雨宿り
「竜使いと白いドラゴン」の主人公ライエストとサージェイド。
旅の途中で雨宿り。
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雨宿り
「竜使いと白いドラゴン」の主人公ライエストとサージェイド。
旅の途中で雨宿り。
エレチュン
工業国家の機械の子。
エレクトロ:チューンドが本名だとしたら、昔みたいにエレクロトって呼んでてもいいんだよ…ね?
竜使いと白いドラゴン3 ~帰宅~
巨木の枝の上に建てられた家で、鮮やかな羽飾りを頭に着けた少女は洗濯物を干していた。
ふと遠くへ目を遣り、あるものを発見するとその目は大きく見開かれる。
「ライエスト!? みんな、ライエストが帰ってきたよ!」
少女は、村人たちに知らせるために大きな声で叫んだ。その知らせを聞いた村人たちはどよめき、村全体が騒がしくなり始めた。
村に着くなり大勢の村人たちに囲まれて、ライエストとサージェイドは身動きが取れないくらいになっていた。
「よく無事に戻って来たなぁ。怪我とかしなかったか?」
「心配してたんだよ。ちっちゃいころからムチャばっかりして」
「まさか、本当にドラゴンを連れてくるなんて、やるじゃねえか」
「おとなしそうなドラゴンだね。人見知りはしないのかい? 名前は? 好物は?」
ライエストは次々に声をかけられ、返事をする間も無いせいで何度も頷くことしかできなかった。懐かしい顔ぶれに、自然と笑みが零れる。隣りにいるサージェイドは村人たちの顔を見回しながら目をぱちぱちとさせていた。
「ライエスト、ババさまが…呼んでる…」
深刻な面持ちで、友人のジェシェムが声をかけてきた。
この場のサージェイド以外の全員が青ざめた表情に変わり、しんと静まり返る。
「クゥ?」
急な空気の変わり様に、サージェイドだけが状況を理解できずに首を傾げた。
「サージェイド」
ライエストは強張った表情で震え声を出し、両手でサージェイドの頬を包むように触れた。無理矢理に笑顔を作って、サージェイドを真っ直ぐに見据える。
「俺は今から、怖~い人に会ってくる。ここで待っててくれ…。だいじょう…ぶ。怖くない、怖く…ない…」
言葉の後半は、殆ど自分に言い聞かせているようなものだった。ライエストは重い足取りで歩き、村の中央にある大きな家へ向かう。過去にも何度かこの長老の家に入り、その度に苦い思いをしてきた。この場所にいい思い出なんて無い。
垂れ布で仕切られた奥にある大広間に足を踏み入れると、十数人の長老たちが横一列に並んで座っていた。どの長老も口を一文字に閉じている。血の気が引く思いをしながら、長老たちの前に正座をした。
窓の外には、野次馬と化した村人たちとドラゴンたちが顔を覗かせ、固唾を飲んで見守っている。その中にサージェイドの姿もあり、窓から首を入れて大広間の中を興味津々に見渡していた。
少し間をおいて、並ぶ長老たちの真ん中に座っている老女が鬼のような形相で目を見開いた。
「こりゃ!! ライエスト!!」
村全体に響く一喝。それはまるで嵐の落雷で、ライエストは浮き上がるほどびくりと体を揺らした。
「勝手に村を出おって! みながどれ程心配したか、分かっておるのかぁ!!」
間髪入れずに続く二撃目に、ライエストの体は小さくなって硬直する。
「バーシルよ、そんなにカッカするでない。無事に戻ってきたのだから…」
「黙りゃせ!!」
端に座っている2本の角を生やした長老が諫めたが、大長老であるバーシルの怒りは治まらなかった。怒鳴りつけられた角の長老はしずしずと頭を下げる。
ライエストは勇気を出して、引き攣る口をゆっくりと開いた。
「俺は、村を出て水龍を探しに行くって、言った…」
「誰も許可しておらぬわッ!!」
「ひっ。…ご、ごめん…なさ…い…」
慌てて頭を床すれすれに下げる。せめての言い訳もあっさりと一蹴され、完全に退路を断たれてしまった。
すると、サージェイドが注意を引くかのように「ガァ」と一声上げ、自身の体よりも小さい窓からするりと入って来た。ライエストを守るように身を寄せ、長老たちを見つめる。
長老たちは老いて小さくなった目をそれぞれに大きくし、ひそひそと声を漏らし始めた。
「見たことがない。誰のドラゴンじゃ?」
「どうやって入ってきた?」
「輝くように白い…奇妙な気配…」
狼狽える長老たちの中、バーシルだけは冷静な眼差しをサージェイドに向けていた。
「サージェイド、あっちに行ってろ。お前も怒鳴られるぞ」
ライエストは小声でサージェイドに言い聞かせる。しかしサージェイドは動こうとしなかった。
「ふむ…」
バーシルは溜め息をして背後にある巨石のようなものに話かけた後、ライエストに向き直る。
「そやつに免じて許すとしよう。…解散!」
バーシルの言葉で、張り詰めていた空気が解放された。長老たちは立ち上がって大広間を出ていき、窓の外の野次馬たちもそれぞれの持ち場へ戻って行った。
ライエストは緊張の糸が切れて、ぐったりとその場に倒れる。
「おーい。ライエスト、生きてるかぁ?」
友人たちが部屋に駆け入り、からかいながらライエストの顔を覗き込んでくる。
「こ…、こわ、かっ…た…」
掠れ声で返事をすると、友人たちは腹を抱えて大笑いしたり、同情する表情で頷いたりと、各々の反応を見せた。
「ライエストのドラゴンすげーな! ババさまに立ち向かおうとするなんてよ」
ジェシェムが興奮した様子でライエストとサージェイドを交互に見る。
「僕のジェラツじゃあ、怖がって逃げちゃうよ」
と、ゼルハが抱き上げている小型のワイバーンの頭を撫でながら言った。
ライエストは友人たちに囲まれながらサージェイドと共に長老の家を出ると、改めてサージェイドを紹介した。
「でもさぁ。生白いし、硬い鱗もないトカゲ肌じゃ、弱そうだなー。こんなドラゴンでいいのかよ? 強いドラゴンを相棒にするって言ってたじゃん」
ラッカルはサージェイドの首を撫でる。撫でられたサージェイドはぶるぶると身震いをした。
「え…」
ラッカルが目を丸くする。ふにふにとした柔らかい手触りが硬いものに変わっていた。見れば、つるつるとしたトカゲ肌は白銀の短剣のように大きく硬い鱗がびっしりと生えた身体になっていた。
「なんだこのドラゴン…」
ラッカルは恐る恐るサージェイドから離れた。サージェイドは得意げな表情でラッカルを見ていた。
「急に大きな鱗が生えた? こんなドラゴン、見たことも聞いたことも無いですね。全長は5メートルくらいの中型ドラゴンタイプ。色は白、青い鬣…」
ゼルハがくいと眼鏡を上げて分厚い竜の本のページを捲りながら、サージェイドの竜種を調べ始める。
「何だか不思議だけど、見た感じはおとなしそうだし、話も理解してるなら危険性は無いんじゃない?」
「珍しい種族なのかもな。群れでいたのか?」
「いや、それが…」
ライエストは湖にいた白い水龍が変化してこのドラゴンになったことを話した。
「水龍なの?」
「別の竜種に変化するなんて有りえねーよ。お前の見間違いだろ」
「で、でも、さっきの鱗のこともあるし、変身できるドラゴンなのかもしれないよ?」
友人たちが話し合うのを眺めながら、ライエストは口を噤んだ。サージェイドが水龍たちから避けられていたことは言えなかった。
村の者たちが去り、大広間は静寂が戻っていた。
大広間の奥で、バーシルは殆ど見えていない目を上へと向ける。
「エルオゥよ」
名を呼ぶと、バーシルの背後にある巨石のようなドラゴンが5本の首をもたげた。今は亡き夫を守ってくれていたヒュドラで、村のドラゴンたちの指導役を担ってくれている。
エルオゥは、バーシルを囲むように大きな頭を寄せる。
「ライエストが連れてきたドラゴン、どう思う?」
「グルル…」
「やはり、そうか…」
バーシルは予想していたことが当たっていたことに、表情を曇らせた。
「では、あれは…何であるか。もしや“白の破壊”と“星喰らう化け物”のどちらかか?」
再び問いかけるも、エルオゥからの返事は無かった。それは、永い時を生きてきた叡智の存在にも知り得ないことを意味していた。
「ううむ…」
憂う表情で、バーシルは呻いた。
時は夕刻を迎え、ライエストは旅の出来事などを話していた友人たちと別れの挨拶をした。
薄暗くなった村のあちらこちらに篝火が灯り、村は朱色の景色になる。
「サージェイド、疲れただろ。俺の家はこっちだ」
ライエストは大きな樹の上に建てられた家を指さすと、樹の幹を周るように設置された階段を駆け上る。サージェイドは骨格だけの翼を広げて飛び上がり、ライエストの家の前に着地した。
久しぶりの我が家の扉を開けると、そこには仁王立ちした女性が立ちはだかっていた。
「こ・ン・の…馬鹿ライエストぉ!」
赤く長いクセ毛を揺らして怒りの表情を露わにする。ライエストの父親の妹で、名前はルルカ。ライエストは生まれる前から父親はいなかったし、母親は物心つく前に死んでしまっていた。ルルカは母のように世話を焼いてくれて、姉のように仲良く暮らしていた存在だった。
「あー…」
ライエストはばつが悪い顔をして肩を竦める。
「まぁいい。アタシが怒りたいことは、ババさまが言ってくれたからね」
と、ルルカは表情を和らげて、ライエストを抱きしめた。
「…おかえり。無事に戻ってきてよかった…」
「ただいま。…ごめん、ルルカ姉…」
ライエストは抱きしめるルルカに身を任せて目を閉じた。抱きしめられる腕の強さが、どれほど心配させてしまっていたかを感じさせた。
家に入るとルルカはライエストに茶を用意し、サージェイドにはドラゴンが好む草を煎じた茶を木のバケツに入れて用意した。サージェイドは不思議そうに茶を見ていたが、飲み始めると気に入ったようで、全部飲んでくれた。
「あはは、いい飲みっぷりだね」
ルルカは上機嫌でサージェイドに近づき、その姿を眺める。
「アタシはルルカだよ。今日からよろしくね。ここら辺じゃあ見ない竜種だね。名前は?」
「サージェイドだよ。そいつが自分で言ってた」
「自分で? この子、喋るのかい?」
ルルカはライエストとサージェイドを交互に見遣る。
「うーん、多分?」
言い切れずに、ライエストは首を傾げた。
「何だいそれ。アンタが連れてきたんだから、しっかりしなさいよ」
ルルカは呆れて溜め息をする。
「ま、今日の所はとやかく言わないよ。疲れてるでしょう? ゆっくりお休み」
「ん…」
ルルカの優しい気遣いと声がくすぐったくて、ライエストは気の無い返事をした。
カツカツと、扉を叩く音でライエストは目を覚ました。
隣で丸くなって寝ているサージェイドを起こさないように起き上がり、まだ眠ろうとする目を擦りながら扉を開ける。
「ギャア」
体長3メートルほどの小型のワイバーンが扉の前で羽ばたいていた。後足で掴んでいた木の札をライエストに渡すと、ワイバーンは飛び去って行った。
木の札には【話がある すぐに来たれ バーシル】と書かれていた。
半開きだった目が全開になり、ぼやけていた思考が覚醒する。
「えっ、また!? …こ、今度は何だよぅ…」
朝から憂鬱な気持ちになりながら、渋々と長老の家に向かう。大広間にはバーシルの姿があった。他の長老が居ないことを不思議に思いながら、ライエストはバーシルの前に座った。
ライエストが座ったのを確認すると、バーシルは重い雰囲気で口を開いた。
「ライエストよ、手短に言おう。お前が連れて来たものは、ドラゴンではない」
「え…」
思いがけない言葉に、ライエストは眉をひそめた。
「存在が何であるか分からぬ以上、村にどう禍福をもたらすかも分からぬ。共に生きるわけには…」
「そんなことない! サージェイドは水龍たちと一緒に暮らしてた」
「水龍には見えぬが」
「それは…、水龍から姿が変わったからで…。ドラゴンじゃないって言うなら、なんだっていうんだよ!」
「それは、わしにも分からぬ」
「じゃあ村の誰も知らないドラゴンなんだよ。俺がサージェイドの仲間を見つける。村の外はすっごく広いんだ。きっとどこかにいる! 絶対に見つけて、サージェイドがドラゴンだって証明する!」
ライエストは強い気持ちを込めて、バーシルに伝えた。竜使いとして一人前になるためじゃなくて、あんなに人懐こくて優しいドラゴンをまたひとりにさせてしまうなんてできなかった。
バーシルはライエストがまた勝手に村を出てしまいそうな勢いに、深く溜め息をする。
「真実を得ることが、必ずしも己の為になるとは限らぬ」
「そんなの分かってる!」
互いに譲らず、確固たる意志を込めた視線が交わり、沈黙の時間が流れる。
先に口を割ったのはバーシルだった。
「…まったく。お前は本当に、一度決めたら聞かん子じゃ。昔のアルフォドに似ておる」
「父さん、に…?」
バーシルの話にライエストは首を傾げた。父親の名前しか知らないし、誰かから教えてもらうことも無くて、知る機会なんて無かった。
「アルフォドはドラゴンと共に村を出て戻って来なかった。わしは、お前も戻らないのではないかと案じておった。じゃが…、お前はきっと違うのかもしれん」
「それじゃあ…」
「うむ。どうしてもと望むのなら、お前が信じた道を進みなさい」
「ありがとう、ババさま。俺、必ず村に戻ってくるから!」
ライエストは表情を明るくして、バーシルに言った。バーシルはやれやれといった様子で、溜め息をする。
「では、最後に大事な話をしよう」
改まってライエストを見据え、バーシルはゆっくりと話を始めた。
「我らとて、外の世界と相容れたい気持ちはある。だが、過去に何度歩み寄ろうとも、決して認めてはくれなかった。アルフォドは、我ら竜に近しい血族と人間が互いに理解し、共に生きられる方法を探すと言って村を出た。…じゃが、戻ってこなかったということは、許されなかったのだろう」
目を伏せて、悲し気に語るバーシル。そんな大長老の姿は初めて見るもので、ライエストはバーシルから目を逸らした。
「ライエストよ。よく肝に銘じておけ。我が一族の祖先は竜族との混血じゃ。人目から離れて暮らしてきたのも、世俗から呪われた者とされたが故。世代を重ねて竜の血は薄れ、ほとんど人間と変わらぬ姿だが、未だ稀に尾や角が生えた赤子が生まれる。お前もそのひとりじゃ。生まれてすぐに尾は切り落とせるが、角は折れぬ。決して村の外の者に見られぬよう用心するんじゃ」
言い聞かされて、ライエストは無意識に自分の頭に触れた。髪に埋もれて殆ど見えないが、後ろに向かって4本の小さな角が生えている。
「ゆめゆめ忘れるな、我らは呪われた身。“竜返り”にも注意せねばならん。体に異変が起きたら、すぐに村に戻るんじゃぞ」
深刻な表情で言うバーシルの声はとても低く、その話はとても重いもので。
「世界はまだ…我ら血族を許してはいない」
ライエストの心に深く刺さるように残った。
つづく
竜使いと白いドラゴン2 ~出会い~
温かい。心地よい気分に浸りながら、ライエストは寝返りを打った。ふわふわとした手触りが気持ちよくて、無意識にぽんぽんと叩く。
「…はっ!」
息を呑み込んで飛び起きる。視界いっぱいに広がる真っ白で柔らかい毛に包まれていた。自分の身の状況が分からないまま獣毛をかき分けて上半身を起こすと、真っ白な獣毛に覆われたドラゴンの胴体と尻尾に挟まれていた。
白いドラゴンは、青空のような鬣を揺らしてこちらへ振り向く。赤い瞳と目が合った。
「えっと…」
ライエストは口を半開きにして固まった。全く身に覚えのない出来事に混乱する。呆けていると白いドラゴンは気が済んだように立ち上がり、湖の方へ向かって行った。
ライエストは慌てて白いドラゴンの後を追う。白いドラゴンは湖の岸に着くと、見る見るその姿を白い水龍に変える。獣毛は短くなって鱗に変わり、胴体は大蛇のように長く伸びて湖に落ちていった。
「待ってくれ!」
岸の縁に両手を着いて湖を見下ろす。2メートルほど下の湖面で、白い水龍が不思議そうな表情で見上げていた。
「その…、俺を助けてくれたんだよな? ありがとう」
人語が通じるか分からなかったけれど、お礼を述べた。すると、白い水龍は湖面に尻尾を出して左右に揺らし、「クァ」と短く鳴いた。
話が通じたかもしれない安心感を得たライエストは、それに代わるように不可解な疑問が沸いた。この白い水龍は、湖で溺れた自分を助けてくれたのは間違いない。けれど、先ほどまで毛の生えたドラゴンの姿だった。勝手な予想だけれど、水で冷えた体を温めてくれていたんだと思う。でも、別の竜種に姿が変わる竜族なんて、聞いたことがない。
「お前、水龍なのか? それとも…」
言いかけて、言葉を濁した。この白い水龍が突然変異か奇形種、あるいは混血種だとしたら、同族から避けられているのも納得できる。呪われた生き物だからだ。
ライエストは意を決して、真剣な眼差しを白い水龍へ向けた。
もしこの水龍が呪われた生き物なら、孤立して長くは生きられない。
「俺は、ライエスト・トゥルパだ。西の地に住んでる。なぁ、俺の村に来ないか? お前のこと、ひとりにしておけない」
白い水龍は目を離さずに話を聞いてくれていた。
「今のままじゃ、寂しいだろ? 俺の村にはいろんなドラゴンがいて、仲良く暮らしてるんだ。…ああ、でも、時々はケンカする。こんな大きな湖は無いけど、村の近くに滝と川があって、魚がいっぱいいるから食うに困らないぞ。肉がいいなら、森に猪や熊がいる。魔物もいるけど…」
「クァ」
白い水龍は返事をするように鳴くと、するすると湖面から体を伸ばし、水龍にあるはずのない羽翼を生やして飛び上がる。岸に着地すると同時に、大蛇のように長かった姿が、体躯のしっかりしたドラゴンに変わった。
信じられないけれど、やはり姿が変わる。それを目の当たりにしたライエストは微かな悪寒に似た畏怖を感じて、じっと白いドラゴンを凝視した。
そんなライエストの微量な心境の変化そ察したのか、白いドラゴンは頭を下げ見上げてくる。
不安気な眼差しを向けられて、ライエストは我に返った。きっとこのドラゴンは他の竜族から奇異の目で見られて生きてきたはず。不安なのはこのドラゴンの方だ。そんな気持ちにさせないために、村に連れていくんじゃないか。
「名前。そうだ、名前」
気を取り直して、白いドラゴンに笑いかける。名前が無ければ呼ぶときに不便だと思い、どんな名前がいいのか頭を捻った。
一方、白いドラゴンは、腕を組んで思考を巡らせるライエストの周りをうろうろと歩き、外套の端を銜えて引いたり鼻先で背中をつついたりと、様子を伺っていた。
ライエストは我ながら良い名前を思いついたと自信あり気な表情で後ろにいる白いドラゴンに振り向く。
その時、一瞬だけとても眩しい閃光が目に入る。白いドラゴンの姿が、別の”何か”に見えた気がした。空気が凍り付いて固まったような長い一瞬の後、白いドラゴンがじっとこちらを見据えていた。
頭の中を掠める、聞いたことのない言葉と、見たことのない文字。
「サージェイド…?」
その言葉と文字の意味を考えるより先に、その名を呟いていた。白いドラゴンは笑うように目を細めてクルルと喉を鳴く。
「そうか。お前、サージェイドっていうのか」
ライエストは不思議な出来事に小さく震える手をゆっくり伸ばして、白いドラゴンの頬を撫でた。
「いい名前だな! 俺が違う名前付けなくてよかった」
うんうんと頷き、サージェイドという名を覚えるように頭の中で唱える。昔、村で竜使いになった者がドラゴンに名を付けたとき、その名をドラゴンが気に入らなくて仲が険悪になったことがあったのを思い出す。
俄かには信じがたい現象に手の震えはまだ続いていたけれど、竜族の中には特殊な能力をもったものもいると村の長老から聞いたことがある。このサージェイドと名を教えてくれたドラゴンが、まさにそれなのだろうと確信した。
「あれ…?」
ライエストはサージェイドの翼を見て首を傾げた。湖から飛び上がってきたときには羽毛が綺麗に生え揃った翼だったのに、その羽毛は無く、それどころかコウモリの骨格だけのような翼で飛膜すら付いていなかった。
けれど、水龍に羽翼という異様な姿よりは違和感が無く、この翼こそが本当の翼なんだと何の気なしに感じられた。
「それじゃ、サージェイド。俺の村に…」
歩き始めようとして、ライエストは足を止めた。水龍を狩りに来た男たちが引いてきた荷車が目に映る。
もしかしたら、あの男たちがまた水龍を狩りに来るかもしれないし、別の連中が水龍の噂を聞いてこの湖に来るかもしれない。ここはもう安全な場所ではなくなっている。
ライエストは両手の拳に力を入れて大きく息を吸った。
「おーい!! ここは危ないぞ! もっと西に逃げろ!」
力の限り水龍たちに向かって大声を上げる。しかし、いくら声を張り上げてみても水龍たちはこちらを警戒するだけで、湖から離れようとしなかった。
「ここにいたら、また怖い人間が来るかもしれないんだぞ! ほら!」
ライエストは足元にあった小石を拾って、水龍たちの近くに向かって投げた。小石はぽちゃと頼りない水音を立てて湖の底へ消える。
その様子を見て、サージェイドは地面を見回し、近くにあった小石を見つけて、前肢で湖に払い落とした。ぼちょんと音がすると、それが気に入ったらしく、また小石を探して湖に落とし始める。
「俺は遊んでるんじゃない。真似しなくていいってば」
サージェイドはぴょこぴょこと軽快に跳ねながらライエストから離れた。完全に遊んでいると思っている。
「お前の友達が危ないかもしれないんだ、遊んでる場合じゃ…」
話が終わる前にサージェイドは後ろに回り込み、ライエストの股の間に頭を突っ込むとそのまま首を上げた。
「なっ、えっ!」
サージェイドの首の上を滑って、背中に乗る形になる。サージェイドは笑うように目を細めると翼を広げて飛び立った。いきなりの行動に目を丸くしていると、サージェイドはゆっくりと飛行し、湖の水龍の群れに近づいた。
水龍たちは近づいて来たサージェイドに警戒し、やや後退しながら口を開けて威嚇し始めた。
「ガァアアア!!」
サージェイドが大きく咆哮する。水龍たちは慌てふためき、ばしゃばしゃと水面を荒らすように逃げ惑う。
「お、おい、急にどうしたんだよ」
ライエストは、サージェイドが水龍たちに牙をむいているのを知って戸惑った。噛みつかんばかりに勢いで大きく口を開け、低く大きな声で唸っている。逃げる水龍たちを水面すれすれに飛んで追い回し始めた。さっきまで無邪気な姿からはとても想像できないことだった。
あまりの変わり様にライエストは焦り、サージェイドを止めようと首を叩いて注意を引こうとするも、全く効果は無かった。
やがて、1体の水龍が恐怖に耐えられなくなって、前肢の大きなヒレを羽ばたかせて湖から飛び上がった。それを見た他の水龍たちも続けざまに飛び上がり、雨のように水滴を落としながら西の方角へと飛び去って行く。サージェイドは去り行く水龍たちを追うことはせず、空で静かに見送っていた。
水龍たちが西の方へ飛び去って行く姿を呆然と見ていたライエストに、サージェイドは首だけ振り返ってじっと見つめた。その顔は「これでいいんだろう?」と言っているように見えた。
「お前、まさか…」
ライエストは、サージェイドの行動が水龍たちを心配する自分に対しての行動だったことを知り、そっとサージェイドの首に抱き着いた。
「ありがとな」
礼を言うと、サージェイドはクルルと鳴く。その優し気な鳴き声を聞いて、ライエストは目を細めた。
頬を撫でるようにそよぐ風。いつも地上で浴びる風とは違う風が、空には吹いていた。
つづく
サキュバス
夜になると遊びに来てくれるサキュバス。
枕は表も裏もYES。
SH凡DEのジャンケン
シェイドはちょっぴり賢くなった。
チョコレートと空模様
クローン隊のほのぼの話。
鎖は風に当たりに行こうと屋上へ向かっていると、廊下でⅨ籠を見かけた。ふわふわとした軽い足取りで、後姿からでも分かるくらい上機嫌のようだった。
Ⅸ籠がこちらの気配に気付いて、くるりと振り返る。普段に比べて、ずいぶんと顔色もいい。良すぎて少し紅い。目が合うと、Ⅸ籠はにこにこと笑顔を見せた。
Ⅸ籠がこんなに気を許したような笑顔をするなんて初めてだった。薄気味悪さを感じて怪訝に思っていると、Ⅸ籠は手招きをしながら寄ってきた。行けばいいのか来るの待てばいいのか分からねえと思いながら、鎖は遅いテンポで歩み寄った。
「どうしたよ? 機嫌良さそうだなぁ」
「さっき、コレもらった。おいしいから気に入った。鎖も食べるか?」
「何食ってたんだ?」
Ⅸ籠がここまで気分を良くする食べ物が何なのか気になった。まさかヤバイ薬じゃねえだろなと勘ぐりながら手を差し出すと、掌にチョコレートを3粒乗せられた。
「お、いいのかよ。ありがとな」
変な物ではないことに安心して、鎖は朗らかに笑った。続けざまにチョコレートを3つ口に入れる。パリッとしたコーティングチョコの中は柔らかいトリュフチョコで、なめらかな舌触りと華やかでフルーティーな香りが広がる。Ⅸ籠の味覚の拙さを心配していたが、これは確かに美味しかった。
しかし、これは酒入りのチョコレート。しかもアルコールが普通の物よりもずっと強い。
「まて、クロウ。それは」
この場を去ろうとするⅨ籠に声をかけて、鎖はチョコレートの袋を取り上げた。
「もっと欲しいのか? …あ、刺斬の分か」
「違えよ。これは子供にゃ毒だ」
「毒? …あいつ、オレに毒寄越しやがったのか…。殺…」
「待て待て、そういう毒じゃねえ。子供が食うもんじゃねえんだよ」
急に表情を険しくするⅨ籠に、鎖は慌てて言い直した。するとⅨ籠はひょいと跳び上がってチョコレートの袋を取り返すと、不満の矛先を向けて睨んできた。
「オレ、子供じゃないし」
「……」
鎖は黙って歯を噛んだ。Ⅸ籠の機嫌を損ねるのは得策ではない。それに、Ⅸ籠が100%子供であると言い切れるわけではなかった。クローンは成長は早いが、永久少年はその名の通りずっと子供の姿のままだからだ。Ⅸ籠の実年齢なんて聞いたことがないし、Ⅸ籠自身も知らない。
子供と大人の境目って何なんだと鎖は頭を捻らせる。どちらにしろ子供の体に高アルコールがいいとは思えない。自分の行動は間違ってないと自身に言い聞かせて、Ⅸ籠を見据えた。きっと刺斬も同じことを考えて酒入りチョコレートを没収するはずだ。
「あー、その、だからな…」
どう言い聞かせればいいのか、鎖は悩んだ。力ずくで奪い取って逃げるのも手だが、成功率は低いだろうなと思い直した。
「こんな所で立ち話っスか? 部屋で茶でも…」
廊下の角から、刺斬が顔を覗かせる。いい時に来てくれたと鎖は目を輝かせ、すぐに刺斬の肩を掴んで引き寄せると手短にチョコレートのことを耳打ちした。
「なるほど…」
状況を把握して頷いた刺斬は、Ⅸ籠の前で身を屈めて、同じ目線の高さでⅨ籠にゆっくりと声をかけ始める。
「ボス、実はこのチョコレート、俺の大好物でして。我儘なお願いで申し訳ないスけど、全部いただいてもよろしいか」
「そうなのか。…わかった。いいぞ。鎖もそうだって知ってたなら、最初から言えばいいのに」
と、Ⅸ籠は少し惜しむような顔をしたが、気分を害すること無くすんなりとチョコレートの袋を刺斬に渡した。
刺斬が礼を言うと、Ⅸ籠は気を良くしたまま去って行った。
Ⅸ籠の姿が見えなくなるまで見送った後、刺斬はキッと表情を硬くする。
「後で、クロウさんにチョコレート渡した犯人探して、注意しときます」
「子供に酒与えるヤツなんざ、一発殴っとけ」
鎖は口を尖らせた。やっぱり刺斬はⅨ籠の扱いが上手いなぁと関心する。自分ではどうしても喧嘩沙汰になってしまう。
ふと、刺斬がチョコレートを食べようとしていた。鎖はきょとんとした顔になる。
「おい刺斬、甘いもん好きじゃねえだろが」
「酒は好きっスよ」
「俺にもくれ」
「俺がもらったものですし?」
刺斬は意地悪く笑って見せたが、チョコレートを1粒だけ取って、袋を鎖に渡した。チョコレートを口に入れると「ほう、いい味だ」と呟く。
「酒の味が分かるなら、クロウさんも大人っスねぇ。ははっ」
「酔ってるせいで何もかも分かってなかっただけだと思うぜ…」
鎖はケラケラと笑う刺斬を半眼で見詰めた。
終わる