日常記録やゲームの感想とか、創作や二次創作の絵や妄想を好き勝手に綴っていく、独り言の日記。
 


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穏やかな生活

二次創作小説

cult of the lamb(カルトオブザラム)の捏造話。
2023年4月24日のアップデート後、レーシィが子羊の教団に入って間もない頃のお話。


レーシィはその場に座り込んで、耳を澄ませていた。
周りから、遠く近くで様々な音がする。木の伐採音、水の音、誰かと誰かの談笑、何かを焼く料理の音。
隙間無く聞こえてくる音たちの、そのどれにも入れずにいた。
ナリンデルに襲われ眼を失い、緑の王冠の力で周りを視ていた。けれど、その王冠はもう自分の頭上に座していない。目が見えないということが、こんなにも世界から孤立してしまうことなのかと、痛感する。
忌々しい子羊。と、そう思っていたのはほんの最初の頃だけで、王冠を失う代わりに心はとても穏やかになっていた。
何故だろうか。と、自分に問う。
王冠を手に入れ、司教の身であった時は神として崇められ、何でも思い通りにして自由に振舞っていたはずなのに、今の方が自由であることを実感してしまう。
数え切れないほどの信者たちの信仰心に、自分は囚われていたのだろうか。
それとも、王冠の力で支配していたのではなく、王冠に自分が支配されていたのだろうか。
子羊に殺された自分がその後どうなったのか、よく覚えていなかった。薄く記憶にあるのは、自分が治めていた夜闇の森で大勢の信者たちに囲まれて、酷い痛みのする体を引きずるように立っていたこと。今となっては、長い悪夢を見ていたような感覚でしかない。
「レーシィ!」
離れた所から、幼く高い声で呼ばれて、レーシィは顔を上げた。
軽快な足音が近づいて来る。声と匂いで子羊だとすぐに分かった。
「子羊、何の用だ」
「うん、元気にしてるかなって思って。体に痛いところはない?」
「我に気遣いなど…いや、痛みは無い」
嫌味のひとつを言いかけて、やめた。子羊に完全に負けてしまった自分は大人しく服従するしかない。
「よかった!」
子羊の声が明るくなる。
命を奪い合う仲は、すっかり消えていた。
「あのね、レーシィ。君に頼みたいことがあるんだ。多分、君にしかできないかもしれない」
子羊から思いもしなかったことを言われ、レーシィは首を傾げた。
「実はね、もっと信者を増やしたいから、今の畑だけじゃ収穫が足りなくて…。畑にしたい場所は決まったんだけど、そこの土がとても硬くてボクたちじゃ掘れないんだ。だから、その…」
子羊の声が段々と小さくなる。
「君なら、掘ってやわらかくできるかなって…思って…」
「ふむ」
レーシィは小さく頷いた。できるも何も、土を掘るのがワーム族の性分だ。
別に子羊に恩を感じているわけではないが、孤独に浸るより子羊の信者たちのように自分も何かしたかった。そんな自分に、ただの退屈しのぎだ、と言い聞かせる。
「いいだろう」
「本当? ありがとー!」
子羊が飛び跳ねて喜ぶ気配がする。
「こっちだよ!」
不意に子羊に手を掴まれて、レーシィはびくりと体を震わせた。元々ワーム族に手足は無く、腕はこの姿になって初めて得たものだった。今まで無かった器官に触れられるのは落ち着かないし、腕をどう使えばいいのか未だに分からずにいた。
子羊に手を引かれ、それによって傾く体に任せて足を動かす。子羊は右へ左へと曲がりながら進んでいく。歩きやすい場所を選んでくれているのだと知れた。
「ここだよ」
そう言って子羊が手を放す。それに合わせて、レーシィは足を止めた。
子羊が連れて来た場所は、微かに掘り起こした土の匂いがするが、ほとんどは痩せた土の匂いが漂っていた。
「ここから、あそこまでなんだけど…」
子羊が指で示す距離は、レーシィには見えなかった。
「あっ、えっと…」
気付いた子羊は言葉を濁す。
「声で指示するがいい。土の中であっても地上の声は聞こえる」
「うん、わかった!」
子羊は元気に返事をした。
その声を背に、レーシィは土を掘り進める。石とまではいかないが、言われた通りに硬い土だった。この土では種も根を張れない。けれど、レーシィにとっては何ら問題なかった。それどころか、王冠を手に入れる前の昔を思い出して、少し楽しくなってしまった。
「そのまままっすぐ進んでー!」「そこを右に!」「ここで終わりだよ!」
子羊の指示で掘り終えて地上に出ると、「すごーい」「ありがとー」といった声がそこら中から聞こえ始めた。掘るのに夢中で気付かなかったが、信者たちが集まっていたらしい。
「ありがとう、レーシィ! 助かったよ。みんなも喜んでくれてる」
子羊にお礼を言われ、どう返事をしていいか分からず、無言で頷いた。何人か、優しい手つきで土を払ってくれるのがくすぐったくて、体を強張らせる。
その時、いくつかの知っている匂いがしたが、他の匂いに紛れてすぐに消えてしまった。
 
 
 
レーシィはその場に座り込んで、耳を澄ませていた。
増えた畑は順調そのもので、芽が出たと信者たちが声を上げてはしゃいでいた。
周りから、遠く近くで聞こえてくる様々な音は、もう聞き慣れた。
手を使って触れることで、自分の周りに何があるのかある程度は分かるようになった。
土を耕した日を境に、子羊の信者が話しかけてくるようになっていた。ただの他愛もない会話をひとつふたつ交すだけだが、悪い気はしなかった。
「…れっ、レーシィ…さ…ま…」
聞き覚えのある声がして、レーシィは一瞬だけ思考が止まった。
「…アムドゥシアス」
色々な花の香りに紛れてアムドゥシアスの匂いがする。土を掘り起こし終えた時の、土を払ってくれた手の匂いを思い出す。ヴァレファールとバルバトスもいるのだろう。
「はい、ここにおります」
正面の地面すれすれの位置から返事が聞こえる。深くひざまずいている…のではなく土下座していることが分かった。
「お前たちも子羊に引き入れられたのだな。それで、土下座の理由は?」
「えっ、見え…? はっ、はいッ!!」
アムドゥシアスが緊張で震えた声を出す。
「ほほほ本来であれば、もっと早く…いえ、レーシィ様がこっ…こちらへいらした時に、声をお掛けしゅべ、すべきでした! です…が、その…教祖さ…子羊に負けた俺は、レーシィ様に合わせる顔が無く…まして、子羊の信者…にっ…」
後半は泣きそうになっているアムドゥシアスの話に、レーシィは小さく溜め息をした。
「ここの生活は楽しいか?」
「へっ?」
「子羊に救われた命、大事にするといい。ここでは子羊が教祖だ」
「レーシィ様ぁ…!」
レーシィは咎めるつもりはないことを伝える。アムドゥシアスが感極まった声を上げ、直後に鈍い音がした。土下座する勢い余って頭を地面にぶつけるという分かりやすい行動だった。
「今の我は混沌の司教ではない。それに、目が見えぬ分、お前たちよりも劣る身なのだぞ」
「そっ、そんなこと! 他の種族から蔑まれてたワーム族を救ってくれたのはレーシィ様です! 今の俺たちがいるのはレーシィ様のお陰なんです! レーシィ様の御目の代わりは俺が! おそばに置いて何でも申し付けてください!」
「ずるーい! ねぇアム、その役僕がやりたい!」
「おいおい、ドジで有名なヴァレファールにそんな大役が務まるワケねぇだろ」
聞き馴染んだ声が増えて、レーシィは顔を緩めた。
「あ! 何だよ2人共、今更出てきて!」
「だって、レーシィ様に怒られると思ったんだもん」
「右に同じだ」
「お、お前らぁッ…!」
アムドゥシアスがぎりりと歯を食いしばる音がする。
元司祭3人の騒ぎが確実に大きくなってきて、流石にレーシィも黙ってはいられなくなった。
「ところで」
「はいっ!!」
一声かけると、3人の返事が重なる。
「あの畑…。3人いながら、あの程度の硬さの土も掘れないとは情けない」
「全く掘れなかったわけじゃないんです! 俺は1メートル掘れました!」
「僕…40センチ…。でもね、レーシィ様、僕すっごいがんばったんだよ!」
「オレは5メートルだ」
「でも、バルは筋肉痛になって2日も動けなかったよね!」
「おい、黙れ」
レーシィは平静を取り戻した3人からこの教団についての話を聞いた。
子羊は何よりも平穏を望んでいる事。信者たちを家族の様に大切にしている事。仕事の強制は無く、信者たちは自由に生活し、自主的に従事している事。
そして、アムドゥシアスたちは畑と花壇の世話をしている事。どうやらヴァレファールが「土の事についてワーム族の右に出る者はいない」と豪語したらしい。3人から色々な花の匂いがする理由も分かった。
さらには、他の司祭たちも子羊の信者として生活している事。
「残念ながら、ヘケト様、カラマール様、シャムラ様は…」
「…そうか」
バルバトスの話にレーシィは俯く。兄弟たちがいるなら、真っ先に匂いで分かったはずだ。それが無かったのだから、居るはずがなかった。
それでも、確認せずにはいられなかった。
 
 
 
日中とは全く違う表情の夜。
様々な音は止み、信者たちの小さな寝息と、小さな虫が地を這う音がする。
レーシィは子羊と2人きりで話がしたいとアムドゥシアスに頼んで、子羊のいる講堂へ案内してもらった。
「子羊よ」
子羊の気配のする方へ声を掛けると、子羊はとてとてと足音を鳴らしてすぐ近くまで駆け寄って来た。
「レーシィ、どうしたの? もうみんな寝てる時間だよ?」
「我は何故、生きている。お前に殺されたはずだ」
「……ごめんね」
子羊が、絞り出すような声を出す。
「あの時、僕が未熟だったから…。君たちの魂がこの世に残っちゃったんだ。君たちの信者は、君たちが死んだ後も信仰をやめなかった。その力が、死んだはずの君たちの体に魂を引き戻したんだよ」
子羊の声が、わずかに震える。
「生きることも死ぬこともできなくて、苦しかったでしょう?」
「……」
子羊の話に、レーシィはあの悪夢のような記憶を呼び起こされた。
周りを埋め尽くす、地が割れんばかりの歓声上げる大勢の信者たち。ひどい激痛で痙攣する体。むせ返るような血の匂いと腐敗臭は自分のものだと理解していて。子羊との戦いを終わらせなければいけないという焦燥感で気が狂いそうだった。そこへ子羊が現れて…。
「これは、僕の責任」
レーシィは子羊の言葉で我に返る。その言葉を、あの時にも言われた気がする。
子羊の話で、自分に起きたことを理解した。おそらく、兄弟たちも同じようなことになっているはずだ。
「レーシィ、もう寝たほうがいいよ。もう君の体は司教の時とは違うから…」
「もうひとつ、聞きたい」
手を引こうとする子羊の手に、もう片方の手を重ねる。
「蛙の樹林へ行くのだろう?」
「エリゴスたちから聞いたんだね。そうだよ、明日の説教の時間に言おうと思ってたんだ。だからどれくらいの日にちになるかわからないけど、ここを離れるよ」
「子羊…、その…」
レーシィは言葉を詰まらせた。
こんなことを子羊に頼める立場ではないことは苦しいくらい理解している。先に家族を奪ったのはこちらなのだから。
「分かってる。ヘケトのことだよね?」
いつもよりも優しい声で、子羊が言った。
「そのつもりで行くんだよ。ううん、つもりなんかじゃない。必ず見つけて、連れて帰ってくるから。もちろん、次はカラマールと、シャムラもね。そのために、畑を増やしたかったんだよ」
その言葉に、レーシィは頭を下げた。
「子羊よ、お前は何故…。我らはお前の一族を滅ぼし、お前を殺そうとしたのに…」
「僕ね、気付いちゃったんだ」
子羊は、噛みしめるように声を出す。そして物思いに耽るように、ゆっくりとっした歩みで、講堂内を回り歩き始める。
「この世には、本当に悪い人はいないんだって。何かをするのには、必ず理由があるんだよ。だからね、みんなが仲良くなって、心配事もなくなって、幸せになればいいんだよ」
うんうんと、子羊が頷く。
そんなことは不可能だ。と、レーシィは思った。子羊の考えは漠然としているし途方もない。各々の思想の違いが争いを生むというのに、それを統一できるはずがない。
「とても永い時間はかかると思うけど、きっと、いつかは…」
独り言のような、自分自身に言い聞かせるような子羊の言葉は、揺るがぬ強い意志が込められていた。
もしかしたら、この子羊なら…。
レーシィは不思議な安心感を覚えて、意識が薄らいだ。こくりと頭が傾く。
「子羊よ。姉上を、どうか…」
「うん。待っててね」
子羊が眠気で動きが鈍いレーシィの手を引き、講堂を出る。
その手の温かさに、レーシィは体を任せてゆっくりと歩いた。
 
 
 
「子羊めがッ!! 貴様、レーシィに気安く触れるとは許さぬぞ!!」
エリゴスがドヤ顔で大声を上げる。
ヘケトは無言で子羊の首を締め上げていた。その表情は怒りで歪んでいる。
「あ、姉上、誤解です…」
レーシィが慌てて弁解するも、ヘケトの気持ちは収まりそうも無かった。
「僕はレーシィの頭に付いてた葉っぱを取ろうとしただけで…」
ヘケトに首を絞められている子羊は、宙に浮かんだ足をバタバタと動かしながら事情を説明する。
「それはレーシィの毛だ馬鹿者がッ!!」
エリゴスが感情篭った迫真の声を出す。
周囲には、騒ぎを聞きつけた信者たちが集まり、怯えた様子で子羊たちを見ていた。
子羊によって信者となったヘケトは王冠の力を失い、殆ど声を出せなくなっていた。しかしヘケトの元司祭であるエリゴスが、ヘケトの感情を敏感に感じ取り、まるでヘケト本人の様に喋ることでその不便さは全く無かった。エリゴス本人も楽しそうである。
「姉上、お腹が空いてしまったので…、一緒に食事をしませんか?」
どうにかこの場を収めようと、レーシィが全く関係ない提案をする。
「そうか」
スン…とヘケトの表情が穏やかなものに変わる。
それと当時にヘケトから解放された子羊は地面に尻もちをついた。ゴホゴホと咳き込みながら、小さな声でレーシィありがとうと言う。いそいそとこの場を離れて行った。
すっかり機嫌のよくなったヘケトに手を引かれ、レーシィはヘケトの隣りを歩く。
目は見えなくても、しっかりと感じられる姉の気配に、確かな幸せを感じていた。