日常記録やゲームの感想とか、創作や二次創作の絵や妄想を好き勝手に綴っていく、独り言の日記。
 

見えない痛み

日記 - 日常の雑記

創作 ライエスト過去の実体験を小説の元ネタとしてしたためる。そういうのもアリだよね。
 
私は過去に、感覚があるのに縫合手術を受けたことがある。ほんの数針程度だったけど、その数針よりも少ない年齢の時に。
主観的なので自分がどういう状況だったのかは明確ではないが、多分、目に針が刺さらないように目を覆われ、暴れないように押さえつけられていたと思う。
とても痛かった。泣いても叫んでも止まらない刺さる痛みが何なのかも分からず、幼い自分にとって非常に恐怖であった。今でも自分の叫び声は記憶の中ではっきりと思い出せる。
そういう経験も全く違う笑い話に脚色できれば、楽しいものになるよね。


竜使いと白いドラゴン7

 頬を撫でる風がひんやりと冷たく気持ちいい。薄く広がる雲は双子の太陽の輪郭を優しく包んでいる。
 サージェイドの背に乗り空を駆けるライエストは、目を凝らして遠くの空を見回していた。
 空には鳥の群れや魔物が飛んでいる姿が見える。しかし飛竜の類いはいない。村から離れれば離れるほど、竜種を見かけなくなっている。人間たちも竜について全く知らない地域ばかりで、これではサージェイドの仲間を探すどころではない。全く進展が無いことに、ライエストは少しだけ不安だった。
 ふと、魔剣の青年の話を思い出す。
 竜たちの体の一部が取引されていること、心臓が不老不死の薬になること、人型の竜が存在すること。
 どれも本当の事だ。ただ、一部は正確な情報ではない。噂には歪曲や誇張、脚色が付き物。
 ライエストもワイバーンの翼の骨と龍の髭で作った弓を持っている。どちらも村で一緒に住んでいた竜だ。トゥルパ村では竜が死ぬと敬意をもってその死骸をもらっている。…肉は同族喰いになるため、森に還しているが。だから防具や装飾品などに使われているのは間違いないだろう。ライエスト自身も水龍の鱗が装飾品になると水龍を狩りに来た人間に会っている。
 次に、不老不死の薬。これはトゥルパ村の言い伝えにもある。毒性の強い洞窟ドラゴンかヒュドラの心臓だ。大昔にその薬を完成させたという人間がいたが、その薬を巡って大きな争いが起き、薬の製造方法の書物は灰に、薬は誰の口にも入ることなく紛失した。その薬が本当に不老不死の効力があったのかどうか、定かではない。
 そして最後の、人型の竜。これは言い逃れようもなく、自分たちのことだろう。体は殆ど人間だけど、魔力は竜種と同じだ。ただ、魔力の質は最高で、量は無尽蔵。つまり、魔法を使うなら常に全力で制限なく無限に使えるということになる。でもそれは、魔法が使えれば、の話。人間の体では、竜種の魔力を魔法として発動できないのだ。相棒となる竜を媒介して魔法を使うことも不可能ではないが、扱いが難しく、村では禁止されている。非常時の際に熟練された大人が使うことを許された。普通の人間よりも体が異常に丈夫なくらいで、村の数人くらいが遠くまで目が効いたり些細な予知夢を見たり、魔力を直接使って小さな火を熾すせる。その程度でしかない。そういう訳で、上位魔族を屠れるというのは間違いになる。魔族なんて魔物よりもずっとずっと強いし、対話が可能だから話し合いで解決できることの方が多い。一部を除いて、魔族は戦闘狂ではない。
「!」
 ライエストは視界の端に急接近してくる影を捉えてサージェイドの真っ白な背を軽くたたく。
「サージェイド、グリフォンだ!」
 向かってくる影は、上半身と翼が鷲で下半身がライオンの中型魔物だった。
 今日の飯が決まったと、ライエストは心の中で喜んで弓を構えた。
 矢を引き狙いを定めるも、グリフォンは狙われているのを理解しているらしく右へ左へと変則的に飛び回り、襲い掛かるタイミングを伺っている。サージェイドはライエストが狙いやすいようにグリフォンの周りを大きく旋回し始めた。
 グリフォンの首に向かって矢を射るも、動き回るグリフォンの首を通り過ぎ後ろ足に刺さった。
 ギャアと大声で鳴いて、グリフォンは高く上昇した後、急降下してきた。
 ライエストは2本目の矢を構えようとしたが、グリフォンの接近が予想よりも速く、慌てて体を逸らしたが間に合わず。グリフォンの前足の爪に頭を引っ掻かれた。
「クァ!」
 ゴゴっと、嫌な音がした。頭蓋骨にまで爪が当たったんだと分かり、血の気が引く。
 頭の帯布が頭から外れて空の放り出されたのを咄嗟に掴んで、傷口を押さえた。
「いってぇ…」
 痛みに呻くが、すぐに息を整える。危なかった。サージェイドが方向を変えてくれたお陰で、目を奪われずに済んだ。
 心配そうにクルルと喉を鳴らすサージェイドに大丈夫だと伝えて、サージェイドの背に仰向けになった。両足の裏で弓を支える、右手で傷口を押さえたまま、左手で矢を引き絞る。
 ライエストに攻撃が当たったことに勢いを付けたグリフォンは、今度こそと、真っ直ぐに向かって来ていた。
 放った矢はグリフォンの首を貫き、グリフォンは藻掻きながら落ちていった。
「はーーー…」
 ライエストは体の力を抜いて、長く息を吐いた。
 食うためには殺さなきゃいけないし、殺すためには殺される覚悟が必要だ。命の食い合いは死ぬまで続く。
 サージェイドはグリフォンが落ちた川原へ向かう。グリフォンは落ちた時に岩に頭も打ち付けたらしく、絶命していた。
 川原に足を付けると、サージェイドはすぐさま頭を擦り寄せてきた。
「ありがとな。目に当たらなかったのはサージェイドのお陰だ」
「クゥ、クゥ」
「え? あー、大丈夫だって。これくらいの怪我、たまにやってるし。明日には治るから」
 そう、たまにやっている。それは自分が未熟だから、歯痒く感じる。怪我の方はと言うと、自分の体の頑丈さと回復の早さは村の大人たちが舌を巻くほどのものだから問題ない。
「クゥゥ…」
「ん? 痛いのは痛いぞ。でも、痛いのってさ、裏を返せば生きてるってことじゃん。痛くない体になったら、それはきっと、もう自分の体じゃないと思うんだよな」
 サージェイドの頭を優しく撫でようと伸ばした手が真っ赤に染まっているのに気づいて、手を引っ込めた。ズキズキと痛む頭を押さえながら苦笑い。
 すぐ近くに川があってよかった。川の水で頭の血を洗い流して、帯布を頭に巻き直す。火を熾そうと振り返ると、サージェイドが木の枝を何本か咥えて持ってきてくれた。
 綺麗になった手でサージェイドの頭を優しく撫でる。集めた枝に火を点けて、グリフォンを見る。頭を押さえていた手を離すと、布越しに染み出た血が手に付いていた。血が足りなくなる前に、食べて寝てしまいたい。
 グリフォンの血の匂いに誘われて、肉食獣たちが遠巻きに様子を見ている。どうせサージェイドと2人で食べきれないから、残った分はこの周辺の生き物に譲ろうと思っていた。
 小さいナイフでグリフォンを捌く。こんなに大きい相手を狩れたのは久しぶりだった。サージェイドには、一番美味いこの辺りの肉を…。
「キャーーーーー!!」
 川原一帯に響く叫び声。顔を上げて見回すと、髪の短い片眼鏡をかけた女が立っていた。
 女はわなわなと体を震わせ、手に持っていた草の入った袋を手から落とす。
「貴方…それは…」
「……」
 ライエストは硬直した。まさか人間が近くにいたとは気づかなかった。人間は魔物を食べない…魔剣の青年の言葉を思い出す。
 どうしたものかと、そろりそろりとグリフォンから離れた。
「動かないで!!」
 女は言うが早いか、物凄い勢いで駆け寄って来た。その表情は鬼気迫るものがある。
「把握しました。貴方は、たまたまここへ牛を連れて歩いていた。そこにどういう事情か分かりませんが、空から魔物が落ちてきて、貴方に当たった。途方に暮れているところに獣たちが集まってきてしまって立ち往生していた、と」
「ん?」
 ライエストは顔を顰めた。早口だったため、上手く聞き取れなかった。
「その血の量…頭に深い創傷がありますね!?」
「あ、あぁ…」
 ライエストは思い出したように傷口に手を近づける。
「むやみに触ってはいけません!!」
「っ…」
 またも怒鳴りつけられて、ライエストはびくりと手を止めた。
「…診せなさい」
「え?」
「診せなさい」
 もう一度、ただし今度はもっと強い口調で。
「私は怪しい者ではありません。ナティローズと申します。ナティで結構です。私は医者です。…正確にはまだ医者ではありませんが、未来の医者です」
「はぁ…」
 あまりに突然で、ライエストは生返事を返すのが精一杯だった。
「私の事は分かりましたね? 医者なので、貴方の怪我の治療をします」
 じりりと詰め寄るナティローズと名乗った女。伸ばされた手が頭の帯布に向かっていると知ると、ライエストは後退った。
 傷を診られることになってしまったら頭を探られる。角を見られる訳にはいかない。それ以前に、何か…怖い。
「何故、逃げるのです? 痛い思いをしているのでしょう? 治療し完治すれば痛みは無くなります」
 じりりと詰め寄られ、その度に後退り。互いの距離は一定のまま移動する2人。そんな2人を首を傾げて見詰めるサージェイド。
「さぁ、診せなさい」
「いや…ダメだけど」
「診せなさい。致命傷です」
「このままでも治るから…」
「それほどの大怪我を自然治癒に任せるのは大変危険です。失血死。運よく生き延びても感染症になるリスクがあります」
「ほんと、大丈夫だし」
「怪我人を目の前にして放って置くわけにはいきません。医者である以上、どんな手を使ってでも治療します。私は見返りなど求めません。これはただの善意です」
 がしっ。そんな音が聞こえるくらい、強く肩を掴まれた。とても女性のものとは思えない力で。
「では参りましょう。すぐ近くに私の研究小屋があります」
 次の瞬間には腕を掴まれて、ぐいぐいと引っ張られる。
「いいって! いいってば! 俺のことは放っておいて!」
 抵抗するも、ずりずりと引っ張られていく。
 サージェイドが楽しそうにぴょこぴょこと軽い足取りで後をついてくる。
「サージェイド、違う! 俺は遊んでるんじゃない。緊急事態だぞ!」
「クァ! クァ!」
 サージェイドの鼻先でつんつんと背中を押されながら、昼下がりの川原で強制連行。
 遠巻きにうろついていた獣たちは、主導権を握っていたライエストが居なくなったと知ると、我先にとグリフォンに食らい付く。
 俺も食べたかったなぁと、怨めしい目で遠くなっていくその光景を眺めた。
 
 川原から少し離れた草原に、ぽつんと丸太小屋があった。
「どうぞ、お入りください」
 ナティローズは言いながら、有無を言わさずライエストを家の中へ引きずり込んだ。
 丸太小屋の中は目を見張るほどの多種多様の草。ガラス瓶に詰めたもの、壁に干してあるもの、半開きの鍋の中にも草の類いが見える。それらの草のせいで、爽やかさとちょっと刺激のある青臭い香りが充満していた。
 引きずられた先のベッドに無理矢理うつ伏せに転がされて、ナティローズは再び頭の帯布に手を伸ばしてきた。
 ライエストはその手を掴んで頭から遠ざけた。
「頼むから…触るな…!」
 低い声で、半分は脅すつもりで言った。
「そこまで頑なになるのは、どういう理由ですか? 死にたいのですか?」
 ナティローズは表情を変えず、静かに問う。
「そういう訳じゃない。誰だって嫌なこ……あーッ!」
 理由を聞かれたから答えようとしたのに、最後まで言わせてもらえなかった。ナティローズにもう片方の手で素早く頭の帯布を取り上げられた。
「酷い…」
 咄嗟に両手で角を隠す。
「あなたの意志は分かりました。私はその意思を尊重します」
「俺の気持ち、分かった…?」
「はい。死にたいわけではない。それが分かれば十分です。治療します」
 あ、これ、話が通じない人だ…と、ライエストは戦慄した。この手のタイプは思い込みが激しく、人の話を聞いているようで聞いていないか都合のいいように解釈する。
 角を隠したまま起き上がろうとすると、すかさず押さえつけられた。
「血色が悪いです。悲報ですが、輸血用の血を切らしています。絶対安静を徹底してください」
「いやぁ…その…」
 何とか言い訳をしてこの場から逃げ出そうと考えを巡らせる。血の足りない頭は難しい思考を阻害して、何も思いつかない。
 ナティローズは手際よく何かの準備をしている。
「いてっ」
 自分の腕が死角になって見えなかったが、腕に小さく深い痛みを感じた。何をされたのか分からず、恐る恐るナティローズの顔を伺う。
 ナティローズはただ静かにライエストの顔を見ていた。
「どうやら、普通のものでは、貴方には効力が無いようですね。もっと強力なものにしてみましょう」
 再び腕がちくりと痛む。正体不明の痛みは、強い痛みよりも恐怖を覚える。数秒もせず、痛みのあった腕がじりじり痺れて力が入らなくなった。それは徐々に全身に広がり、頭がぼんやりとする。
 不安と恐怖と不満。そういう気持ちで睨むようにナティローズを見上げると。ナティローズはう~んと首を傾げていた。
「俺に、何…したんだ…?」
「麻酔です。おかしいですね。まだ意識があるとは。仕方ありません、このまま施術に入ります。死ぬほど痛いかもしれませんが、死を回避するためです。我慢してください」
 力の入らない手なんて、あっさりと角から離された。混血だなんて知られたら絶対殺される。
「…なるほど、把握しました」
 ナティローズは静かに、悟ったように呟いた。
「貴方は魔族ですね」
「え?」
「魔族は血縁関係を尊びますが、それ以上に上下関係には厳しい。こんな小さな角では、さぞ辛い目に遭ってきたのでしょう。奴隷のように扱き使われ、意味のない虐待を受け、多くの罵詈雑言を浴びせられ、命からがら逃げだしたのですね」
「いや、違うけど…」
「安心なさい。医療の前では全ての生き物はみな等しく治療を受ける権利があります。貴方の出生や身分など関係ありません。それに…」
 雄弁に語るナティローズの話を、ライエストは遠く冷めたように聞いていた。その言葉、混血の相手にも言えるのか。とはいえ、ナティローズが勘違いしてくれたことは助かった。このまま、魔族の端くれの振りをしよう。
「私は過去に魔族も治療をしたことがあります。安心してください」
 ナティローズはピンセットに曲がった針を挟んで近づく。何それ、何に使うの…と言おうと口を開いた瞬間。
「いてぇ!!」
 頭にじくっとした痛み。その後もじくりじくりと頭の痛みは続く。
「痛い痛い! やめろ、痛い!」
「死ぬよりはマシです」
「やだやめて、ほんと痛いからっ! いだだッ!」
 何とか全身に力を込めて、必死に抵抗する。
「動かないで。手元が狂って適正ではない箇所を縫ってしまいます」
どすっと背中に肘鉄をお見舞いされた。息が詰まって、がふっと咽る。こちらの様子などお構いなしに乱暴な処置は続く。
「ギャアァッ!!」
 あまりの痛さに堪え切れず、人間の喉からは絶対出ない竜の声を出してしまった。俺ってこんな鳴き声だったんだ…と、思考の片隅で思う。恥ずかしくて顔が熱くなった。トゥルパ村では生まれた産声は竜の声だ。物心つくまでは時々その声を出すが、言葉を覚えれば鳴くことは無くなる。こんな声を出してるのを村の皆に知られたら、絶対に笑われる。
 苦痛に本能が警鐘を鳴らす。痛みの元凶に牙を突き立て爪で引き裂きたい衝動を必死で抑える。楽になりたい本能と人間を傷付けたくない理性が鬩ぎ合って頭が混乱する。このまま本能に任せてしまえば、きっとこの動かない体も動かせるはずなのに。
「あなたは大人しいですね。この大型魔物用の麻酔が少しは効いているのでしょうけど。この麻酔が無かった時に治療をした魔物は私を敵視して、噛み付いたり引っ掻かれました。それは酷い暴れようでした」
 いや、それ、今俺もやりたくなってる…と、痛覚に呻きながら思う。両手で口を押えても、一度出てしまったその後は耐えることを忘れてしまい、何度か甲高い鳴き声で叫んでしまった。
 …やがて。
「完璧です」
 あまり感情が読み取れないナティローズの声に、達成感が含まれていた。
 するすると頭に包帯を巻かれて、ナティローズが離れていくのが分かると肺の底から息を吐いた。痛いのを治すのに、どうしてもっと痛い目に遭わされなければいけないのか。
「…ガァ…」
 ライエストはナティローズに向けて文句を言ったつもりだった。…が、出たのは低い鳴き声だった。これはダメだ。体が落ち着くまで、もう黙っていよう。
「麻酔が完全に抜けるまで数日かかるかもしれません。貴方に使った麻酔は初めて使用したので。眠ったほうがいいですね」
 がすっ。首筋に手刀が振り下ろされる。
 何でこんなに乱暴されてるんだろう俺…と、沈む意識の中で思った。
 
 
 
 体が重い。指先は少し動くくらいで、握れるほどの力までは出せず。まだ開くのを拒否する目蓋を諦めて、ラエストは耳を澄ました。
 ぐつぐつと煮沸の音がする。かさかさと…多分、草の擦れる音。もう慣れてしまったけど、青臭い草の香りがする。あー、そうだ。よく分からないけど酷い目に遭わされたんだった。身の毛の弥立つ恐ろしい記憶が蘇って体が竦む。
 頭の怪我の痛みは完全に無くなっていた。乱暴混じりの治療は、確かに意味があったらしい。乱暴な部分は無くても良かった気がするが。
 ようやく目を開けると、ランプの火に照らされたナティローズの横顔が見えた。机に向かい、真剣な面持ちで草を潰している。瓶に詰めたり、瓶に詰まった草を取り出して混ぜたり、煮立った鍋に草を入れたり。ひとつ何かをすればその度に羽ペンを手に持ち、紙の上にペン先を滑らせていく。
 正直、この人間に会わなければ必要以上に血を失わなかっただろうし、傷の痛みは残っただろうけど体はいつも通りに動かせたはずだ。けれど、言動はめちゃくちゃだけど、ナティローズからは至って真剣で直向きに治療をして助けたいという純粋な精神が感じられた。それはとても高尚なもので。…心に溢れる誠意と良心に乱暴が添えられてしまっているのが玉に瑕だが。
 力の入らない体に鞭打って身を起こそうとすると、ナティローズがこちらに気付いた。
「目が覚めましたか。まだ無理に動かないほうがいいです」
「…サージェイドは…?」
「貴方の牛のことですね。蝶々を追いかけて遊んでいたり、貴方に寄り添うように外の壁にくっついて寝ていましたよ」
 ライエストはサージェイドの状況を知って安心した。
「薬を作ったので、飲んでください」
「……」
 差し出されたカップを見て、ライエストは絶句した。
 これでもかというほど神経を逆撫で不快にさせる色、なにものも近づかせんと放つ異臭。この世が何故こんなものの存在を許したのか疑いたくなる、おぞましい何かだった。
「まだ体が動かないでしょう。飲ませてあげます。口を開けてください」
 開けるはずがない。これは断固拒否しなければならない。痛いのとは違う意味で命が危ない。
 口を噤んで顔を背ける。これが今の自分に出来る限界なわけで、この治療に熱心な人間の前では何の抵抗にもならなかった。
 しっかりと頭を固定され、あっさりと口をこじ開けられる。ここまで開けられてしまったら、入り込んできた指を牙で噛んでしまわないように力を加減するしかなかった。
 想像通り…いや、それ以上の地獄だった。表現ができない、筆舌に尽くし難い、完全に思考を停止させられる。いっそ気を失ったほうが楽になれるやつだ。
 ナティローズはぐったりと沈黙したライエストを見て満足気に頷くと、再び机に向かって草を弄り始めた。
 ライエストはその様子を薄く開いた横目で眺める。あんなに様々な草を潰して、何をしているのか。
「その草…」
 見覚えのある草を摘まんでいるのを見て、ライエストは呟いた。
「これですか? 最近調べ始めたばかりの草です」
 ナティローズは草をもって近づいて来た。
「その草、俺の村では磨り潰したやつを頭に乗せるんだ、熱が出た時に。冷たいから気持ちいいぞ。熱が酷い時は煮汁を冷まして飲む。味は変だけど」
「本当ですか? …なるほど、解熱効果があるのですね」
 ナティローズの感情に乏しい表情が明るくなる。
「他に、知っているのはありますか?」
 いそいそと草を並べて見せてくる。
「それと、これ。こっちは怪我した時に葉を貼っておくと血が固まるのが早くなる。そっちは茎を噛んでると腹痛が治る。でも葉っぱは舌が痛くなるから気を付けたほうがいいぞ」
 ライエストの話に、ナティローズは流れるように羽ペンを動かしていく。
「貴方の故郷では薬学に明るいんですか?」
「さぁ? 大人たちが教えてくれたんだ。んー…この中で、他の草は知らないな」
「ありがとうございます。私の研究が大きく飛躍できました。1種類の草の効果を調べるのに数か月…長くて数年はかかってしまうんです。貴方を助けたはずが…助けられたのは私の方ですね」
 羽ペンを走らせ終わり、その紙を宝物のように大切に両手で包む。
「私はどんな怪我や病気も治せると信じています。今はまだ治せない病気も、いつか必ず…。それが私の夢であり、医者の務めです」
 薄く微笑むナティローズの笑顔は、強い意志を秘めていた。
「そういえば、貴方の名前を聞いていませんでしたね。改めて自己紹介します。私はナティローズです。ナティと呼んでいただいて構いません」
「俺はライエストだ。……あの、さ。ナティ」
 ライエストは遠慮がちにナティローズに声を掛ける。ナティローズが医者であるのなら、病気に詳しいのなら。
「その…人が別の生き物になる病気って、知ってるか?」
 竜返り。トゥルパ村にある不治の病。もしこれを治す方法を知っていれば。
「別の生き物…ですか。具体的にはどのような状態ですか?」
「あー…」
 ライエストは呻いた。人間の姿をした竜の混血がある日突然竜の体になる…なんて、口が裂けても言えない。
「ええと…。人間でいえば…。猿…かな…」
 ちょっと違う気がするが、それ以外に思い付かなかった。
「先天性であれば、猿のように毛深い人や尻尾のようなものが生えている人は極稀にいますが、病気ではありません。生まれながらのものです。他の生き物になるというのは…そうですね、人狼に噛まれると人狼になることがあると聞いたことがあります。吸血鬼に噛まれると吸血鬼にされてしまいます。魔物や魔族が仲間を増やす行為なので、病気ではなく呪いです。残念ながら、医学では呪いは解けません」
「そっか…」
 ライエストは目を伏せた。
「貴方の求める回答ができず、申し訳ありません」
「あ、いや、いいんだ。ちょっと聞いてみたかっただけだし」
 慌てて笑顔を向ける。ただの冗談話にしてくれればいい。
「もしかしたら、貴方が求める回答は書庫の国にあるかもしれません」
「書庫の国…!」
 その国の名前を聞いて、ライエストは目を大きくした。バーシルが昔話していた、世界中の様々な知識の本を集めた国があると。
「ええ。ここからですと、南の方角になります。いくつか国を通過しなければいけない遠い場所ですが」
「南か。分かった。ありがとな!」
「お役に立てて光栄です」
 お礼を言うと、ナティローズは柔らかな笑顔を浮かべた。
 
 
 
 太陽が昇る前に目が覚めたライエストは、ベッドから起き上がった。ぎゅっと手を握る。もう体はいつも通りに動くし、痛みも不調も無い。頭の包帯をとって、巻き慣れた帯布を巻く。
 机を見ると、ナティローズは机の上に伏せ、小さな寝息を立てて眠っていた。ここに来て3日間、ナティローズが夜明けまでずっと草を調べていたのを知っている。ここまで頑張る彼女は、本当にすごいと思う。
 毛布をナティローズの背中に掛けて、草ばかりの部屋の中を見回す。瓶に入った乾燥した草に、見せられなかったけど知っている草がいくつか見つかった。羽ペンと紙を拝借して、草の効果を書く。へろへろした文字になってしまったが、文字は合ってるはず。小さい頃、大人たちにさんざん教え込まれたのが役に立った。そして紙の最後には“世話になった、ありがとう”と書き綴る。
「きっと、いい医者になれるぞ」
そう囁いて、丸太小屋を出た。
 
 
 
 
 
つづく


うちよそ漫画

日記 - 日常の雑記

数日前に夢で見た、うちよそネタ。あずきまめさん家のサラちゃんとレンリくん。
勝手に描かせてもらいましたが!!(ダメ)
一応補足で、サラちゃんを食べたい訳ではなく、空腹が極限だと見境なく喰おうとする狩猟本能に理性が負けるだけです、ハイ。飼い犬が主人噛むやつ。
でも万能な死神さんが絶対助けてくれるから安心。
 
楽描きとはいえ漫画描くの苦手過ぎだし、コマ割りとか面倒くさい。
うずしおは超面倒くさがり!!
 
 


まだやってる

日記 - 日常の雑記

創作 ライエストだんだんと 自分が変わっていく恐怖を 知ってるか?
 
呪われた血族だなんてただの言いがかりだと思ってた。
薄まっていく神竜の血の代わりに呪いは確実に濃く深くなっていた。
その呪いは遥か昔からの、置き土産。
 
 
 
…くっそ久しぶりに創作小説の続き書いたわ。
数日かかった代わりに、体重減った。


竜使いと白いドラゴン6

「なんだ? なんだ?」
 ただならぬ様子に、ライエストはたどたどしく辺りを見回す。日が暮れかかったころに森を抜けて小さな村にたどり着いたはいいが、村全体が何やら騒がしい。
「少年、どこから来たんだ? 早くこの村から離れるんだ!」
 ライエストに気付いた村人が、声を掛けてきた。
「なんかあったのか?」
 状況が分からないライエストは、のん気に村を見回しているサージェイドの首を撫でながら訊いてみた。
「魔物の群集がこの村に迫ってきているんだ! 命が惜しかったら、早く逃げるんだよ!」
 大声で言い残して、村人は走り去る。
「ええ…」
 ライエストは口を引き攣らせた。
 魔物はとても強い生き物で凶暴だ。しかもそれが群集になっているだなんて。
 村は逃げる準備をする女子供と、戦おうと準備をしている男たちが慌ただしく動いていた。
 ライエストは村に生えていた木に登り遠くを見回すと、確かに遠くに大小さまざまな何かが見える。蠢きながら少しずつ近づいていて、夜明け前にはこの村に到達しそうだった。
「数が多いな…」
 ライエストは呟いた。村の端に集まり武器の準備をしている男たちの様子を見て、あの数の魔物相手ではこの村の規模の戦力ではかなり厳しい戦いになると容易に予想が付いた。この村が自分の故郷にようにドラゴンと一緒に暮らしている村だったら、あれくらいの魔物の数は簡単なのに…と心の片隅で思った。
「あ、いたいた! そこの君!」
 木の下から声を掛けられて見下ろすと、男が手を振っていた。
 何の用かと木から下りると、男はライエストを見ながら興奮した様子でサージェイドを指差した。
「君、この白い馬は、ペガサスだろう!?」
「馬じゃない」
「君がこの馬に乗って飛びながらここへ向かってくるのを見ていたんだ! ペガサスに間違いない、本で見たことがある! ほら、翼だって生えてるし!」
「だから、馬じゃない」
「頼む! 君の馬なら飛べるから、山を3つ越えたところの川沿いにある鍛冶屋まで行ってくれないか!? この村の危機なんだ!」
「馬じゃないけど、村が大変そうだから話は聞くぞ」
 ライエストは馬ではないと否定しても全く聞く耳持たない男に諦めて、説明を促した。
 男は息を切らしながらこくこくと頷く。
「そこの鍛冶屋には伝説の剣がある。その剣を作った子孫がいるはずなんだ。伝説の剣を借りてきてくれないか!? 君の馬なら山を越えられるだろう? もう時間が無いんだ!」
「時間があまり無いのはすぐ分かったから、手伝うぞ」
 深く頭を下げる男に、ライエストは小刻みに首を縦に振った。
「あの魔物たちの動きだと、ここまで来るには夜明け前くらいになるはずだ。それまでに伝説の剣ってのを借りて戦う準備を済ませればいいんだな? 借りるのは剣だけでいいのか? この村に魔力を使える人間はいるのか?」
 ライエストは男を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調で尋ねてみた。
「魔力…? 魔導士様のことかい? そんな偉い人はこの村にはいないよ」
「え! 剣とか弓矢だけで戦うつもりなのか!? 絶対無理! あの魔物の数が半分でも無理! その伝説の剣ってのがどんな剣なのか知らないけど、あの数は追い返せないと思うぞ」
「…君は戦いの訓練でも受けていたのかい? 詳しそうだが…」
「普通に狩りしながら魔物と戦ってたら分かるぞ」
「狩り? この村は牧畜が盛んだから…狩りはしないんだよ…。たまに来る魔物も小型のが2匹程度だったから、牧羊犬らで追う払っていたくらいだし…」
「そう…なのか…」
 話を聞けば聞くほど、この村の未来が見えなくなっていく。時間も無いことだし、考えているよりも行動したほうが良さそうだった。
「と、とにかくさ、その伝説の剣ってのを借りてくる。山3つ越えた川のとこだな?」
 確認するように男に聞きながらライエストはサージェイドの背に乗る。
「サージェイド、村まで飛んできてくれたばかりだけど、まだ飛べるか?」
「クァ」
「疲れてるだろうけど、悪いな、頼むぞ」
ライエストの言葉と同時に、サージェイドは骨組みのような翼を大きく広げ、純白の羽毛の翼に変えた。
 
 
 
 村の男の説明の通り、切り立った山越えると渓谷があり、川沿いに小さな家が見えた。正直なところ、山は5つ越えた。3つだと言っていたけれど実際は違っていたらしい。ここまで来るのに思っていた以上に時間がかかってしまった。もう双子の太陽が地平線に沈んで結構な時間が経っている。
 そこには確かに小さな家があったが、とても鍛冶をしているような家には見えなかった。それどころか、人が住んでいるとは到底思えないほど、ぼろぼろになった家だった。日が暮れたというのに、明かりも点いていない。
「この家でいいのかなぁ…。絶対違う気がするけどなぁ…」
 不安に耐え切れず声を漏らしながら、ライエストは小さな家に近づく。家の前には、苔とキノコの生えた薪の束が散らばっていた。長い間誰も住んでいない雰囲気しか漂っていない。
 隙間の空いた扉を開く。ぎぎぎと酷い音を立てながら扉が開いた。
 家の中は思った通りに埃と静寂しか無かった。殆ど残っていない屋根から月明りが注いでいる。
「む…こんな所に子供が来るとは」
「わあ!!」
 突然の声にライエストは大声をあげた。全く気配が無くて気付かなかったが奥に人影があった。
 人影が立ち上がって少しだけ近づいて来る。月明りの下、細身で背の高い、端正な顔立ちの青年が立っていた。鉄でできてるのかと思うくらい硬そうな髪が鏡のように光を反射していて、嫌に印象的だった。
 青年はやや鋭さのある目線で、ライエストを不思議そうに見つめる。
「何の用だ? 迷子か?」
「あ、いや…ここに伝説の剣を作った鍛冶屋の子孫が居るって聞いたんだ。村が魔物の群に襲われそうになっていて…だから、剣を貸してほしい、と」
「……」
 ライエストの説明に、青年は呆然とした表情を浮かべる。少し間を置いて、再び鋭い目線をライエストに向けた。
「ここは鍛冶屋ではない」
「やっぱり…そうなのか…。じゃあ、この辺に鍛冶屋は…」
「無い」
 感情の無い言葉を返されて、ライエストはそれ以上何も言えなかった。
 言葉を続けられないライエストを見て、青年は口を開く。
「人の噂というものは尾ひれが付いたり間違った情報が伝わると聞いていたが、本当のようだ。残念だが、君が求める鍛冶屋の子孫は存在しないし、伝説の剣も無い」
 青年はライエストに背中を向けて深く長い溜息をした後、振り返った。
「だが、魔剣ならある…」
 青年はちらりと崩れかけた家の隙間から外を一瞥した。その仕草を見逃さなかったライエストはその視線の先へ目を遣る。盛り土の上に石が置いてあり、恐らく誰かの墓であろうと予想できた。
「持ち主は5年ほど前に死んでしまったが」
 ライエストの視線に気づいた青年は、先に答えを口にした。
「魔剣は元々魔剣だったわけではない。持ち主は正義感の強い戦士だった。人々に害を成す魔物を倒し国を守っていた」
 青年が昔を思い出すように目を細める。
「だが、その剣は多くの魔物を倒してきたせいで、魔物の恨みが積み重なり魔剣になった。魔剣は国を滅ぼすという言い伝えがあった国は、当然のようにその戦士を魔剣と共に処刑しようとした。戦士は魔剣とこの山へ逃れ、静かに暮らし生涯を閉じた。…ここにあるのは、無銘の剣だった名も無き魔剣だ」
 青年は唇を噛みしめ、拳を握り、悔しそうに話を続ける。
「少年よ、君はどう思う? 魔剣であっても、人は救えるだろうか?」
「え…」
 突然の問いかけに、ライエストは目をぱちくりと大きくした。
「私に名乗れる名は無いが…君の名前は?」
「ライエストだ」
「ライエストよ、君がここに来たのは誰かの命令か? 神の導きか? あるいは悪魔の囁きか? それとも奇跡を起こす概念か?」
 冗談なのか本気なのか分からない問いかけだったが、青年は大真面目のようだった。
「困ってる人がいたら、助けるのは当然だろ? 理由が欲しいなら、後から考えればいい」
 青年の問いかけの意味は分からなかったが、ライエストは自分の意見を率直に述べた。
 ライエストの言葉に、青年は何かを思い出したように目を開き、そして強い意志を秘めた微笑みを浮かべる。
「我が主も、そんなことを言ってくれる人だった」
 長く在ったわだかまりが解けたたように、青年はその顔を晴れやかな表情に変えた。
「ライエストよ、村へ案内してくれ。その魔物の群、私が撃退する」
 青年はライエストのすぐ近くへ寄りながら、急かすように言った。
「いいのか? 魔物の数は多いぞ」
 と、ライエストは一応念を押した。とはいえ、村の男が言っていた伝説の剣が無いとなると、この青年が加勢してくれるのは助かる。村の男たちよりは鍛えていそうな体付きだったし、魔剣というのが伝説の剣の代わりになってくれるかもしれない。
「あぁ。魔剣であっても人を守れると証明したい」
「すぐ行けるのか? 準備とか…それに、剣は…?」
 手ぶらの青年を見て、ライエストは首を傾げる。家の中には武器になりそうなものすら見当たらない。
 すると青年は左手を挙げる。掲げられた拳が一瞬だけ青白く光り、長い剣身になった。
「魔剣は、私だ」
 
 ライエストは魔剣の青年と共にサージェイドの背に乗り、夜空へ飛び上がった。
 家が廃れていたのは、この青年が剣だから人間と同じように生活しなくていい体だからだったからだと理解した。持ち主を亡くして、ひとりで何をしていいのかも分からず、長い年月を過ごしてきたのだろう。
 まさか本当だったなんて…と、ライエストは青年の存在を背に感じながら思った。物に魂が宿って神格化するというのは、ライエストの村の伝承にもあった。でも、動物や植物に精霊が宿ることは信じていても、物に魂が宿るのは信じていなかった。ただの昔話だと思っていた。
 月の位置は天高く、夜明けまでの時間が短いことを報せていた。
 
 
 
「本当にひとりで、大丈夫なのか?」
 ライエストは青年の指示に従い、魔物の群集の目の前で青年を降ろした。魔物の群集はもうすぐそこまで来ている。
「我が主は百戦錬磨の剣聖。私は無銘の剣だが、誇り高き我が主の心。決して折れず、敗北は無い」
 一切の迷いのない言葉。それは自信の表れであり、自身の顕れでもあった。
「…私に、この村を守らせてくれ」
 振り返る青年の表情はとても柔らかで。
 その宣言通り、魔剣の青年は無傷で魔物たちを次々と倒し、敵わぬと知った魔物の群集は退散を始めた。
 月明りに舞うように手の剣を振るい、その度に月の光を美しく反射させる。間合いの届かない魔物に対しては、魔力で構成した剣を空間に出現させて飛ばしていた。剣身は魔物の血すら付かず、とても魔剣とは呼べない美しいものだった。
 魔物の姿が遠くに去って行くと、村人たちは一斉に青年に駆け寄って来た。口々に「剣の神様」だと言いながら。
「私が剣の神様だと…? 私は魔剣なんだが…」
 青年は驚いた様子で人々を見回す。
「魔剣だなんて、とんでもない! 貴方様のような強い神様にこの村を救っていただけて、本当に、本当に感謝しかありません!」
 村長が頭を下げる。村の子供たちが青年の頭にたくさんの感謝の花輪を乗せた。
 魔剣の青年は、ゆっくりと息を吐きながら肩の力を抜いていく。うっすらと涙の浮かんだ目をぎゅっと閉じた。
「我が主よ、私は人々を守れましたか? かつての貴方のように振舞えましたか? 魔剣に堕ちたこの身であれど、人々に笑顔を向けられ感謝されることが許されました…」
 夜の明ける空を見上げて、名も無き魔剣は祈るように呟いた。
 
 
 
 眩しいくらい澄んだ空。双子の太陽が世界を照らしている。
 ひゅうと空を切る音、鈍い音と、草の潰れる音。
 それらが遠くから聞こえて、ライエストは弓を降ろした。
「やった…! 見たか、サージェイド。一発で仕留めたぞ!」
「クァ!」
 嬉しそうにぴょこぴょこと飛び跳ねるサージェイドと一緒に、矢の当たった場所へ向かう。蛇の尻尾を生やした大きな鶏が倒れているのを見て、ライエストは握り拳に力を入れた。
「よし、食うぞ! サージェイドは蛇のとこと鳥のとこ、どっちがいい?」
「クゥ?」
「ん? ああ、そうだよな。どっちも半分ずつにすればいっか」
 ライエストは慣れた手つきで獲物を捌き始める。肉を焼き始めて間もなく、足音が近づいて来た。
「ここにいたのか」
 見上げると、魔剣の青年が立っていた。
「剣の神様。いいとこに来たな。食うか?」
「そ、その呼び方はやめてくれ。…鞘があったら入りたくなる…」
 魔剣の青年は、ほんの少し頬を赤くして目を逸らした。
「まだ頭に花ついてるぞ」
「む?」
 魔剣の青年はわしゃわしゃと髪を探り、はらりと花びらが落ちたのを確認すると手を下げた。
「魔物の残りが居ないか探していたんだが、ライエストが退治してくれたようだな」
「腹が減ってたんだ。コカトリスは殆ど鶏肉と同じだけど、尻尾の皮が焼くとパリパリして美味いんだ」
「私は食事を必要としない…が…」
 魔剣の青年は何か言いたげな様子でライエストを見る。
「ん? 食べてみるか? このあたりが一番美味いぞ」
「いいや…ライエストは、魔物を食べるんだな。コカトリスは猛毒を持っているし、人間は魔物を食べないはずたが…」
「…………」
「…………」
 お互いに気まずい沈黙が続いた。
 肉を焼くライエストの手は誰が見ても明らかに震えていて、がちがちに固まった表情で一点を見詰めていた。
 ドラゴンの血が混ざった自分には毒が全く効かないから知らなかった。コカトリスの毒は人間にとっては猛毒らしい。
「…もしや、触れてはいけなかったことだったか? 私は元々剣だったから…人との接し方がまだよく分からなくてな。気に障ることを言ってしまったのなら、すまない」
「ダイジョーブデス…」
 大丈夫ではない声しか出なかった。
 魔剣の青年は申し訳なさそうに肩を竦める。
「話題を変えようか。君の村は良い牧畜をしているな。規模は大きいのにどの動物もとても元気だ」
「この村は俺の村じゃない」
「む? どういうことだ?」
「通りかかっただけ。昨日初めて来たんだ」
 ライエストの話を聞いて、魔剣の青年は目を大きく開いた。
「君は大した奴だな。見ず知らずの村人たちのために、村を救ったのか」
「村を救ったのは剣の神様だろ?」
「その呼び方…。…いいや、そういう意味ではなくて…」
「みんな無事だったんだし、いいじゃん?」
 そう言うと、魔剣の青年はくすくすと笑いながら「そうだな」と言葉を返した。
「通りかかったということは、君は馬と一緒にどこかへ行く目的でも?」
「馬じゃないけど…。探し物してる。見つけたら村に帰るつもりだ。…なぁ、ドラゴンって知ってるか?」
 肉を食べ終わってすやすやと寝ているサージェイドの鬣を撫でながら、ライエストは魔剣の青年に訊いてみた。
「ドラゴンだと?」
 魔剣の青年は腕を組み深く思考を巡らせる。程なくして「あぁ」と声を上げた。
「知ってるのか!?」
 ライエストは身を乗り出した。
「主と旅をしていた当時、私はただの剣だったから、いささか記憶に自信は無いが…。主と酒場で居合わせた男が話していた。多くの竜種がいて魔物よりも強く、肉は大変美味で骨は頑強な防具になる、と」
「…う、うん…」
「爪や牙は強力な武器になり、角や鱗は美しい装飾品になるらしいな。何より驚いたのは、特定の種のドラゴンの心臓からは不老不死の薬が作れるという話だった」
「……はい…」
「我が主も、いつかはドラゴンを討伐したいと言っていた。その思いは私が受け継いでいこうと思う」
「………そう…」
「あぁ、それと…。伝説には人型をしていて上位魔族すらも容易く屠るほど強い種がいるらしいな。この世の悪を全て集めた呪われた血だとか…」
「…………………」
 乗り出した身が無意識に引いていった。
「む? どうした? 気分が悪いのか?」
「…ダイジョーブ…デス…」
ライエストは震える手で頭の帯布を掴み、角が見えないように頭を抱える。
その後も、魔剣の青年は旅先の様々な話をしてくれたが、どの話も頭に入ってこなかった。
 
 
 
 見たことのない大きな建物がたくさん並んだ、大きな国。
 それを高い塔の上から眺めていた。
 ここ、どこだ?
 と、呟く自分の声は、声と言うより、低く唸るような鳴き声だった。
 異変を感じて自分の手を見ると、青灰色の鱗に包まれ鋭い爪の生えた手が視界に入る。まさかと思い手を握ったり開いたりするが、自分の意志通りに動くそれは間違いなく自分の手で。顔に手を当てれば明らかに鼻が長く、口に触れれば長い牙が生え揃っているのがすぐに分かった。
 何が起きているのか分からず、自分の体を見回すと、人間の姿ではなかった。長い首は容易に自分の背を見ることができて、形状の異なる3対の大きな翼があり、太く長い尻尾はしなやかに伸びて建物の下まで垂れていた。
 この姿は…。
「撃て!!」
 勇ましい女性の声が響き、反射的に自分はその場から飛び上がった。自分のいた塔の屋根に砲弾が当たり、崩れた塔は近くの建物を巻き込んで倒壊していく。
「第二波、構えよ!!」
 再び声がして、声の方へ顔を向けると、鎧を身に付けた女性が城壁の上からこちらを睨みつけ、大砲を構えるたくさんの兵士を指揮していた。
 敵だ。喰らえ、殺せ。
 自分が考えるよりも先に、そう思っていた。
 長く頑丈な尻尾は雨のように降り注ぐ無数の砲弾を叩き落とし、3対の翼は矢よりも速い飛行を可能とし、体に溢れる魔力は自制できないほど力を滾らせていた。
 城壁に体当たりするようにぶつかり、兵士たちは崩れた壁と共に地面に叩きつけられる。
 悲鳴と、罵声と、怒声。一瞬にして、地獄のような光景に変わった。
 空を震わせ、地が割れんばかりの咆哮を上げたのが自分だと気づいた瞬間、辺りに巨大な立体魔法陣が形成された。その規模は加減を一切許さない、暴走に近いのではと思う程のもので。様々な色に輝く魔法陣の模様は自分の体から膨大な魔力を複雑に組み上げ、物理世界に影響を及ぼす魔法に変換していく。
「この世の全ての悪たらん呪い子め!! 絶対に許さん!!」
 鎧を身に纏った女性は、頭から血を流しながら憎しみが込められた激昂の目で睨みつけていた。
 おい、やめろ…。
 自分ではそう思っていても、すでに完成された魔法は自分の意思に反し、女性に向かって放たれた。
 
「……」
 ライエストは、全力で走った後のような心臓で浅い呼吸をしながら、目が覚めた。体は疲れ切ったように怠くて、頭は霧の中にいるようにぼんやりとしている。
 ぺたぺたと自分の顔を触る。鱗は無い。口元に指をやると、普通の人間よりは鋭いが犬歯だと言い張れる大きさで。頭と腰を探ると、角はいつも通りの小ささで、尻尾は切り落とされた付け根の跡だけだった。
「あー…」
 項垂れるように息を漏らし、寝返りを打つ。
 良かったと、安心した。自分の村では体の一部が竜種になっている人が何人かはいるけど、自分はどうも他の人よりもその部分が多い気がする。食べる物もパンや野菜果物よりも、自然に肉ばかり食べていた。だって、血や肉の方が美味しい。腹が減っていると、どんな生き物も美味そうに見えてしまう。…それが人間でも。
「何でかなぁ…」
 自分の手の甲を見て血の気が引いた。青灰色の薄い鱗が皮膚を覆っていた。
 それを視認するや否や、喰い千切るほどの勢いで噛み付いた。痛みなんかどうでもいい。それよりも恐怖の方が上回っていた。
 昔から、たまに自分の体のほんの一部だけドラゴンに変わる時があった。不治の病の竜返りに似ていたが激痛は無く、こうして噛んでいれば元に戻る。この現象が何なのか、村の誰も教えてくれなかったし、怖くて誰にも聞けなかった。
 元の肌に戻った手を擦りながら、のろのろと身を起こす。
 隣で寝ていたサージェイドが首をあげて気遣うように頭を擦り寄せた。
「ん…。平気。ちょっと変な夢見ただけ。早く、この村を出よう。お前の仲間を探さないとな」
 声に出した言葉の半分は、村の人たちに自分の姿を見られたくない気分だった。
 見送りされるのが嫌いなライエストは、魔剣の青年にだけ別れを告げた。数日間泊めてもらったお礼を村人に伝えて欲しいと頼むと、魔剣の青年は快く引き受けてくれた。
 魔剣の青年は村人たちの希望で村に住むこととなり、カレトヴルッフという名前を付けてもらったらしい。魔剣の青年は、これからも村を守りたいと嬉しそうに言っていた。
「ライエストよ、君のお陰で私はあの山で錆びていくのを待つだけの生活ではなくなった。心から礼を言う」
「ん? 伝説の剣を借りてくれって言われただけだぞ? それより、村の人と仲良くなれて、よかったな」
「君のそういうところは、清々しいな。…君の探し物が見つかるよう祈っている」
 魔剣の青年・カレトヴルッフは魔力で作った剣を顔の前に構え、騎士の挨拶をした。
「ありがとな!」
 ライエストはサージェイドの背に乗って飛び立ち、手を振った。
 
 
 
 
 
つづく


届いたよー!

日常の雑記 - 日記

創作 サージェイド うちのこトリニティさんに依頼した、うちの子アクキー届いたー!!
 
 
創作 サージェイド うちのこ創作 サージェイド うちのこうちの子と裏うちの子で両面印刷、色校正もしてもらったので色味も綺麗!
魔法陣は白版無しにしたので、色が透ける。印刷面はドーミング加工で保護してもらった。
 
お気に入りのアクキーができた! ありがとー!


簡単すぎる理由

日記 - 日常の雑記

創作 サージェイド うちのこ絵を描く頻度が激減してしまってからというもの、それに反比例するかのように体重が増えてきた。
絵を描いていた時間が、ゲーム実況動画見ながら菓子食う時間に変わったらそうなるわな。
 
 
柔軟仕上げ剤で有名なレノア。それの「LENOR EAU DE LUXE Sleep」という柔軟仕上げ剤の存在を知り、一か月前くらいから使い始めた。
睡眠が良くなるらしいので試していたんだけど、かなり良い。
普段使いというよりは、お気に入りの鴉タオルに使って、寝る時に枕元に置いているだけなんだけど、甘くて爽やかな香りで使っていくうちに寝る時に体の力が抜けているのが実感できた。悩みでもあった睡眠中の歯ぎしりも、たぶん軽減されていると思う。
質のいい睡眠って大事なんだね。休みの日くらいしか6時間以上寝ないうずしおにとっては、いい快眠グッズになっている。