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無色の闇

「命の挿花」の続き的な話で、この話から「籠ノ鴉-カゴノトリ-」に繋がる流れ。細かい部分の食い違いはご愛嬌。


 目が覚めた。
 でも、どこを見ても、何色と表現できない色。
 今自分は目を開けているのか、それとも閉じているのか。どっちだろう。
 意識をすれば、まばたきをしている感覚はある。
 でも、何も見えない。
 これは夢かな。まだ寝てる?
 重くて動きの鈍い身体で、ゆっくりと腕を動かしてみた。
 自分の顔の前に手をかざしても、自分の手は見えなかった。
 手探りであちこち触っていると、ベッドの上で横になっているのが分かった。
 だんだんと思考が冴えてくるのと反比例するように、不安と恐怖が重く心にのしかかる。
「目が覚めたか」
 突然の声に身体が飛び跳ねた。反射的に声がした方に身構えたけど、この何も見えない世界で、自分以外に誰かがいる事に少しだけ安心した。
「……」
 何を言おうとしたのか自分でも分からないけど、すっかり乾いた喉からは声が出なかった。
「目はどうした?」
 また声をかけられて、ぴくりと身体が揺れた。それを知りたいのはこっちなんだけど。
 でも、目の事を訊かれたのだから、きっと自分の目に何かあったんだというのは察しがついた。
 ゆっくりと首を横に振ると、少し離れた場所から舌打ちが聞こえた。その後、ひそひそと話し声が広がる。
 何人か、いるらしい。
「やはり駄目か」
 大きなため息混じりに言われて、この状態はとても良くない事だと分かった。
「残念だよ、Ⅸ籠」
 諦めを含んで冷たく言い放たれたその言葉が、痛覚として認識するほど心に刺さった。
 
 
 
 怖い。
 とても怖くて仕方が無い。
 Ⅸ籠にとって1分1秒の間でもその恐怖心が消える事がなかった。
 手の届く範囲が世界で、触れるものが全てでしかなかった。そこから外側は何も分からない。
 閉ざされた視界の代わりに、異常なまでに敏感になった耳は、遠くで囁かれる声を拾うのは容易だった。
 失敗作、出来損ない、欠陥品。
 それはまるで自分の代名詞であるかのように、言われ続けた。
 たまに、すぐそばで怒鳴られて殴られる事もあった。気配を感じて避ければ余計に殴られるから、避ける気も無くなっていった。
 どうしてこうなってしまったのか、よく分からないけれど、この状況は受け入れる以外に選択肢がなかったし、何をどうしていいのか分からなかった。
 自分は目が見えなくなる前に、何をしていたのか覚えていない。自分の名前以外、何も覚えていないのだから。もしかして、最初からこうだったんだろうかと、思えてくる。
 でもその事を、誰にも言えなかったし、誰かに訊けるような状況ではなかった。
 あまりも色濃く深い恐怖は、泣く事をさせてくれなかったし、抵抗する気力も奪っていた。
 
 どれくらいの日が経っただろうか。
 何も見えないⅨ籠には、時間の感覚なんてとっくに薄れていた。長いのか短いのかの判断もできないまま、ベッドの上で時間を過ごしていくのに気が狂いそうだったけど、それすらも鈍ってきていた。自分に浴びせられる罵倒も、手酷い事も、まるでどこか遠くの他人事みたいに感じる。
 あらゆる事が麻痺して何もできない時間を過ごしていた時、ふと誰かが教えてくれた。お前には同じような兄がいる、と。
 その言葉に、Ⅸ籠は昔の事を少しだけ思い出せた気がした。
 そうだった。自分には兄がいるんだった。痛い事しないし、悪口も言わない、そんな優しい兄だった気がする。顔も声も思い出せないけど、感覚だけはしっかりある。兄は今どこにいるんだろう。もしかして目が見えなくなってしまったから、嫌われたんだろうか。
 そんな事を考えながら、時間を過ごすようになった。
 
 いつの日からか、目の奥が痒くなってきた。
 その痒みは少しずつ酷く長く続くようになって、目元から手が離せないくらいになっていた。
 堪えきれないほどの痒みで瞼を引っ掻いていると、ひたひたと足音が近づいてきた。今までの足音とは違う。
「何してんだ」
 大きな声に身が竦む。また殴られるかもしれないと思って顔を伏せた。
「手ぇ、血だらけだぞ」
 少しくぐもった声。規則正しく空気の抜ける音がする。
「…お前、目が見えないのか?」
「……」
 それを知られたら、きっと悪口を言われるんじゃないか。そう考えたら何も言えなくなった。
 とにかくこの場から離れたくて、身体を反転させて立ち上がろうと手を着くと、何も無い空間だった。自分の知りうる範囲よりも外側の世界、つまりベッドの外。
「危ねぇ、落ちるだろ」
 脇腹を支えられているんだと気が付いたのは、数秒くらい後になってからだった。
「怖がらせたか?」
 ゆっくりとベッドの上に戻される。
「悪かった。俺はジャックだ。少し前に隣りの地区の部隊に配属されたから、ここの勝手が分からなくてな」
「……」
「余計なお世話だろうが、無闇に掻くのはやめておけ。自分を傷つけてもいい事ないからな」
 そう言い残して、ひたひたと足音が遠くなっていった。
 
 目の奥の痒みは、視力が回復する兆しだった。
 結局の所、薬や手術なんか必要なかった、という事だった。
 永久少年という存在は、人間が思っている以上に自己回復能力が優れていた。
 Ⅸ籠の目が見えるようになったら、周りの大人たちは急に態度を変えた。今までの悪口も暴力も、まるで最初から無かったかのように一切しなくなった。
 Ⅸ籠にとって、それはとても嬉しかった。でも、怖くて信用も出来なかった。
 目は見えるようになったけれど、明るい所は眩しくて目を開けていられない。その代わり、真っ暗な場所では良く見えた。自分の後ろ側すら見えるかのように感覚が研ぎ澄まされる。それは、目が見えなかった頃ではとても考えられないような優越感にも似た感覚で、とても気分が良かった。
 その後、すっかり体力も回復して戦闘訓練も何の問題も苦もなくこなせるようになった。
 上達するたび、大人たちは褒めてくれる。それが嬉しくて、頑張れた。
 それでもやっぱり深く根を下ろした恐怖心は消えなくて、信用は出来なかった。
 相変わらず、目が見えなくなる前の記憶は思い出せない。だけど、昔の事を訊かれるような事はなかったし、自分からも誰かに言う必要も無いと思って、黙っていた。何より、記憶が無い事を知られたら、怒られるかもしれないという恐怖があった。
 
 それから、Ⅸ籠はクローン隊を束ねるボスに就くことになった。
 クローンではあっても、その戦闘能力の高さは、オリジナルさながらに圧倒的なものだった。
 それを祝ってか、それとも冗談なのか、はたまた皮肉なのか、それは分からなかったけど、ある白衣の大人が欲しい物はあるかと訊いてきた。
 今まで物欲も無く、何かを要求した事も無かったⅨ籠にとって、それは返答に困る問いだった。
 変な事を言ったら怒られるかもと思い、緊張しながら少思考を巡らせていると、ずっと心に残っていた事に辿り着いた。
「…あの、兄さんに会いたいんだけど…」
 Ⅸ籠の精一杯の返事に「ああ、あれか…」と、すっかり忘れていたといった風に白衣の大人は頷いた。「失敗作は処分する所だったが」と小さく呟いたが、その言葉はⅨ籠には聞こえていなかった。
「まあいい。お前にやろう」
 そう言って、白衣の大人は機嫌よく承諾してくれた。
 初めて行く別の地区。先を歩く白衣の大人の背中を見ながら、Ⅸ籠は早足で後を追った。
 兄には随分と会っていないけど、覚えてくれているだろうか。自分が昔の事を覚えてない事は、ちゃんと話して謝ろうと思っていたし、兄に会えば昔の事を思い出せるかもしれないという期待もあった。
 向かう途中、兄は8人いた事、残っているのは6人であること、その内のひとりは稀に暴れるから檻に入っている事を教えてもらった。
 静かに生命維持装置の音が流れる、薄暗い部屋。
 大きな水槽が5つと檻が1つ。そこに入っていたのは…。
 あれ? 兄さんって、こんなだったっけ?
 Ⅸ籠は眉をひそめた。
 とても人とは思えない形をした肉の塊や、内臓が無いのもいた。でも、人の形をしてるのもいた。
 疑念と違和感はあったけれど、自分とよく似たその姿は、間違いなく兄であると証明するには十分な説得力があった。
「ごめんね。ずっと来れなくて。オレ、昔の事、思い出せなくて…でも、兄さんがいることは思い出せたんだよ?」
 分厚いガラス越しにそう声をかけると、兄たちは黙ったままだった。どうやら怒ってはいないらしい。
 よかったと、Ⅸ籠は安心した。
 兄たちと過ごすようになって、Ⅸ籠は笑うようになった。
 静かな部屋での、一方的な会話。それに何の疑問も感じず、楽しく幸せな気持ちだった。
 そんな幸せな日々がいくつか過ぎて、Ⅸ籠は組織の上層部から重要な任務を言い渡された。
 “【本物】の兄を始末しろ”
 それと共に、一番目の兄の前に存在する【本物】の兄は、弟たちを見捨てて【外】にいると教えてもらった。
 見捨てられたという事が、酷く悲しかった。それと同時に、怒りがこみ上げた。
 それともうひとつ、失明の原因もその【本物】の兄のせいである事も。
 寒気がした。あんなに恐ろしい思いで過ごす原因になった者に対して、恨み以外の感情なんて無い。
 必ず殺してやる。
 そう心に決めた。
 
 
 
 
 
終わる


メンデスとアルマゲスト

昔に書き途中だった擬人化小説の、メンデスとアルマゲストの初接触。
メンデスはプライド高いツンデレなうさぎ、アルマゲストは仔犬幼女。
・・・っていう妄想による捏造。
擬人化についてはMS#2擬人化擬人化色々に描いてます。


 本部にて定期メンテナンスを終えて、メンデスは人通りの多いフロアを早足で歩いていた。
 メンテナンスをした後は、身体の調子は良いが、頭が痛くなる。
 頭痛の原因は不明で、担当者も頭を抱えるばかり。そんな原因不明という不安の気持ちもあってか、メンデスはこの頭痛の時には酷く機嫌が悪かった。
 フロアを行き来する者たちは、そんなメンデスの機嫌が悪い事を知ってか知らずか、道を譲るように慌てて距離を置く。
 メンデスは怯えた様相の者たちなど特に気にもせず進んでいたが、ふと背後に微かに悪寒にも似た奇妙な気配を感じて足を止めた。
 振り返って見た先には何も無く…と思ったが、視線を下げると、気配の主がいた。
 小さく幼い、白いワンピースを着た少女が、じっと様子を伺うように上目遣いに見詰めている。黒い玉のようなものを大事そうに両腕で抱えていた。
「・・・・・」
 メンデスは短く息を吐くと、再び早足で歩き始めた。
 いくら苛立っているとはいえ、子供に奇妙な気配を感じるなんて、どうかしている。
 しかし、何を考えているのか、その少女は早足で歩く後ろを、必死で追いかけて来る。
 メンデスは、付いて来る少女を横目で一瞥して、歩く速度を上げた。
「わぅ…」
 小さな呻き声。
 嫌な予感がして、振り返ると、白い少女は床に顔を付けて転んでいた。コロコロと黒い玉が持ち主の手を離れ床を転がる。
 白い少女は、のたのたとした鈍い動作で起き上がり黒い玉を拾うと、またこちらを見上げてきた。何か言いたげな顔をしている。
 廊下を歩く者たちも、その様子に何事かとざわめき始めた。
 メンデスはこめかみを押さえて溜め息をすると、身を屈めて白い少女に顔を近づけた。
「お前、何のつもりだ」
「アルマ」
「名前など訊いてない」
「わぅ…」
 白い少女はしゅんとして、黒い玉に顔を伏せる。
 何を考えているのか、さっぱり解らない。
「何故、私に付いて来るんだ」
「アルマは、メンデスと同じだよ」
 こちらから訊いてやれば、目を輝かせて訳の解らない事を言い出す。
 名前を知っていた事には少々驚いたが、本部でワンモアを知らない者はいないのだから、当然といえば当然だった。
 しかし、こんな幼い子供まで知っているとは。
「私と同じでたまるか。親はどうした」
「知らない」
「家に帰れ」
「お家、ここだよ」
 白い子供は、黒い玉を自慢するように近づける。
「・・・・・」
 返答に困り、メンデスは目を逸らした。
 心無しか頭痛が酷くなったように感じて、メンデスは顔をしかめた。
 警備員でも呼んで引き取らせようと思った時、ふわりと温かい風が吹いた。
 はっとして周りを見回すと、人通りの絶えないフロアであるはずなのに、自分と白い少女以外、誰ひとり居なくなっていた。
 のしかかるような空気の重さを感じて、メンデスは目を細めた。
 神経を研ぎ澄まし、周囲を電波探知してみる。
 異次元だろうか。視界に入る分だけの空間だけが切り取られたようだった。視界に入らない先は何も無い空間でしかない。
「何の真似だ」
 白い少女に問いかけてみる。
 異次元へと隔離された原因は、どう考えてもこの子供以外には考えられなかった。
「エクスシアがアルマを探しにきたの。でもアルマは、まだメンデスと一緒がいい」
「エクスシアだと?」
 聞いたことのある名前に、メンデスは記憶を探った。
 エクスシアとは、ワンモアに仕えるエクストラのひとり。つい最近知った名前だった。
 天使の光輪を頭上に携え純白の翼を生やした筋肉隆々の大男で、寡黙なために何を考えているのか解らない奴だと聞いたことがある。
 まだ、エクスシアのワンモアについての情報は何も無いが…。
「お前、ワンモアか」
「うん。メンデスと同じ」
 無邪気な笑顔浮かべながら、白い少女は答えた。
「そうか」
 メンデスは静かに頷いた。
 こんな子供が、か。
 まだ公にされていない理由は、まだ幼い子供だからだろうか。
「あと、数年くらい」
「何だ?」
「メンデスが戦えるの」
「・・・知っている」
 メンデスはふふっと笑った。
 自分の寿命が短いことくらい、知っていた。
 戦闘に出撃する度に更に寿命を短くしている事も、他を圧倒する異常なまでの戦闘力の代償だった。
「でもね、アルマがメンデスの代わりになるから、大丈夫だよ」
 万遍の笑みを浮かべて、白い子供が言った。
「アルマは、完成品だから」
 無垢に放つ言葉に、メンデスはびくりと身を震わせた。
 いつか、そうなるであろうことは知っていた。けれど自分には、まだやるべきことがある。
 メンデスは目を閉じて、小さく溜め息をする。
「ふん。笑わせるな」
 目を見開いて、装甲の翼を勢いよく広げる。その衝撃で、視界内の世界に亀裂が生じた。
「お前のような仔犬に、私の代わりは勤まらない」
「!」
 白い少女は目を大きくして、立ち尽した。
 ガラスのように砕け散った世界は元の空間に戻り、辺りは人通りと騒がしさで満ちる。
「アルマ様」
 大きな白い翼を生やした大男が、白い少女の後ろに立っていた。
「エクスシア…」
 白い少女は振り返り大男を見上げると、ばつが悪そうな声を出す。そんな少女を、大男は優しく片腕で抱きかかえた。
「手前はエクスシアと申します。メンデス様、ご迷惑をおかけしました。どうかご無礼をお許しください」
 大男が身体に似合わず深々と頭を下げると、白い少女は大男とメンデスを交互に見て、同じように頭を下げた。
「構わん」
 メンデスは意に介さず、大男と白い少女に背を向けて歩き始めた。
 頭痛が少し治まったが、気持ちは晴れなかった。
 誰にも言われたくなかったこと。それを面と向かって、しかも自分の上位互換であろう存在に。
 自分はあとどれくらい戦えるのか、あとどれくらいこの力を使えるのか。
「ふん…」
 余計な事を考えるのはやめようと、メンデスは軽く頭を振って足を速めた。
 
 
 
 
 
終わる


クローン隊っぽいの

九番目の影鴉と雷虎と焔狐。
 
鴉の勾玉は、九番目の命という意味で。
我が家のⅨ籠は9番目のクローンなので、8番目までの失敗作の兄に依存してる。
色々あって多面的で複雑な子。オリジナルであり本物の兄でもあるアーミィに対して、さまざまな深い感情を持ってる。
 
虎の神鳴は、圧倒的な力強さの意味で。
鎖って、派手で豪快で快活なイメージ。荒っぽいけど親しくなればいい親分肌を見せてくれる。
でもオリジナルであるグラビティとの戦闘は避けて通れない。落ちずに雲の間を流れる雷は、秘めた心の迷いの表れ。
 
狐の炎水は、狐の隠れた二面性の意味で。
刺斬は炎属性、でも刀は水属性。狐の火で刀の妖力抑えて、刀の水で刺斬の能力鎮めてる。
冷静で真面目、誰よりも自己犠牲精神があって人に尽くすのが趣味レベル。でもそれは幼少期の愛情不足の反動だったり…。
 
・・・・・っていう妄想。


名前を教えて

接続組とⅨ籠の初接触。刺斬がひたすらお節介なだけの話。


 大将に会ってこい、と。そう上層部から言われて、刺斬と鎖は教えられた会議室へ向かった。
 何の飾り気も無い色合いの廊下に、2人の足音だけが響く。
 クローン隊の頂点に立つ存在がどんな人なのか、刺斬はやや緊張していたが、鎖は「面倒くせぇ」と口を尖らせていた。
 目的の部屋の前で部屋番号を確かめ、刺斬がドアノブに手をかけると、鎖はニヤリと笑った。
「どんな筋肉大男だろうな?」
 そう言うと、刺斬は苦笑いを浮かべた。最強の存在から造られたクローンであると上層部が言っていた事を思い出したらしい。
「どんな人でも、一応は従いますよっと」
 刺斬はゆっくりとドアを開けた。
 どんな屈強な大男がいるのかと思えば、部屋の中にいたのは年端も行かない子供。長机の端に突っ伏すように肘を付いて、クナイを弄っている。
 2人は呆気に取られて、お互いに横目で目を合わせた。
「何?」
 小さく声を出して、子供がこちらへ顔を向ける。黒いヘルメットに黒いマントを纏った姿は薄暗い部屋に溶け込んで、余計に背丈が小さく見えた。
 部屋を間違ったのかという考えが刺斬の脳裏を過ぎったと同時に、鎖は慌てて部屋の外へ飛び出して部屋の番号を確認していた。
「失礼…。俺は刺斬と申します。あちらは鎖」
 刺斬は会釈をすると、子供は手に持っていたクナイを懐にしまって、まじまじと見つめてくる。
「そうか」
 興味ありそうな態度とは裏腹に、興味が無さそうに言葉を返された。
「…この部屋で間違いねぇ」
 すぐ隣に戻ってきた鎖が、刺斬の耳元で囁く。刺斬はこくこくと頷いて、背筋を伸ばした。
「中隊長に任命されましたので、ご挨拶に参りました。改めまして、刺斬と申します」
「俺は鎖だ。堅苦しい挨拶はしたくねぇ」
 2人の顔をじっと見て、子供が小首を傾げる。
「・・・前に会ったような。いや、気のせいか・・・」
 小さく呟いた後、溜め息をする。
「わかった。出撃の時、呼ぶから」
 子供は素っ気無く答えて、目を伏せた。
 その様子に、鎖はやれやれといったように肩をすくめたが、刺斬はじっと子供を見据えて口を開く。
「お名前を伺ってもよろしいか」
「すぐ死ぬかもしれないのに、名前を知る必要があるのか?」
 刺斬の言葉に、子供は不思議そうな表情を浮かべた。皮肉ではなく、ただ本当にそう思って出た言葉のようだった。
「俺は簡単には死にませんよ」
「今までオレの部下に配属されたヤツ、皆そう言ってた。でも死んだぞ」
「俺と鎖さんは、他の連中とは違いますんで」
「今までのヤツも、同じような事言ってたけど・・・、まあいいや。お前たちは好きにしてていい。いちいちオレに構わなくていいぞ。お世辞とかご機嫌取りとか、そういうの好きじゃない。言いたい事は好きに言え。出撃の時、オレの言う事聞いてくれればいいから」
「分かりました。中隊長として肝に銘じます」
 刺斬は一礼した。
「何か、ずいぶんと冷めたガキだな」
 隣にいる鎖は渋い顔をして刺斬と目を合わせる。刺斬は至って真剣な顔で頷いた。
「ありゃあ、良くないっスね」
「だよなあ。全ッ然可愛げがねぇガキだ」
「顔色が悪い」
「は? 顔色?」
 予想外の刺斬の言葉に、鎖は目を丸くした。
 刺斬は子供に近づいて、長机を挟んで対峙する。
「俺個人として、捨て置けない事があるんで、進言させていただきます」
「何?」
「このお部屋は暗いです。目が悪くなります」
「…はぁ?」
 子供はひと回り大きな声を出した。
「それに、顔色が優れないようですね。髪の艶も少し薄い…。ちゃんとした食事はしてますか? 睡眠は?」
「薬飲んでるし、多分寝てる…。・・・いや、お前に関係ないだろ」
「俺や鎖さんを指揮するんですから、健康管理はしっかりしていただきます」
「オレの管理は他のヤツがやってる」
「組織からの最低限の管理とお見受けします。俺は常に最高の管理をさせてもらいます」
「お前、何言って・・・」
「好きにしていいと言いましたよね? 好きにさせてもらいます」
「おい、刺斬・・・!」
 鎖が顔を引きつらせて刺斬の肩を掴んだが、刺斬は完全に子供の方に集中していた。
 当の子供は、あからさまに怪訝な顔をしている。
「何なんだお前。何が目的だ? 名前が知りたいんだったな? オレはⅨ籠って呼ばれてる。クロウでいいぞ。これで気は済んだか?」
「ではクロウさん、ボスとお呼びさせていただきます。曲りなりともあなたの部下なので。・・・早速ですが、今日の夕飯から食事のご用意は俺がします」
「…好きにしろ!」
 Ⅸ籠と名乗った子供は、大声で言い捨てて会議室から走り去って行った。
 静まり返った会議室で、バタンと派手な音を響かせて刺斬が長机の上に顔を伏せた。
「やっちまった!」
「刺斬、お前の悪いクセだぜ・・・」
 鎖は張り付いたように机の上で微動だにしない刺斬の頭をぽんぽんと叩く。
「だって、俺らのボスっスよ? あんな子供だなんて、しかも健康不良児・・・。筋肉大男どこいった・・・」
「気持ちは分かるけどよ。お前は色々やりすぎだ。初日から踏み込みすぎて…」
「あ!」
 鎖の言葉を遮って、急に刺斬が頭を上げる。
「しまった、クロウさんの好きな料理を聞きそびれた」
「・・・子供だし、カレーかオムライスでいいんじゃねぇの?」
 半ば呆れた鎖は、目を泳がせながら適当に返事をした。
 
 
 
 
 
終わる


擬人化MS#2部隊

昔に描いていた擬人化を改めて描いた。
弐寺15thから随分年月が過ぎたけど、それでもMS部隊が好き。
ミリタリースプラァァァッシュ!!!


短文 2本

鎖&Ⅸ籠と刺斬&Ⅸ籠の短いお話2本。
書いた時期が違うので、何となくキャラ同士の温度差があるのはご愛嬌で…。


 しとしと降る雨。
 汚染された大気を含む黒ずんだ雨雲は、濁った色の雫を地上に撒く。
「あ~ぁ。予報じゃあ、降るのはまだ先だったってのによ」
 不満の気持ちを込めて、鎖が呟いた。いつもならツンツンと鋭く逆立った深紅の髪も、すっかり水気に負けて頭や顔に張り付いている。溜め息をひとつして、顔に張り付く髪をかき上げると、辺りを見回した。
 戦いが終わった平地。ぽつりぽつりと死体が転がっているだけで、雨宿りできそうなものは無い。
「刺斬が迎えに来るまで、もうちょっと待ってろよ」
 隣に立つⅨ籠に声をかける。
 Ⅸ籠は返事をせずに、遠くを見ているだけだった。
 薄暗い空から落ちてくる雫は辺りの死体の血を洗い流し、気まぐれに吹き付ける風は生臭い鉄の匂いを押し流す。
 寒い時期ではないとはいえ、冷たい雨はゆっくりと身体の熱を奪っていく。
 鎖は片手で自分のロングコートの裾を掴んで広げると、Ⅸ籠が雨風を受けないようにした。
「どういうつもりだ」
 Ⅸ籠が怪訝な顔で鎖を見上げてきた。
 その様子に鎖は少し安心した。戦闘後なものだから、もしかしたらⅨ籠の気がおかしくなっているのではないかと、心配していた。Ⅸ籠は、時々そういう事がある。
「鳥って、羽がすぶ濡れになると飛べなくなるって聞いたからな。飛べないと困るだろ?」
 鎖はニッと笑って答える。やはりというか分かってはいたが、Ⅸ籠の反応は良くない。眉間にしわを寄せて睨まれた。
「オレは鳥じゃないし、雨に濡れたくらいで機動力は変わらないぞ」
「冗談だっつの」
 正論で返されて、鎖は少し苦笑いを浮かべる。
「寒いから風邪引くだろ?」
「オレは戦闘に支障が出ないように管理されてる。だからお前が心配する必要は無い」
 心配から出てきた本音を言えば、身も蓋も無い返事が返ってくる。構われたくない。優しくされたくない。Ⅸ籠からはそういう態度がひしひしと伝わってくる。
 “戦闘に支障が出ると困る”・・・そう考えているとⅨ籠に思われた事が、少し悲しかった。風邪を引いて辛い思いをさせたくなかっただけなのに。
「まあ、いいじゃねぇか。俺がこうしてたいんだよ。お前が嫌だってなら、やめるけどよ」
 鎖はⅨ籠の睨む視線を押し返す気持ちで、笑顔を見せた。
 Ⅸ籠に対する気遣いは、優しさになれない。世話焼きでもなければ、お節介にすらさせてもらえない。
 完璧である事を強要された不完全な生物兵器には、他人の厚意なんて心に届かない。
 だから、これはただの自己満足。
「……変なヤツ…。好きにしろ…」
 Ⅸ籠が遠くを見るように視線を戻した。
 人の優しさを避けようとするが、その殆どを許してくれる。もしかして、これがⅨ籠なりの優しさなんじゃないだろうか。鎖はふとそんなことを思った。我ながら、バカバカしいくらい都合のいい解釈だと思うけど。
「お前も、刺斬も、必要ない事をやろうとする…。オレなんかに…、……」
 ぽつりと、やっと聞き取れるくらいの言葉が聞こえた。最後の方は聞こえなかったが、Ⅸ籠の目つきが少しだけ穏やかになったように見えた気がする。
 その横顔に、鎖は顔を綻ばせる。雨の冷たさも張り付く髪の不快さも、どうでもよくなった。
 
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 ガンガンと、ドアを叩く音がする。
 狭い部屋にその騒音はやたらと響いた。
 ノックにしては乱暴で、ドアを叩き壊すには不足すぎる。まるで、力の加減ができていないような。
 刺斬は疲れが残ってる身体をソファーから立ち上がらせた。
 鎖が鍵を忘れて部屋を出たか、それとも鍵を失くしたか。ドアを開ければすぐに分かる事だから、考える気にはならなかった。
 しかしドアを開けると鎖の姿は無く、少し目線を下げれば、闇夜を纏うような金色の目が見上げていた。
「ボス…何故ここに?」
 ここに来るはずのない人物の姿に、刺斬は咥えていたタバコを落としそうになって、慌てて掴んだ。
「来てやったぞ」
「はぁ…、そりゃどーも」
 刺斬は軽く頭を下げる。突然の事に呆気に取られて、気の抜けた返事をしてしまった。
 珍しい。というか、初めてだ。まともな食事をしてもらいたくて時折、Ⅸ籠を無理矢理に連れて来る事はあったが、Ⅸ籠自らここへ来る事は今まで一度も無かった。何か大事な話でもあるのだろうか。
 刺斬はⅨ籠を部屋へ入れてソファーに座るよう促す。Ⅸ籠は音も無くソファーに腰掛けると、黒いヘルメット取ってそれを膝の上に置いた。
 漆黒色のヘルメットと闇夜色のマントの身なりとは正反対の、透ける様な白銀色の髪が流れる。自分自身の事を全く気にしていないのか、その白銀色美しさには到底似合わない乱雑な髪型だった。いつか綺麗に切り整えさせてあげたいが、そんな事を言ったら怒ってしまうだろうか。
 刺斬はすぐにタバコと灰皿を片付けた。子供の身体にタバコの煙は良くない。
「何か…、大事なお話しでも…?」
 Ⅸ籠と同じ目線の高さになるように片膝を着いて、少し緊張しながらⅨ籠に問う。
 Ⅸ籠に注意されるであろう事は目星がついていた。会議に遅刻する常習犯であり、内容が全く役に立たない話が続くと退室している。鎖によく止められてはいたが、それを振り切るのも毎度の事だった。
 他には、Ⅸ籠の忍器が少し刃毀れしていたから、勝手に研いだ事もあった。
 他には、自室のキッチンにある機材では調理できないからと、料理長に内緒で厨房へ侵入して料理した事もあった。
 他には…。
「大事な話は無い…けど…」
 あれこれと巡らせていた思考が、Ⅸ籠の言葉でぴたりと止まった。Ⅸ籠は、はにかむような顔を微かに見せた。こんな顔を向けてくれたのも初めてかもしれない。いつも機嫌が悪そうな顔か怒った顔した見たことが無かった。
「お前の料理を食べてやるから、作っていいぞ」
「へ?」
 思っても無かった話に、刺斬は固まった。今、Ⅸ籠が言った言葉は、あまりにも自分の耳を疑う内容だった。
「嫌ならそれでいい。これは命令じゃないからな」
「いえ、是非に! お作りしますよ!」
 刺斬は思わず大きな声を出した。Ⅸ籠から命令ではなく頼み事をされたのは初めてで、しかもしれが自分が好き好んでやっている料理なのだから。断る理由が無い。
「何をお作りします?」
 嬉々として尋ねると、Ⅸ籠はきょとんとした顔で目を丸くした後、口ごもった。
「あの…、あれ。前に、食べたやつ…の…」
 たどたどしく言いながら、何か考え込むように目を閉じるⅨ籠。
「黄色い皮の中に小さいウジ虫みたいなのがいっぱい入ってて、血みたいなのが乗ってるやつ。それか、白っぽい血管みたいなのがたくさんあって、すり潰した内臓みたいなのが乗ってるやつ。どっちでもいい」
「あの…、それ…食べ物…ですよね…?」
 刺斬は極力平静さを保って言葉を発した。何だろう、何を言っているのかさっぱり分からない。食べ物を言ってるのか死体を言ってるのか。もしかして謎々のつもりか。いや、Ⅸ籠はそんな無意味な事をするはずがない。
 刺斬が考え込んでいると、Ⅸ籠は顔をしかめた。怒っている様子ではなく、困惑しているようだった。
「刺斬の料理の名称は、知らない」
 と、小首をかしげて、Ⅸ籠が言った。
 ああ、そうか。と刺斬は納得した。料理を食べさせてはいたが、知ってるものだとばかり思って料理名をⅨ籠に教えたことは無かった。まさかとは思ったが、本当に知らないらしい。
「すんません。料理名をお伝えするの失念してましたね」
 刺斬は立ち上がって、部屋の隅にある机の引き出しから、クリップで留められた薄い紙の束を取り出した。もう随分と見ていない、料理本から抜き取った数十ページの束。それの埃を払って、Ⅸ籠へ手渡す。
 Ⅸ籠は紙の束を1枚ずつ見て、そこから2枚を抜くと、こちらへ見せた。そこに載っている写真は、オムライスとミートソーススパゲティだった。
 なるほど。Ⅸ籠が言った死体のような例えを理解した。薬ばかり食べさせられて、まともな食事をしていないから妙な例え方になってしまうのは仕方ないのかもしれない。
「今、卵切らしてるんで、ミートソースを作ります。その…内蔵すり潰した方です」
 そう言うと、Ⅸ籠は頷いてレシピの束を返してきたが、刺斬はそっとⅨ籠へ押し戻した。
「そのレシピは、ボスに差し上げます。気になるのがありましたら言ってください。お作りしますんで」
 そう言って刺斬は狭いキッチンへ向かった。そろそろ鎖が帰ってくるかもしれないから、鎖の分も一緒に作ろうと思った。昨夜もミートソースだったが、鎖なら文句は言わないだろう。
 食材を用意しながらⅨ籠の方を見遣ると、Ⅸ籠は興味津々にレシピの束を眺めていた。
 その様子に刺斬はくすりと笑う。今日は思いっきり美味しいミートソースを作ろうと心に決めた。
 
 
 
 
 
終わる


ある運命の、無数にある未来のひとつ。

遠い未来の、ある結末。



 
 
余計な心配させたくなくて言わなかったけど、この身体の痛覚なんてとっくの昔に狂ったから、痛くなんてないよ。
 
それより、刺斬の方が痛そうな顔してる。
刺斬はいつも優しいな。
でもその優しさが、オレは怖かったんだよ。
だから避けてた。
 
出来損ないのオレには、その優しさは重過ぎる。

 

 
 
 


 
 
刺斬と鎖は仲良しだから、逃げ出すとしたら一緒に裏切るのは当然の事。
心から信頼しあえる関係は、嫌いじゃない。
見ていて気分が良かったから。
 
オレが暴走しても殺されずに長く仕えていられたのも、他のヤツには到底不可能だっただろうし、2人ともオレの事よく思って従ってくれてたと思う。
 
こんなオレ相手に、今までよく我慢してきたよな。

 

 
 
 

 
 
不可能だと知ってるのに、希望を持つなんて事はやめておけ。
希望を持つ方は、虚しくなる。
希望を持たれた方は、悲しくなる。
もうオレがただの生物兵器でしかないこと、知ってるだろ?
 
この身体はもうとっくに…。
お前たちが思っているよりも、組織に支配されてる。

 

 
 
 

 
軌跡の神の加護を受けて生まれたあの重力使いに、鎖は逆らえない。
文字通り血肉を分けた分身として、オリジナルとお互いに本能的に認識してた。
だから、最初に裏切るのは鎖だと分かってた。
 
でも、その決断をするまでに、長く葛藤して悩み苦しんでいたことも知ってる。
オレもお前も、考え方は違ってもオリジナルの存在に悩まされてた所は、同じだった。
でも、鎖は周りにそれを悟られないように、いつも明るく気丈にしてた。
 
その心の強さが羨ましかった。
オレは弱かったから、崩壊した。

 
 
 
 
 

何をやっても、いくら手を尽くしても、行き着く先は同じ。
未来は変えられるけど、運命を変えることはできない。
無数に枝分かれした未来は、運命という幹から生えてる。
だからこれは、当然に起きるべき事。
 
誰も悪くない。

 
 
 
 
 


 
 

オレはクローンだけど、それでも永久少年だから、世界の真理を知ることができる。
 
お前たち自身は知らないだろうけど、
お前たちはすべての運命とあらゆる時代を『接続』する存在。
それは時に、永久少年を超える可能性を持った高位存在だってこと。
 
2人でひとつであるお前たちは、必ずまた逢えるから何も心配しなくていい。
もう二度と、こんな最期にならないように、次の運命は間違えるなよ?

 

 

 
 
 
 
 


 
 
 
この離れすぎていた運命を繋げてくれた、鎖。
この永久の命を断ち切る未来をくれた、刺斬。
お前たちに感謝するよ。
ずっと、ずっとこの時が来るのを待ってた。
 
大好きな兄にして、殺すべき相手。
憧れの永久少年であり、妬ましいオリジナル。
 
兄さんはオレみたいな『偽物』じゃなくて、『本物』で『最強』の永久少年…。

 

 
 
 

 
 

ごめんね、兄さん。
本当に、ごめんなさい…。
 
オレはもう、兄さんの知ってる昔のオレじゃないんだよ。
『最強』になれなかった劣化品が、どんな扱いをされていたか。
『本物』を超えられなかった複製品が、どんな思いをしてきたか。
オレがオレでなくなるのには、十分すぎる時間が過ぎた。
 
兄さんに昔の笑顔を返せる自信なんて無いよ。

 

 
 
 
 
 


 
 
 
だから、どうかお願いだから、このオレの本心を見抜かないで。
 
悪い組織の犬のままでいい。
クローン隊のボスのままでいい。
命を狙ってる敵のままでいい。
光を浴びられない影のままでいさせて。
 
オレを殺せるのは、兄さんだけだから。

 

 
 
 
 
 

…これでやっと、籠から出て自由になれる。