
 必要のないデータでしかないけれど、削除しなかった。
 知識として得た記録では無く、経験として得た記憶。
 
 …削除したくなかった。
 
 初めて、自分がそうしたいと思った事だった。
 どうしてだろう。あり得る可能性をいくら想定しても、それが解らない。
 有り余る、莫大な量の知識を持っていても、答えを出せない。
 
 意識では無く、“意志”だった。
 
 
 グラビティはあの時、何を言いかけていたのだろう。
 “ここ”が、何だと言いたかったのだろう。
 考えようとすると、演算処理が遅れる。
 
 遅らせてはいけない。
 だから、これ以上は考えてはいけない。
 
 
 
 与えられた事だけを義務的に行う。
 ずっと、ずっと。
 ただ、それの繰り返し。
 
 
 
 それが、当り前。
 
 
 
 
 
終わる


レシート裏に一発描き

~2004/11/14更新終了。
レシートの裏にボールペンで一発描き。
画集が出る前のが多いので色々違ってる。一部ポップンもあり。
 
 

1枚目。ケイナとジルチとダルマ…。
ケイナはいつも元気で笑っていそうなんで不機嫌そうに、ジルチは人気の少なそうなキャラなんで、可愛い感じを目指してみました。
・・・ダルマに関しては、もはやコメントすら見つかりません…(淡)
 
 

2枚目。『Holic』と『Electro tuned』の二人。
『Holic』のキャラは爽やかに変な人だと思います(笑)
『Holic』は乾電池を『VJ ARMY』の液晶テレビくん(仮)から強奪。
 
 

3枚目。『Gravity』とトラン。
未知との遭遇。
トランはどんな人とでも仲良しになれそうです。
 
 

4枚目。
『VJ ARMY』の少年を公園で見掛けました(嘘)
 
 

5枚目。ダルマとツガル。
『つがるりんご』という飲み物を見掛けて…。
 
 

6枚目。デュエルとニクス(とサイレン)。
デュエルとニクスの喧嘩勃発。サイレン大慌て。
 
 

7枚目。士朗と慧靂。
・・・微笑ましいとか、そういうの通り越して、寧ろ怖い兄弟。
 
 

8枚目。リリスとセム。
リリスからアイアンメイデンを貰って大喜びのセム。
アイアンメイデンとは棺桶の内側に沢山のトゲが付いた、拷問だか処刑だかの道具です。
セムの好きな物の中に『変なもの』と『トゲのついたもの』があったので、『変なもの』+『トゲのついたもの』=『アイアンメイデン』…という奇妙な方程式が脳内に浮かびました(笑)
 
 

9枚目。孔雀。
訊かれる前に言っておきます。裸エプロンを描いたのでは無いですよ(笑)
 
 

10枚目。
クイスリング・ジャックとジャック。
ジャック同志。
 
 

11枚目。
士朗とユーズ(とエリカ&セリカ)。
ありきたりなネタ。もう使い古されてる(笑)
エリセリ最凶コンビ。
 
 

12枚目。エレキ。
弟とは、可愛いものです。
 
 

13枚目。ニクス。
O-157の影響で某牛丼店が牛丼販売しなくなった。
でも、お茶漬けがあるじゃん。
 
 

14枚目。セムとケイナ。
納豆好きなケイナが納豆嫌いのセムを虐めてみる。
 
 

15枚目。エレキと『Electro tuned』。
どっちのエレでショー。一緒に遊ぶなら、どっち?
自分、エレクトロを選んで少数により遊べず(淡)
 
 

16枚目。ホリックとエレクトロ。
それとなく、ほんのりとホリエレ主張してみる。…放っといて下さ…(死)
 
 

17枚目。しろろ。
こういうシンプルな存在こそ、描くのは難しいのだと痛感しました。
 
 

18枚目。慧靂(エレキ)と英利(エイリ)。
『SOLID GOLD』のエレキは、“鼻ドリル”をやっているように見えます。
エイリはいつでも、やられ役(笑)
ダルマに「セノビー買って来い」と言われて、50玉を投げ付けられるのを熱烈希望(笑)
 
 

19・20枚目。セムとグラビティ。
友人が「グラビティは褌だよ!」と言い張っていました。
あまりにも言い張り言い切るものだから、一応、描いてみました。
でも悔しいから、セムの黒ビキニも描いた! ネクタイは必須の方向で。
ね? 天火神猫?(モロに名指し) このセムは君にあげるよ(爽笑)
・・・恥ずかしいのは、描いた本人である私だけですが…(淡)
 
 

21枚目。兎なエレクトロ。
こういうのに嫌悪する方はすみません。でも、うずしおは獣ちゃん大好きです。
こうなると、狐のアーミィとか、コウモリのグラビティとか・・・。
 
 

22枚目。ポップンのロキ。
まさか、飛べるとは・・・。可愛いデス。
 
 

23枚目。ポップンの電話(名前覚えてません)。
どう仕様も無いよ。
 
 

24枚目。10thの眼鏡男。
これ、基本(笑)
 
 

25枚目。士朗と猫。
猫派なお兄さん。
 
 

26枚目。。…ト、トレイシス…。
ササミよりは、唐揚げかと・・・フフッ(邪笑)
 
 

27枚目。グラビティ。
迷子…かもしれない。…エレクトロが(笑)
 
 

28枚目。ジェノサイド。
魅惑的でキュート、お茶目かつクール。…だと思う。
 
 

29枚目。ロキ。
可愛い。それでいて描きやすい。
 
 

30枚目。シロロ。
ご立腹の御様子。
 
 

31枚目。シロロ?
リアルシロロ。…あ、これじゃ、フクロウじゃなくてミミズクだ…。
 
 

32枚目。トラン。
昔のトランちゃんの方が可愛かったのにな…。
 
 

33枚目。グラビティ。
試験管生まれの檻育ちな少年(妄想)
エレクトロが戻るまでお留守番中で退屈。
 
 

34枚目。ユンタとヨシオ。
やっぱり面白いな、この二人は(笑)
 
 

35枚目。ギガデリック。
ゲットだぜ!(滅)
個人的に、ムービーの左下に位置している緑色の目玉がお気に入り。
 
 

36枚目。ジェノサイド。
ジェノサイ度・MAX。


ヘヴン

この話の主人公役が出来るのは士朗しかいないと思った(笑)
ボケ、突っ込み、言いたい事を素直に遠慮無く言い、クルクルと動けるのはコイツしかいない!(褒めてるよ)
お笑い小説を目指して、方向を向いただけで進めて無い(苦笑)


 ふらふらと宛も無く歩き続けて、どれくらいの時が経っただろうか。
「どこなんだ、本当に…」
 押さえきれない不安感から、士朗は呟いた。
 呟いてみたところで、聞いている人なんていないだろうけれど。
 花畑。
 そう、一面に広がる花畑がある。
 地平線の先まで、ずっとずうっと花畑と冴えた蒼い空。
 始めはその色とりどりの鮮やかで神秘的な美しさに心弾んでいたが、もうそれどころではなくなった。
 歩きっぱなしで足が痛いし、ここがどこなのかも解らなくて不安で堪らない。
 いい加減、花を見るのもうんざりしてきた。
 自分がどうしてこんな所にいるのか、それすらも士朗は解らなかった。
 つい昨日までは、見慣れた場所だったのに。
 バイトして、ゲーセンに行って、皆と話して・・・。
 その全てを消し去ってしまったかのよう。
 今までのことが夢だったのだろうか。そんな考えすら浮かんでしまう。
 目に涙が浮かびそうになったきた頃、遠くに、ぽっつりと大樹が見えてきた。
 その樹の下に、微かに動くものがある。
「誰か…いる…?」
 士朗は心無しか早足に歩いた。
 大樹の根元にアンティーク風のテーブルと椅子があり、1人の女性がお茶を嗜んでいる。
 美しく気品のあるその姿。どこぞの貴族の娘かもしれない。
 という事は、ここはその貴族の庭園で、自分はいつの間にか他人の敷地内に侵入してしまったという事か。
 無意識とはいえ勝手に入ってしまったのだから、とにかく謝ってからここの出口を教えてもらおうと思った。
「あの…」
「貴方は…?」
 清水のように繊細で澄んだ声。
 美しい金糸のような髪が、そよ風に馴染んで揺れている。
 自分よりも年下にも見えるが、静かで憂うような眼差しがそうは思わせない。
 聖女…いや、女神を彷佛させる。
 ゾッとするくらい美人だった。
「あ、し…士朗…です…」
「士朗…。私はtraces…」
tracesと名乗った女性は、ふんわりと微笑んだ。
「お座りなさい…」
 そういうと、どこからか肩に乗るくらいの鳥達が集まって一脚の椅子を運んで来た。
「え?」
 鳥だと見ていたが、良く見ると人…小さな天使に見えた。
 幻覚かと思い目を擦っていたら、椅子だけがテーブルの前に残っていた。
 狐に化かされたかのような複雑な気分で、士朗は椅子に座る。
「どうぞ…」
「あ、はい。いただきます…」
 こんな綺麗な人といると、何だか緊張してしまう。
 士朗は遠慮がちにクッキーを摘んで口に入れた。柔らかなメイプルシロップの風味がする。
「よく此処へ…。貴方は何処からいらしたの…?」
「あの、それが…。自分でも良く解らなくて…。気がついたらこの花畑にいて…」
「そう…。迷い人…」
 tracesはゆっくり瞬きをして、じっと見つめてきた。
「貴方が還るべき処へ、送りましょう…」
「ありがとう。こっちこそ、勝手に庭に入っちゃって…すみません」
「いいえ…」
 tracesは立ち上がって、何も無い空間に何かを画くように指先を動かした。
 指の通った跡に白い光の線が遺る。
 見えない壁に、三重円のようなものと記号が円状に並んでいる。どことなく時計盤の様にも見えた。
 その中心にそっと手をかざすと、ぐにゃりと空間が歪んで大きな丸形の穴が空いた。
 空いた穴の先に何色とも言い難い、うねるような空間が広がっている。
「ついていらして…」
 その中へ入ろうとして、tracesは、はたと足を止めた。
 ゆっくりと士朗の方へ振り返る。
「貴方に、この空間が渡れるか…解らない…。精神に傷がついてしまうかもしれない…」
「え?」
 何かよく解らない事を言われて、士朗は眉を寄せた。
 この出口は、何かの痛みを伴うものらしい。
 士朗はそっと指先をその空間に入れてみた。
 その瞬間。
「わッ!」
 脳みそを掻き回されるような不快感に襲われて、反射的に指を引っ込めた。
 目眩がして膝をつく。
「な…何だ…?」
 覚えの無い風景が頭を掠めては消える。様々な意識が駆け抜けて行くようだった。
 頭が酷く痛む。
「やはり…」
 tracesは士朗の前まで来ると、身を屈めて士朗に顔を寄せた。
「全てを知る空間は渡れないのね…」
 士朗の額を白い指でなぞる。
 すると、すうっと頭痛が消えた。
「……」
 士朗は目を閉じ、頭を押さえながら、余韻のように残る不思議な感覚に顔を歪める。
「では、飛んで行くしか…」
 tracesは花の咲くような可憐な声で囁いた。
 ようやく元に戻った士朗は椅子の背もたれを掴んで立ち上がる。
「え、何? 飛ぶ…?」
 士朗はtracesを見上げた。
 が、tracesはいなかった。
 目の前に、金の鎧に身を包んだ黒い翼の鳥の化け物がいる。
「誰だ、あんたぁーッ!?」
 士朗は力の限り叫んで、寄り掛かっていた椅子ごと倒れた。
 がさがさと花を掻くように、慌てて立ち上がる。
 鳥の化け物はいかにも心外そうな顔をする。
「…先程まで其方と話していたではないか」
「は、話してたって…?」
 さっきまで話していたのは綺麗な女性で、こんなRPGの魔王みたいなヤツじゃない。
「だっ…誰…?」
「…tracesだが?」
「嘘だ」
「…偽ってなんとする」
「だって…え? 男?」
「…おかしな奴だな」
「あんたが、おかしいよ!」
 士朗は恐る恐るその鳥の化け物に近寄って、じっと顔を見た。
 雪のような白い肌はまったく同じで、どことなく雰囲気も似ている。
「本当に…tracesさん…?」
「…疑り深い…」
「これって…あの、コスプレってやつ?」
 tracesの周りをぐるりと一回りして、黒い翼をそうっと触ってみた。
 人工羽毛ではなく、本物の羽根の触り心地がする。
 一体、何羽の鳥を使ったんだろう。
 お貴族様は少し変わったものを好むと言うが、随分と手が込んでいる。
「? …何かの呪文か、それは?」
「あはは…。まぁ、呪文かも…」
 士朗は苦笑いを浮かべた。
 成り切る人は、大概こんな事を言うもんだ。
 ちょっと悪戯してみようと思い、長く大きな風切り羽根を引っ張った。
「っ…!」
 ぴくっと身体を揺らせて、tracesが怪訝そうな顔をして士朗を見る。
「…何をする」
「え? あれ? 痛かった!? うそ…。えッ!?」
 士朗は、ずささっと後ずさって身構えた。
「ほ、本物…? あんた、何者だよ!」
 反射的に刀に手を伸ばしたが、何故か今日に限って持っていなくて、空気を握った。
 何で家に忘れてるんだ、こんな時に。
「…物覚えが悪いのか? tracesと名乗ったであろう?」
「名前なんか、聞いて無い!」
 今更になって震えがきた。本物の化け鳥だ。
 身を護る刀も無い。それが恐怖に不安を上乗せした。
「…何を恐れている? 先程まで、平常心ではなかったか」
 それは人間だと思っていたからで。
「騙したな」
「我が騙したと?」
 tracesは困惑したように僅かに眉を寄せた。
「あんたが化け物だと解っていたら、話し掛けなかった!」
 ビシィっとtracesを指を差して、士朗は言った。
「…化け物?」
「だって、そうだろ! その羽根! 白なら天使かもしれないけど、黒いし! 目ェ恐いし!」
 tracesは細い目を俄に大きくして、気落ちしたようにそろそろと椅子に座る。
「…酷な事を言う…」
 目を伏せてティーカップを持つと、静かに紅茶を飲んだ。
 僅かに尾羽根を上下させて、ぱさぱさと翼を揺らしている。
 …もしかして、拗ねてるのか。
 よくよく考えてみれば、人間のようにティータイムを楽しんでいるのだから、もしかしたら人に危害を加えないちょっと変わった動物なのかもしれない。
 人間と会話できるだなんて、珍しい動物じゃないか。オウムや文鳥よりも凄い。
 ちょっと言い過ぎたかもしれないと士朗は思った。
「その…。ごめん…」
「…よい。人間から見れば、皆…其方と同じ思いであろう」
 tracesは静かにカップを置くと立ち上がる。
 さっき椅子を運んで来た鳥たちが集まり、慣れたようにティーセットとテーブル、椅子を運んで去って行く。
 士朗は、今度こそ、じっと見ていた。
 間違い無く、小さな天使たちだった。金の翼をした、小さな妖精のような。
 恐くは無い。その幻想的な光景に見とれていた。
「…恐怖心は、自己保存の為の防衛本能の一部だ。限り有る生命だからこそ…」
 儚く美しい…と、tracesは言った。
「tracesさんは…」
「…何だ?」
「いや…何でもないよ…」
 解らない。
 この人は・・・?
「…恐れは消えたか?」
「え…。あ、ああ…」
「…では、行こうか。長らく其のままでおると、転生が出来なくなるぞ」
「へ?」
 士朗は目を丸くした。
 今、何て言った?
「…其方、己が絶命した事すらも解らなかったのか?」
「俺・・・死んだのか!?」
「…地上の生命がここへ迷ったのだから、それしかあるまい」
「ここ、て…天国?」
 士朗は辺を見回した。天国には花畑があるだとか、川があるだとか聞いた事がある。
 鮮やかな花の絨毯が広がっている。大樹に気を取られて気がつかなかったが、遠くに川らしきものも見えた。
「そのまんますぎだ…!」
 顔を引き攣らせて、士朗は絞るような声を上げた。
「嘘…。俺の人生、短いよ。まだ、やりたい事もいっぱいあるのに・・・」
「…嘆くな。すぐに、その様な気持ちは消える」
「う~ん…」
 士朗は頭を抱えた。
「tracesさん、俺…自分が死んだなんて、納得出来ないよ。自分が何で死んだのかも解らないんだ」
 自分が死んでしまっただなんて、いまいち実感が湧かない。
「納得もしないで生まれ変わっても…そんなの嫌だ」
「…ふむ…」
 tracesは目を閉じる。それもそうかと考えているようだった。
 数秒間目を閉じていたtracesが、ふいに目を開けた。
「…其方の名を呼ぶ声がする。死ぬなと叫んでおるぞ」
「え…。俺には何も…」
 士朗は耳を澄ませてみるが、そよ風に揺れる草花のさらさらとした音しか聞こえない。
「…聞こえぬのか?」
「それって、第六感とかってやつ…か?」
「…情けない…。それでも生物界の最高地に君臨する種か」
「そんな事言われてもなぁ・・・」
 何だか自分が人間代表でお小言を言われているようで、士朗は複雑な気分になった。
「俺には空を飛ぶ翼も無いし海を泳ぐヒレも無い、獲物を狩る牙も無いよ。動物の中で一番優れているとは思えない」
「…ほう。自らが優秀と称する種にしては、珍しい。無垢な意見だ…」
 tracesは目を細めて薄らと笑った。
 その表情はあの女神のようなtracesと酷似していた。
 改めて、この人があの女性なのだと思える。
 どういう原理で性別が変わるのかは解らないけれど。
「…悠長にしてはおれぬ。其方が決めよ」
「え、何…を?」
「…すぐに転生するか、死因の確認をするかだ」
「そっち! どうして死んだのか気になる! >自分で確かめなきゃ、tracesさんがダメって言っても生まれ変わらないからな!」
「…そうか。すぐに発つぞ」
 tracesは翼を羽搏かせて身体を浮かせると、士朗の両肩に両足を乗せた。
 この状態って、まさか…。
「待ってくれよ! 腕! 腕あるんだから、そっちで運んでくれ!」
「…我の腕は其方を持ち上げられる程に丈夫では無い。故に…甘んじて受けよ」
「まんま、鳥が物運ぶみたいじゃないか! その手はティーカップ持つためだけのものかよ!」
「…ぶ、侮辱か、それは…!」
「爪が! 鳥足の爪が痛そうなんだけど!」
「…加減している、案ずるな」
 騒ぐ士朗を制止して、tracesは大きく羽搏いた。
 
 
 
 フレッシュクリームのように真っ白な雲を通り抜けると、見慣れた街の、初めて見る風景が広がっていた。
 飛行機に乗っていたって、空からこんな間近にビルの屋上を見るなんて出来ない。
「すげー!」
 子供のように、きゃっきゃと騒ぎ出す士朗。
 どうしてtracesは教えていないのに、ここだと解ったのか疑問に思ったが、さっき言っていた呼んでいる声を辿っているのかもしれない。
 ふわりと下ろされた場所は、普段に良く通る大通りだった。
 いつもと違うのは、人集りが出来ていること。
 こんなに人がいて、tracesみたいな目立つ人がいるというのに、誰ひとりも目線を向けない。
 違和感を感じながらも、士朗は人集りを潜り抜けて中に入ってみた。
 人集りの中心に、男女がいた。
「士朗、士朗ー! 目を開けてよぅ!」
 泣きじゃくるエリカだった。
 そして、その腕に抱かれている自分がいる。
 ここにいる…自分を見ている自分は・・・?
 とても信じられない光景だった。
「エリカ…」
 声をかけても、見てくれない。
 士朗はそうっとエリカに触れようとした。
 するりと手がエリカの頭に入った。
 びくっとして、手を引く。
「・・・」
 思い出した。
 エリカとのデートだった。
 待ち合わせに遅刻しそうになってたから、慌てて走って。
 走って…それで、車にぶつかった。
「俺…やっぱり死んだのか…」
 現実を目の当たりにして、改めて虚無感を覚えた。
「…士朗」
 tracesが歩み寄ってきて、士朗の横顔に声をかける。
「これ、本当の…現実なんだよ…な?」
「…其方の依り代は…」
「もう、エリカと一緒にいられないんだ…」
「…まだ生きるに十分な…」
「せっかく…エレキとも昔みたいに仲良くなってきたってのに!」
「…我が言を聞け」
「もう少し…もう少しで、穴『colors』がクリア出来るところなのに!!」
「…聞かぬか!」
 tracesが少しだけ声を大きくすると、士朗はようやく我に返った。
「何だよ、tracesさん…」
 不服そうな顔で、士朗はtracesを見る。
「…嘆くには、まだ早い」
 tracesはエリカに抱かれている士朗の身体を指差しす。
「…命を失う程の損傷では無い。軽く当たった程度だ」
「え?」
「…転生の必要は無かろう」
「ほ、本当か!?」
 士朗は、ぱぁっと顔を明るくした。
「生き返られる?」
「…可能だ」
「やったぁ! ありがとう、tracesさん! ホントありがとう!」
 士朗はtracesに抱き着いて、何度もお礼を言った。
「…あまり付くでない…」
 離れない士朗を半ば無理矢理引き剥がす、traces。
 人に触れられるのがあまり好きではないらしく、tracesは士朗との距離を置く。
 だが、士朗はそんな事とは解らずtracesの両手を掴むと、万遍の笑顔でぶんぶんと振った。
「tracesさん、大好き!」
「…早く戻れ」
 複雑な表情をしているtracesの手を放すと、士朗は跳ねるように自分の身体の方に走った。
 が、ぴたりと止まる。
「tracesさん…」
「…今度は何だ」
「・・・どうやって戻るんだ?」
「……」
 tracesは目をぱちぱちする。
「…自ら出たというのに、解らぬのか?」
「うん…。だって俺、出たくて出た訳じゃないんだ」
「…身体に重なればよい」
「そっか、ありがとう!」
 士朗はエリカに抱かれている自分の身体に、ぴったりと合うよう身体を重ねてみた。
 夢から覚める時に似た、がくんと落ちる感覚がして、びくっと飛び起きる。
「し…士朗…!?」
 エリカが驚愕の顔で見詰める。
「エリカ! 俺が見える?」
「??? わ、訳わかんない事、言わないで…っ、ぐすっ…」
 みるみると涙が溢れて、再び泣き出すエリカ。
「心配かけたな…」
「ひっく…、いいよぉ、士朗が…生きててくれた…んだもん…」
「ごめん、エリカ…。ありがとう・・・」
 士朗はエリカを抱き締めた。
 野次馬たちも、おお…だとか、良かったわね…だとか騒いでいた。
「神様のお陰だね」
「神…様…?」
 エリカの言葉が、今までの事を思い出させる。
「tracesさ…」
 振り返ったが、tracesの姿は無かった。
 自分が身体に戻ったから見えなくなってしまったのかもしれない。
 霊的存在。
 ようやく解った。あの人が何だったのか。
 それと同時に、罪悪感が湧いた。
 タメ口を聞いてしまったし、失礼な事をしたような気がする。
 それなのに、わざわざ地上まで戻してくれて…。
 もしtracesに会えなかったら、自分は本当に死んでいただろう。生まれ変わることすらも出来なかったと思う。
 士朗は昇りきった太陽の眩しい空を見上げた。
「ご、ごめんなさい…」
 震える声で謝罪する。
 輝く太陽の光を横切るように飛んで行く黒い影が、一瞬だけ見えたような気がした。
 
 
 
 
 
終わる


anomaly・短編

「TOOL」のグラビティの補足というか、おまけ話。
何故グラビティが重力を自在に操れるのか。それは神様からの授かり物だから。
グラビティがtracesと同じ目をしているのは、traces魔王から重力の魔力を貰ったからだと言い張ってみる話。


「traces、ついておいで」
 何を見つけたのか、Aがtracesの白い手を引いた。
「…何処へだ?」
「地上界」
 tracesの問いに、何ら躊躇いも無く答えた。
 地上界に行く事等、本来ならば無用な行為。
 しかし、常とは異なるその道化の様子に、tracesは些か不安を感じた。
 
 
 気紛れな道化師が空間に穴を開けた先は、人間から見れば広いであろう白い部屋。
 多数の生命の息吹を感じる薄暗い所。
 壁の様に積まれている、幾つもの格子のある箱、その中に生物が入っている。
 しかし、其れらの生物は、何処か不思議な姿であった。
「どう思うカイ?」
 異形の生物を見回していたAが問いかけた。
「…是等の生命をか?」
「そうだヨ」
 tracesはすぐ近くの格子の箱の中の生命に手を翳した。その生命は怯える様子も無く、tracesの掌に見入る。
 生命の細胞がもつ奥底の記憶を読み取り、tracesは細い目を少しだけ見開いた。
「…世の摂理から外された者…」
「御名答」
 Aはくくくと喉を鳴らせた。
 此処が地上界の何処かは解らないが、此の様な生命が存在する事は有り得ない。
「ニンゲンが、面白い遊びを見つけたらしいヨ。これらがその結果」
 複数の種を一つにするすべを、人間は得たというのか。
 tracesは部屋を見回す。異形の者たちは、静かな目線でこちらを見ている。
 覇気の無い、生きることすらも諦めたような瞳。助けを請う事すらもしない。
 何と哀れで不様な事か。
「どう思うカイ?」
 Aが再び問いかけてきた。
「…貴様、何を企んでいる?」
「何も企んではいないヨ。ただ、ニンゲンが隠れてこんなコトをしているのを教えたかっただけだヨ」
「……」
 暫し考えてから、tracesは辺りの生命に目をやり、その中でまだ幼く小さい生命に目を留める。
 他の者より比較的人間に近しい波動と容姿を持つそれに近付き、tracesは己の背に有る黒い翼を広げた。
 深い眠りについている幼い生命の頭に、そっと手を触れる。
「…我は人間が嫌いではない。だが、この禁忌なる行為を我が直に説いた所で、人間は何も変わらぬだろう」
「寧ろ、神の実在に歓喜し、支配しようと愚行に走るかもしれないヨ。ニンゲンは悪食だかラ」
 Aは嘲笑った。tracesも、その見解に賛同であった。この時代の人間は生物界の最高地に立ち、畏伏する事を知らない。
「…此の者には、強い生命力を感じる。地上を支配する地の魔力…。少しだけ分けてやった」
「ほぅ…。地上の者に直接関与したがらないキミが、珍しいネェ」
「…少々過ぎた力だが、人間の禁忌を止めるには十分だ」
「面白いネ」
 ゆっくりとAが笑顔を作る。
「己の生み出した生命に牙を向かれるニンゲンは、さぞかし後悔するだろうヨ」
 先が楽しみだ…と、道化は愉快そうに言った。
 tracesは再び部屋を見回す。
「…是等は、地上の者よりは、我らに近しいのかもしれぬな」
「ここらの生命が夜空の星程集まった所で、ワタシ達には釣り合わないヨ。…情でも湧いたカイ?」
 道化師の笑みでAが顔を覗き込んできた。
「…否」
 tracesは目を瞑って短く言葉を紡ぐ。
 空間に穴を空け、此の場を後にした。
 
 
 
 地の魔力以て地を翔よ。
 生の限り運命に抗い、道を築くが良い。
 
 造られし、ヒトの子よ。
 
 
 
 
 
終わる


 ざぁざぁ…と降り続けて、どれくらいの時が過ぎただろう。
 弱まる気配は全く無く、このまま世界中が海にでもなってしまうのではないだろうかと思えた。
「止まない。いつまで降るんだろう」
 廃屋ビルの18階。
 窓ガラスのない窓から身を乗り出して、空を見上げるエレクトロ。
「今日は、ホリックが遊びに来てくれるはずだったのに」
 雨は数日前から降り始めた。
 それからずっと、昼も夜も休まず降り続けている。
「しばらく降るよ」
 アーミィは、愛用の銃の手入れをしながら、エレクトロの背中に声をかけた。
「今夜、仕事?」
 アーミィの声に振り返って、エレクトロは聞く。アーミィは、透けるような白銀の髪を揺らすように、無表情のまま無言で頷いた。
「仕事前には止むといいね」
 エレクトロは静かな口調でそう言うと、また空を眺めた。
「雨は、神様の涙なんだって」
 囁くような柔らかい声でエレクトロが言う。
「俺は、大気中の蒸気が冷えて水滴になって落ちているんだと思っていた」
「そっちが正解」
 ノートパソコンを起動して、データ入力を始めたアーミィはさらりと答えた。
「そうなのか? 神様の涙だと、本には書いてあった」
「神様なんていないよ」
 冷たくも思えるアーミィの返答だったが、エレクトロにとっては真実をくれる大切な言葉。
「いないのか…」
 少し残念に思う。もし会えたら、命をくれてありがとうとお礼を言いたかった。
 こんな身体で、半分以上は作り物でしかないけれど、生きているのはきっと神様のお陰なんだと信じていた。
 目線を地上に落とす。
 死んだ街並が雨を受けて、僅かに息を吹き返しているようにも見える。
 エレクトロはすぐ隣の窓辺で眠っているグラビティを見てから、アーミィの方へ歩み寄った。
「でも、俺は、神様を見た事があるよ」
「え…?」
 アーミィはキーボードを打つ手を止めずに、怪訝そうな顔でエレクトロを見上げた。
「この目で見た訳じゃないけれど」
「夢…?」
「施設にいた頃。グラビティが生まれて3年と7ヶ月経ったくらいの時、グラビティのいた実験室の監視カメラの映像データで」
「見間違いじゃないの」
「そのデータは施設のデータだから、解除キーが無いと読み出せないけれど、俺の脳の方も少しだけ覚えている」
「エレクの脳じゃ、増々信憑性が無い」
 アーミィは呆れたような笑顔を見せた。
「うーん…あれは神様だと思っていたのになぁ…」
 苦笑いを浮かべて、エレクトロは窓辺に戻る。
 相変わらず強くも弱くも無い雨音が響いている。
「じゃあ、エレク。神様がいたとして、その神様はどうして泣くの?」
「悲しいんだ」
「何故?」
「神様には、名前が無いんだ。だって、同じような存在がないし、神様よりも上にいる存在もないから。誰にも名前を付けてもらえない。誰にも呼んでもらえないと、自分の存在が解らなくなる。それが悲しんだ」
 ゆったりと言葉を綴るエレクトロ。
「…でも、神様はいないんだろう?」
「いないよ」
 アーミィの即答に、エレクトロは頷いた。
「いなくても、いると信じていてもいいのか?」
「いいよ」
「解った」
 エレクトロは嬉しそう笑って、灰色の澱んだ空に向かって大きく手を振った。
「神様。アーミィが仕事に行く前には泣くのをやめてくれ。もし会えたら、俺が名前を考えてあげるから」
 神に対して願う祈りの姿勢とはまったく違うその様子に、アーミィはぷっと噴き出す。
「エレクらしい…」
 聞こえないように小さくアーミィは呟いた。
 
 
 
 
 
終わる


双子

「いらっしゃい。…って、君か」
 店に入ると『ROOTS26』の店長であるセムが笑顔で迎えた。
「よ!」
 軽く片手を挙げて、ダルマも笑顔で答える。
「どうしたんだい? 君が来るだなんて、珍しいね」
「あー。ジャンケンで負けたから、セムの兄貴に伝言しに来たんだ」
「伝言?」
「そ。最近、ゲーセン来て無いだろ? 皆、気にしてたぜ? だから『たまには、顔出せ』だってさ」
「ああ、そうだったのか」
 セムが苦笑いを浮かべる。
「最近、忙しくてね。店の事もあるけど、私事が増えたから」
「ふーん。なんか始めたの?」
「まぁね」
 忙しいと言いながらも、楽しみでもあるような笑みを浮かべる。
 セムはこうして店を開いて、更にはカフェのオーナーまで営んでいる。昼夜問わずに働く。
 それもこれも、大切な妹…リリスのため。
 一人っ子のダルマには、兄弟がいないから、どうしてそんなにも頑張れるのか不思議でならない。
「サイレンのヤツがさ、『病気にでもなったんじゃないデスカ? 心配デース』って、言ってたぜ。心配性だよな」
「ほう…」
 笑顔だったセムの顔が、引きつった。
 ダルマは何かまずい事でも言ったのかと思い、口を開けたまま黙り込む。
「あの髭が、ね…」
「ひ…ヒゲ?」
「いや、こっちの事さ」
 セムは咳払いをして、元の笑顔に戻す。
「そうだね、僕もそろそろ皆の顔が見たいな。でも、まだ一段落しそうもないから、もう少し待っててくれ。皆にも、そう伝えてくれるかい?」
「いいぜ」
 ダルマは軽く伸びをすると、店を出た。
 
 さっぱりと晴れた空が眩しい。ここ数日ぶりの晴天の日だった。
 行き着けのゲームセンターへの近道をしようと、公園に入る。
「あ…?」
 素早くすり抜けるようにすれ違った少年に、一瞬だけ気が引かれた。自分と同い年くらい、同じ身長くらいの少年。
 学校の知り合いかもしれなくて、声をかけようと急いで振り返った。しかし、角を曲がってしまったのか、その姿はもう無かった。
 ザワザワと風が公園の木々を騒がせる。不思議な感覚に襲われて、まるで見知らぬ街にいるような気分になった。
 すれ違った少年の記憶を探るが、心当たりのある思い出が見つからない。
 一人だけの公園で、ダルマは振り返る姿勢のまま虚空を見詰めていた。
「誰…だっけ?」
 聞き慣れて聞こえなくなっていた街の騒音が、煩く感じた。
 
 
 
 数日後、ダルマはまた『ROOTS26』に行く用事ができた。
 ツガルの誕生日が二週間後で、服でも買ってあげようと思っていた。自分が誕生日の時に手作りのケーキをくれたから、そのお返し。
 ツガルが、エリカの服が可愛いと言っていたのをダルマは覚えていた。とはいえ、女の子がどんな服を好むのかなんて解らない。エリカ達の服をデザインしたセムなら、何かアドバイスをくれるかもしれないと思った。
 店の前に来たところで、入れ代わるように店から出て来る客がいた。
 公園で見かけた、あの少年だった。
「あ…、おい!」
 用も無いのに、呼び止めようとした。
 何て話しかければいいのかも解らないのに、声をかけずにはいられなかった。
 けれど、少年には聞こえていなかったらしく、走り去って行く。
 ダルマは、慌てて追いかけた。追いかける必要は無いはずなのに。
 気持ちが昂る。期待感のような、胸騒ぎのような…。
 見知ったような知らない少年は、思ったよりも足が速くて、見失わないようにするのがやっとだった。
 自分は決して足の遅い方ではない。学年の中でも、速い方だ。
 それなのに。
 人込みの中を、まるでツバメが飛ぶかのように、すり抜ける少年がいる。
「どんな、運動神経…してんだよ…」
 息も切れ切れに悪態を付く。
 それでも必死に追いかけた。
 
 どれくらい走っただろうか。喉は乾ききって、声を出すと吐きそうだった。
 気が付けば、街外れ。崩れかけた廃屋ビルが並ぶ、忘れられた地区。
 ダルマは、そこで少年を見失ってしまった。
「っ…」
 目的を失って、我に返る。
 コンクリート壁と廃材のジャングルの中、自分だけが独り。辺りを見回しても、生き物の気配すら無い。
 死んだ街が広がっていた。
「え…っと」
 手の甲で顔の汗を拭いながら乱れた息を整えて、改めて辺りを見回す。
 時刻は夕暮れ。
 薄暗くなった空が、廃虚をより不気味に染めていた。
 これ以上、ここにいても仕方ないと判断したダルマは、足早にこの場を去った。
 
 
 
 翌日、ダルマは早々にセムの店に来ていた。
「なぁ、知ってんだろ?」
「何をだい?」
「だからぁ! 俺と同い年くらいの客。昨日、来てただろ?」
「さぁ…。お客さんは沢山来るから…。最近、オーダーも増えたしね」
 いくら問いただしても、セムは知らないの一点張り。隙あれば話題を変えようとしてくる。
 ダルマは大人の嘘が見抜けない子供ではない。稀に見せる抜群の集中力と200を超えるIQで、相手の僅かな仕種の変化で嘘を判別できる。
「ところで、ダルマ」
 何か企むような笑顔に変えるセム。
「何だよ。話を逸ら…」
「うちのリリスに、ちょっかい出して無いだろうね?」
「…ぇ。…だ、出して…ねーよ」
「僕の目を見て言ってごらん?」
「……うっ…」
 ぴくぴくと口の端を引きつらせ、目線をゆっくりと横に逸らせるダルマ。
 出して無いと言えば嘘。リリスだけに限らず、エリカにセリカ、彩葉にも。抱き着いては、ぶん殴られている。もう毎度の事。
 セムは目を細めて、カウンターから少しだけ身を乗り出す。
「おいたが過ぎるようだが?」
「…今は、そんな話…」
 ダルマはカウンターから少し離れると、むっとしてセムを睨んだ。
「いくら隠しても、無駄だからな!」
「しつこいな、君は」
 セムは呆れた態度で一呼吸すると、何の気無しに出入り口に目をやる。
 すると、一瞬にして血相を変えた。
 ダルマがそれを見逃すはずが無い。
 出入り口に振り返ると、例の少年の姿。
「アーミィ!」
 セムが一喝するように声をかけると、その少年は頷いて走り去った。
「待てよ!」
 ダルマは出入り口に駆け寄り、外を見回したが、少年の姿は消えていた。
「ちくしょう! やっぱり知ってたんじゃねーかよ!」
 カウンターに戻ってセムを睨む。
「君の方こそ、あの子をどこで知った? あの子の何なんだ?」
 大人の険しい顔に怯みそうになりつつも、ダルマは気丈な態度を崩さなかった。
「知らねーよ! 何でもねーよ! だけど・・・」
「だけど?」
「…だけど、知ってる…気がする!」
 根拠は無い。ただ、そう思っただけ。
 遠い昔に会ったのか、夢の中で会ったのか、そんな朧げな存在。
 セムは睨み上げているダルマの顔を暫く見て、表情を和らげた。
「…似ているね」
「え…?」
「あの子は君のように怒鳴ったり、色々と感情を変えたりはしないけれど」
「アー…ミィ?」
「そうだよ。あの子の名前だ」
 なだめるような穏やかな声で、セムが答える。
 そしてカウンターの奥に入って、ティーカップ二つとクッキーの乗ったお皿を持って戻って来た。
「正直な所を言うとね、僕もアーミィについては、名前くらいしか知らないんだ」
 慣れた手付きでポットから紅茶を注ぎ、カップをダルマの前に置く。
「知らない関係なら、何で名前怒鳴っただけで、アイツは解ったように逃げたんだよ」
 ダルマは紅茶を啜るが、馴染みの無いオレンジペコの味に、片眉を上げる。
「状況判断が上手いからね。あの子とは、二ヶ月くらい前に会ったんだ」
 カップに口付けるように、セムが紅茶を一口飲む。
 二ヶ月前。ちょうどセムがゲームセンターに顔を出さなくなった時期と重なる。
「裏路地で、怪我をして蹲っていたんだ。出血が酷いから病院に連れて行こうとしたんだけど、どういう訳か嫌がって言う事を聞いてくれなかった」
「病院、嫌いなのかな」
「そうでは無いんだと思う。傷に問題があったんだ」
「傷?」
「…銃創だったんだよ」
「…!」
「弾丸は自分で取り除いたらしかったけど、傷が塞がらなくて」
「それじゃ、ケーサツざたじゃねーか! 拳銃なんか持った危ねーヤツがいるのに、何で通報しなかったんだよ!」
 ダルマは反射的にカウンターを両手で叩いた。
「僕だって、したかったさ…」
 ゆっくりと視線を伏せて、セムは黙る。
「じゃあ、何で!?」
「・・・」
「何でだよ!」
「…近くに死体があった。・・・殺したんだよ。アーミィが…」
 絞り出すような小さな声で、セムが答えた。
「で…でも、正当防衛ってやつ…だろ?」
「そうなんだろうけど、やり方が手慣れているようだった。素人が見ても解る。首の頸動脈を一切りだ。あれは、かなりの経験者の…プロの殺し方だ」
「嘘…」
「本当さ。事情のある子なんだよ。僕達に予想も出来ないような事情の」
「……」
 ダルマは言葉を失って、大きく息を吐く。頭の中で絡まりそうな思考が気持ち悪かった。
「勘違いはして欲しく無い。アーミィは、本当は良い子なんだ。怪我を手当てしたお礼だと言って、時々店の手伝いをしに来てくれる。…あの子には理解者が必要なんだよ」
「理解…」
 短く呟くと、ダルマは立ち上がった。
「俺、アイツに会ってくる!」
「アーミィに?」
 セムは目を見開く。
「会って、いろいろ聞いてくる」
「あの子が何処にいるのかなんて、僕でも解らないよ?」
「きっと、あそこにいる…」
 忘れられた、死んだ街に。
 あそこで見失ったからじゃない。あそこに居るんだと思えた。理由の無い、確信がある。
「変わった味だったけど、紅茶サンキュー!」
 思い立ったら、すぐ実行。
 ダルマは急いで店を出た。
 
 
 
 街外れの荒んだ地区。昨日来た時よりも明るい時間帯のせいか、陰鬱な雰囲気が柔らかい。
「アーミィー! いるんだろー!」
 ビル郡に向かって大声を出す。
 しかし、何の応答も無い。
 ダルマは崩れかけたビルの中に入ってみた。
 外から見ていたのとは違い、中はもっと酷く崩れていた。一部の天井のコンクリートが落ちていたり、鉄骨がむき出しになっている所もある。
 こんな所で独りきりだと、好奇心が段々と恐怖に変わってくる。
 吹き抜ける風が、不快な音を残して去っていった。
 ダルマは何度も呼び掛けた。余計な事を考えないためにも。
 ゴトリ…
 そう離れていない後ろで音がした。
 反射的に振り返ると、突き当たりの廊下を人陰が曲がって行くのが見えた。
「あ、おい!」
 ダルマは急いで後を追う。
 廊下を曲がると、クセのある茶色の髪を大雑把に纏めたロングコートの少年が階段を上がって行く所だった。
「ちょっと、待ってくれよ!」
 声をかけると、ロングコートの少年は、一瞬動きを止めたが、その直後は階段を駆け上がって行った。
「待てって、言ってるだろ! 聞こえてんだろ!」
 慌てて後を追う。
 階段を四階まで上りきり、通路を走る。
「何で逃げんだよ! 男のクセに逃げんな! それでもタマ付いてんのかよ!」
 ぴたり…とロングコートの少年は足を止める。
「この、クソガキが…。言ってくれるじゃねぇか…!」
 こちらに背を向けたまま、唸るような低い声を出した。
 ダルマは十分に距離をおいて足を止める。
 ロングコートの少年は振り返ると同時に、大声で喚いた。
「潰れろっ!」
 その瞬間、空気が降ってくるような感覚に襲われた。
「なっ…?」
 見えない圧力に堪えられなくなって、ダルマはその場で倒れた。
 空気が重い。いや、自分の身体が重いのか。
「…っぐ」
 内臓すらも潰されそうな力に、息が出来なくなる。
「はっ! 脆いヤツ」
 ロングコートの少年は歩み寄ると、しゃがんで顔を近付ける。
 白眼であるはずの部分が黒くて、血色の瞳に猫のような瞳孔をしていた。
「お前、苦しいか? 苦しいよなぁ?」
 たわい無い悪戯を楽しむような顔をして、からかい半分に言う。異様に発達した犬歯が見え隠れした。
 考えられないけど、この少年が見えない力を操作しているのだとダルマは判断した。
 テレビアニメや漫画に登場するような存在に殺されるのかと思うと、現実なのか夢なのか解らなくて頭がおかしくなりそうだった。
 だけど、この痛みも苦しみも、本物以外のなにものでもない。
 このまま意識を手放したら楽になるかな…と柄にもない事を考えてしまった、その時。
「グラビティ、やめてくれ。本当に、死んでしまう」
 奥の廊下から、紅色の髪を生やした少年が走って来た。
「エレク…」
 ロングコートの少年は、ふっと力を抜く。
 すると、重たかった空気は嘘のように消え去った。
「…だって、このガキがよぅ・・・」
うー、と犬の唸り声に似た声を出す。
「ッ…ケホッ…」
 一気に空気を吸い込んで咽せていると、紅色の髪の少年がひょいと身体を持ち上げて立たせてくれた。
「すまない。グラビティは力の加減を知らないから…」
「あ、うん…」
 事態が飲み込めないが、助かった事は理解できた。
 紅色の髪の少年は鋼鉄製のヘッドギアでも付けているような格好で、絡まりそうなくらい沢山のチューブやらケーブルを身体に巻いていた。
「君は、どうしてここに来た? 迷子なのか?」
 首を傾げて、まじまじとダルマを見詰める。
「ここは、危ない。早く帰った方がいい」
「エンドなんかに見つかったら、一口で食わそうだもんな、こんなチビ」
 ロングコートの少年が、わざとらしく笑う。
「グラビティ、よせ」
 紅色の髪の少年は目線で制すると、再びダルマに視線を合わせた。
「危ないから、途中まで送る」
「違う、迷子じゃない」
 帰り道を催促されて、ダルマは踏みとどまった。
「アーミィを…探しに来たんだ」
「!」
 二人の少年が顔を見合わせる。
「アーミィの知り合い?」
 どうやら二人の少年は知っているらしい。
 ダルマは、ほっとして胸を撫で下ろした。
「俺、セムの友達で、その…アーミィと友達になりたくて」
「セム…人間の大人の? そうだったのか」
 事情を話すと、二人の少年は安心した表情で笑った。
 ロングコートの少年も悪い事をしたとダルマに謝った。
 そして、アーミィは今、用事のために出掛けているから暫く待つように言われた。
 グラビティと名乗ったロングコートの少年は、さっきまでの警戒心が綺麗に無くなったらしく、満遍の笑顔で話し掛けてきた。笑うと自分と同い年に見えた。
 一方、エレクトロと名乗った紅色の髪の少年は、大小様々な機械にケーブルを繋いで何かの作業をしている。よく見れば、そのケーブルは身体と繋がっている。本当に、何をしているのだろう。
 荒廃したこの街で、ずっと生きてきたのだろうか。
 壊れたものばかりで、誰に頼る事も無く。ずっと…。
 自分の知っている世界とは全く違う世界が、こんな近くにあるのに、ダルマは理解できずにいた。
「う…」
 楽し気に会話をしていたグラビティが、突然に顔を顰めた。
「どうしたんだよ?」
「悪い。ちょっと、暴れてくる」
 そう言って、ガラスの無い窓から飛び出して行った。
 確か、ここは四階。
 ダルマは慌てて立ち上がろうとした。が、
「大丈夫」
 と、エレクトロが言ってきた。
「グラビティに、高さは関係ない。落ちてはいない、下りたんだ」
「何? 下りた…?」
「ものが落ちるのは、重力の影響による。ものに重さがあるのも重力の力。地球の自転による遠心力と、質量の積に比例し距離の二乗に反比例する万有引力が合わさったもの。グラビティはその力を操作できる特異能力がある」
「えー…っと、どう言う事…?」
 言われている事を理解できるだけの頭脳はあるが、それがどうして可能なのか解らず、ダルマは眉を寄せた。
「自分の身体を羽根のように軽くして、着地できるという事になる」
「それは解ってるけど、何でできんだよ!?」
 ダルマはエレクトロに詰め寄った。
 エレクトロは少し驚いた顔をして目をぱちぱちする。
「それは、解らない。だけど、超能力の部類に属すると推測される」
「超能力ぅ? SFみてーだな」
「確実に重力をコントロールできれば、熱核反応より強力な重力を起こしてブラックホールを発生させられる。きっと、ゴミ問題も無くなると思う」
「え…ああ、そう?」
 ゴミ問題の話が出て、ダルマは苦笑した。いきなりリアルな話に持って行かれてもピンと来ない。
 こういう風に話が突然ズレると、銀髪ポニーテールの猫好き兄ちゃんを思い出す。
「でさ、何しに行ったの? グラビティ」
「時々、力が暴走するらしい。昔はもっと突発的で、目の前で暴れられて大変だった。危険だから、追わない方がいい」
「ふーん」
 何だか解らないが、ダルマは頷いた。
 重力がどうこう言っていたのを思い出して、空気が重たくなったような怪現象と繋がった。あれは重力の力だったのか。
 自分は貴重な体験をしたのかもしれない。…死ぬかと思ったけど。
「帰って来た」
 膝上のノートパソコンのディスプレイを見ていたエレクトロが、ふいに顔を上げてダルマに微笑む。
 程なくして軽い足音が近付いて来た。
 現れたのは、紛れも無いあの少年。
 前に会ったのと違うのは、赤い大きなヘルメットを被っているのと、薄緑色のマントで身体を覆っている事くらい。
「お帰り」
 エレクトロが言うと、アーミィは頷いてMOディスクを投げ渡した。
「解析? いつまでに?」
「明後日…」
 小さく呟くと、アーミィはダルマの前に来て、座っているダルマを見下ろした。
「アーミィに会いに来た、お客さんだ」
 タイミングを見計らうようにエレクトロが答える。
「俺、ダルマってんだ。セムの友達で、その…どうしても会いたくて」
 ダルマは立ち上がった。
 アーミィは無表情の中に僅かに笑顔を見せて、ダルマの手を引っ張った。
「え…何?」
「二人きりで話がしたいから、ついて来いだって」
 専属の通訳であるかのように、再びエレクトロが言った。
「おう!」
 ダルマはニッと笑って、アーミィに手を引かれるまま、ついて行った。
 
 
 
 アーミィが手を引いて連れて行ったのは、ビルの屋上。
 眩しいくらいの蒼い空が、いつもよりも綺麗に見えた。
 見慣れた街が、遠くに見える。反対の方向には崩れた街。
 騒音と静寂の狭間に自分はいる。
 倒れた石柱に並んで腰掛けると、アーミィは赤いヘルメットを取ると白銀色の髪を風に任せて揺らした。
 ダルマも緑色のフードを外して、栗色の髪を広げた。
 顔を合わせると、アーミィは驚くほど自分に似ていた。
 配色が違うだけの、鏡のように。
 ふっと心に湧くものがあった。
 もしかして。でも、そんなはずは無い…と。
「あの、さ…」
 遠慮がちに声をかける。
 でも、次の言葉が思い付かなくて、そのまま言葉を失った。
 アーミィがゆっくりと目を閉じて、口を開く。
「もう、気付いてるんだろ?」
 その一言に、ダルマは目を伏せて「ああ」とだけ答えた。
 本当は気付いていた。あの公園ですれ違った時から。
 ただ、その真実に迷っていただけ。
 言いたい事が沢山あるのに、その言葉を見つけられなくて。
 聞きたい事が沢山あるのに、その言葉を待つしか出来なくて。
 こうして会えたのに、割り切れない自分がいる。
「僕は、気付いて欲しくはなかったよ」
「え、何でだよ?」
「だって、僕が兄弟だって解ったら、『家に帰ろう』って言うんだろ?」
「当たり前じゃねーか。帰りたくないのかよ?」
「帰らないよ」
 思ったより冷たく言われて、ダルマは少しばかり、むっとした。
「兄弟が一緒にいちゃ、ダメなのか? そんなことねーだろ?」
「・・・今更…普通の暮らしなんて、出来ない」
「……」
 冷たいくらい冷静な言葉に、ダルマはそれ以上言い返せなくて黙った。
 『普通の暮らし』という言葉に、セムから聞いたあの話を思い出す。
 今までに、どんな所で、どれくらいの人を殺したのだろう…という考えが頭に浮かんだ。
 感慨は無い。ただ、少しだけ心に痛むものがあった。
「お前がさ、今までどんな生活をしていたのかなんて、どうでもいいよ」
 ダルマは遠くを見詰めながら呟く。
「ただ、さ。兄弟がいたことが嬉しいんだ」
「そう…だね。…会えるとは思わなかった…」
 アーミィはゆっくり頷いた。
 空が赤く染まり始めるまで、二人は一言ひとこと、短い会話を繰り返した。
 お互いの生活環境や生立ちの話題には触れないような会話だった。
 今は、それでいいと思えた。
「また、会えるよな?」
 帰り際に、ダルマは途中まで送ってくれたアーミィに言う。
 アーミィは何も言わなかったけれど、微かに笑顔で見送ってくれた。
 
 
 
 あの日から数日が過ぎて、偶然にもツガルとのデートコースで街外れの地区を通りかかった。
 双児の兄弟が住む地区に。
「どうしたの? ダルマくん」
 ダルマに買って貰った服を着て、上機嫌のツガルが顔を覗き込んできた。
「ん…ああ、何でもねーよ」
 ダルマは笑い返す。
 あれから、何かと用事ができてしまって、ここに来れなかった。
 だから、明日こそは。
 そう思っていた。
 だけど・・・。
「あ! ここ、テーマパークになるのね」
 忘れられたはずの街は、完全に封鎖され、大きなテーマパークの工事が始まっていた。
 轟音と共に砕かれていくビル。
 信じられなくて、目を見開いた。だって、ここには住人がいるのに。
「もう…会えねーなんて事、ないよな…?」
 無意識に出た言葉。
「え? なぁに?」
 ツガルが首を傾げる。
「へへっ、ヒミツ!」
 ダルマは舌を出して、ツガルの鼻先を指先でつついた。
「あっ! 何よ、もう!」
 ぷうとほっぺを膨らませるツガル。
「わりぃわりぃ。映画観に行こうぜ。ツガルが見たがってた映画、この先の映画館でやってんだ」
「本当? 早く行こ!」
 ツガルはくるりと回って小走りに先へ進み、「早くー!」と手を挙げた。
 ダルマはほんの一瞬だけアーミィの気配を感じたような気がして振り返った。
 けれど…。
 目に入ったのは、崩れかけたビルを取り壊している風景だけだった。
 
 
 
 
 
終わる