日常記録やゲームの感想とか、創作や二次創作の絵や妄想を好き勝手に綴っていく、独り言の日記。
 


しばらく日記更新お休み


 

うちよそ話

日常の雑記 - 日記

あやさん、いつもありがとうございますっ…!
描くか書くかしかできないですが、今後ともお付き合いください(*´ω`*)
 
 
ではでは。数日前から書いてたお話が完成したので…。
あやさん宅のレンリくんと、うちのサージェイドの小話でございます。
会話文が多めなので、状況描写が粗いです。申し訳ない。表現力がまだまだ未熟。


 人々が行き交う大きな街。今日の天気は快晴。当然人通りも多かった。
 レンリは人混みに紛れて、街中を歩いていた。正直言うと、人の多いところは嫌気がする。だが、サラが買い物好きだから少しくらいは街のものを知っておいたほうがいいと思い、出向いて来た。
『にぎやかですねぇ』
『人間がいっぱいいますぅ』
 レンリの頭の周りで、うさぎの霊魂たちがキャッキャと騒ぐ。
「うさたま、静かにしてろ」
 レンリは半ば呆れながら、うさぎの霊魂に言いつけた。しかし2匹のうさたまはレンリの注意を気に留めず、キョロキョロと街中を見回す。
 右も左も人だらけ。行き交う人々は、笑顔であったり何か思いつめた表情であったりと、それぞれの思いを胸に歩みを進めていた。
 大きなショーウインドウが並ぶ歩道を歩く。ガラスの奥の品物は、人々の目を釘付けにしようと派手な装飾品や、何に使うのか分からない機械が並べられている。
『わぁ~! レンリさま、あのお洋服、王女たまにお似合いかもですよぅ!』
『あれは何でしょう? とてもキレイな色ですねぇ~! いい匂いがします! 食べ物でしょうか?』
「オマエら…」
 レンリは呆れて目を細める。とはいえ、サラに似合う服というのが気になって視線を向けると、白いワンピースの服が飾られていた。無意識にサラの姿を重ね見て「まあ…悪くねーな」と呟いた。
 道の向こう側のも見に行こうと横断歩道を渡ったところで、頭の周りを飛んでいたうさたまたちがソワソワし始めた。
『ひえぇ~! レンリさまぁ~! あいつがいるですぅ~!』
 泣き入るような声を上げ、2匹のうさたまはポンと音を立てて姿を隠した。
 アイツ?…と、レンリが前方に目を凝らすと、十数人ほどの人だかりがあった。その中心に、居るはずないだろ思っていた存在が見える。
「おい、白いの。何してんだ」
 人だかりの隙間から声をかけると、黒いパーカーを着た真っ白な肌の少年は赤い瞳で見上げてきた。
「あら? お友達かしら? よかったわねぇ」
 取り囲んでいたひとりが声を上げると、周りの人たちも「よかったなぁ」「もう迷子にならないようにね」「またねぇ」と口々に言い、去って行った。
「あ? 迷子だ…?」
 意味が分からず、レンリは白い少年に怪訝な表情を向ける。そもそも、この少年に見える化け物…サージェイドとか言ったか。こいつとは友達ではない。それどころか気に食わない存在だ。
「迷子になる、なってナイ」
「どっちだよ」
 サージェイドのヘンテコな返事に、レンリは吐き捨てるように返した。
「ニンゲンいっぱい、いるから、来る、した。知るの、ため?」
「まだマトモにしゃべれねーのかよ。バカか」
 レンリは悪態をついた。何が言いたいのか全く理解できない。
 サージェイドは少し考え込んで、口を閉ざした。
『人間のことを知りたかったから来たんだ。ここは人間がいっぱいいるからね。人語はまだ難しいけど、人間に化けるのも上手くなったし』
 どうやらしゃべるのを諦めたらしい。レンリの思考に直接言葉を伝えながら、サージェイドはくるりと回ってみせた。背中からは骨格だけのような翼が小さく出てるし、尻尾も生えている。
「上手くなってねーよ。しっぽと翼見えてんぞ」
『人間たちは気にしてないみたいだよ』
「見て見ぬふりってやつだろ」
『あははっ。人間って面白いな』
 サージェイドはニッと笑った。
 レンリは大きなため息をつく。こいつはダメだ。このまま街にいさせたら大騒ぎになりそうだ。サラに迷惑がかかる可能性を考えると、放っておくわけにはいかない。
 周囲を見回し、人のいない路地を探すと、そこへ移動するよう促した。
 幅1メートル半ほどの薄暗い路地に入ると、街の騒音も小さくなる。奥へ進んだところで、レンリは立ち止った。建物の壁に背を預けて腕を組み、サージェイドを見下ろす。
「…で? 何でさっき通行人に囲まれてた? オマエ何かやらかしたんじゃねーだろな?」
 低く強い口調で言ってやったが、白い化け物はまったく反省する様子もなく、平然とした態度だった。こういう所も気に食わねえ。
『歩いていただけだよ。声をかけられるのは、人間の心理だから仕方ない』
「どういう意味だ?」
『ほら、人間って、崇拝対象を見ると拝みたくなるだろう? それと似たようなものだよ。気になって声をかけてくるみたい』
「神ぶってんじゃねーよ、化け物が。人を騙すのはやめろ」
『騙してないよ。人間が進化の過程で身に着けて本能化したものだ。太古から神に頼ってきた種族だからね。神だと勝手に思ってるのはそっちだし』
 淀みの無い返答に腹が立つ。こんな得体の知れない存在を、サラを始め周りの連中は気を許している。とんでもない危険存在だ。
「…テメェ、何が目的だ」
『だから、人間のことを知りたくて来…』
「そうじゃねぇッ!!」
 一瞬にして手から大鎌を出し、その刃をサージェイドの首に向ける。サージェイドは全く微動だにせず、じっと見上げているままだった。
『どうしてそんなに怖がっているんだ?』
「うるせぇよ。テメェが気に食わねーんだ」
 サージェイドはふぅんと頷いて、レンリに目を合わせたまま赤い爪の先で大鎌の刃をなぞる。なぞった跡には、はらはらと桜の花びらが落ちていった。
『そこまで警戒するってことは、君はオレのことを知ってるのか? あの赤い魔女の一族は、何か知ってたみたいだけど』
 サージェイドが薄く笑顔を浮かべる。
『オレの存在意義は【願いをかなえること】だ。それは未来永劫変わらない』
「願いを叶えてどうする?」
『オレは願いを叶える存在という概念。願いを叶える仕組みだから、願いを叶えることしかできないよ』
「嘘をつくな。ヒメカからは星を食らう化け物だと聞いてる」
『あの魔女、そこまで知ってるんだ…』
 サージェイドは少し驚いたような表情をした。そして、レンリ見上げながら大きくゆっくりと尻尾を振る。動く尻尾の軌跡に光の粒子が雪のように降った。
『原初回帰だよ。すべてのものは、元々ひとつだった。だから、ひとつに戻るのは当たり前だろ? 人間風に言うなら、全てはオレの所有物ってこと。だから星を吸収してオレの体に戻してるんだ。君だって、元を質せばオレの一部だよ』
「胸糞悪ぃこと言うんじゃねぇ!」
『オレに吸収されれば現実も天国も地獄も無い無限空間だ。全てがひとつで誰の意思もないから、争いも無い。平穏で平静な平和世界になる。これって人間たちが望んでることじゃない?』
「そんなの誰も望んじゃいねーよ!」
 レンリはカッとなってサージェイドの脇腹を掠めるように壁を蹴った。
『これはオレの願いでもあるんだよ。全てがひとつに戻れば、オレも元に戻れるはずなんだ。オレはあいつと、繋がってなきゃいけないんだ』
「アイツ…? どういう意味だ? テメェみたいなのがもう1体いるってのか?」
『君たちには永遠に理解できないよ。原初に戻れたら、また最初から始める。宇宙創成からやり直すから。…だから、いいだろう?』
「よくねーよ。意味解かんねー話の同意を俺に求めんじゃねえ!」
 レンリは歯を食いしばった。ふざけた話にこれ以上付き合っていられない。大鎌を握る手に力を入れると、サージェイドは俯き肩を震わせて笑った。
『…なぁんてね』
「は?」
『信じるか信じないかは、好きにしていい。君の魂すら摩耗して存在してない未来の可能性の話さ。もしかしたら遠い過去かもしれないし、別次元の出来事になるかもしれない』
「馬鹿にしてんのかテメェ…!」
 もう我慢できない。こいつはサラたちの前で猫かぶりをしてる。あどけない少年の姿をしていても、中身は未知の高位存在だ。
『ふああ~。よく寝ましたぁ』
『レンリさま、そろそろ帰り…って、ひえええ~! まだいるぅ~!!』
 ふいに出てきたうさたま2匹は、サージェイドを見ると互いに抱き合って縦に伸びながら悲鳴を上げ、再び姿を隠した。
 そんなうさたまを見て、サージェイドはきょとんとした顔をする。
 レンリはその隙に、魔力を込めて大鎌の柄を地面に突き立てた。
「縛!」
 黒い影が地を這い、素早くサージェイドの周りを回る。
『!』
 サージェイドは翼を広げてその場から飛び立とうとした。が、黒い影が生き物のように伸び上がり足に絡みつくと、衰えない勢いのままサージェイドの全身にまで縛り付けた。
「ガァア!」
 人間には出せない鳴き声を上げて、サージェイドが地面に両膝を着く。
 レンリはぐるると喉を鳴らせて睨んでくるサージェイドを見下ろして短く息を吐いた。本来は魂を捕える能力だが、この化け物にも効果がある。前は足止めに使ったが、今回は完全に動きを封じるつもりで全力を込めた。この影には魔力の流れを鈍らせる効力もある。この化け物にどこまで通用するかわからないが、魔法や神通力の類いは弱らせられるはず。
 ぎちぎちと締め付ける影にギャアギャアと甲高い悲痛な鳴き声を上げながら暴れる白い化け物を、レンリは黙ったまま見ていた。
 広げようとする翼から羽毛が生えては抜け落ち、光の粒になって消えていく。真っ白な肌には、赤い模様が浮き出ていて、さざ波を打つように獣毛が生えたり、鱗が生えたりを繰り返す。体の所々には大きな目が見開いて、こちらを睨みつけてくる。その様は、自分の姿形を見失ってるかのように見えた。
 レンリは顔を顰めた。気味が悪い。弟のように可愛がっているヤツの正体がこんなのだと知ってしまったら、サラはトラウマになるに決まってる。
 苦悶の表情で暴れているが、この化け物に痛覚があるとはとても思えない。
「痛がる演技はやめろ」
 そう言い放つと、何か言いたげな目線を向けてきたが、鳴き声を上げるのをやめてぐるると喉を鳴らした。
 やっぱり演技かよと内心で毒づいて、レンリはサージェイドを睨んだ。
 白い化け物はひとしきり暴れた後、ぐったりと体を地面に横たえて、おとなしくなった。
『オレをどうするつもり?』
 サージェイドが明らかに不服そうな表情を浮かべる。
「テメェの話は全く意味わかんねーけど、どうにかしたほうがいいってのはよく分かったぜ」
『消滅させたいのか? 不可能だよ。存在する全てを消すのと同義だからね』
 サージェイドの尻尾の先が大きなハサミのような形に変わる。
「させるかよ!」
 レンリは影を切ろうとする尻尾を大鎌の柄で弾き返して、もう一度魔力を込めた。新たに影が現れて、サージェイドの尻尾を捕える。完全に地面に張り付けられたサージェイドは、目を細めてレンリから視線を逸らした。
 レンリは思考を巡らせた。捕縛に成功したものの、こいつをどうすれば無力化できるか、まったく見当がつかなかった。さっきの話がもし本当なら、いずれこの世界を破壊される。
 サージェイドに一歩近づこうとしたその時、突然足元から何かが突き出してきて反射的に飛び退く。コンクリートを突き破って生えてきたのは、丸太のように大きな水晶の六角柱だった。呆気にとられていると、割れたコンクリートの隙間からずるずと送電線が伸びてきてレンリの足に絡み付いてきた。
 レンリは舌打ちして、大鎌の刃で送電線を薙ぎ払う。
 次の瞬間、建物の壁から鉄骨が進行を防ぐように飛び出してきて、鼻先を掠めた。半歩前に出ていたら頭を吹き飛ばされていたかもしれない。
「魔力を使わずに魔法を発動させやがんのか…?」
 魔法や妖術の類いとは全然違う。これはまるで【物】が化け物を守っているような…。
 レンリはサージェイドを見遣ると、サージェイドの体から目の無い蛇のようなものが数本生えていて、それが縛る影に食い付いて拘束を解こうとしていた。
「どこまでも気色悪ィな!!」
 声を荒げて、大きく踏み込む。大鎌を振り上げてサージェイドの首に向けて振り下ろす。するとサージェイドを守るように巨大な水晶の柱が地面から突き出した。大鎌の切っ先が水晶に刺さる。ぎしりとヒビが入った水晶が割れて、色とりどりの花びらに変化して散った。魂を狩る大鎌は、物質を通過することもできるはずのに。この水晶は普通の水晶ではないのか。
 大鎌を構え直し、再び振り下ろしても、同じように水晶の柱が突き出して大鎌の刃を受け止めた。
「くそっ…」
 水晶を叩き斬れるほどの力が入らない。影に魔力を使いすぎた。
『もういいだろう? 放してよ。ここまで力を抑え込まれるのは久しぶりだ。この姿じゃ苦しくて仕方ない…』
 少し弱っているのか、思考に伝わってくる声が掠れていた。
「サラたちに危害を加えないと約束しろ」
『約束も何も、最初からそのつもりだ。オレはサラを気に入っているしね。それに店長にサラたちを守るようにと願われているんだ。その為の対価ももらっている』
 サージェイドの話に、レンリはいつもサージェイドが心底嬉しそうに巽の料理を食べていることを思い出す。
「本当だろうな?」
『オレは願いを叶える為の存在だよ。叶えない願いは無い』
 サージェイドの体から生えている目の無い蛇のようなものが、いつの間にか小さな白い旗を口に銜えて振っていた。降参の意だろうか。馬鹿にされているような気分になりながらも、レンリは大鎌を握る手から力を抜いた。
「…信じてやるよ…」
 大鎌を手の中に戻す。それと同時に、サージェイドを捕えていた影が地面に吸い込まれるように消えていった。
「ウーン…」
 立ち上がったサージェイドは声を出して大きく伸びをする。突き出した水晶や鉄骨がきらきらと光の粒子となって辺りに散り、割れたコンクリートも最初に来た時の状態に戻っていた。
『人間の内臓って脆弱なんだね。いくつか潰れたよ。内臓は邪魔だな…』
 サージェイドが胸と腹のあたりを撫でながらくすくすと笑う。
「どうせ、本物じゃねーだろが」
 半眼でサージェイドを睨んで、レンリはふんと鼻を鳴らした。そしてすぐに、ハッとして目を見開いた。
 もしや、最初に言っていた「人間に化けるのが上手くなった」というのは、見た目ではなく内臓のことだったのか。ということは、人間の内臓組織を真似していたせいで、本当に痛みを感じていた可能性も…。
 サージェイドをちらりと見ると、いつもと変わらない無邪気な表情を浮かべている。さっきまでのことなど、無かったかのように気にしていない様子だった。
 レンリは数秒ほど間を置いて、口を開く。
「…悪かった。一応は謝ってやるよ」
『謝る? どうしてだ?』
 サージェイドは不思議そうに首を傾げた。
『君はサラが心配だからオレを警戒しているんだよね? 誰かのために行動するのは悪いことじゃないだろう? 群れを成す種族はそうやって生きてるんだから』
 と、満足そうに笑顔を浮かべる。
 それを見たレンリは、何も言えなくなった。
『君はサラが好きなんだろう?』
「ああ、そーだよ。でも、サラを手に入れたいなんてテメェに願わねーからな。ヒメカのこともそそのかすんじゃねーぞ」
 嫌味を込めて言い返してやったが、サージェイドは嫌味と思わなかったらしい。変わらぬ穏やかな表情だった。
『魔女の願いは魔女が決めることだよ。それとも、魔女の対価のことを気にしているのか?』
 サージェイドに懸念していたことを言われて、レンリは気を張った。
『価値は誰かが決めること。オレの存在を何であるか認識するのと同じだよ。そこに落ちている石だって、君の知らない世界では命よりも価値のあるものかもしれないよ?』
 と、サージェイドはレンリの足元に落ちている石ころを指さした。
「与太話はやめろ。オマエ、適当すぎだろ…」
 レンリは呆れ返って肩を竦めた。この化け物の話をいちいち真に受けていたら頭がおかしくなりそうだ。
 そろそろこの場を離れようと思ったところで、サージェイドが何かを思い付いた顔をして、つかつかと近づいて来た。
『ねえ!』
 伺い立てるような目付きで見上げてくる。
『君も最近の人間のことはよく知らないんだろう? 一緒に人間の街を見て回ろうよ』
「はぁ!? ふざけんな。テメェひとりで…」
 言いかけて、レンリは思い留まった。コイツひとりで街中を歩かせるのは非常に危険だ。それに、痛い思いをさせてしまった罪悪感が無いわけでもない。
「くそっ…。1時間だけな! 1時間経ったら帰れよ!?」
「はーイ!」
 機嫌よく軽い声で返事をしたサージェイドが、へらへらとした笑顔で両腕を振る。
 レンリは長い溜め息をした。
 やっぱ、コイツ気に食わねえ。


恋する魔女

日記 - 日常の雑記

あやさん宅のヒメカちゃん。
一途な恋する少女は可愛い。
魔女が人間に恋するってのが、もう…もう…!
いろいろ壁があるかもだけど、幸せになってもらいたい。
うずしおが思いつきで書いたお話の設定を、あやさんがお話に取り入れてくれて嬉しい(*´∇`*)


うちよそ話

日記 - 日常の雑記

あやさん宅のサラちゃんと、うちの子・サージェイドのお散歩っぽいお話です。
デートではないよ!(重要)
なるべく、あやさんのストーリーに影響が出てしまうような話にはしたくないのですが、矛盾点やら相違は必ず発生してしまうので、そこは…大目に見ていただきたく…!
 
曲は、何となく「Final Fantasy Tactics 主人公のテーマ」を聞きながら執筆。
星空広がる夜の海のイメージに似合う曲だと思う。


 夜の空。
 サージェイドは薄雲の上に寝そべって、天を見ていた。
 コウモリのような白い骨格だけの翼を広げ、羽ばたくことなく雲の流れに身を任せる。
「?」
 サラの意識の覚醒を感じて地上を見下ろす。
 いつもならサラはこの時間には眠っているはず。
 何かあったのかと気になったサージェイドは翼を広げ、地上へと急降下を始めた。
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
 ひんやりと冷えた空気は、夜に相応しい澄んだ空気だった。
 サラは2階のベランダのフェンスに両腕を乗せて、ぼんやりと星空を眺めていた。月も眠っている今夜は、星たちが競い合うように輝いているけれど、それを邪魔するように雲が浮いていた。
 大きな溜め息をひとつ。
 真夜中に目が覚めてしまい、今に至る。
 時々、よくわからない焦燥感のような不安に襲われることがあった。
 今日も、そんな日。
 そよそよと吹く風が、サラの茶髪を揺らして通り過ぎていった。
 建物の黒いシルエット。深い紺色の空。散らばる星と、街の光。
 もの悲しげな風景は、流れる時間すらも、ゆっくりとさせてしまうように感じた。
 どこか遠くから微かな音が聞こえ始めて、サラは辺りを見回した。この時間は明かりが消えている家が多く、外灯の光が頼りだった。けれど、音を発しているようなものは見当たらない。
 何の音かな。だんだんと大きくなっているような。と、思った矢先。
 びゅうと空気を切り裂く音と共に、重たい空気が降ってきた。
 短い叫び声を上げ、サラは反射的にその場にしゃがみ込む。
 圧し掛かるような空気はすぐに消えて、サラは恐る恐る目を開いた。
 見上げれば、黒いパーカーを着た真っ白な肌の少年が、宇宙の景色のような皮膜の翼を広げて浮かんでいる。
「サ、サージェイドくん…?」
 サラは呆気に取られて二の句が告げず、目をぱちぱちとする。
「サラ。どーしタ?」
 不思議そうに見下ろしながら、サージェイドはフェンスの上に足音もなく猫のように着地した。翼を閉じると宇宙の景色の皮膜が消えた。
「サージェイドくんこそ、どうしたの? 急に来るからビックリしたよ!」
 サラは、ドキドキとする胸を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「サラのこと、気にナった」
「え…?」
 意外な返答に、サラは首をかしげた。心配をかけてしまうようなことは思い当たらない。
「大丈夫だよ。…ちょっと、眠れなかっただけだから」
 まさか、目が覚めちゃったのに気付いて来てくれたのかな。いつも、どこにいるのかも分からない、不思議な神様。
 サラはサージェイドの頭を撫でようとして、手を伸ばす。
「ありがと…わっ!」
 突然、サージェイドが手を握り、にっと笑った。そのまま手を引かれて、サラはふわりとベランダから飛び上がった。
 ぐるりと反転する世界、頭上に広がる地面。
 落下の恐怖に身が硬直した。
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
 優しい笑顔を向けられ、サージェイドはじっとサラを見る。
 サラは大丈夫と言ったが、大丈夫ではなさそうだった。優しい笑顔を見せることで、自分を我慢させているのだと分かった。
 サラが時々感じる不安は、残りの寿命の短さを、魂が訴えているのかもしれない。
 前世で多くの傷を受けた魂は、現世の思い出で塗り重ねられていても、その傷は癒えていない。これ以上、傷付いてほしくない。
 サージェイドはサラの手を握った。サラの手は夜風に冷えた手だった。
 サラに笑顔を見せる。
 王女よ。お前の役目はもう終わっているはずだ。だから、自由に生きていい。その優しさも、これからは自分のために使うべきだ。
 サラを捕らえる重力を、ほんの一瞬だけ消し去る。羽よりも軽くなったサラの手を引く。
 我が身を毛足の長いドラゴンの姿に変え、背中にサラを乗せた。
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
 落ちると思った瞬間、サージェイドが毛むくじゃらのドラゴンの姿に変わって、サラはその背中に乗せられた。
 サラはやわらかな毛を撫でる。前に見せてもらったドラゴンの姿とは違っていた。
 ふわふわで温かくて、気持ちがいい。真っ白な毛に顔を埋めると、ほんのり甘い香りがした。いつもサージェイドが喫茶店で飲んでいる、ハチミツ入りのホットミルクの香りだった。
 ポンと弾けるような音がして、サラは体を震わせた。着ていたピンク色のパジャマが、ふかふかとした白い羽毛に包まれた着ぐるみのような服に変わっていた。
『夜は寒いだろ?』
「え、あれ?」
 頭の中に響く声に、サラは息を飲んだ。
「サージェイドくんが喋ってるの?」
『そうだよ。眠れないなら、散歩に行こうよ』
 そう言いながら、サージェイドは真っ白な羽毛の翼を羽ばたかせて上昇を始めた。
 自分の家がどんどん遠くなり、闇夜に消えていく。あっという間に、雲の上まで昇り詰めた。
 眼前に広がる灰色の雲の海。
 サージェイドが首を振り上げる仕草をすると、雲の海は広い道を作るように割れた。
 雲の隙間から、地上の夜景が見える。
 道路に沿って網の目のように複雑に交差する光の筋、高層ビル群の明かりがきらきらとして、輝く砂粒のようだった。
 夜空から見る大都市の美しさに、サラは感嘆の溜め息をした。
 あの光の粒のひとつひとつに、誰かがいるんだよね。何を考えて、何を思っているんだろう。
 みんなが、幸せになれますように。
 サラは胸の前で手を組んで、微笑んだ。
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
 サージェイドは風に呼びかけ、サラの視界に邪魔な雲を避けさせた。
 空を飛ぶことは自由と解放のイメージがある、と、人間が言っていたのを耳にしたことがある。
 空を飛べば、サラは少しでも自由への気持ちを感じてくれるだろうか。不安の気持ちの原因に気付いてくれるだろうか。
 けれど、サラは地上を見下ろして、人々の幸せを祈っていた。王女としての魂が、そうさせてしまうのかもしれない。
 自分を押し殺し、全ての人々のために…。…もう、十分だろうに。
 しばらく空を飛んでいると、サラが海に行きたいと言ってきた。
 サラを海に連れて行くのは、気が引けてしまう。もし何かのきっかけで、魔女に操られた民たちに海に沈められてしまった前世を思い出してしまったら、サラがどうなってしまうか分からない。
 しかし、事情を知らないサラは、どうしても海に行きたいようだった。
 無理に断るわけにもいかず、海岸に向かう。
 暗がりの砂浜に静かに降り立ち、サラを背から降ろすと、少年の姿に変えた。サラは「ありがとう」と言って、頭を撫でてくれた。
 サラが一歩一歩踏みしめるように海へ近づいて、砂浜に腰を下ろす。
 真っ直ぐに海を見つめるサラの目は、この景色ではない、どこか遠くを見ているようにも見えた。
 サージェイドは、サラの隣に座って、片方の翼だけ羽毛の翼に変えてサラに潮風が当たらないように包んだ。サラは少しくすぐったそうに肩を竦めて、笑顔を見せた。
「私ね、海が好きなんだ」
 サラからの思いがけない言葉。
 何故だ。前世でのこととはいえ、自分が殺された場所である海が好きだなんて。忌避するべきではないのか。
 横目でサラを見ると、サラと目が合った。
 サラは、穏やかな顔をしていた。
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
 少し迷った様子だったけれど、サージェイドは海へ連れて来てくれた。
 サラはふかふかの背中から降りる。サージェイドはいつもの少年の姿になった。
「ありがとう」
 お礼を言い頭を撫でると、サージェイドは目を細めて嬉しそうな顔をした。
波の音に満ちた世界。見渡す限りの黒い海。夜の海は、空との境界線がおぼろ気で、星たちの光がその境界線を保っていた。
 サラは吸い寄せられるように海に近づき、足先が濡れるか濡れないかのところで、ゆっくりと腰を下ろす。
 サージェイドが隣りに座って、温かい羽の翼で体を包んでくれた。
 本当に、不思議な神様だなぁと思う。神様は見た目通りの歳では無いことを知っているけれど、あどけない表情は普通の子供みたいで。魔法みたいなことができて。雪みたいに真っ白な肌は、誰の干渉も受け付けないような高潔さと、見失ったら消えてしまいそうな儚さを感じる。
 サラは、サージェイドが海に来るのを迷っていた様子を思い出し、少し申し訳ない気持ちになる。
「私ね、海が好きなんだ」
 サージェイドくんは嫌い?…と、言葉を続けようとしたけれど、隣に座っているサージェイドが横目で見てきたその赤い瞳がとても真剣で、サラは言葉を止めた。
 けれど、すぐにサージェイドはこちらに顔を向け、にっこりと笑った。
「オレも、好きダぞ」
 元気に答える様子に、サラは安心した。ただの思い過ごしだったのかな。
 サラは両腕を伸ばして伸びをした。
「サージェイドくんって、不思議な神様だよね。…ねえ、サージェイドくんは、どこから来たの?」
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
「サージェイドくんって、不思議な神様だよね」
 と、サラが言った。
 サージェイドは、その言葉は感想であって深い意味は無いものだとすぐに分かった。
 厳密に言えば、自分は神ではない。では何なのかと問われても困る。願いを叶えるために存在しているのであって、それ以外は何も無い。
 もしサラが、“願いを叶える存在”に気付けば、こちらから願いを問うこともできるのに。
「ねえ、サージェイドくんは、どこから来たの?」
 と、次には興味を示す表情で問いかけてきた。
「ずっと、ズット、遠い。誰も知らナイ、空間」
 サージェイドは人語を発して答える。どうにも、人語の構成と発音は難しい。
「誰も知らない所なの…?」
 サラは驚いた表情と同時に、少し悲しそうな顔をした。
「ひとりだなんて、寂しくない?」
「……」
 サージェイドはぴくりと止まった。
 この問いは、サラが前世の時にも訊いてきたことだった。寂しいという感情が無いことを伝えたら、王女のサラは思い詰めたような顔をして「あなたは強いんですね」と呟いていた。
 あの時のサラが何を思ってそう問いかけてきたのか、今となっては知る術は無い。
 だが、これだけは分かる。あの時の返答は、間違いだったのだろう。
「今、サラやテンチョーたち、一緒。楽しイ!」
「本当? よかったぁ!」
 サラは万遍の笑顔で抱き付いてきた。
「私も、すっごく楽しいよ! …いつも、ありがとう」
 サラの声色が明るくなる。サラから不安の気配が薄らいでいた。
 サージェイドはサラに頬を寄せた。
 今はこれがサラにしてやれる精一杯だろう。
 水平線の空の色が変わり始めるころ、サラの意識は休息を欲しがっているようだった。うつらうつらと、今にも眠りに落ちそうになっている。
 サージェイドは、傾くサラの頭に額を合わせた。
『サラは、たくさんの人を幸せした。だから、次はサラが幸せになる番だよ』
 
☆.*.:。・.☆.・。:.*.☆
 
 突然のアラーム音。
 サラは勢いよく布団から飛び起きた。
「朝…!」
 カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。
 私、途中で寝ちゃったんだ…。サージェイドくんはお家に帰れたかな。
 サラは大きく伸びをして、ベッドから立ち上がると、カーテンを開けた。
 眩しい朝日が目に沁みる。全然眠くない。とても清々しい朝だった。
 体が軽い…。これも神様の力なのかなぁ。お礼をしなきゃ。
 サラは、ぐっと両手の拳を握った。
「サージェイドくんにクレープ買って行くからね!」


うちのサージェイドは、キャラスペックがぶっ壊れてるけど、固定してるのがある程度の容姿と「願いを叶える」っていうものだけだから、融通が利いてよその子とも仲良くやっていけてるのかもしれない。自分の世界が確立してないから、他の世界に順応できる。
元々、色々な登場人物が、サージェイドにさまざまなお願い事をして、その結果がどうなったか…という短編集的な話として練ってたキャラクターなので、何でも応用が利く。
人間たちの、悲しさ、愚かさ、優しさ、そういったものを詰めた話を書きたかったのです。
早い話が、サージェイドは主人公ではないのです。主人公に手を貸す味方であり、苦難を共にする仲間であり、または敵でもあり、他を一掃する兵器にして欲を満たす道具。
病気の少女と一緒に四葉のクローバーを探すことも、星間戦争の最終兵器を担うことも、何でもやれます。…それが、人の願いなら。
サージェイドの二つ名は「全てを満たす白い影」です。願いを叶える事によって人の心を満たすという意味と、最終的にはサージェイドが宇宙全体を包んで自身を満たすという意味があります。
うずしおが二次創作に首っ丈にならずに、もっと想像力とネタ構成能力があれば…。もしかしたら形になっていたかもしれない。
でも、だからこそ、水面下で眠っていたうちの子がこうして喋って動き回っているのは、親心にとてもとても嬉しい。
 
現実は、神に縋る思いで祈っても、願いは叶わないのですよ。
だからせめて、想像の中ではどんな願いも叶えてくれる存在が欲しかったんです。
そんな、弱い人間の愚かな妄想です。ただの厨二病だよ。


うちよそ話

日記 - 日常の雑記

はい、懲りずに、うちよそ話です。
短めですが、同時進行で2本完成しました。正直疲れた死にそう。
1話目は、ウチのサージェイドの本性です。あやさん宅のヒメカちゃんとレンリくんが出てきます。
2話目は、あやさん宅の世界観の喫茶店お借りしてます。るびさん宅のセシルちゃんも出てきます。
るびさん宅の子は初めてなので、至らない部分が多いです。セシルちゃんの詳細設定も不明のため、うずしおの妄想となっております。るびさん宅のセシルちゃんとは思いっきり相違があります。
 
ま、全部、うずしおの妄想でしかないんだけどね!!(身も蓋も無い)
あれよ、うちのサージェイドが創った別次元の世界だと思えばいいのよ!(ヤケクソ)
でも、思いついたネタはちゃんと形にしたい…。いつもそう願いつつ、半分はお蔵入りなんだけども。
あやさん、るびさん、ありがとう!
 
 
でも、でも…。そろそろ本気で疲れた。
絵も小説も、完成までに全力で数日かかってしまうことが大半だもの。
少し休みたい…。


「ちょ…ちょっと! レン! あれ見なさいよ!」
 町外れの小さな公園を通り過ぎようとして、ヒメカは慌てふためいた。
「あ?」
 レンリは、気だるそうに声を出してヒメカが指差す方向へ目をやる。
 誰もいない公園の外灯の上に、まるでそこだけ雪が降り積もったかのように、純白色の大きな大福のようなものが乗っている。
「何だあれ…」
 顔を顰めて、レンリが呟いた。
「あれ、白い神じゃない…?」
 ヒメカは半信半疑ながら、公園へ入った。外灯の上に乗ってる白い物体を見上げて、ねえと声をかける。
 白い塊はにゅるりと動いて、青い鬣のドラゴンの姿に形を変える。真紅の瞳でヒメカとレンリを見下ろすと、外灯から飛び降り、着地すると同時に黒いパーカーを着た少年の姿に変わった。
 間違いない。サラが仲間に引き入れた、どんな願いも叶える神だった。
 公園全体の空気がざわつき始める。
「?」
 少年が首をかしげた。次の言葉を待っているらしい。
「あんた、サラのところの…。確か、サージェイド…」
 ヒメカが名を言うと、サージェイドはこくこくと頷く。全く敵意も警戒心も無さそうだった。
「何か…思ってたよりも弱そうね…」
 ヒメカがレンリに目を合わせると、レンリは首を振った。
「コイツはやべえヤツなんだよ。警戒してねえのは、“何しても死ぬことがない”からだ。魂すらねえんだよ」
 レンリは鋭い眼差しをサージェイドに向けている。
「……」
 ヒメカは言葉に詰まった。魂が見えているレンリが言うのだから、魂が無いのは本当なのだろう。
 しかし、半信半疑だったとはいえ、声をかけてしまった手前、このまま立ち去るわけにもいかない。何か話さなければ。
 ヒメカは気になっていたことを思い出した。
「ねえ、教えなさい。あの女は、あんたに何を願ったの?」
「サラ…か?」
「そうよ、サラの願いよ」
「願い…の、他に言ウ…は、だめ」
「あ、そう…」
 ヒメカは半眼になって口を尖らせた。別にあんな女なんてどうでもいい。と、自分に言い聞かせる。
 サージェイドは長い尻尾を揺らしながら、公園のジャングルジムの方へ走っていった。するすると上に落ちるように素早く登りきると、骨格だけの翼を大きく広げる。
 一瞬だけ純白の羽毛に包まれた翼が見えた気がした。
「まだ話があるのよ!」
 ヒメカはサージェイドを見て声を大きくした。
 サージェイドはきょとんとした顔でヒメカを見ると、真っ白な豹の姿に変えて、ジャングルジムの天辺から飛び降りた。着地と同時に、また人の姿に変わる。
『用件は』
 突然、頭の中に威厳を感じる低い声が響いて、ヒメカは硬直した。レンリにも聞こえたらしく、レンリは手から大鎌を出して身構えた。
 サージェイドはそんなヒメカとレンリを見て薄く笑うと、今度は砂場の方へ走っていった。両手で砂を掬い上げ、空に向かってばら撒く。投げられた砂の粒は花びらと雪の結晶に変わり、ヒラヒラと舞い落ちた。
「あんたの声…なの?」
 ヒメカは注意深くサージェイドを見据えた。
『人語は発音するに難しい。この方が話しやすい。…願いを言いに来たのか?』
「え…」
 思いがけない言葉に、ヒメカは息を飲んだ。
『誰しも願いを秘めている。赤い魔女と、魂狩りの元人間。お前たちもそうであろう』
「願い事…」
 ヒメカは小さく呟いた。図星だった。けれど、こんな都合のいい事、信じられない。この白い神は、サラの仲間なのだから。
「ねぇ、あんた、本当に神様なの?」
『それを決めるのは、お前たちだ』
「なにそれ、意味わかんない!」
『我は願いを叶える存在であって、何であるかは他の者が決めてきた。神と呼ぶ者が最も多かったが、悪魔と呼ぶ者もいた。崇拝対象とする者もいたし、道具とする者もいた。好きに決めるといい』
「ずいぶん、いい加減ね…」
 呆れた声でヒメカは言葉を返した。
 サージェイドは相変わらず公園内を動き回っている。話す態度もいい加減で、少なからず腹が立つ。
「っていうか、あんた、何でそんなに偉そうな口調なのよ。喋ってるのと違いすぎておかしいわ!」
 文句を言うと、サージェイドは首をかしげた。
『我はお前たちに直接、意を伝えているだけであって、我の口調をどう感じ取っているかはお前たちの先入観、または心にある印象次第だ』
「何それ…」
 ヒメカはレンリを見上げた。
「俺には、気味悪ぃガラガラとした声に聞こえる」
 ヒメカの意図を察したレンリが言った。どうやら、違う声に聞こえているらしい。
 ヒメカは大きく息を吸った。
「あんたは子供!あんたは子供!あんたは子供! 子供ったら子供ッ!」
 まさかとは思いつつも、自己暗示をかけてみる。
『そんなに思うほど、子供っぽいかなぁ?』
「本当に…変わった…」
 口調だけでなく、声色も少年のような高い声になった。
『ほら、君次第だろ? オレが何であるかを決めるのは君たちだから』
 サージェイドはシーソーの上に乗って、ヒメカに振り向く。シーソーはサージェイドの重さを感じていないのか、傾かずに上がったままだった。
 無邪気さと不気味さを感じて、ヒメカは肩を竦める。
 レンリは大鎌を構えたまま、サージェイドを睨んでいた。
「本当に、どんな願いも叶えてくれるの?」
『どんな願いも、望まれれば、いくらでも。それがオレの本性だからね』
 上がったままのシーソーの上で、足をぷらぷらと揺らし、サージェイドは言った。
『でも、いくらでも叶えてたのは昔の話。オレは力の源を失ったから、今は対価が必要だ』
 そう言い加えて、サージェイドは真っ白な鳥の姿に変わって、飛んでいった。公園に設置されている池の上まで飛んでいくと、今度は人魚のような姿に変えて、池に飛び込んだ。
「対価…? それって、命…とか?」
 伺うように、ヒメカは呟いた。
『そうだね。生贄や供物を対価にした人もいた。君の場合、特定の人物の運命を変えることになるから、運命と同じ重さの対価が必要だ』
「!」
 ヒメカは目を見開き、たじろいだ。この神は、ずっとずっと願ってやまない想いを把握しているのだと分かった。
 でも、この神はサラの仲間のはず。だけど、この話の流れは願いを叶えてくれる様子がある。
 それなら話は早い。ヒメカは心にある葛藤を抑えた。
「運命の重さって…。例えば何よ?」
『誰かの運命や命、他にもあるけど…。君自身がもっている、その魔女の魔力全てでもいい。…ただし、全ての魔力を失った君はごく普通の人間になる。手に入れた者と一緒に歳をとって、やがて死ぬ」
 それを聞いたヒメカは走り出して、サージェイドが泳いでいる池に向かった。身を乗り出して、水面に頭を出しているサージェイドに顔を近づける。
 それって、もしかして。
「あ…あたし、あの人と同じ時間を暮らせるの…?」
 夢見ることすら許されないと思っていたことが、実現できるかもしれない可能性に、ヒメカは身を震わせた。
「ヒメカ、騙されんな。こいつは悪魔よりタチが悪い存在だ」
 レンリが駆け寄ってきて、ヒメカの肩に手を置いた。
 サージェイドは表情らしいものは浮かべず、首をかしげる。
『騙されたかどうか、それを決めるのも君たちだ。オレは願いを叶えるだけだから』
ばしゃりとイルカのように跳ねて、水面から尾びれを覗かせてゆっくりと左右に振る。
「黙れ化け物」
 レンリは怒りを込めて低い声を出すと、ヒメカの手を引いた。
「こいつに関わるな。ロクなことにならねえ。帰ろう」
『オレが怖いのか?』
 サージェイドはレンリを見上げた。
「ああ、そーだよ! 俺は得体の知れねえのが大っ嫌いなんだ」
 レンリは乱暴な言い草でサージェイドに言い返した。
 サージェイドは、ふぅんと頷いて、またイルカのように跳ねた。
『君たちが神と呼んでいる存在と、悪魔と呼んでいる存在。その差って何だ? 自分にとって有益なことをしてくれるのが神で、悪いことをするのが悪魔だろ? オレは願いを叶えるだけ。その結果がよければ神とされるし、悪ければ悪魔と呼ばれる。…好きにすればいい。願いも、その意味も、それが招いた結果も。良いか悪いかの決定権は、君たちなんだから』
「うるせえ! 悪神が!」
『っ…』
 サージェイドがびくりと体をゆらした。目を大きくして視線を逸らす。明らかに動揺している様子に見えた。
「何だ? 悪魔と呼ばれるのは平気なくせに、悪神と呼ばれるのは傷付いたか?」
『……』
 サージェイドは俯いてぎりりと牙を食いしばる。そして、人魚の姿のまま翼を生やすと池から飛び上がった。ぎゅっと目を閉じ、くるりと身を翻すと、煙のように消え去っていった。
 公園がしんと静まり返る。ざわついていた空気が、嘘のように晴れた。
「…逃げやがったか」
 レンリは、ふんと鼻を鳴らし、大鎌を手の中に戻した。
「あたし…、お願い事…が…」
 サージェイドが消えた場所から目が離せず、呆然と立ち尽くすヒメカ。
「冷静になれよ」
 レンリは溜め息をする。ヒメカの背を押し、帰りを促した。


 ちりん。と、入店を告げる鈴の音。
 サラは出入り口の方へ顔を向けた。
「いらっしゃいませ!」
 入店者の姿を見て、サラは目をぱちぱちとさせた。
 ピンク色の髪を生やした可愛らしい少女が立っている。少女はサラと目が合うと、花が咲くような微笑みを浮かべて、ピンク色のワンピースの裾を摘み、会釈をした。ほのかに漂う気品さがある。
 サラは可愛いらしさに見とれてしまいそうなのを我慢し、少女をテーブル席へと案内した。コップに水を注ぎ、少女にメニューを見せながら本日のオススメメニューを説明する。少女は、ゆっくりと頷きながら聞いていた。
「お決まりになりましたら、お呼びください」
 そう言い終え一礼すると、サラは早足でカウンター席の端に座っている2人の所へ向かった。
「ねぇ! サージェイドくん、レンさん。あの子、すっごくかわいい!」
 見て見てと言わんばかりに、サラは2人の肩を揺すった。
 サージェイドはフライドポテトを咥えたまま少女の方へ目を遣る。真紅の瞳で数秒ほどじっと見つめて、「マザリモノ…」と呟きながらこくこくと頷いた。
「あー?」
 一方、レンリは気だるそうに顔を上げ、目深になったフードを少し持ち上げると、横目で少女をちらりと見た。
「……。俺はあんたにしか興味ねえよ」
 と、サラを見上げる。
「それは今、関係ないです!」
 サラは顔を赤らめてレンリに抗議した。
「コーヒーのおかわり、いかがかな?」
 店長がカウンターの奥から少し棘のある声色で、レンリに言い放った。レンリは舌打ちして、サージェイドを指差しながら店長を睨む。
「おい、店長。何でコイツを俺の隣に座らせやがんだ。他の席、空いてんだろ」
「サージェイドくんは、見張り役さ。特に、今僕の目の前にいるような不審者の、ね」
「ざけんな。こんな得体の知れないのが隣りにいるんじゃ、生きた心地がしねえよ。うさたまたちもビビって出てきやしねえ」
 レンリは大きく息を吐いて、再びサラを見上げた。
「なぁ、そろそろあんたの魂を…」
「ガァ!」
「痛ぇ!」
 突然サージェイドに腕を噛み付かれて、レンリは立ち上がった。ハッとして店長を見ると、店長は不敵な笑みを浮かべ、右手の指をぱくぱくと動かしていた。その仕草は明らかに何かの指示をしているように見える。レンリは腕に噛み付いているサージェイドの青い髪を引っ張って引き剥がした。
「おい化け物! 高位存在がなんで人間なんかの使い魔に!? あの男、一体どんな契約を…」
「ごはん、おいシい」
「餌付けされてんのかよ!」
 3人の遣り取りを見て、サラはレンリが店長とサージェイドとも仲良くなれたのだと勘違いして、にっこり笑った。
 お客が去ったテーブルを拭いて、再び少女の方を見ると、少女はメニューから目を離して、店内を見回していた。
「お決まりですか?」
 サラはすぐに少女へ近づいて声をかける。
 少女は嬉しそうに目を細めた。その瞳は、透き通るような美しいアイスブルーの色をしていた。
「これと…これを、お願いします」
 少女は見た目に違わぬ可憐な声で言いながら、メニューを指差す。
「かしこまりました!」
 サラは元気に返事をし、サージェイドの尻尾で首を絞められているレンリの横を通り過ぎて、店長の所へ戻った。
「店長、ティラミスとイチゴミルクをお願いします!」
「はい、すぐに用意するよ」
 店長はにこやかな笑顔で応えた。
 サラは店長の作業の邪魔にならないように少し離れた位置で、少女を見ていた。
 どこかのお嬢様だろうか。気品ある佇まいは、昔話のお姫様のように感じる。
 あれ? でも…。
 サラは少女を見つめる目を凝らした。
「翼…?」
 こちらからだと良く見えないが、少女の背中に翼が生えているように見える。
 サラは店長が用意したティラミスとイチゴミルクをトレーに乗せる。レンリを見てくすくすと笑う店長を後に、サージェイドに頭を噛み付かれているレンリの隣を通り過ぎて、少女の所へ向かった。3人が仲良しになれたようで、本当に良かったと思う。
「お待たせしました」
 少女の前にティラミスとイチゴミルクとテーブルへ置き、サラは一礼しながら少女の背中を覗き込んだ。
 やわらかな羽に包まれた翼が見える。やはり見間違いではなかった。
 サラは感極まって両手の拳を握り、唇を噛み締めた。
 この少女はきっと天使に違いない。このお店にもついに天使が来たんだと、サラは心を弾ませた。
 コップの水が少なくなっているのに気付き、サラはコップを手に取る。
 その時。
 手が滑り、コップが空を切るように落ちて割れた。
「わわっ、申し訳ありません!」
 サラは血の気が引き、慌ててコップの破片を拾い上げる。店長の方を見ると、幸いにも、レンリとサージェイドと騒いでいるお陰で、気付いていないようだった。特に店長にはとても心配されてしまうから、迷惑をかけないように急いで片付けてしまおうと思った。
「っ…」
 逸る気持ちでコップの破片に触れた指先が、赤い筋を引いた。赤い線はじんわりと熱を帯び、ぷつぷつと出てきた真紅色の粒が大きくなっていく。
「大丈夫ですか?」
 ふいに声をかけられて、サラは顔を上げた。
 少女が気遣うように見つめていた。
「大丈夫です。すぐに片付け…」
 サラが言い終わらない内に、少女はしゃがみ込んでサラの手を両手で包んだ。少女の翼と手が光り、人肌の温かさとは明らかに違う、やさしい温もりが伝わってくる。
 すると、サラの指先から出た血が引いていき、傷ひとつ無い指先に戻る。
 少女の翼が、氷の結晶のようにきらきらと輝いたのがゆっくりと元に戻っていくのを見て、サラは驚きのあまり、体が固まったまま動けなかった。
「わたしのこと、内緒に…してくださいね」
 少女は、人差し指を口元に当てて、囁いた。
「…やっぱり、天使だ…」
 呆然とするサラが無意識に呟いた言葉に、少女は小さく首を振る。
「セシルと申します」
 やわらかな微笑を湛え、セシルと名乗った少女はゆっくり立ち上がると、席へ着いた。
「ありがとうございます!」
 サラは立ち上がって、少女に深く頭を下げた。
 すごい。天使は怪我を治せてしまうんだ。サラはすっかり気分が高揚していた。
 店長たちに気付かれないように箒を持ち出し、コップの破片を片付ける。
 片付け終わったころに、サラはセシルの背中の翼を見つめて、セシルとの約束を思い出した。
「内緒にっていわれたけど…。もう、バレちゃってるよねぇ…」
 店長は人ならざる者の姿が見える。レンリは魂が見えている。サージェイドは…多分何か分かってるはず。
 サラは気まずい表情で、3人の方へ目を遣る。
 3人は、サラの心配をよそに、まだ騒いでいた。


うちよそ話

日記 - 日常の雑記

うちよそ、楽しいな。ハマってる。
あやさんの世界観が魅力的過ぎる。喫茶店のお名前も「再会」の意味だなんてステキすぎて…。
 
ではでは、今日は、お話2本です。
毎度ながら、勝手にあやさん宅の世界観をお借りしたお話。
 
1話目は、うちのサージェイドの小難しいアホ話と小ネタ。短文です。
2番目は、あやさん宅の赤い魔女・ヒメカちゃんのお話です。
恋を知らない王女と、恋する魔女。この対極さが、とてもいい設定だと思います。うずしおの好み!!
うずしおは、一途で儚い恋に弱い。
殆どうずしおの妄想なので、あやさん宅のヒメカちゃんとは相違があります、申し訳ない。
お話短めにするために、ちょっと文章構成が荒いです。短めでも美しい文章構成と表現ができるようになりたい…。
 
みなさま、良いお年を。


「テンチョー、てんちょお!」
 サージェイドは店内の客がいなくなると、店長の傍へ駆け寄った。
「何だい?」
 後片付けをしている店長が、手を止めて顔を向ける。
 サラの魂の奥深くで眠っている、願ってやまない【恋】とはどういうものなのか教えてもらいたかった。宇宙は全能だけど、全知ではない。
「あの、アレ…何ダ…?」
 言おうとして、言葉に詰まった。
「?」
 店長がきょとんとした顔で首を傾げる。
 ああ、だめだ。【恋】って人語で何と言えばいいんだ。言語が分からない。どうして人間は、こんなに言語が複雑なのか。
 店長の思考に直接言葉の意味を伝えられればいいが、それが普通にできたのは前の話。すっかり神通力が衰退してしまった今では、そんなことも簡単にできない。
 銀河のひとつでも吸収すれば、しばらくは活動に困らない力に変えられるが、銀河を吸収するには数十年かかる。この星の人間の寿命からすれば長い年月だ。何より、サラの命に間に合わない。
「あ、うー。いつモ、サラが…思う、やつ!」
「サラちゃんが思ってることかい?」
 店長は腕を組んで思考をめぐらせた。
「友達のこと、宿題…、映画、テレビのドラマ、明日の朝ごはん…とか?」
「ごはん…!」
 サージェイドは無意識に尻尾を振った。
 違う。今はそれじゃない。
 知らない言葉もあって気になるけど、知りたいのはそれじゃなくて。
「今日の日替わりランチは、サージェイドくんが好きな、チーズハンバーグだぞ~」
 こちらの気も知らず、店長はにやりと笑って魅力的な言葉を投げてきた。
「ちぃず!」
 だから、違………食べたい。
「ふっふっふ…。しかも今日はチキンステーキも付けちゃうからね」
「ホントか!」
 …あれ? 何考えてたんだっけ…?
「もうすぐできるからね」
 おいしいごはん。
 願われれば、望みを叶える。自分はそういう存在。願いを要求することはできないが、店長はいつもサラを守って欲しいと言っている。だからきっと、ごはんはサラを守る対価に違いない。
 サラを守るための力の温存は重要だ。
 
 サージェイドは店を出て、飛び立ち、店長の喫茶店の屋根の上に身を横たえた。煌々と輝く太陽を見上げる。
 あんな近くにとても小さな恒星がひとつある。食指を伸ばせば、すぐにでも届く距離に。でも、あれを吸収してしまったら、この星の生態系が大きく変わってしまう。人間の生活も大きく変わるから、サラが困るかもしれない。それでは本末転倒というもの。
 骨格だけの翼に皮膜を広げて、日向ぼっこをする。恒星から放たれるエネルギーを我が身の全てで吸収して時間を過ごした。光も吸収するとなると、他の生き物からは観測不能な真っ黒な物体に見えているかもしれないが、そんな事を気にしている場合ではない。
 半身である暗黒の宇宙はずっと眠ったままエネルギーを消費できずに膨れ上がっていく一方。そのエネルギーを得て物質と神通力に変換し、肥大化を抑えていたのは自分なのに。
 近頃、もし力が尽きたら自分はどうなってしまうのかと考えるようになった。この思考すらも無くなるとしたら、自分は何になるのか。生命体でもなく、霊体ですらない。存在を証明できるものがいない。
 ここまで自我を意識させられてしまうのは、人に近づき過ぎたせいか。
 人間は、獲物を狩る牙も無い、天空を駆る翼も無い、光が無ければ視界も閉ざされる。けれど、これらを全て克服した種族。己に無いものを得ようとするその貪欲さは他の種族には無い。そして、己を強く自覚し他を意識する、そんな面白い存在。
 人間への興味は尽きない。原初に戻すことも躊躇うくらいに。
 今はサラの願いを叶えるために、サラを守るために、この星のここに留まっている。願いの天秤は傾いたまま。サラが願えばいつでも叶えられるのに、サラは願いを思い出せないでいる。
 ふわりと優しい気配を感じて、サージェイドは身を起こした。
 サラが「学校」からここへ向かってくる。
 ああ、そうだ。【恋】ってなんだろう。
 
 
 
【サージェイドに関する小ネタ:割と与太話】
過去に、サージェイドが暗黒の宇宙と分断される前、対価無しで無尽蔵に願いを叶えていたときのこと。
不老不死を願った男がいた。願いが叶った男は、永い永い時間を思うまま自由に生きた。しかし寿命が尽きた星は崩壊し、宇宙へ放り出された。生物のいない惑星に辿り着いた男はその惑星の寿命が尽きて崩壊するまでを孤独に過ごし、燃え盛る恒星の重力に引き寄せられた男はその恒星の寿命が尽きるまで体を焼かれ続けた。それを延々と繰り返し、今でも宇宙のどこかを彷徨っているらしい。
また、サージェイドと同等の力が欲しいと願った女は、別次元の空間を与えられ、無の空間から宇宙創成をするハメになった。さらに自分が望む願いを叶える事が出来ないのを知り、絶望した。願いを叶える仕組みは自分自身の願いには発動しないからだった。永遠に続く時間の最中、気まぐれに別次元に来たサージェイドと奇跡的に再会することができ、女は殺してくれと願った。サージェイドはその願いを叶え、別次元の空間も消滅した。
同じ願いが重複したり、法則の組み合わせが物理的に不可能な場合、過去に戻って未来を変えたいなど、ひとつの次元で願望成就が不可能な場合は、別次元(パラレルワールド)を生成してそこで法則を組み直す。
絶対条件として、願いを叶えてもらうにはサージェイドと対峙し本人が直接伝えなければいけない。離れた所で、祈り、思うだけでは叶わない。解釈違いな願いが叶ったりする場合もあるので、伝える際は慎重に。
一緒にいたい、傍に居て、宇宙の全てを手に入れたい、というような願いは、サージェイドに吸収されるだけなので、願わないほうがいい。常識が通じないことも多々ある。
 
暗黒の宇宙は宇宙の外側であり、サージェイドの半身にして原動力。存在しているのかも不明の空間だが、サージェイドだけはその存在を認識しエネルギーを得ていた。
半身である暗黒の宇宙と分断されてからは、願いを叶えるには対価が必要になった。暗黒の宇宙と分断された原因は、神々の嫉妬。
不老不死、銀河支配など、多くの事象に影響する願いには大きな対価が必要になる。特に、時間に影響する願いは対価が大きい。
 
願いとは関係なく、サージェイドは宇宙の物質を吸収する(ブラックホールとして観測されている)。この行動はサージェイド自身の意思なので、この時だけはどんな願いも聞き入れない。
暗黒の宇宙と分断されたせいで不足するエネルギーを補うためであり、宇宙に散らばる全てを吸収すれば暗黒の宇宙に再び会えると思っての行動なので、他の生命がどうなろうと知ったことではない。


 どうしてあの神が。
 雪のように真っ白な肌に深い晴天色の青い髪、人間の姿に似せていても、すぐにわかった。あれは超高密度の魔力に似た力が具現化した「何か」。
 神としか言い表せないからそう呼ばれているだけであって、正体不明の願望機関だと魔女の間では言い伝えられている。天の星々を喰らう化け物であり、どんな願いであっても法則や理を組み替えて叶える存在だと。
 お伽噺のような、ただの言い伝えだったはずなのに、まさか実在していたなんて。
「なんであんなのまで味方に引き入れてるのよ! そこまでして全部ひとり占めしようっていうの!?」
 ヒメカは感情が昂ぶって、手にしていた水晶玉を床に投げつけた。
 叩き付けられた水晶玉は硬い音を響かせ、ころころと部屋の隅に転がる。壁に当たり、水晶玉が止まった。
「あ…」
 水晶玉の表面にある小さな古傷。それが目に入ってヒメカは我に返った。
 
 
 魔女だって、恋をする。
 
「ヒメカは魔法が上手ね」
 いつも褒めてもらっていた。
 暗く深い森にある小さな魔女の村で、ヒメカは生まれた。
 村の中でもヒメカの魔力はとても優れていて、村の魔女たちは幼いヒメカを褒め称えていた。
 ある日、ヒメカは魔女の一族の宝とされている水晶玉を受け継いだ。
 幼く小さな両手には余る大きさの、世界を逆さまにして閉じ込めたような曇り一点無い美しい水晶玉。魔女たちに使い方を教えてもらったヒメカは、すぐに使いこなせるようになった。
「わぁ、きれい!」
 水晶玉の中で初めて見る外の世界。大きな大きな水溜り、地平線まで広がる草の絨毯。白い帽子を被った大きな山。
 村のすぐ外にある鬱蒼とした暗い森とは全く違う景色に、ヒメカはすっかり夢中になった。
 多くの魔法を学び、水晶玉で世界を見る。小さな村で、そんな日々が過ぎた。
 いつも通り勉強を終えて、木の机の上に水晶玉を置く。今日は何を見ようかなと心を弾ませる。
 水晶玉に映し出されたのは。
「これは…人間?」
 初めて見る、人間。
 いつも森から遠く離れた場所を水晶玉で見ていたヒメカは、森の外に人間の国があったことを知らなかった。
 人々が笑顔で行き交う大通り、色々な果物が並べられたお店。小さくて古臭い魔女の村にはない活気に溢れていた。
 幼い魔女は珍しさに興奮し、水晶玉で国中を見て周った。
 そして、国の外れであるものを見て、ヒメカは目を大きくした。
 国の外れは寂れた町だった。崩れそうな壁の家の前で、同い年くらいの幼い男の子が2人、パンを齧っていた。埃で黒く汚れた頬いっぱいにパンをほおばり、万遍の笑顔でお話しをしている。その幼い男の子の片方、右目が固く閉じられている隻眼の少年の笑顔に、目を奪われていた。
 高鳴る心音、揺れる瞳、ぽかぽかと顔が熱くなる。生まれて初めての感情に、ヒメカは戸惑った。魔女たちに、人間は怖い人たちだと教わっていたが、そんな記憶も片隅に追いやられ消えていく。
 ヒメカはきらきらとした表情で、隻眼の少年を見るようになった。
 どんな声だろうか、どんなお話をするだろうか、何が好きだろうか。
 日に日に想いは強く重くなる。心が押しつぶされてしまいそうだった。
 ある時、隻眼の少年が近くの森へ木の実を採りに来ると知ったヒメカはいてもたってもいられず、大急ぎで水晶玉を抱え、魔女たちに内緒で魔女の村を出た。
 薄暗い森を走り、水晶玉が映し出す少年のもとへ。胸が苦しくなるほど息を切らし、痺れる足を我慢して走り続けた。
 そしてついに、水晶玉の中の虚像ではない、本物の隻眼の少年を見つけた。体の疲れも、まるで無かったように消えた気がした。
 身を屈め木の実を拾っている少年に、一歩一歩ゆっくりと近づく。
「!」
 ヒメカはびくりと体を飛び上がらせた。大きな狼が牙をむき、草むらの陰から少年の背中を狙っていた。
「だめぇ!」
 精一杯の悲鳴をあげる。少年は驚いて立ち上がった。
 狼は大きく唸り、狙いを少年からヒメカへと変え、飛び掛ってきた。
「あぶない!」
「きゃっ!」
 隻眼の少年はヒメカを突き飛ばし、狼の牙から守った。
 狼はグルルルと声を荒げ、隻眼の少年に狙いを定める。少年は足元にあった石を拾い、狼の顔めがけて投げつけた。それでも怯まない狼。
 少年は近くの木の枝を折り、それを構えた。
 睨み合う少年と狼。
 狼は少年の気迫に負けて、後退し、森の奥へと消えていった。
「だいじょうぶ?」
「あ、あり…ありが…と…」
 隻眼の少年に声をかけられ、ヒメカはたどたどしくお礼を言う。少年がヒメカの手を取り、ゆっくりと立ち上がらせてくれる。
 その手の温かさ、真剣な眼差しの後に見せてくれた安堵と優しさの笑顔に、ヒメカは恍惚とした。
「ごめんね。きれいな石が、ケガしちゃった…」
 少年に助けてもらった弾みで飛んでいった水晶玉は、尖った岩にぶつかってしまったせいで、小さな傷がついていた。隻眼の少年は水晶玉を拾い上げ、土を払い落としてヒメカに差し出す。
「ううん。いいの」
 ヒメカは首を振った。
 あなたが無事なら。
 水晶玉は一族の宝物だけれど、それよりも大切なものが目の前にいる。
「あ、あの…」
 どうしよう、お話がしたいのに、何を話せばいいのかわからない。
 胸の奥が温かくなる、この気持ちが不思議だった。もっと一緒にいたい。そんな想いが強く拡がる。
 けれど、そんな小さな願いに対しても、時間は残酷に過ぎる。
 日が暮れた森の中、名残を惜しむ時間も無く、隻眼の少年は別れを告げた。
 魔女の村に戻ったヒメカは、村を出たことを知られてしまい、魔女たちに強く叱られた。
 けれど、ヒメカの心は、隻眼の少年との出会いの嬉しさで満ちていた。
 
 あの日から、ヒメカは水晶玉の小さな傷を見るたび、少年のことを思い出して火照る顔を両手で覆っていた。
 顔と心が熱くなる。あの少年の笑顔、強さ、優しさに惹かれて。
 行き場の無い想いは、大きく膨らんでいくばかり。
「また…、会いたい…」
 水晶玉越しに見る、彼の笑顔。
 その笑顔で、ヒメカのことを見てほしい…と、想いを寄せた。
 けれど、数年後。
 逞しく成長した隻眼の少年の瞳が映していたのは、国の王女となる少女だった。仲良しの少年と2人、王女に手を差し伸べられ、騎士に選ばれていた。
信じられないことだった。
 王女は、多くの人々に笑顔で囲まれ、愛され、優しくされていた。そのたくさんの人々の中に、隻眼の少年もいる。
 ヒメカは目の前が真っ暗になった。
 違う、きっと違う。会えば、直接会えば、きっとあの笑顔をあたしに向けてくれるはず。
 小さな希望を胸に、ヒメカは再び魔女の村を出る。魔女たちは、ヒメカをとめようとした。しかし、ヒメカはそれを振り切った。箒に跨り、隻眼の少年が住む国へと飛んでいった。
 人間に恋をしてはだめ。魔女のひとりが叫んだ言葉も、ヒメカの耳には届かなかった。
 
 初めての人間の国。水晶玉で見てはいたものの、肌に感じる雰囲気が新鮮だった。
 国に入ってすぐ、町の外れで、隻眼の少年を見つけることができた。
「あ、あの…!」
 ヒメカはすぐに声をかけた。
 隻眼の少年は目を大きくして、呆然とした表情でヒメカを見つめた。
 無理も無かった。暗がりの森で、ほんの2時間ほどの幼い出会い。数年もの時が流れ、すぐに思い出せるはずが無かった。
「うわあ! 魔女だ!」
 誰かの大声が聞こえた。
 ヒメカに気付いた民が、騒ぎ始めた。
「魔女がいるぞ!」
「出て行け!!」
 険悪な気配を放つ民たちが次々と集まってくる。斧や鍬を手にじりじりと迫り、ヒメカを取り囲む。
 隻眼の少年は、何かを思い出そうと、ヒメカをじっと見ている。
「騎士さまは、王女さまのところへ! 他にも魔女がいるかもしれません!」
 民に急かされた隻眼の少年は息を飲み、弾かれたように走り去っていった。
「待って! あたしは…!」
 呼び止めようと声を上げる。勇気を振り絞って出た言葉は、民たちの喧騒に虚しく掻き消された。
 ヒメカは立ち竦んだ。
 どうして…。どうして、ヒメカは嫌われるの…? きっと、あの王女がひとり占めしようとしているんだ。あんなにいっぱいの人に囲まれて、全てをもっている。ヒメカは、ひとりだけでいいのに…。
 ガラスが割れるように、甲高い音をたてて何かが砕ける。
 体中を駆け巡る魔力の循環が、激しい感情に煽られて勢いを増す。
 赤い髪が鮮やかさを増し、燃え上がるように広がった。
「いつか…いつか必ず! 全部奪ってやる!!」
 悲しみの感情は黒く濁り、憎悪に変貌した。
 心に灯る恋慕は怒り狂い、嫉妬に豹変した。
 
 たったひとつすら手に入れられなかった魔女は、全てを持っている王女を憎み、陥れることを考えるようになった。
 
 
 
 床に転がった水晶玉を拾い上げる。
 水晶玉の小さな古傷。触れることすらできないくらい大切で、一途な気持ちの思い出が宿っている。
「好き…。好きなの…」
 だからお願い。もう一度、あの人を振り向かせて。神様でも悪魔でもいい。このお願いを叶えて。
 零れる涙。
 水晶玉を抱きしめて、赤い魔女は泣き崩れた。


うちよそ

日記 - 日常の雑記

サラちゃんの真似。
うちのサージェイドが原子レベルで変身特化してるの見せてやんよ!!(何)
 
 
最近、DJ TOTTOさんの「伐折羅」を聞きまくっている。
この曲のおかげで25日にうちよそ話書ききったと言っても過言じゃない。
こんな素敵な曲があったなんて…。弐寺に移植してくれオネガイシマス。
和風な雰囲気で、速い拍子の疾走感。煌びやかなのに力強い。実にいい曲。
曲でも絵でも小説でも、創作意欲を沸かせてくれる作品って本当に素晴らしいと思う。自分の感性に突き刺さったっていう証拠だよね。
音ゲーありがとう。感謝してる。


うちよそ話

日記 - 日常の雑記

うちよそ話。
突然に創作欲が沸いてきたので、ガガガ~っと書けました。
あやさん宅のサラちゃんの前世のことと、12/18のうずしお日記の夢ネタが元になってます。
うちのサージェイドがあやさんの世界観に介入しまくってて、申し訳ない。
でも、でも、どうしても書きたかったのです…!!
詳しい世界観はあやさんのブログのお話にて、どうぞ。
多少の矛盾点は目をつぶって見なかったことにしてくだされ。


 かつては神と呼ばれ、あらゆる願いを叶えていた。
 どんな願いも、望まれれば、いくらでも。
 人間は喜んでくれていた。
 それなのに。
 どこで間違ってしまったのか。
 
 今は神と呼ぶ者もいない。サージェイドという名を覚えている者もいない。体に形が無かった存在故に、その姿を後世に記されることも無かった。
 人間のことを知りたかった。
 良いこと、悪いこと、その違いを知りたかった。
 何故、人間が悪い願い事をするようになったのか、知りたかった。
 けれど、この時代の人間は戦争ばかり起こしている。互いの領地を奪い、命を奪い、疲弊していく。良いことも、悪いことも、人間たち自身が分からなくなっていた。これでは本来の人間とは違うはず。
 この時代が過ぎるまで、身を隠して待とうと思っていた。千年か、億年か。
 それなのに。
 
「あなたが伝説の…どんな願いも叶えてくれる白いドラゴンですか?」
 その人間の少女は、この姿を見ても退くことなく話しかけてきた。でもその足は震えている。当然の反応だ。森の中の巨大な窪地に白い液体のように体を広げ、他の生物が畏怖し嫌悪する姿形を真似ているのだから。大抵の生物はこの姿を見れば逃げていく。人間には、この姿は震え上がるほど醜悪なものに見えているはずだ。
 サージェイドはドラゴンに似せた頭をゆっくりと上げると、少女の周りを囲んでいた数人の人間が身構えた。
「あ、あれは…とても話が通じるように見せません。そこら辺の魔族や悪魔とは格が違う! とんでもないバケモノです! か、帰りましょう…!」
 少女を囲む人間の一人が、震えた声で言う。
 人間が、この森の中心まで来るとは珍しい。何が目的だろうか。この宇宙の半身を従えようとしに来たか、それとも栄誉を得るために戦いを挑みに来たか。この時代の人間は強さを誇示し、無益な戦いを好む。
 少女は周りの人間の手を振りほどき、歩み寄って来る。
「私は、サラと申します。あなたにお願いがあって来ました」
 まっすぐに見上げてくる瞳には、強い意志が感じられた。
 ぐるると喉を鳴らすと、少女の左右にいた騎士が前へ出て盾を構え、剣を握った。
「やめて」
 少女は2人の騎士を制する。震えるつま先で、また一歩近づいてきた。
「どうか…。私の願いを叶えてください」
 両膝を地に着け、両手を胸の前で組み、頭を下げた。その少女の姿を見た周りの人間たちは、驚きの表情を浮かべて顔を見合わせる。そしてすぐさま、同じように両膝を地に着け、両手を大地に着けた。
「ここに来るまでに、持っていたものは失ってしまいました。今、あなたにお渡しできるのは、私の命…」
「だめだ!」
 騎士の片方が少女の言葉を遮った。少女は、びくりとして顔を上げる。命を差し出す覚悟に怯えている表情だった。
 恐怖と迷い、沈黙。人間たちから緊迫した感情が伝わってくる。
 サージェイドは人間たちをじっと見た。どの人間も、薄汚れた体に傷を負っていて、やつれていた。ここに来るまでにどれほどの苦労があったか、過去を視るまでもなく容易に想像がつく。
 苦難の末に、恐怖を味わい命を差し出す覚悟を乗せて、そこまでして何を望むのだろう。
 無尽蔵に願いを叶えていたのは、この星を包む銀河が6回生まれ変わる前のこと。この星に人間が生まれてから少しの間だけは微々たる願いを叶えて人間の発展を支えていたが、それもこの時代からすれば昔の話。暗黒の宇宙と分断されて永い時が過ぎたせいで大半の力を失っているこの身では、願いを叶えるに見合う対価を得なければ法則を支配し事象を操作することは難しい。
 だが、この少女は命を差し出すつもりでいる。ひとつの運命に相応する願いを叶えることはできる。
『願いは何だ』
 人間たちの思考に直接言葉を伝えると、人間たちは目を丸くして見上げてきた。
 少女は震える唇を噛み締め、ゆっくりと口を開いた。
「戦争のない、平和な世界にしてください…」
 その願いに、サージェイドは顔を顰めた。それを攻撃の前兆と捉えたのか、2人の騎士が立ち上がって剣を向ける。
「やめて、2人とも!」
 少女が声を張り上げた。
「ごめんなさい…。このお願いは、だめですか?」
 縋るような目で見上げてくる。失意の色が見えた。
 顔を顰めたのは、願いを聞き入れる気がないからではない。戦争をなくしたいという願いに矛盾を感じたからだ。その願いを叶える必要はあるのか。
 戦争は人間たちが起こしている。自ら起こしていることを無くす願いをするなら、起こさなければいいのではないか。
『願いの真意は』
「本当は誰も…戦争を望んでいないんです。皆、悲しんでいます。大切なものを失って、悲しみが怒りに変わって、どうしていいか分からなくて、止められなくなってしまっているんです」
 少女は必死に語りかけてくる。
「私は…皆が平等で、何も奪わなくてもいい豊かな世界にしたい…」
「王女さま…」
 少女を囲む人間たちが、感情を押し殺すようにぎゅっと目を閉じる。
 サージェイドは少女を見据えた。王女か。人間の群れを束ねる長の子。この小さい少女が。
 少女の気配を探ると、清らかな魂が見えた。群れの中心に立つ者としての品格と素質を感じる。しかし、ひどく傷がついていた。これは、数え切れないほどの悲しみと絶望を受けてきた証拠。
 美しい魂には似つかわしくない、たくさんの傷。これ以上、増やしてしまうわけにはいかない。
『その願いを叶えよう。願いに値する対価を』
「待ってくれ! 俺の命を持って行け!」
 少女に寄り添っていた騎士が大きな声を出した。
「いや、俺の命を!」
 もう片方の騎士が前へ出る。その後、人間たちは次々と少女の前に立ち、自らの命を差し出そうとしてきた。
「だめ! お願い、皆やめて…」
 少女が泣き出しそうな顔をする。
 人間たちは互いに、我を我をと言い合い始めた。
 サージェイドは首をかしげた。これでは収まりそうも無い。
 何も、対価が必ずしも命である必要は無い。この少女が最初に言い出したからであって、人間たちが勝手に思い込んでいるだけだ。願いの重さに天秤が合うものであればいい。
『では、3つの記憶を対価としよう』
「記憶…?」
 少女が不安げな眼差しを向けてきた。
『この星の者たちから戦争の記憶と、我が存在の記憶を。そして、お前たちがここに来るまでの記憶を』
「それは…」
『望む世界を手に入れたら、必要のないものだろう』
「誰もあなたを覚えていないなんて…。あなたは、ひとりで寂しくはないのですか?」
 少女の言葉は意外なものだった。
 驚いた。全てにして唯一である宇宙の、その半身に、そんな問いをしてくるとは。
『その感情はない』
「あなたは…強いんですね…」
 少女は目を伏せた。
 何を悲観することがあるのだろうか。理解に苦しむ。
「あなたの名前を教えてください」
『忘れる存在の名を求めるか』
「対価が…必要ですか?」
『……。サージェイドと呼ばれている』
「サージェイド…あなたの名を、今私は覚えている。忘れてしまっても、この事実は永遠に残ります」
『…奇妙なことを言う…』
 初めてだ。こんな人間がいるなんて。
 媚びでもなく、同情でもない。ただ純粋に思う、優しさのために。
 この少女の願いが悪い願いか、良い願いか。それを知ることはできないが、この優しさを信じよう。
 サージェイドは、首を伸ばして空を仰ぎ、天の先の遥か遠くにある虚無の暗黒空間へ意識を向けた。
 法則を解き崩し、新たな法則を組み上げる。この少女の願いを込めて…。
 光の粒子が辺りに浮かび上がる。光の粒が集まり、一筋の光となって天へと登っていった。
 人間たちは、身を寄せ合いながらその光景を見つめていた。
『サラ…と、言ったな。お前の血に戦争が起きない世界の法則を刻んだ。血が薄まろうとも法則は乱れない。血族末代まで平和に過ごすといい』
「ありがとうございます!」
 少女は深々と頭を下げた。
 サージェイドは空間を捻じ曲げ、穴を開けた。少女の国の地と繋ぐ。
『お前たちには遠すぎるこの地まで、良く来た。戻りは容易にしよう。この空間を渡り、地に帰るといい』
 人間たちは空間の穴の揺らぎを凝視する。騎士のひとりが、様子を見るように剣先で空間の穴をつついた。
 空間の穴を見ていた少女が、振り返って見上げてきた。
「いつか、私の国へ来てくれますか? 皆が笑顔で暮らせる国を、世界を、あなたにも見てもらいたい…」
『…そうだな。その魂の傷が癒える頃に』
「絶対に、ですよ!」
 少女は笑顔を見せた。幸せの未来を約束された笑顔だった。
 
 静かな時間が流れる。
 誰も覚えていない存在に、会いに来るものは当然いなかった。身を隠すには都合がいい。
 サージェイドは時折、森の中であの少女の様子を見ていた。
 サラは人間だけでなく、他の種族にも優しかった。毎日のように走り回り、苦労を厭わず、豊かな世界にしようと尽力していた。周りの者たちも笑顔に満ち溢れ、サラを心から慕っていた。
 サラの願いは、悪い願いではなかったのだろう。
 信じて、いいだろうか。
 
 しかし。
 
 ある日、赤い魔力の流れを感じた。あの王女たる少女に向けられている。
 これはとても大きな魔法の発動。これほどの魔力を使える存在がこの星にいるとは。魔女と呼ばれる者の力か。
 運命に絡む、無数の決められた未来。少女に、最悪の未来が選ばれた。
 魔女に操られた人間たちが、冷たい目でサラを取り囲んでいるのが見える。
 サージェイドは愕然とした。
 サラが殺されてしまう。サラが守ろうとした大切な者たちの手によって。
 願いを叶えてまだ百年も経っていない。未来に続く願いが、たった数年で潰えるなど、叶えたことにはならない。願いの天秤は傾いてしまう。
 力の源となる暗黒の宇宙は、分断されてしまったせいで応えてくれない。未来を変えるための対価となるものも無い。
 力の無い自分に嫌気がした。分別無くあらゆる願いを叶え続けていたせいで、神々に悪神とされて堕ちた存在には当然の罰か。
 サージェイドは空間に穴を開けた。サラを助けにいかなければ。
 サラの住まう国の地へ渡り、我が身を鳥の姿に変え、探し回った。
 けれど、深く色濃い嫉みで構築された魔女の魔力は強い感情を帯びていて、サラの正確な場所が分からなかった。
 国から少し離れた海で微かにサラの気配を感じた。急いで海へと向かうと、呆然と海を見つめている男がいた。
「なんてことを…。なんてことをしてしまったんだ…」
 男は絶望に震え、罪悪の念と後悔に包まれていた。
 男の記憶を探ると、国の民たちに囲まれたサラが映った。民たちに痛ましい罵倒を浴びせられ、体の自由を奪われ、そしてこの海に沈められた姿が。
 サージェイドは海の底に意識を向ける。両手両足を縛られ、大きな石に繋がれたサラの体が見える。サラの魂は、もうそこには無かった。
 意識を広げて、輪廻を手繰る。広大な空間に満ちる魂たちの中に、サラの魂を見つけた。
 誰のことも恨んでいない、清らかな魂だった。
 肉体という遮りがない純粋な魂。その奥深くに閉じ込められている、小さな感情があるのに気がついた。
【恋をしてみたかった】
 それは、王女としてのサラではなく、少女としてのサラ気持ち。
 サージェイドは確信した。
 それが、サラの本当の願いか。
 それならば。
 サラの魂が再び地に降りるまで、いつまでも待ち続けよう。
 そして必ず、その願いを叶えよう。