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疑懼

ボスのⅨ籠と仲良くしたい部下の刺斬・鎖と、部下を全く信用してないボス。


 夜は、世界が鮮明に見える。月明かりが弱いのなら、尚の事。
 空気の流れすら感じるくらい過敏になる神経は、視界に入らない世界すら、手に取るように分かる。
 Ⅸ籠はこの感覚が、好きだった。眩しくて見え難い昼間と違って、闇夜は透き通るように明確な世界だった。
 崩れた建物が撒き散らした砂埃と、充満した血の匂いが残る。怒声も罵声も、断末魔の悲鳴に変わって騒がしかった世界はもう無い。
 微かな金属音を鳴らせて刀を鞘へ納めると、Ⅸ籠は短く息を吐いた。
 血溜まりを踏みつけて、数メートル先で横たわっている死体に近づく。死体を貫いて大地に刺さった巨大な手裏剣を片手で引き抜いた。ぐちり、と肉を擦って抜ける様に、何の感慨も無い。
 みんな脆い。首を掴めば死ぬ。腹を切り裂けば死ぬ。頭を潰せば死ぬ。こんなにも簡単に。
 殺す事に対して何も思わないけれど、戦いが終わると何とも言葉に表現できない、もやもやとした気持ちになる。この気持ちの名称が分かれば、どれほど楽になれるだろうか。戦っている最中は、時々意識が無くなったり力の制御が出来なくなったりなどがあるけれど、こんな煩わしい気持ちになるよりはずっとマシだった。
「クロウはすげぇ強いなぁ」
「ボス、お怪我ありませんか?」
 鎖と刺斬が寄って来た。返り血のせいで分かりづらかったが、2人に大した怪我は無さそうだった。
 Ⅸ籠は、2人の笑顔に居心地が悪くなって、軽く頷いてから目を逸らす。
 この2人の笑顔は、他の隊員たちが良く見せる引きつったような媚びへつらう笑顔とは違う。ずっと遠い昔に、こういう種類の笑顔の向けてくれていた人が居たような感覚がある。とても近しい、自分のすぐ傍に居た存在…そんな気がするけど、思い出せない。思い出そうとすると、酷い頭痛がする。
 思い出せないという事は、自分にとって重要な存在ではないのだろうと言い聞かせながらも、鎖や刺斬に笑顔を向けられるたびに、ふと気にしてしまう。
 だから、気持ち悪い。頭痛を引き起こすこの種類の笑顔は、とても気持ちが悪くて堪らない。
 
 …殺しちゃえ。
 
 手裏剣を握る手に力が入る。振り上げて投げれば、この2人の首が飛ぶのは容易なはず。2人の反応速度、避ける方向、受け身を取るか否か、全て考慮した上で、投げる向きと力加減を計る。
 狙いが定まった、その時。
「あ~、腹減ったぁ~」
 鎖が間の抜けた声を出しながら伸びをした。
 その声にⅨ籠は我に返った。力の抜けた手から手裏剣が離れて、刃先が大地に突き刺さる。今、自分は何をしようとしてた?
 微かに寒気がして、Ⅸ籠は肩を竦めた。
「戻ったら、すぐ何か作るっスよ」
 刺斬が鎖に向かって返事をする。
「チーズリゾット食いてぇ」
「それ、昨日食べたじゃないスか」
「いいじゃねぇか。作ってくれよ~」
 鎖が刺斬の肩をぽんぽんと叩く。
「では、作りましょうかね」
「やった!」
 弾む談笑。低くてもやわらかい声と、戦闘中の気概ある表情とは全く違う穏やかな表情。
 そんな2人の様子を見て、Ⅸ籠は目を細めた。この2人はすごく仲がいい。2人のやりとりは見ていて気分がいいから、嫌いじゃない。
「ボスも、ご一緒にいかがです? お腹空きましたでしょう?」
 ふいに、刺斬が目を合わせてきて、Ⅸ籠は反射的に目を逸らした。
 怖い。
「…いらない。薬、あるから」
「遠慮すんなって。薬より刺斬の料理の方が美味いじゃねぇか」
 鎖もこちらに顔を向けてきた。
 Ⅸ籠は顔を合わせないまま、ゆっくりと半歩退いた。
 遠慮なんかじゃない。構われたくない。
 どうしてこの2人は何かと気にかけてくるのか。全く意図が分からない。何が目的なんだろう。この息苦しい恐怖を与えてくる2人が、心底怖くて仕方が無い。
 
 …殺セ。
 
 同じくらいの身長である2人の首を同時に切り落とすのは難しい事じゃない。咄嗟であれば刺斬は鞘で、鎖は腕で首を守ろうとするから、それを考慮した上での力加減にすればいいだけ。間合いを詰めて刹那の一閃、避ける隙なんて絶対与えない。
「ボスは、チーズリゾット嫌いですか?」
 刀の柄に指先が触れたと同時に刺斬に声をかけられて、Ⅸ籠はぴくりと手を止めた。今、何を考えていたんだっけ?
 Ⅸ籠は刺斬の言葉を頭の中で反芻する。熱くてドロドロとした食べ物を思い出した。好きなのか分からないけど、嫌いでもない。
「…嫌いじゃないけど…」
 刺斬の問いかけに返事をすると、刺斬は目を細めて微笑んだ。
「なら、よかったです。一緒に食べてくれると、嬉しいです」
「……」
 Ⅸ籠は首が絞まるような気がして、息がつかえた。ここまで言われて断ったら怒るだろうか。
「…じゃあ、食べてやる…」
 震えそうな声を抑えて、できるだけ平静に声を出す。弱みを見せてつけ込まれでもしたら、もう我慢できる気がしない。
「いぇーい!」
 承諾するとほぼ同時に、鎖と刺斬はお互いに声合わせてハイタッチをした。
 何がそんなに嬉しいのか全く理解できないが、要求を受け入れて好きにさせれば、この2人は喜んでくれる。誰かに喜んでもらう事に、悪い気はしない。
 でも、気が重い。これから戻って、この2人と同じ部屋で食事をするのに、どれほど神経を擦り減らすのかと思うと、気がおかしくなりそうだった。
 頭が痛い。気持ち悪い。怖い。こんな事なら、休む暇無く戦ってたほうがずっと気が楽だ。誰でもいいからずっと殺していたい。
 今日も、たくさん薬を飲まないと眠れないだろうなと考えながら、Ⅸ籠は2人に気付かれないように溜め息をした。
 
 …殺していいよ。
 
 日常会話をしながら帰路に着く2人の後姿を眺めて、手に力が入る。
 無防備な2つの頭を叩き潰すくらい、今すぐできる。
 だって、みんな脆い。簡単に死ぬんだから。
 
 …あれ? この2人は殺したらダメなんだっけ?
 
 
 
 
 
終わる


生きる意味と死ぬ理由

兄に殺されたいⅨ籠と、弟を生かしたいアーミィの心境話。


 やはり、こうなるんだろうなぁと思っていた。
 指一本動かせない身体は、鈍い思考で浅い呼吸をするので精一杯だった。
 薄々、感じていたし知っていた。でもその事実に直面するまで、絶対に考えたくなかったから、忘れたふりをしていた。
 オリジナルには勝てない。それは造られて、生きてきた今までの全てが無意味であった事を証明するのに、十分過ぎた。
「Ⅸ籠、組織を出て僕と一緒に行かない? お願いだから」
 兄は意地悪だ。生きる意味を奪っておいて、生かそうとする。大好きで憎たらしい兄のお願いなんて、応じられるはず無い。
 生き永らえる事に、意味なんてない。オリジナルを殺す為に造られたのに、そのオリジナルを超えられなかったのなら、殺せなかったのなら、もう存在意義なんて無いのだから。オレは8番目までの造られた兄たちと同じに、成功作では無くなった。組織を裏切らない忠実なアーミィにならないといけなかったのに、その代用品にすらなれなかった。
 返事をしないでいると、兄は目を細めた。
「Ⅸ籠」
 促す呼び声。聞きたい答えが自分の中で決まっているくせに、兄はいつもそれを言わせようとする。昔からそうだ。オレとは違う方向に歪んだ性格をしてる。大好きで、大嫌い。
 身体の痛みよりも、兄の求めるような表情のほうが痛く感じたのは、もう兄に対して何もかも諦めてしまったからかもしれない。諦めたと分かったら、何だか気が楽になった気がした。
「あの2人、最期に残した言葉は「生きろ」だったけど、Ⅸ籠はそれを無視するのか?」
 くそ兄貴。それを言うなんて酷い。オレを煽ってるつもりか。本当に、本当に、意地が悪い。これ以上、オレから何を奪いたいんだ。もうオレには何も残ってないのに。
 兄を嫌いになりたくなくて目を閉じた。このまま、好きでいられる内に終わらせて。
 オレの事まだ好きでいてくれるなら、早く殺してよ。
 
 
◆◇◆◇◆
 
 
 
 弟は、完全に戦闘不能になるまで一歩も退かなかった。
 ここまで強かったのには驚いたし、夜明けまで耐えられなかったら僕の方がやられてたかもしれない。
「Ⅸ籠、組織を出て僕と一緒に行かない? お願いだから」
 もうここまでしたんだから、いい加減に組織から解放されてもいいのに。この弟は、一体何に捕らわれているんだろう。組織に忠誠を誓うほどの何かがあるのか、それとも弱みでも握られているのか。
 言ってくれればいいのに。教えてくれればいいのに。大切な弟をここまで捕らえて離さない国家が憎たらしい。こんな事を続けさせるあの組織が忌々しい。Ⅸ籠がいいと言うのなら、あの組織を壊滅させるくらい、あの工業国家をもう一度滅ぼすくらい、僕にはできるのに。
「Ⅸ籠」
 名を呼んでも返事をしてくれない。僕では、駄目なんだろうか。
 それなら。
「あの2人、最期に残した言葉は「生きろ」だったけど、Ⅸ籠はそれを無視するのか?」
 Ⅸ籠の部下はとても強くて、Ⅸ籠の事を大切にしてくれてた。Ⅸ籠も心から信頼していたはず。そんな2人の最期の言葉くらい、叶えてあげてよ。
 Ⅸ籠は少しだけ目を大きくしたけど、返答をする様子は無かった。何を考えているのか、昔のⅨ籠だったらすぐに分かったのに、離れてた時間が長すぎた。何よりも大事な弟なのに、こんなに遠い存在になっていたなんて、夢にも思っていなかった。
 いっその事、このまま動けないⅨ籠を連れ去るのもひとつの方法だと考えたけれど、Ⅸ籠のためを思えばそれは最善の判断ではない。
 これ以上、Ⅸ籠に嫌われたくない。
 Ⅸ籠が目を閉じるのを見て、寒気がした。
 殺されるつもりでいる。そんな事できるはずない。絶対にしたくない。
 諦めるくらいなら、僕の事を信じてよ。
 
 
 
 
 
終わる


子供の事情

鎖とⅨ籠のほのぼの話。


「大人になりたい?」
 鎖は、言われた言葉をそのまま返した。具体的な内容ではない、曖昧な内容に疑問符が浮かぶ。
 廊下を歩いていたらⅨ籠に会ったのだが、言い辛そうながらも真剣に言うものだから、何か事情があるのかもしれない。
 そのまま返された言葉に、発言主であるⅨ籠は気まずそうに目を逸らす。
「その…お前たちみたいに、大人になれたらいいなって…」
 ぼそぼそと口篭もりながら、Ⅸ籠が言葉を付け足した。
「大人ねぇ…」
 鎖は腕組をして考え込んだ。Ⅸ籠は永久少年という特殊な存在。その名の通り子供の姿のまま永遠の寿命を持っている。気にした事が無かったが、大人に成長できないのは何か不都合でもあるのだろうか。
 Ⅸ籠は訓練された大人と比べるのも馬鹿らしくなるくらい身体能力は高いし、クローン隊を束ねるボスという肩書もある。性格に難があるせいで扱いづらいと周りの連中は口を揃えて言うが、それはⅨ籠本人には別問題。特にこれと言って不都合な事が思い付かない。
「ここじゃあ、誰か通るかもしれねぇし、屋上行こうぜ」
 Ⅸ籠の事で何かあっては面倒だと思い、鎖は親指で天井を指す。万が一にⅨ籠を怒らせて手に負えなくなった場合、周りへの被害を避けたかった。通りすがりの隊員を負傷させられても困るし、廊下を破壊されても困る。何より、騒ぎになったせいで刺斬に叱られるのが一番怖い。
 そんな鎖の心配を知る由しもないⅨ籠は、話に乗ってくれた鎖に気を良くしたのか薄い笑顔で頷いた。その様子から、鎖はⅨ籠の機嫌が良さそうだと判断できた。少なくとも暴れるような事は無さそうだった。
 
 日が暮れて間もない時間。屋上に出ると、冷たい外気が顔を撫でた。毒砂を含む風は一般人なら数時間で毒に侵されてしまうが、対毒性の身体で造られた鎖とⅨ籠には何の問題も無い。
 風は弱くて屋上はとても静かなものだったが、毒砂はやや濃くて三日月の光も弱々しい。あちこちに点在している航空障害灯の光も殆ど意味が無い。とはいえ、毒砂が多いこの辺りで高層ビルに突っ込むような文明遅れの航空機はもうとっくの昔にお役御免になっているのだが。
 屋上に照明は無いが、鎖には何の支障もなく辺りが見える。白目の部分が黒い目は、常人には見えない闇夜の世界もはっきりと見える目だった。
 隣で足音を全く立てずに歩くⅨ籠は、やや鋭い目付きで辺りを見回していた。Ⅸ籠は白目に金色の瞳で見た目には普通だが、暗所の方が良く見えるため、暗い場所の方が敏活だった。
 鎖は、特に場所の宛ても無く少し先にあったフェンスに背を預ける。
「普通は何してたって大人に成長しちまうからなあ…」
 遠くを眺めながら溜め息混じりに呟くと、Ⅸ籠が見上げてくるのが気配で分かった。
 失言した。と、鎖は心の中で舌打ちをした。今の言葉は傷つけたか、反感を買うかもしれない。
 そろりとⅨ籠の方を見ると、Ⅸ籠は「そうだな」とだけ応えて、目を閉じた。
 鎖は悩んだ。Ⅸ籠は何をしたいとか何が欲しいとかの、自分自身の要求は殆どしない。何か望めば叶えてやりたいと常々思っていたが、大人になりたいというのは永久少年である以上、物理的に不可能。ここは何とか言い包めて、諦めてもらうしかない。
「そんなに大人になりてぇか? 大人って面倒くせぇぞ」
 鎖はわざと疲れた様子を込めて、Ⅸ籠に言った。
「面倒なの?」
 あまりに演技じみた言い方だったが、Ⅸ籠にはそのまま通ったようで、関心を寄せてきた。
「ヘマしたって、子供なら許されるって事もあるしな」
「…別に、許されたいわけじゃないけど…」
「それに、大人は嘘つきだ」
「そうなの? 鎖も…、嘘つくのか?」
 不安そうに見上げてくるⅨ籠に、鎖は目を合わせられずに逸らした。良心が痛むってこういうのを言うんだろか。人を殺す事、目的の為なら手段を択ばない事、そんな生業が当たり前の自分の中に良識がある事に驚いた。
「そう…だな。刺斬にはバレちまうけど」
「嘘は、バレたら嘘にはならないって聞いたことあるぞ。だから鎖は嘘つきじゃない」
「そりゃあ、嘘ついた側の言い訳だ。あー、でも、勘違いはするなよ。嘘ってのは必ず悪い事ってワケじゃあねぇんだよ。相手のため、自分のために本当の事を言わねぇのもあるしな。お前もそういうの分かるだろ?」
「…オレ、痛くても痛く無いって言うから? これって悪い嘘?」
「いや、それは悪くねぇよ。でも、ホントにヤベぇ時は、ちゃんと言えよ? お前、判断の基準おかしい時あるから…」
 鎖は大きく息をした。話が本筋から外れてくれたが、この話題を引っ張っていける気がしない。刺斬だったら上手い言い返しをしてくれるんだろうなぁと歯痒い気持ちになる。
 しばしの沈黙の後、鎖は再び口を開いた。
「クロウは何で大人になりてぇんだよ」
 口を衝いて出た言葉だったが、これこそ重要な部分なんじゃないだろうか。もっと早く気が付けば良かった。
「それは…」
 と、言いかけてⅨ籠は言葉を切った。
「どした? 何か理由があんだろ?」
 鎖が身を屈めてⅨ籠の顔を覗き込むと、Ⅸ籠は晴れない表情のまま目を伏せた。その様子に鎖は思考を巡らせる。もしかして、子供である事を他の部隊のボスにからかわれたのだろうか。そういえば、前に2つ隣の区画のボスがクローン隊のボスは子供だからと馬鹿にしてたと隊員から聞いた。原因としては十分あり得る。もしそうなら殴り込みに行くんだが。
 鎖は顔をしかめた。それに気づいたⅨ籠は、鎖が機嫌を悪くしたと勘違いしたようで少し目を大きくする。誰もが恐怖するような存在なのに、根はとても怖がりで他人の態度に敏感だった。
「あ、えっと…。兄さ…じゃなくて、赤ヘルが…」
 と、ぼそぼそと小さく言葉を発した。
「ん? 赤ヘルと関係あんのか?」
 全く予想に無かった名が出て来て、鎖は首を傾げた。
「あいつ、オレより…身長2センチくらい、高い…から…」
 …間。
「ぷっ」
 我慢できずに、鎖は噴き出した。
「わ、笑ったな!?」
 Ⅸ籠が、目を見開いて身構えた。
「いや違ぇ! 笑ってねぇ!」
 鎖は手の平で口を押さえてⅨ籠から顔を逸らせた。腹筋が痙攣するのを必死で抑える。心配して損した…とは思わないが、淡々と人殺しするクセにこういう事を気にするあたり、やっぱり子供だなぁと思う。
 半眼で睨むⅨ籠を横目に、数秒ほど耐えてから姿勢を戻す。
「何だよ、お前。身長気にしてたのかよ。大人ってそういうことか」
「悪いか!」
 ぎりと歯を噛むⅨ籠を見て、鎖は慌てて身を固くする。これ以上気に障る事をしてしまったら、血を見る事になりそうだった。
「悪いなんて一言も言ってねぇよ。背ぇ高くなるのはいいんじゃねぇの? お前の手裏剣でかすぎて、投げるの危なっかしく見えるんだよ」
「心配されるような投げ方してるわけじゃない。相手を殺す事しか考えてない」
「わかってるっての」
 鎖は手をぷらぷらと振りながら返事をする。心の中では安堵していた。深刻な悩みでなくて良かった。…いや、本人からしたら深刻なのかもしれないけど。
 不機嫌な顔で睨むⅨ籠を宥めて、鎖は一呼吸する。
「それで、どれくらい高くなりてぇんだよ?」
「3センチくらい…は」
 やや不貞腐れたまま、口を尖らせてⅨ籠が答えた。
「3センチって…。もっと欲はねぇのか」
 思ってたよりも慎ましやかな数字に、鎖は肩を竦める。
「まあ、大人になりたいってのはともかく、背ぇ伸ばすなら出来るんじゃねぇ?」
「本当に?」
「保障は出来ねぇけどな。可能性はあるぜ?」
 にやりと、ちょっと意地悪く笑って見せると、Ⅸ籠は微かに怪訝そうな顔をする。
「カボチャ、キノコ、あとナスとピーマン…」
 野菜の名を並べていくと、Ⅸ籠は警戒した猫のように目を見開いた。
「他にもあったよな? 好き嫌いしないで食えよ」
「それ、関係あるのか!?」
「あるに決まってんだろ。食ったもんで身体はできてんだぞ。お前は好き嫌いが多すぎだ」
「…いや…だって、必要な栄養は薬で摂ってた…し…」
「だから伸びねぇんだっての。俺も刺斬も、殆ど好き嫌いねぇぞ?」
「……」
 二の句が継げずに口を半開きにして固まるⅨ籠。完全に言い負かされたようだった。
 Ⅸ籠もこんな顔するんだなあと、何だかおかしくて鎖は笑いを堪えるために唇を噛んだ。
 
 いつもの夕飯、いつもの食卓。
 刺斬がほかほかのシチューを持ってきた。鎖が刺斬に頼んで作ってもらったものだが、それを目の前に置かれたⅨ籠は敵と対面したかのような顔になる。無理もない。Ⅸ籠の嫌いな物ばかり入っているシチューだった。
「どうぞ、ボス」
 にこやかな笑顔で弾む気分を隠せない様子の刺斬。健康管理にうるさい刺斬にとっては、この上なく気合の入ったシチューだろう。平皿に盛られたシチューは目にも鮮やかな具たちが頭を出していた。さすがにⅨ籠が一番嫌いとしているキノコは目立たないように細かくしてあるようだったが。
「この存在…、オレは一生呪うからなッ」
 スプーンの先でカボチャを潰しつつ、Ⅸ籠が言う。
「お前の一生、永久じゃねぇか…」
 向かいの席に座っている鎖は顔を引きつらせて呟いた。永久少年の成長期ってどうなってんだろうなぁと考えつつ、笑顔の刺斬と険しい顔のⅨ籠を眺めながら鎖はシチューを食べ始める。
 その後なんやかんや言いながらもⅨ籠は残さずに食べたのだから、身長を伸ばそうという意志は固いようだった。
 
 
 
 
 
終わる


時ゆくとき 3

クローン隊と仲良くなれるかもしれない夢小説だよ。


鎖「あんたの名前、教えてくれ」
 



時ゆくとき 2

クローン隊と仲良くなれるかもしれない夢小説だよ。


刺斬「あなたのお名前を聞いても?」
 



時ゆくとき

クローン隊と仲良くなれるかもしれない夢小説。主人公は女の子だよ。


Ⅸ籠「お前の名前、教えて」
 



無色の闇

「命の挿花」の続き的な話で、この話から「籠ノ鴉-カゴノトリ-」に繋がる流れ。細かい部分の食い違いはご愛嬌。


 目が覚めた。
 でも、どこを見ても、何色と表現できない色。
 今自分は目を開けているのか、それとも閉じているのか。どっちだろう。
 意識をすれば、まばたきをしている感覚はある。
 でも、何も見えない。
 これは夢かな。まだ寝てる?
 重くて動きの鈍い身体で、ゆっくりと腕を動かしてみた。
 自分の顔の前に手をかざしても、自分の手は見えなかった。
 手探りであちこち触っていると、ベッドの上で横になっているのが分かった。
 だんだんと思考が冴えてくるのと反比例するように、不安と恐怖が重く心にのしかかる。
「目が覚めたか」
 突然の声に身体が飛び跳ねた。反射的に声がした方に身構えたけど、この何も見えない世界で、自分以外に誰かがいる事に少しだけ安心した。
「……」
 何を言おうとしたのか自分でも分からないけど、すっかり乾いた喉からは声が出なかった。
「目はどうした?」
 また声をかけられて、ぴくりと身体が揺れた。それを知りたいのはこっちなんだけど。
 でも、目の事を訊かれたのだから、きっと自分の目に何かあったんだというのは察しがついた。
 ゆっくりと首を横に振ると、少し離れた場所から舌打ちが聞こえた。その後、ひそひそと話し声が広がる。
 何人か、いるらしい。
「やはり駄目か」
 大きなため息混じりに言われて、この状態はとても良くない事だと分かった。
「残念だよ、Ⅸ籠」
 諦めを含んで冷たく言い放たれたその言葉が、痛覚として認識するほど心に刺さった。
 
 
 
 怖い。
 とても怖くて仕方が無い。
 Ⅸ籠にとって1分1秒の間でもその恐怖心が消える事がなかった。
 手の届く範囲が世界で、触れるものが全てでしかなかった。そこから外側は何も分からない。
 閉ざされた視界の代わりに、異常なまでに敏感になった耳は、遠くで囁かれる声を拾うのは容易だった。
 失敗作、出来損ない、欠陥品。
 それはまるで自分の代名詞であるかのように、言われ続けた。
 たまに、すぐそばで怒鳴られて殴られる事もあった。気配を感じて避ければ余計に殴られるから、避ける気も無くなっていった。
 どうしてこうなってしまったのか、よく分からないけれど、この状況は受け入れる以外に選択肢がなかったし、何をどうしていいのか分からなかった。
 自分は目が見えなくなる前に、何をしていたのか覚えていない。自分の名前以外、何も覚えていないのだから。もしかして、最初からこうだったんだろうかと、思えてくる。
 でもその事を、誰にも言えなかったし、誰かに訊けるような状況ではなかった。
 あまりも色濃く深い恐怖は、泣く事をさせてくれなかったし、抵抗する気力も奪っていた。
 
 どれくらいの日が経っただろうか。
 何も見えないⅨ籠には、時間の感覚なんてとっくに薄れていた。長いのか短いのかの判断もできないまま、ベッドの上で時間を過ごしていくのに気が狂いそうだったけど、それすらも鈍ってきていた。自分に浴びせられる罵倒も、手酷い事も、まるでどこか遠くの他人事みたいに感じる。
 あらゆる事が麻痺して何もできない時間を過ごしていた時、ふと誰かが教えてくれた。お前には同じような兄がいる、と。
 その言葉に、Ⅸ籠は昔の事を少しだけ思い出せた気がした。
 そうだった。自分には兄がいるんだった。痛い事しないし、悪口も言わない、そんな優しい兄だった気がする。顔も声も思い出せないけど、感覚だけはしっかりある。兄は今どこにいるんだろう。もしかして目が見えなくなってしまったから、嫌われたんだろうか。
 そんな事を考えながら、時間を過ごすようになった。
 
 いつの日からか、目の奥が痒くなってきた。
 その痒みは少しずつ酷く長く続くようになって、目元から手が離せないくらいになっていた。
 堪えきれないほどの痒みで瞼を引っ掻いていると、ひたひたと足音が近づいてきた。今までの足音とは違う。
「何してんだ」
 大きな声に身が竦む。また殴られるかもしれないと思って顔を伏せた。
「手ぇ、血だらけだぞ」
 少しくぐもった声。規則正しく空気の抜ける音がする。
「…お前、目が見えないのか?」
「……」
 それを知られたら、きっと悪口を言われるんじゃないか。そう考えたら何も言えなくなった。
 とにかくこの場から離れたくて、身体を反転させて立ち上がろうと手を着くと、何も無い空間だった。自分の知りうる範囲よりも外側の世界、つまりベッドの外。
「危ねぇ、落ちるだろ」
 脇腹を支えられているんだと気が付いたのは、数秒くらい後になってからだった。
「怖がらせたか?」
 ゆっくりとベッドの上に戻される。
「悪かった。俺はジャックだ。少し前に隣りの地区の部隊に配属されたから、ここの勝手が分からなくてな」
「……」
「余計なお世話だろうが、無闇に掻くのはやめておけ。自分を傷つけてもいい事ないからな」
 そう言い残して、ひたひたと足音が遠くなっていった。
 
 目の奥の痒みは、視力が回復する兆しだった。
 結局の所、薬や手術なんか必要なかった、という事だった。
 永久少年という存在は、人間が思っている以上に自己回復能力が優れていた。
 Ⅸ籠の目が見えるようになったら、周りの大人たちは急に態度を変えた。今までの悪口も暴力も、まるで最初から無かったかのように一切しなくなった。
 Ⅸ籠にとって、それはとても嬉しかった。でも、怖くて信用も出来なかった。
 目は見えるようになったけれど、明るい所は眩しくて目を開けていられない。その代わり、真っ暗な場所では良く見えた。自分の後ろ側すら見えるかのように感覚が研ぎ澄まされる。それは、目が見えなかった頃ではとても考えられないような優越感にも似た感覚で、とても気分が良かった。
 その後、すっかり体力も回復して戦闘訓練も何の問題も苦もなくこなせるようになった。
 上達するたび、大人たちは褒めてくれる。それが嬉しくて、頑張れた。
 それでもやっぱり深く根を下ろした恐怖心は消えなくて、信用は出来なかった。
 相変わらず、目が見えなくなる前の記憶は思い出せない。だけど、昔の事を訊かれるような事はなかったし、自分からも誰かに言う必要も無いと思って、黙っていた。何より、記憶が無い事を知られたら、怒られるかもしれないという恐怖があった。
 
 それから、Ⅸ籠はクローン隊を束ねるボスに就くことになった。
 クローンではあっても、その戦闘能力の高さは、オリジナルさながらに圧倒的なものだった。
 それを祝ってか、それとも冗談なのか、はたまた皮肉なのか、それは分からなかったけど、ある白衣の大人が欲しい物はあるかと訊いてきた。
 今まで物欲も無く、何かを要求した事も無かったⅨ籠にとって、それは返答に困る問いだった。
 変な事を言ったら怒られるかもと思い、緊張しながら少思考を巡らせていると、ずっと心に残っていた事に辿り着いた。
「…あの、兄さんに会いたいんだけど…」
 Ⅸ籠の精一杯の返事に「ああ、あれか…」と、すっかり忘れていたといった風に白衣の大人は頷いた。「失敗作は処分する所だったが」と小さく呟いたが、その言葉はⅨ籠には聞こえていなかった。
「まあいい。お前にやろう」
 そう言って、白衣の大人は機嫌よく承諾してくれた。
 初めて行く別の地区。先を歩く白衣の大人の背中を見ながら、Ⅸ籠は早足で後を追った。
 兄には随分と会っていないけど、覚えてくれているだろうか。自分が昔の事を覚えてない事は、ちゃんと話して謝ろうと思っていたし、兄に会えば昔の事を思い出せるかもしれないという期待もあった。
 向かう途中、兄は8人いた事、残っているのは6人であること、その内のひとりは稀に暴れるから檻に入っている事を教えてもらった。
 静かに生命維持装置の音が流れる、薄暗い部屋。
 大きな水槽が5つと檻が1つ。そこに入っていたのは…。
 あれ? 兄さんって、こんなだったっけ?
 Ⅸ籠は眉をひそめた。
 とても人とは思えない形をした肉の塊や、内臓が無いのもいた。でも、人の形をしてるのもいた。
 疑念と違和感はあったけれど、自分とよく似たその姿は、間違いなく兄であると証明するには十分な説得力があった。
「ごめんね。ずっと来れなくて。オレ、昔の事、思い出せなくて…でも、兄さんがいることは思い出せたんだよ?」
 分厚いガラス越しにそう声をかけると、兄たちは黙ったままだった。どうやら怒ってはいないらしい。
 よかったと、Ⅸ籠は安心した。
 兄たちと過ごすようになって、Ⅸ籠は笑うようになった。
 静かな部屋での、一方的な会話。それに何の疑問も感じず、楽しく幸せな気持ちだった。
 そんな幸せな日々がいくつか過ぎて、Ⅸ籠は組織の上層部から重要な任務を言い渡された。
 “【本物】の兄を始末しろ”
 それと共に、一番目の兄の前に存在する【本物】の兄は、弟たちを見捨てて【外】にいると教えてもらった。
 見捨てられたという事が、酷く悲しかった。それと同時に、怒りがこみ上げた。
 それともうひとつ、失明の原因もその【本物】の兄のせいである事も。
 寒気がした。あんなに恐ろしい思いで過ごす原因になった者に対して、恨み以外の感情なんて無い。
 必ず殺してやる。
 そう心に決めた。
 
 
 
 
 
終わる