うちよそ話
うちよそ話。
突然に創作欲が沸いてきたので、ガガガ~っと書けました。
あやさん宅のサラちゃんの前世のことと、12/18のうずしお日記の夢ネタが元になってます。
うちのサージェイドがあやさんの世界観に介入しまくってて、申し訳ない。
でも、でも、どうしても書きたかったのです…!!
詳しい世界観はあやさんのブログのお話にて、どうぞ。
多少の矛盾点は目をつぶって見なかったことにしてくだされ。
かつては神と呼ばれ、あらゆる願いを叶えていた。
どんな願いも、望まれれば、いくらでも。
人間は喜んでくれていた。
それなのに。
どこで間違ってしまったのか。
今は神と呼ぶ者もいない。サージェイドという名を覚えている者もいない。体に形が無かった存在故に、その姿を後世に記されることも無かった。
人間のことを知りたかった。
良いこと、悪いこと、その違いを知りたかった。
何故、人間が悪い願い事をするようになったのか、知りたかった。
けれど、この時代の人間は戦争ばかり起こしている。互いの領地を奪い、命を奪い、疲弊していく。良いことも、悪いことも、人間たち自身が分からなくなっていた。これでは本来の人間とは違うはず。
この時代が過ぎるまで、身を隠して待とうと思っていた。千年か、億年か。
それなのに。
「あなたが伝説の…どんな願いも叶えてくれる白いドラゴンですか?」
その人間の少女は、この姿を見ても退くことなく話しかけてきた。でもその足は震えている。当然の反応だ。森の中の巨大な窪地に白い液体のように体を広げ、他の生物が畏怖し嫌悪する姿形を真似ているのだから。大抵の生物はこの姿を見れば逃げていく。人間には、この姿は震え上がるほど醜悪なものに見えているはずだ。
サージェイドはドラゴンに似せた頭をゆっくりと上げると、少女の周りを囲んでいた数人の人間が身構えた。
「あ、あれは…とても話が通じるように見せません。そこら辺の魔族や悪魔とは格が違う! とんでもないバケモノです! か、帰りましょう…!」
少女を囲む人間の一人が、震えた声で言う。
人間が、この森の中心まで来るとは珍しい。何が目的だろうか。この宇宙の半身を従えようとしに来たか、それとも栄誉を得るために戦いを挑みに来たか。この時代の人間は強さを誇示し、無益な戦いを好む。
少女は周りの人間の手を振りほどき、歩み寄って来る。
「私は、サラと申します。あなたにお願いがあって来ました」
まっすぐに見上げてくる瞳には、強い意志が感じられた。
ぐるると喉を鳴らすと、少女の左右にいた騎士が前へ出て盾を構え、剣を握った。
「やめて」
少女は2人の騎士を制する。震えるつま先で、また一歩近づいてきた。
「どうか…。私の願いを叶えてください」
両膝を地に着け、両手を胸の前で組み、頭を下げた。その少女の姿を見た周りの人間たちは、驚きの表情を浮かべて顔を見合わせる。そしてすぐさま、同じように両膝を地に着け、両手を大地に着けた。
「ここに来るまでに、持っていたものは失ってしまいました。今、あなたにお渡しできるのは、私の命…」
「だめだ!」
騎士の片方が少女の言葉を遮った。少女は、びくりとして顔を上げる。命を差し出す覚悟に怯えている表情だった。
恐怖と迷い、沈黙。人間たちから緊迫した感情が伝わってくる。
サージェイドは人間たちをじっと見た。どの人間も、薄汚れた体に傷を負っていて、やつれていた。ここに来るまでにどれほどの苦労があったか、過去を視るまでもなく容易に想像がつく。
苦難の末に、恐怖を味わい命を差し出す覚悟を乗せて、そこまでして何を望むのだろう。
無尽蔵に願いを叶えていたのは、この星を包む銀河が6回生まれ変わる前のこと。この星に人間が生まれてから少しの間だけは微々たる願いを叶えて人間の発展を支えていたが、それもこの時代からすれば昔の話。暗黒の宇宙と分断されて永い時が過ぎたせいで大半の力を失っているこの身では、願いを叶えるに見合う対価を得なければ法則を支配し事象を操作することは難しい。
だが、この少女は命を差し出すつもりでいる。ひとつの運命に相応する願いを叶えることはできる。
『願いは何だ』
人間たちの思考に直接言葉を伝えると、人間たちは目を丸くして見上げてきた。
少女は震える唇を噛み締め、ゆっくりと口を開いた。
「戦争のない、平和な世界にしてください…」
その願いに、サージェイドは顔を顰めた。それを攻撃の前兆と捉えたのか、2人の騎士が立ち上がって剣を向ける。
「やめて、2人とも!」
少女が声を張り上げた。
「ごめんなさい…。このお願いは、だめですか?」
縋るような目で見上げてくる。失意の色が見えた。
顔を顰めたのは、願いを聞き入れる気がないからではない。戦争をなくしたいという願いに矛盾を感じたからだ。その願いを叶える必要はあるのか。
戦争は人間たちが起こしている。自ら起こしていることを無くす願いをするなら、起こさなければいいのではないか。
『願いの真意は』
「本当は誰も…戦争を望んでいないんです。皆、悲しんでいます。大切なものを失って、悲しみが怒りに変わって、どうしていいか分からなくて、止められなくなってしまっているんです」
少女は必死に語りかけてくる。
「私は…皆が平等で、何も奪わなくてもいい豊かな世界にしたい…」
「王女さま…」
少女を囲む人間たちが、感情を押し殺すようにぎゅっと目を閉じる。
サージェイドは少女を見据えた。王女か。人間の群れを束ねる長の子。この小さい少女が。
少女の気配を探ると、清らかな魂が見えた。群れの中心に立つ者としての品格と素質を感じる。しかし、ひどく傷がついていた。これは、数え切れないほどの悲しみと絶望を受けてきた証拠。
美しい魂には似つかわしくない、たくさんの傷。これ以上、増やしてしまうわけにはいかない。
『その願いを叶えよう。願いに値する対価を』
「待ってくれ! 俺の命を持って行け!」
少女に寄り添っていた騎士が大きな声を出した。
「いや、俺の命を!」
もう片方の騎士が前へ出る。その後、人間たちは次々と少女の前に立ち、自らの命を差し出そうとしてきた。
「だめ! お願い、皆やめて…」
少女が泣き出しそうな顔をする。
人間たちは互いに、我を我をと言い合い始めた。
サージェイドは首をかしげた。これでは収まりそうも無い。
何も、対価が必ずしも命である必要は無い。この少女が最初に言い出したからであって、人間たちが勝手に思い込んでいるだけだ。願いの重さに天秤が合うものであればいい。
『では、3つの記憶を対価としよう』
「記憶…?」
少女が不安げな眼差しを向けてきた。
『この星の者たちから戦争の記憶と、我が存在の記憶を。そして、お前たちがここに来るまでの記憶を』
「それは…」
『望む世界を手に入れたら、必要のないものだろう』
「誰もあなたを覚えていないなんて…。あなたは、ひとりで寂しくはないのですか?」
少女の言葉は意外なものだった。
驚いた。全てにして唯一である宇宙の、その半身に、そんな問いをしてくるとは。
『その感情はない』
「あなたは…強いんですね…」
少女は目を伏せた。
何を悲観することがあるのだろうか。理解に苦しむ。
「あなたの名前を教えてください」
『忘れる存在の名を求めるか』
「対価が…必要ですか?」
『……。サージェイドと呼ばれている』
「サージェイド…あなたの名を、今私は覚えている。忘れてしまっても、この事実は永遠に残ります」
『…奇妙なことを言う…』
初めてだ。こんな人間がいるなんて。
媚びでもなく、同情でもない。ただ純粋に思う、優しさのために。
この少女の願いが悪い願いか、良い願いか。それを知ることはできないが、この優しさを信じよう。
サージェイドは、首を伸ばして空を仰ぎ、天の先の遥か遠くにある虚無の暗黒空間へ意識を向けた。
法則を解き崩し、新たな法則を組み上げる。この少女の願いを込めて…。
光の粒子が辺りに浮かび上がる。光の粒が集まり、一筋の光となって天へと登っていった。
人間たちは、身を寄せ合いながらその光景を見つめていた。
『サラ…と、言ったな。お前の血に戦争が起きない世界の法則を刻んだ。血が薄まろうとも法則は乱れない。血族末代まで平和に過ごすといい』
「ありがとうございます!」
少女は深々と頭を下げた。
サージェイドは空間を捻じ曲げ、穴を開けた。少女の国の地と繋ぐ。
『お前たちには遠すぎるこの地まで、良く来た。戻りは容易にしよう。この空間を渡り、地に帰るといい』
人間たちは空間の穴の揺らぎを凝視する。騎士のひとりが、様子を見るように剣先で空間の穴をつついた。
空間の穴を見ていた少女が、振り返って見上げてきた。
「いつか、私の国へ来てくれますか? 皆が笑顔で暮らせる国を、世界を、あなたにも見てもらいたい…」
『…そうだな。その魂の傷が癒える頃に』
「絶対に、ですよ!」
少女は笑顔を見せた。幸せの未来を約束された笑顔だった。
静かな時間が流れる。
誰も覚えていない存在に、会いに来るものは当然いなかった。身を隠すには都合がいい。
サージェイドは時折、森の中であの少女の様子を見ていた。
サラは人間だけでなく、他の種族にも優しかった。毎日のように走り回り、苦労を厭わず、豊かな世界にしようと尽力していた。周りの者たちも笑顔に満ち溢れ、サラを心から慕っていた。
サラの願いは、悪い願いではなかったのだろう。
信じて、いいだろうか。
しかし。
ある日、赤い魔力の流れを感じた。あの王女たる少女に向けられている。
これはとても大きな魔法の発動。これほどの魔力を使える存在がこの星にいるとは。魔女と呼ばれる者の力か。
運命に絡む、無数の決められた未来。少女に、最悪の未来が選ばれた。
魔女に操られた人間たちが、冷たい目でサラを取り囲んでいるのが見える。
サージェイドは愕然とした。
サラが殺されてしまう。サラが守ろうとした大切な者たちの手によって。
願いを叶えてまだ百年も経っていない。未来に続く願いが、たった数年で潰えるなど、叶えたことにはならない。願いの天秤は傾いてしまう。
力の源となる暗黒の宇宙は、分断されてしまったせいで応えてくれない。未来を変えるための対価となるものも無い。
力の無い自分に嫌気がした。分別無くあらゆる願いを叶え続けていたせいで、神々に悪神とされて堕ちた存在には当然の罰か。
サージェイドは空間に穴を開けた。サラを助けにいかなければ。
サラの住まう国の地へ渡り、我が身を鳥の姿に変え、探し回った。
けれど、深く色濃い嫉みで構築された魔女の魔力は強い感情を帯びていて、サラの正確な場所が分からなかった。
国から少し離れた海で微かにサラの気配を感じた。急いで海へと向かうと、呆然と海を見つめている男がいた。
「なんてことを…。なんてことをしてしまったんだ…」
男は絶望に震え、罪悪の念と後悔に包まれていた。
男の記憶を探ると、国の民たちに囲まれたサラが映った。民たちに痛ましい罵倒を浴びせられ、体の自由を奪われ、そしてこの海に沈められた姿が。
サージェイドは海の底に意識を向ける。両手両足を縛られ、大きな石に繋がれたサラの体が見える。サラの魂は、もうそこには無かった。
意識を広げて、輪廻を手繰る。広大な空間に満ちる魂たちの中に、サラの魂を見つけた。
誰のことも恨んでいない、清らかな魂だった。
肉体という遮りがない純粋な魂。その奥深くに閉じ込められている、小さな感情があるのに気がついた。
【恋をしてみたかった】
それは、王女としてのサラではなく、少女としてのサラ気持ち。
サージェイドは確信した。
それが、サラの本当の願いか。
それならば。
サラの魂が再び地に降りるまで、いつまでも待ち続けよう。
そして必ず、その願いを叶えよう。