小話
人生なんて、ただ生きてるだけ。
…そう思っていた一人暮らしの私の部屋に、ある日突然、変な生き物が湧いた。
何て言うか…白い、トカゲ。そう、青い毛が生えた真っ白なトカゲだ。
幼児くらいの巨大な白いトカゲは、二本足で部屋の中を歩き回り、私の顔を見ては間抜けなくらいへらへらとした笑顔を見せてくる。
不思議なことに、驚きはあったものの恐怖は無く、むしろ最初から居たような、懐かしいような、安心感のある気持ちになっていた。
仕事に疲れて帰宅すると、白いトカゲは緊張をほぐしてくれるような笑顔で出迎えてくれる、そんな日々。
そんな毎日が一か月ほど過ぎたころ、あることに気付いた。
白いトカゲに夕飯の残りを食べさせると、決まって翌日にはちょっとした良い事が起きる。ささやかなことで人に感謝されたり、仕事が上手くいったり、買い物でクーポンが当たったりといった具合だ。
もしかしたら、おばあちゃんの昔話で聞かされていた座敷童という妖怪なのではないだろうか。そう思って話しかけても、白いトカゲは首を傾げて鉄琴のようなオルゴールのような声で鳴くだけで、話が通じているのか分からなかった。
白いトカゲは、ただただ笑顔でいるだけだった。
白いトカゲが起こしてくれるちょっとした良い事が積み重なり、私は少しずつ自分に自信が持てるようになってきた。
夕飯の残りなんかじゃなくて、一緒にご飯を食べるようになっていた。
その日に起きたことを、白いトカゲに話すようになり…白いトカゲが話を理解しているかはともかく…味気無かった夕飯が楽しい時間に変わっていた。
―もう、大丈夫だね―
誰かの声。
正体不明の声が聞こえた気がした翌日、私は会社で憧れの先輩にプロポーズされた。
あまりに突然の事で、戸惑いを隠せないまま帰宅した。
必ず出迎えてくれていた笑顔はなく…白いトカゲはいなくなっていた。
寂しい気持ちはもちろんあった。けれど、こうなることを心の片隅で知っていたかのように私の心は穏やかで、悲しい現実を受け入れられた。
それから。
夕飯を食べる私の前に座り笑顔で話を聞いてくれるのは、白いトカゲではなく憧れの先輩になった。